ズ・グラデ・バはグロンギと呼ばれる種族の中で変わっている。
何がおかしいのかは当人には全く分からない。だが戦うことを至上の喜びとし、ゲゲルを尊ぶグロンギの中でもグラデは闘争だけでは自分の中にある“不思議な飢え”を満たすことが出来なかった。それ以外に欲しいものがあるのかと考えるけれども、戦うことしか知らないグラデには分からなかった。
どこか悟ったようなグラデの顔が気に入らないといい、同じ階級の仲間から理不尽な暴力を受けることがある。
例えば、ズ・シアク・ギ。
鮫の能力を持つシアク、傷つけた相手や殺した相手の血液を掬い、その赤い鮫のえらを思わせる刺青に塗りつけることを喜びとするイカレた奴。最近、グロンギの王のベルトの欠片を盗んだのではないかと疑いをかけられており、数人のグロンギに袋叩きに合うことがある。
特にシアクにはその傾向が強く、物質を作りだすグロンギの種族特有の超能力であるモーフィングパワーでクワガタムシの大顎のような双剣を作り出して接近戦を行なう白兵戦タイプのグラデには相生が悪い能力を兼ね備えている。
自分の身体に触れれば、傷つける“鮫肌”を持っていることもあり、鮫のパワーで押されてしまう。グラデは己の能力を信用していないわけではないが、よくシアクに絡まれ、そこから血を流すまで一方的に押されることも少なくなく、今日もボロボロになっていた。
体内に秘めた不思議な力を持つ石、ゲブロンによる再生までもう少しの辛抱だ。皮を剥がされた跡は痛々しく、それをジーっと見ているグラデは人間味がないように見える。ボロボロの体も少しずつ再生をはじめており、本当に少しずつであっても他のグロンギやリントに見つかる前に怪我の治療は済ませて起きたかった。
「ねえ、大丈夫!?怪我してるよ!?」
だが、その思いも束の間。
リントの娘に見つかってしまった。街中でも目撃したような服を着用しており、グロンギの中でも余り見ないような服装だ。
グラデは重傷を負うも、その様子をただ見つめている。傷口を押さえているのはリントである目の前にいる娘に傷の再生中であることを悟られないようにする為である。
人間態に擬態しているのはリントの中に紛れ込むにはゲゲルや戦闘時の姿ではリントの中に逃げ込むには目立ってしまう為、この姿を選んでいる。
種族の同胞――――と言うには、あまりにも仲間意識がないが――――は、リントの姿を好まないものもいる。ゲゲルを円滑にするために存在する集団によってリントの姿で集まるように言われた時は、しぶしぶ、その姿になっているものがいる。
それにリントのように他者を救おうとはしないのがグロンギ、弱いものは淘汰されるのが掟だ。だから、グラデは自分が弱っていても助けを求めなかった。弱っているところを他のグロンギに見つかれば、いつものように半殺しに遭い、そのまま死ぬことも考えられるから。
ほかはリントの戦士との遭遇、リントたちの間でもグロンギのゲゲルによるリントの“ポイント”となった者のことは問題視されており、見つかり次第発砲されたと聞いたことがある(もちろん、発砲したリントは返り討ちにあったとのことだが)。
「………」
「待って、すぐに応急処置するからね!?この近くに私の家あるんだけど……、歩けないよね?」
グロンギの言葉はリントには通じない。
今のグラデにとっては、このリントの少女が何よりも脅威だった。浮かべている表情は恐怖に怯えているような表情ではなく、リント同士の中でしか見られないような顔だった。それをリントは――人間は、心配しているというのだが、グラデが気づくはずもなく。
その鞄から膝立ちになりながらも、リントの少女は消毒液とガーゼ、それにピンセットを取り出す。グラデはこの娘がなにをしているのかと様子を見ていた。リント特有の攻撃手段だろうか?だとすれば、攻撃がされたのと同時に返り討ちにしなくては。
と考えている間にも、少女による応急処置はされていく。グラデの手によって傷口を隠されているならば、その手に優しく触れて「どけないと、傷が良くならないよ?」と言った。全く敵意の感じられない優しい表情、しかし、グロンギとして生を受けてはじめてのそのリントの顔はグラデが目を丸くするには十分なものだった。
慣れた手つきでてきぱきとピンセットでガーゼを掴み、消毒液で濡らして傷口を消毒する。消毒液が沁み、グラデが痛そうな反応を示せば、少女は慌てたような反応を示す。
「ご、ごめん!痛かった?けど、我慢しててね?……皮、剥がされた後あるのに良く耐えられるね?やっぱり、男の子だからかな?見たことがない格好しているけど、外国の人?」
少女はグラデの皮が剥がされた痕を見ても、グラデが平気そうだから、と言う理由だけであまり取り乱した様子ではなかった。消毒を終えたあと、ガーゼを固定し、包帯で巻きつけてテープでとめる。彼女は自分のやり方があっているか自信がなかったが、目の前に怪我をしている人がいるのを助けたいという思いが強く、後先考えるよりも先に行動していた。
その相手がたとえ、底知れぬ何かを感じさせる者であったとしても、変わらず手を差し伸べる。最も、体格に対してサイズの大きな黒いフードの付いた上着に無地のシャツ、アンティークであろうベルトらしきものを巻き、同級生にはいないような雰囲気を纏っているグラデに吸い込まれるようなものを見たのもあるけれど。
「あ、自己紹介がまだだったね?私は青木雪菜。えーっと、あいむ、ユキナ・アオキ……」
どの言い方が正しいのだろう、と悩んでいる所、グラデは彼女が名前を言おうとしていることに気づく。
グロンギの知能は高いのだ。
「ズ・グラデ・バ」
「ず・ぐらでーぱーと……?」
「ズ・グラデ・バ」
二度目のフルネームによる訂正。
その割には声色に抑揚がないのはご愛嬌、あまり話すのはグラデは得意な方ではなかった。リントには難解な言葉であるグロンギ語、なんだかんだとお喋りな所のある同胞達は「ここではリントの言葉で話せ」と言われるほどに饒舌なものがいる。
最も、上の階級となってくれば、リントの言葉を自由に操れることもできるのだが。
「ぐらたん?」
「グラデ」
妙な彼女の間違いに対し、再度、グラデは彼女の言い方を訂正する。なんとなく、名前を間違えられたままでは納得がいかなかった節があった。
「じゃあ、グラデくんだね!……あ、いけない!早く帰らないと!お姉ちゃんが待ってるから!じゃあ、また会おうね!」
ようやく、雪菜はグラデの名前を覚えることができたらしい。何度も聞き間違えてゴメンね、と手を合わせて彼女は謝った。
何かあったら連絡して、と雪菜はノートを一枚破り、そこにつらつらと電話番号を書く。その紙をグラデの手に握らせ、申し訳なさそうに走っていった。最後に見えた、自分の気分が昂ぶってきた時の顔とはまた違う、その表情にグラデの胸の奥が暖かくなっていることに気づく。
既に怪我をした箇所はゲブロンによる再生で完治しており、破れた上着の袖に出来た穴のある箇所では包帯の下で綺麗な肌が顔を見せている。
グラデは目深にフードを被りなおし、歩き出す。ユキナ、と名乗ったリントの娘の後を追うように。彼女が心配だったから、とかそういう感情が今のグラデにはない。
ただ、その身を突き動かすのは、血の臭いがしたという本能的なもの。
彼らが真に分かり合うには、ありえないだろう。そう、少なくとも、今のところは。
※※
その様子を窺っていたのは、カジュアルな服装の女性。黒髪のロングヘアでどこか厭世的な雰囲気を醸し出している。
「……クウガの世界、と言う割にはクウガに此処まで会ってないわね」
女の名は光 ツムギ。
“
「ズ・グラデ・バ。あの少年はグロンギ。……では、あの女の子は?」
ツムギは見ず知らずの少年にてきぱきと応急処置をして見せた少女から、“なにか”を感じ取ることができた。
未だに目覚めることはなくとも、その秘めた可能性は彼女が探しているものではないかと分かる。
「……早く目覚めてくれるといいのだけどね?」
取り出したのは二枚のカード、それぞれが本来ならば絵のある箇所が真っ白でバーコードが両端にあり、おぼろげに“A”と“K”のアルファベットが浮かび上がっていた。