グラデと名乗った怪我をした少年のことを気がかりに思いながらも、不思議と彼ならば大丈夫、という確信があった。どこからその自信が沸いてきたか分からないが、とにかく、なんとかなるだろうと感じさせるものがある。同世代だろうが、それにしては同級生の男子にはない不思議な雰囲気に彼女自身が惹かれていたかもしれない。
「やあ、おかえり。今日は友達とは一緒じゃなかったのかい?」
「ただいま、お兄ちゃん。絵里は彼氏とデートがあったんだって。もちろん、クレープ食べてきたよ。凄くおいしかったの、今度、お兄ちゃんとお姉ちゃんと三人で行こうよ?」
「それはいいね。姉ちゃんは根詰めすぎるところがある。おそらく、婚期を逃すに今晩の主菜をかけてもいい」
「あ、それ言うとまたお姉ちゃんに怒られちゃうよ?」
玄関の鍵は開いている。もう既に兄が帰っているのだろう。夕方頃にメールが来るということは、既に兄か姉か帰ってきている証拠。良心を事故で亡くして以降、
ひょっこりと玄関で雪菜が靴を脱いでいると、のんびりとした口調で兄・春樹が台所からエプロン姿で顔を出す。青木姉弟妹は姉以外の二人がのんびりした性格に育ったこともあり、姉が二人分のしっかり成分を抜き取って行ったのではないか、と推測している。
しかし、仕事は完璧な姉のもみじが家事が苦手だと言う弱点を思い出すと、確かに“きょうだい”なんだなという実感が湧く。
昨年の夏休みに家族旅行に行ったときに休みだから、と言う理由で一番最後に出かけてから時間は半年と四ヶ月ほど経っている。
もみじが何もしなくても良いと楽よね、とベッドに飛び込んで言ったところで春樹が吹き出し、折檻を食らったのはいい思い出。
「兄ちゃんレベルになると慣れっこさ。雪菜、君より俺は姉ちゃんとの付き合いは長いんだぜ?何年弟やってると思ってるんだ」
「流石お兄ちゃん、言葉の説得力が違うね?」
いいから早く手を洗って来い、と春樹に急かされた雪菜は洗面所へと向かう。手早く手洗いうがいを済ませ、制服姿のまま、食卓へと向かう。今晩の夕食はクリームソースのオムライスとサラダらしい。
「おや、洗ってきたのかな?じゃあ、食べようか。姉ちゃんはまた遅くなるらしい」
「大変だね、お姉ちゃんも。うん、いただきます!」
雪菜が食卓に着けば、気づいたらしい春樹も同様に。
その後、青木兄妹のいただきます、の声が響いた。
※ ※ ※
シアクは自らのゲゲルの為、絵里を連れ、いわゆるデートをしていた。どういったものが今のリントの若い女が好むのかを調べるのはとんだ時間の無駄のように感じられたが、此れもゲゲルの為だとイラつきを押さえ、絵里に笑いかけたり、絵里との会話に頷いたりした。
これと言って面白いものはなく、やけに時間が経つのが遅く感じられたのは、きっと不愉快なあの同族のせいだろう。何度いたぶっても怯えた目を決してしない、不屈の闘志の持ち主。そうしたところをグロンギの王は気に入っているのが何よりも気に食わない。
グラデが持っていると噂されている、グロンギの王のベルトの欠片。それさえ奪うことができれば、パワーアップは容易だというのに。
「絵里ちゃん?どうしたんだい?」
ふと横を見ると、絵里が後ろの方を向いて体を震わせている。殺すべきリントの女にしがみつかれるような趣味はないが、ここはあえて“優しくて素敵なシアクさん”を演じ、優しい声色で話しかける。指を差す方向へ視線を向けたなら、そこにいるのは―—――。
「シアクさん、さっきからついてきてる奴がいるんだけど……?」
「絵里ちゃん、ごめん。彼は知り合いなんだ。なんというか、そう、故郷のかな?……ズ・グラデ・バ。なにをしにきた?」
「シアク、……メ、キタ」
「それでリントの言葉を使っているつもりか?ズ・グラデ・バ。絵里ちゃん、僕から離れないで」
後をつけてくる者の正体は、黒いパーカーにダメージジーンズの少年だった。シアクにも見覚えのある者で、同族のズ・グラデ・バはフードを深く被り、こちらに表情を窺わせないものの、剣呑な圧をかけてきているのが分かる。
グラデは、シアクに対して殺意に満ちていたのだ。
「は、はい……」
シアクの傍にいる少女、あのユキナと名乗った治療してくれたリントの娘に似たような雰囲気を持っている。
すっかり、シアクの言葉に惚れ惚れとしており、グラデは彼女が騙されているのだとすぐに気づくことができた。しかし、リントの言葉がおぼつかないグラデが彼女に対し、何かを伝えようとすることは難しい。
しかも、今の“流れ”は完璧にグラデが悪い雰囲気を作りだしている。数歩、シアクの後ろに下がり、恍惚とした表情で見つめているのが何とも言えない。
「ヘン……ギン……!」
「クウガの真似のつもりか!?グラデ!」
グラデはバックルの部分に手をかざし、クワガタムシのような姿の異形の姿へと変わる。ガードレール二つを掴めば、その手にはクワガタムシの大顎のような形をした二振りの剣。
シアクはシャア、と呻き声を上げると、その姿が徐々に鮫の異形へと変化していく。その姿を見てユキナに手当てをしてもらった傷跡が疼く。
グラデが双剣を手に切りかかってくれば、シアクはそれを軽々と受け止める。それから、腹部に蹴りを入れると、グラデが吹き飛ぶ。しかし、その合間、わずかな瞬間にグラデは身を立て直し、右足で踏み込み、双剣を振るう。
大振りのグラデの一撃、一撃をシアクが受ければ、絵里が「シアクさん!?」と心配したような声を向ける。
どこからどう見ても隙だらけの攻撃だが、それでも、その一撃が大きかったこともあり、シアクはダメージを受けたようだ。苛立ったシアクがグラデを攻め立てる。まだ傷口が完全に治癒できていない、ユキナによって手当された箇所に蹴りを入れる。
かはっ
グラデが吐瀉物を吐けば、その隙を無駄にせず、シアクによる攻めはより激しくなる。拳、蹴りとほとんど同タイミングに叩き込まれる威力もさることながら、その肌の表面の作りもあって棘が飛び出し、追加ダメージも受ける。
同じズの中でもそこそこの実力の持ち主、普段の自分が劣っているとは思わないが、その固有能力ともとれるシアクの鮫肌。
その鮫肌は徒手空拳以外に双剣を用いた攻撃であっても発動し、グラデとシアクという対戦カードは相性が悪かった。
グロンギ族特有の能力、モーフィングパワー。
物質を生成・再構築する、その力はグロンギの誰もがそれを持っているが、その中に強弱が勿論存在する。
そうした中でシアクはモーフィングパワーは強い方ではなく、物質に対する干渉力が弱い。その為、シアクは武器を使っての戦闘より、白兵戦を行う方向に変換していた。
グラデはモーフィングパワーの扱いがズでありながらも、グロンギの中で上位に位置する。上位グロンギの中でもグラデのモーフィングパワーの扱いについては評価するものがいるという。
それがかえってシアクがグラデを気に入らない理由の一つだった。
グラデは血を吐きながらも、左手に持っていた剣を捨て、ベルトを押さえる。右手でしっかりともう一振りを握る。
『何かあったら、連絡してね!』
笑顔を浮かべながら、なにかを紙切れに書き記して渡してきたユキナ。あのリントの娘は、どうしてそんなことが言えるのだろうか?グロンギである自分には理解できなかった。
今のシアクと向かい合い、闘争心に身体が満たされている現状、リントの娘の考えていることは分かりそうになかった。
それでも、あの笑顔が忘れられそうになかった。