「ここまででいいよ」
夢宮がそう言ったのは、この前と同じ桜公園だった。不意にあの時の言葉を思い出す。
「顔赤くしてどうしたの? もしかして私の真の魅力に気付いちゃった?」
俺の顔を覗くようにしながら夢宮は言う。
「それはないんだけどさ……愛莉は覚えてるか?」
「何を? 翔也君の好きなタイプ?」
「そんなことじゃない。この前去り際になんて言った?」
「去り際? う~んと……」
考え込むように頭に手を当てる。そして思い出したのか顔を上げた。
「バイバイはいけなかった? ごきげんようの方が良かった?」
的外れもいいところだ。本当に無意識だったのか疑いたくなる…
「違う。その……好きだよってどういう意味でだ?」
自分から言うのは恥ずかしかったが言わないと分からないだろう。しかし、夢宮から返事が来ない。
「どうした? 愛莉?」
夢宮を見ると、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「愛莉?」
「へ? あぁ、あれは……言ったっけ?」
「言ったぞ。ものすごい笑顔でな」
そう言ったらますます顔を赤くした。ちょっと可愛い…
「あれは……そ、その好きっていうのは確かに好きで……」
夢宮は、頭の中が整理できてないのかそなことを言った。
「それは、友人としてか? それとも……」
「それは……」
思い切って俺は聞いてみた。ここではっきりさせたいとどこかで考えたのかもしれない。夢宮は黙り込む。
「そ、それは……友達としてだよ」
静かに、だけどはっきりと夢宮は言った。
「そっか……」
「翔也君……」
俺の表情があまりにも暗かったのか、夢宮が思いついたように口を開く。
「でも、友達なんだからまだ付き合えなくなるわけじゃないでしょ?」
「…………」
「私はね? 付き合うなら一つだけすっごく大事にしたいことがあるの?」
「それは?……」
「残念だけど言えない……少なくともこれは、翔也君が自分で変わらないといけないから……」
「俺が……変わる?」
何だろうか。性格だろうか。癖だろうか。はたまた容姿だろうか。
「そこが変わったら、私と翔也君は本当に向き合えると思うの……そしたらまた私から言わせて?」
真剣な目で夢宮が言う。
「……分かった」
「翔也君……」
「だけど、一つ条件を出していいか?」
夢宮の言い分に俺は、どうにも承諾できないところが一つあった。
「何?」
「その時が来たら、俺から言わせてくれ。ちゃんと変われたら自分から言いたい」
「…………」
こういうのは男から言うもんだ、と昔誰からか教わった気がする。でもそれは自分も分からないくらい守りたいという気持ちが俺の中にあった。
「いいよ? 待ってるから……」
「ありがとう……」
夢宮は、笑みを浮かべて頷いてくれた。そして
「じゃあ、今日は帰るね? バイバイ、翔也君」
先程までの雰囲気を吹き飛ばすかのような明るい笑みを浮かべて枯れない桜のほうに走っていった。
「さてと……」
何を変えればいいのか、じっくり考えるにしてもここは少し寒いし風邪なんか引いたらクリパ前だし大変だ。俺は気持ちを切り替え家へと向かった。
「あ、翔さん」
芳乃家までもうすぐの所、ちょうど朝倉家の前で声をかけられた。俺の事をこう呼ぶのは短くさん付けで呼ぶのは一人だけだ。
「どうした? 由夢」
声の主は由夢だった、その由夢は困ったように視線を泳がせながら言う。
「あの、その……今さくらさんの家には行かないほうがいいですよ?」
「は? なんでだ?」
「今、お姉ちゃんが兄さんと人形劇の練習をしてて……」
「それは昨日もしてたし問題ないだろう」
「で、でも今居る場所は居間じゃなくて兄さんの部屋なんですよ?」
「そこで練習してるのか?」
そうだった聞かれたくない内容だったんだろうか。あの雪村の冗談だと思っていた濡れ場が本当にあったのだろうか?
「いや……見つかったみたいです」
由夢が心底呆れてるように言った。その一言で全てが分かり
「……あー」
思わず相槌を打ってしまった。おそらく部屋でゆっくりしてた義之に音姫さんが練習をしようとでも言ったのだろう。で、部屋が汚れててちょっと掃除してたら……というオチな気がする。
「とりあえず待つか」
「なら寒いですし、翔さんも家に入りましょうよ」
そう言って由夢は俺の手を引っ張って朝倉家の中に入る。
朝倉家のリビングでくつろいでいるときにふと腹の音が聞こえた。
「……腹減ったな」
思い返せば昼も食べたといえば食べたというもので量はそんなにない。
「夕食食べてないんですか?」
「ん? 食べてないよ?」
由夢が、それならと言いつつ立ち上がり冷蔵庫を開ける。
「有り合わせで何か作りますか?」
「使っていいのか? 由夢はもう食べたんだろう?」
一人分なら大した量も使わないし使っていいなら願ったり叶ったりだ。しかし由夢は苦笑いを浮かべ
「や、まだです。今日はお姉ちゃんが作る予定だったから……それに……」
最後のほうは聞き取れなかったが、ようやく朝倉家に引っ張られた理由が分かった。
「じゃあ、二人分作るか……」
「やった。あの、今から作ります?」
「ああ、善は急げだ」
「なら、ちょっと待ってください」
そう言って由夢は二階に上がっていった。その間に冷蔵庫の中身を見る。音姫さんが管理してるのか賞味期限などで分けており今日は何を使うつもりだったのかが分かった。
「すみません、で何を作るんですか?」
戻ってきた由夢は、手元に小さいメモを持ちながら聞いてくる。
「そうだなー。材料からして簡単な野菜炒めを作るつもりだったと思うからそれを作るよ」
「野菜炒め……ですか」
そう呟き、メモに何かを書く由夢。それを見て俺はある結論に至った。おそらく音姫さんに料理を教わる予定だったのだろう。
「由夢? 野菜くらいは切ってみるか? やり方は教えるからさ」
「え?」
「え、じゃない。こういうのは経験が物をいうんだぞ?」
「あう……」
音姫さんに教わる予定でそれが芳乃家の義之の面倒事で出来なくなったなら、音姫さんの代わりとまでは言わないが俺なりのやり方で教えておこう。
それから由夢は、野菜の切り方の実践とメモに忙しく手を動かしていた。野菜炒めを含んだ夕食が完成したちょうどその時に
「はぁ……はぁ……ごめん、由夢ちゃん……と翔也君?」
説教が終わったのか音姫さんが帰ってきた。何で俺が居るのかという顔をしたが夢がテーブルに置いてたメモを見て気付いてくれたのか。
「ありがとう、翔也君」
と、笑顔でお礼を言ってくれた。その後、つくった夕食は由夢達2人で食べるように言って俺は芳乃家に戻った。一応、義之の部屋を覗いてみるとそこには
「………………」
まるで地獄を見たかのように椅子に座り放心している義之の姿があった。
芳野家での食材のありあわせで夕食を作り、風呂にも入って寝るだけの状態になった俺は夢宮との事を思い返す。
「自分で変わらないといけないか……」
電気の消えた部屋で呟く。あまりにも突拍子がないし正直何を変えればいいのか見当も付かない。
「とりあえず、寝るか」
うだうだ考えても仕方ない。朝の目覚めのスッキリした気持ちなら案外見つかるかもしれない。何とも楽観的な考え方だが
「おやすみなさい」
俺はそういって目を閉じた。
思った以上に早く眠気は来た。