「いい天気だね、提督」
「あぁ」
窓際のソファーに腰掛け、窓の外を眺めながら何気なく放った時雨の言葉。
今は5月半ばを過ぎた頃。
執務室から見える港は、まるで青い空を写した鏡のように青く穏やかだ。
五月晴れとはまさにこのことだろう。
肌寒かった先月とは異なり、もう夏と言って過言ではないぐらい暖かい日が続いている。
もうすぐジメジメした梅雨の時期が迫っているというのに、そんなことは全く感じられない。
お生憎様、提督の心は常に薄暗く曇っております。
なんてそれはいくら何でも言い過ぎか。
書類にペンを走らせる俺は相も変わらず、ぶっきらぼうに返事をする。
そんな他愛もない会話が自然に飛び交う。
秘書艦の叢雲が自分の仕事をほっぽり出して逃走してしまったので、俺は自分の職務を新しく着任した時雨と一緒に行っていた。
探したいのはやまやまだが、いまだにどこに何があるのか把握してないため、やむを得ず外に出るのは断念した。
絶賛ヒキニート提督を満喫している。
そもそも、だ。
遠征やら演習やら艦娘達の練度を上げたいのだが、叢雲を合わせて艦隊が二人だけでは心許ない。
建造を渋ってしまった俺に何か落ち度でも?
まぁ、大艦隊でないにせよ少しでも彼女達の負担を減らすためにも、いろいろと頑張らなければ。
という言い訳をあえてここでしておこう。
「時雨は大人しいな。誰かさんとは大違いだよ」
「誰かさん?あぁ、叢雲さんか」
「あぁ。あいつ、何かに文句つけて俺を張り飛ばしやがる。書類にちょっとでも不備があるとすぐに手が飛んで来るし。毎日毎日たまったもんじゃないよ」
「あはは。提督楽しそうだね。羨ましいな」
「そう?何なら叢雲に頼んで時雨も張り飛ばしてもらうか?」
書類に目を通しながら冗談混じりにそう言うと、時雨は慌てて首を横に振る。
その慌てぶりだと相当嫌のようだ。
「そ、そういう意味じゃないよ。なんか仲良さそうだなって」
「ないないない。俺、ああゆうのすんごい苦手だから。暴力反対!」
「そ、そうなんだ……」
「あぁ。よし!これで終わり!あとはこの資料を艦隊司令部へ送るだけだ」
「お疲れ様だね。お茶でも入れようか?」
ようやく最後の書類を書き終え、背もたれに寄り掛かりながらぐーっと背伸びをする俺。
時雨の気遣いにも感謝を述べ、お茶を持って来てもらう。
あぁ、ひと仕事終えた後の茶は美味い。
懐からタバコケースを取り出し、中に並ぶタバコを一本出すと火をつける。
隠していた灰皿を出すと、意気揚々と一服を始めた。
それを時雨は大きな青い瞳でじーっと見つめている。
なんだろう?この空気?
「ねぇ提督?」
「なんだ?」
「今日1日だけで良いんだ。僕を秘書艦にしてくれないだろうか?」
「秘書艦?何でまた急に?」
「いや、その……別に深い意味は無いんだ。秘書艦ってどんな仕事をするのかな気になって。叢雲さんも出てったきり、戻って来る気配ないし。い、居ないよりかはマシかなってね」
ちょっと頬を赤らめながら恥ずかしそうに、もじもじしながら控え目に言う時雨。
なるほど、たしかに秘書艦が居ないんじゃ仕事を分担できなくなる。
それでは俺が楽できない。
名ばかり秘書艦の叢雲は仕事を放棄してどっかに行ってしまったままだ。
ここは一つ、時雨の頼みを聞いてあげてもいいか。
「そうだな。今から時雨に秘書艦を……」
そう言いかけた時だった。
ドドドドとまるで猛牛が猛り狂って走り回る時にするような、地響きに似た音と共に執務室が振動する。
地震かとも思い、俺は席を立って身構えるがどこからか俺を呼ぶ声が聞こえる。
その声はどんどん近付いてくる。
な、何なんだこの絶妙なホラーはっ!?
時雨は突然起きたこの状況に恐怖を感じ、ソファーの上で小さくなって震えていた。
か、可愛い……じゃなくて!
とにかく、逃げなければ行けない気がする。
「時雨!一度外に出よう!」
「う、うん。提督、手を繋いでくれないかな?びっくりして歩けない」
「分かったから早くしろ!何だか分からないがとりあえず逃げなければ!」
か細い声を出す時雨をゆっくり立たせて手を繋ぎ、外に出ようと身体を動かした瞬間。
勢い良く扉が開き、見慣れぬ女の子が大きな声を上げて飛び込んできた。
「バァァァァニングゥゥウ!ラァァァァヴッッッッッ!!!!」
真っ直ぐに俺の胸へと飛び込み、勢い良く押し倒す彼女。
ゴガァンッ!
咄嗟の受け身を取ることも出来ず、倒れた拍子に俺は後頭部を床に強打し、まるでヒキガエルを踏んづけた時のような情けない悲鳴をあげてぐったり倒れ込む。
「提督!?」
「oh!貴方がテートクですネ!会いたかったデース!」
「………」
「Whats?何で動かないデース!まさか!?ワタシに会えて嬉し過ぎて気絶してしまいマシタカ!?もぅテートクってばshyですネ!」
「え、えー……」
そう言いながらうっとりと恍惚の笑みを浮かべる彼女を見て状況を掴めないながらもドン引きする時雨。
「あ、あのぅ……すいません……」
「oh!他にも人がいたのネ!名乗るのが遅れマシタ!」
「は、はぁ……」
「金剛型1番艦、英国で生まれた帰国子女!金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」
「えっとぉ……僕は白露型駆逐艦の時雨。こちらこそよろしく」
スカートだという事を忘れ、倒れる俺の顔に跨り、元気よく挨拶をして握手を求める彼女に、呆気に取られながらも律儀に挨拶をして握手をする時雨。
金剛型1番艦、金剛。
巫女装束にも似た衣装を身に纏う、長身で可憐な美少女。
帰国子女ということもあり、カタコトな喋り方は彼女のトレードマークなのだろうか。
時雨は甚だ疑問に思ったが、それよりも提督が起きる前に早く彼女をよけないと。
あれ?なんだろう?
時雨は自分の心の中にふつふつとどす黒い何かが湧き上がって来るのを感じていた。
「金剛さん。それよりも提督の頭がスカートの中に……」
「Whats?きゃああああ!?」
「悲鳴をあげる前に!早くよけないと提督が起きちゃいます!」
「わ、分かったネ!」
「はぁー……」
時雨に指摘されて慌てて提督の上から飛び降り、顔を真っ赤にしながらソファーに座る金剛。
なんかモヤモヤしながらも、安堵のため息を吐く時雨。
「み、見られてないデスヨネ?」
「僕には分かりません」
「はぁー……うっかりしてマシタ……スカートだってこと忘れてたネ」
「気付いてよかったですね?」
「うん。Thank youね、時雨!」
ニコニコと笑いながら礼を言う金剛。
その直後、数分の一連の流れの間、白目を剥いて気を失っていた俺はゆっくりと目を覚ます。
ゆっくりと上体を起こし、頭を抑えながら周りを見渡す。
「んはぁっ!こ、ここはっ!?」
「んーと、執務室デース!」
「だ、誰!?」
「金剛型1番艦、金剛デース!ヨロシクオネガイシマース!」
「雲雀野鎮守府の提督、紫藤狐太郎。階級は少佐だ。よ、よろしく」
俺はゆっくりと立ち上がり、おっかなびっくりしながら差し出された手に握手をする。
満面の笑みを浮かべる彼女は、俺の手を力強く握り返してくれた。
金剛型……さきほど建造した時に出来た戦艦か。
仕事に夢中で全く気が付かなかったが、もう4時間も経ったのか。
時雨は何故か不機嫌そうにまたソファーに座り、窓の外を眺めていた。
そう言えば俺が目を覚ます前に何かあったような気が……。
うーん、思い出せない。
あ、そうそう!
時雨を秘書艦にするって話の途中だったっけ。
「時雨」
「はい!」
「さっきは話しそびれたが、今日1日秘書艦をお願いするよ」
「本当に!?ありがとう!提督!」
「うおっ!」
その瞬間を今か今かと待っていたかのように、満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてくる時雨。
嬉しいやら恥ずかしいやらでてんてこ舞い……ふぉおおおおおお!?
……これはあかぁぁぁん!
俺のやさぐれドSモードのスイッチが、スイッチが入ってしまう!
早く時雨を引き離さなければっ!
待っているのは精神的な死!
しかし、身体に触らなければ引き離すことは出来ない。
しかも時雨、両手を俺の後ろに回してがっしりと掴んでしまっているから、容易に引き離すことは出来ない。
……っていろんな意味で俺ってば絶対絶命じゃねぇかよ!
「テートク!」
「なんだ?金剛?」
「ワタシも秘書艦やりたいデース!時雨だけずるいデース!」
「えっ!?」
「やりたーいデースっ!」
抱き着く時雨を横目に負けじと金剛まで俺に抱きついてくる。
こりゃもう健全な男子ならばパラダイスだが、俺にとってはもはや地獄絵図でしかない。
絶対絶命が不可避な絶望へと変異していく。
ぎゅうぎゅうと俺の腕やら背中やら押し付けらる大小の胸部装甲に、だんだんと俺の身体の芯の部分がまるで燃え上がる炎のように熱くなり始める。
これが始まるとやさぐれドS提督モードに入る合図だ。
こうなってしまったら、もう自分の意思では制御が効かない。
いつもなら自力で冷静を保てるのだが、肉体的な接触(彼女たちになぞらえて言えば特に胸部装甲)は理性ではどうにもならない。
これぞ男の性ってヤツですかね。
その時、律儀にドアをノックする音が部屋に鳴り響く。
どうやら訪問者のようだ。
俺にひっ付く二人はドアのノックする音に敏感に反応し、何も無かったように離れる。
間一髪、これ以上抱き着かれていたらいつもの平凡な自分に戻れなかっただろう。
「どうぞ」
「失礼致します!」
俺が返事をするとこれまた1人の少女が入室してきた。
サイドポニーテールに青い袴姿、黒い胸当てをし、凛々しい表情のまま彼女は俺を見ると気を付けの姿勢を取り、ビシッと敬礼する。
右肩には大きな飛行甲板、左手には弓を持ち、背中には矢筒がある。
「本日付で雲雀野鎮守府配属となりました。一航戦、加賀です。よろしくおねがいします。提督」
そう挨拶して一礼する彼女。
一航戦……正規空母か。
おぉぉぉ、我が鎮守府にとうとう正規空母が配属されたか。
まだ俺が着任して一ヶ月しか経っていない鎮守府にまさかの正規空母。
航空戦とかまだ先のことだとばかり思っていたが、これからは彼女達の運営方法を考えねば。
出ないと資材が食い尽きかねん。
まぁ、なんだかんだ言ってビギナーズラックさまさまだ。
なんか、この数回の建造で俺の持ってる一生分の運を使い果たした気がする。
……もう建造しなくてもいいかな?
「雲雀野鎮守府の提督、紫藤狐太郎だ。よろしく加賀さん」
「さんは付けなくていいわ」
「は、はぁ……」
「そう言えば提督。この子達は?」
「君と同じ艦娘だよ。駆逐艦の時雨と戦艦の金剛、あともう一人いるけど今迷子になって捜索中」
俺は加賀へ簡単に説明すると二人は丁寧に頭を下げて挨拶をした。
なんか同じ艦娘でもこうも違うんだなって思う。
あ、そうだ。
すっかり忘れたけど、新人の3人に鎮守府の案内しなくちゃな。
秘書艦の時雨も今日配属されたばかりだし、一応、施設の位置をある程度知ってるのは俺だけか。
叢雲……お前いったいどこほっつき歩いてるんだよ。
「えーと、配属された3人に鎮守府の施設を案内する。ついてきてくれ」
自分から進んで外には出たくないが、仕方ない事だと自分に言い聞かせる。
……雲雀野鎮守府。
東北地方にあるとある小都市(要は田舎)に新しく出来た鎮守府だ。
数年前の大震災を復興を経て、もともと紙の材料となるパルプや木材などを大きな船で運び込むために造られた工業用の大きな港を改装して造られた新しい鎮守府だ。
雲雀野とは鎮守府が置かれたこの場所『雲雀野埠頭』から来ており、それが新しい鎮守府の名称となった。
元はと言えば資材置き場に建物を建築したため、おおまかな区画整理はしているものの、あちこちに建物が乱立しているのでちょっと不便だが一ヶ月も居れば慣れたものだ。
近くには軽巡洋艦の名前にもなった一級河川『北上川』を臨み、鎮守府裏には震災後に出来た大きなだだっ広い公園もある。
週末にもなれば公園で遊ぶ子供たちの賑やかな笑い声が聞こえる。
近隣にもいくつかの鎮守府があり、日本三景に選ばれた松島にある『
東日本大震災以降、原因は不明だが東北地方の深海棲艦の出現率が高くなり、それなりの頻度で出現。
上層部はその事態を重く見て襲来の激しい地域を防衛するため、遠方よりも近くに新しい鎮守府を設立する動きが強くなった。
太平洋側の中でもこの近辺は深海棲艦の動きが活発で、各鎮守府の艦娘達が交代で哨戒任務を行い、急襲に備えて厳戒態勢を敷けるよう、近くに鎮守府が複数存在するような形になった。
近年の活発化した深海棲艦の出現に備え、東北での中心的な役割を果たす鎮守府は日本海側に3つ、太平洋側に3つの計6つ。
仙台中央基地はそのうちの一つである。
まぁ、わかりやすくお店で例えるなら本社が横須賀鎮守府なら仙台中央基地は支社、雲雀野鎮守府や金華山泊地は仙台中央基地の管轄下にある地方の支店とでも言うべきかな。
中でも一番最近整備が終了した金華山泊地は、艦隊支援に向かう艦娘や任務のために北へ航行中の艦娘達の新たな中継拠点としても人気が高い。
しかし現状、立て続けに新しい鎮守府に新しい提督が着任したばかりなので艦娘の育成に力を注いで熱中するあまり、上手く連携機能が作用していない。
強いて言えることは他の鎮守府が育成に力を注ぎ、襲来する深海棲艦を片っ端からやっつけているので我が鎮守府は出撃する事があまりないのである。
だが、出撃する可能性的にはゼロではなく、いずれ出撃しなければいけない事態に陥るかもしれない。
本来ならばこんなに呑気してる暇はないのだが、そんな状況にあるにもかかわらず、全く建造しない提督もいるらしいですが誰のことなのでしょうか。
あらあら、あらあら。
気が付いたら随分と脱線したな。
とりあえず話を戻すか。
「鎮守府を案内する前に、大事なことなのでみんなにあらかじめ言って置くことがある」
その言葉に後ろをついてきたみんなが一斉にこちらを見る。
俺にとってはもうさらに絶望へ突き落とすような宣言を自分でしなければいけない。
「我が鎮守府には……未だに艦娘寮はありません」
「Whats!?」
「え!?」
「ど、どういうこと?」
「えーと、実は艦娘達を受け入れる寮がまだ建設の途中なんだ。なのでしばらく司令部横にあるプレハブの部屋で俺と一緒に過ごしてもらうことになる」
嫌なら野宿をおすすめするとだけ伝えておく。
ちなみに執務室は夜間、重要な書類が保管されているので防犯の観点から深夜0時以降は遠隔操作でオートロックが掛かるため、外からも内からも開かなくなる。
開けるためには業者のカードキーを借りてこなければいけない。
それまでに仕事を終わらせなければいけないし、仕事を続けるには自室で行わなければいけない。
夜間任務を遂行する場合、当日21時以前に巡回する警備員へ申告手続きをしなければいけない。
つまり執務室には泊まれないし、もしも中にいたら完全に閉じ込められる。
念には念をという訳でいろいろと面倒なのだ。
その話を聞いていた彼女達はしぶしぶ承諾したような表情だった。
「そういう理由なら仕方ないネ。寮が完成するまで待つデース」
「そうね。不便だけれど少しの間、我慢するしかないわ」
「大丈夫。僕は構わないよ。提督と一緒なら問題ないさ」
三者三葉の返答。
君たちは問題ないかもしれないが、1番やばいのは俺の方なんだよ。
女の子に免疫がないのにっ!
まさかこんな可愛い&美人の女の子達とひとつ屋根の下で共に生活するなんてっ!
本当は嬉しいはずなのに、どうしてか心から喜ぶことが出来ない。
出てくるのはため息ばかり。
俺に待っているのは地獄の騒ぎでは無い。
奈落の底だよ、ほんと。
というわけで新人3人を引き連れ、鎮守府の案内をはじめる俺であった。
食堂、工廠、資材倉庫、
ほんと数えるだけでこの狭い敷地内にぎゅうぎゅう押し込められて建設されているのが分かる。
それに工廠は第2まであり、グラウンドは第3まである。
しかも俺たちの要望や依頼があれば、施設の改築、増築することも出来るという。
その場合、建材費以外は全部自腹で。
タダでさえ狭いのにこれ以上、増改築したら鎮守府内がスラム街みたいになりそうだよ。
というわけで、俺達4人はたっぷり時間を掛けて鎮守府にあるすべての施設を一通り廻った。
これだけでもはや重労働だった。
「小さい鎮守府のわりには施設が充実してマース!非番の日にヒマすることないネ!」
「えぇ。まさか鎮守府内にショッピングモールまであるとは思いませんでした。まだテナントが入ってませんでしたが……」
「ホントだね。僕もびっくりしたよ」
「これから頑張って戦ってもらう君たちのためにっていう何気ない心遣いじゃないかな。俺が思うには」
「聞きしに勝る金華山泊地に退け劣らないネ!さすがはワタシ達の提督デース!」
嬉しそうに言う金剛に苦笑いを浮かべる俺。
俺、そんなことした覚えはないのだが。
ここを案内しながら叢雲をずっと探してはいたのだがどこにも見当たらないぞ。
まぁ、執務室に戻ったらきっと待っているだろう。
ひとしきり案内した後、再び執務室に戻る4人。
扉を開けるとそこには通信設備の受信機を耳に当てながら慌てた様子の叢雲の姿があった。
俺が帰って来たのを見ると、受信機を放って立ち上がる。
「ちょっとアンタ!どこほっつき歩いてるの!」
「ほっつき歩いてるのはお前だろうが。んで、どうした?」
「金華山泊地の第1艦隊、旗艦の吹雪より緊急入電よ!」
「何!?」
驚く俺に叢雲は通信の内容を書き取ったメモを読み上げる。
『発・金華山泊地第1艦隊旗艦吹雪、宛・雲雀野鎮守府提督。本日ヒトゴウサンマル。我、哨戒任務中、
その鋭い目尻を釣り上げて淡々と読み上げる叢雲。
突然の出撃に静まり返る執務室。
「マジかよ……みんな着任したばかりなのにか!」
「WOW!さっそく出撃デース!」
「一刻の猶予もないわ。早く出撃しないと日が暮れてしまう!」
「初陣が夜戦ってのは経験不足のお前達にとって危ないな……よし、今から出航すれば日の入りまで間に合うはず。編成は叢雲、時雨、金剛、加賀の4人。旗艦は叢雲におねがいする。第1艦隊、出撃準備に入れ!」
「「「「了解!!」」」」
この季節、東北の日の入りはまだ早い。
17時にはもう薄暗くなり始めている。
なぜ夜戦を避けるか、それは何より彼女達の練度低いからだ。
どのみち夜戦で敵の雷撃が当たったら、戦艦や空母でもない限り一発で沈んでしまうだろう。
それに夜間は艦載機が飛ばせないので、こちらとしても先制攻撃ができる正規空母の加賀が使える今が一番の好機である。
これを逃すわけにはいかない。
「提督!一体どうなされたんですっ!」
「大淀。ちょうどいい所に帰ってきたな。おかえりなさいといいたいところだが今はそれどころじゃない。出撃だ」
「えぇ!?」
「さきほど緊急入電があってな。金華山泊地の第1艦隊が網地島沖で深海棲艦にこてんぱんされたらしい。その逃がした獲物をくれてやるとさ。だから通信を頼む」
「は、はぁ。状況がさっぱり読めないのですが任せてください」
困惑しながらも大淀はいつものように通信の準備に入る。
俺も椅子に座り、出撃準備が終わるのを待つ。
「全員艤装装着完了しました。いつでも抜錨可能です」
「よし」
「て、提督?」
指示を待つ大淀からマイクを取り、みんなに話しかける。
「こちら提督。みんな今日が初陣だ。緊張してるところ申し訳ないがさっき説明した通り夜戦は行なわない。日のあるうちに一気に仕留めてほしい。だが、油断は禁物だ。旗艦が継続不能と判断したら無理せずに帰投してくれ」
「OKネ!」
「旗艦、いや、叢雲。みんなをよろしく頼んだよ」
「ふん。誰に言ってるのかしら?」
「やれやれ、相変わらず威勢がいい事。これより敵水雷戦隊迎撃作戦を開始する!第1艦隊抜錨っ!」
俺の号令と共に執務室の窓の外には港が見え、出撃した4人が水面を切って港外へ出ていくのが遠巻きに見えた。
初陣にしてはみんな上手く波に乗ってるな。
「第1艦隊、無事に出航しました」
「ふぅぅ……」
「ヒトロクサンマル。第1艦隊加賀、索敵機の展開を開始。このまま西に進路を取ります」
「了解。打電が入り次第、随時報告してくれ大淀」
「はい」
そう言って俺は深く椅子に座り込む。
何も起きなければいいのだが……。
そんな不安を抱きながら、執務室の天井を眺めるのであった。