12月21日
翌日の朝、俺は早起きして枯れない桜の下に居た。理由は昨日帰った後。正確には寝ようとして横になったところに電話で
「もしもし翔也君? 私だけど明日一緒に登校しない?」
「いいけど……なんで急に?」」
「別に理由なんて無いよ? じゃあ枯れない桜の下で集合ね」
といったやり取りがあったからだ。その中で一つ失敗があるとすれば
「……何時くらいか聞いとけば良かったかな?」
学校では真面目そうにしているという、勝手なイメージで時間は早いものと思った俺は早起きして枯れない桜へと向かった。着いた時には愛梨の姿はなく携帯の着信履歴から電話してみるも出る気配は無い。
「さむ……冬だしやっぱ冷えるな……」
先日コートを貸したので今着てるのは前使っていたものだ。使い古したせいもありいつもより寒く感じる。
「気長に待つか……」
それから愛梨が来たのは約30分ぐらい後だった。のんびり歩いてこちらに向かっていたが俺の姿に気付いたのか途中から小走りといった感じで来た。
「ごめんね? 翔也君。結構待った?」
「いや別にいいがお前寒くないのか? 俺が貸したコートがあっただろう?」
愛梨が着ているのは本校の制服のみで防寒着の類は無かった。
「大丈夫だよ。コートが無くても私、結構体は強……クシュッ」
目の前でくしゃみされれば虚勢も良い所だ。しかも俺が先日貸したコートもないという状況である。
「まったく……これ使え」
「え?」
俺は今着ているコートを愛梨に渡す。
「い、いいよ。大丈夫だし」
「いいから着ろって。その……もし俺が変えるべき所が分かった時に風邪なんかひかれてたら困るし……」
多少強引にコートを渡す。受け取った愛梨は
「……ごめんね? だけど……ありがとう」
笑顔でそう言った。その屈託のない笑顔に俺は目を離せなかった。ふと我に返って俺は慌てて言った。
「い、いいから行くぞ」
「うん!」
こうして俺達は学校へと向かっていった。
「さて……どうっすかなぁ……」
あの後から時間は過ぎ午前の授業の終了のチャイムが鳴った。そこまでは良かったんだがそこで俺はある問題に直面した。
「まさか、財布忘れるなんてな」
そう、財布が無いのだ。おそらく俺の部屋の机の上に置きっぱなしだろう。朝早く出たのと他の事を考え確認をしなかった結果だ。前に義之が財布を忘れたの笑っていたが人の事言えないな。
「今回は、義之に借りるか」
小言を言われる覚悟を決め俺は席を立つ。その時、クラスの男子が声をかけてきた。
「おい、翔也。由夢ちゃんが来てるけど何かあったのか?」
「え? 由夢が?」
いったい何の用だろうか?話を聞くべく俺は廊下に出た。そこには、背筋をまっすぐ伸ばして立っている由夢が居た。
「何かあったか? 由夢?」
「あ、翔也さん。もうお昼は食べましたか?」
「いや、まだだけど……」
「そうですか。なら良かったです」
俺の返答に由夢が笑みを浮かべる。
「あー由夢ちゃんの笑顔良いですわー」
「だよなーあの笑顔があれば毎日頑張れるよなー」
何かクラスの方から男子達の感想というか何かが聞こえてくる。しかし俺は
「良かったって何が? ちなみにお金は無いから食堂はおごれないぞ? 弁当もあるわけじゃないし」
「いや、ちょっと一緒に来てもらいたくて」
「どこに?」
「保健室です」
保健委員の仕事でもあるんだろうか。力仕事は食べた後いきなりは体にも良くないという意味での良かっただろうか。
「ダメでしょうか?」
残念そうな表情をする由夢。そんな由夢を見て
「俺達の妹代表の由夢ちゃんにあんな表情させるとは……」
「やっぱり制裁が必要か? 天誅が必要か?」
物騒なことを言い出すクラスの男子共。この状況で俺に拒否権はないだろう。断ろうものならクラスから制裁という名を被る嫉妬の嵐が待っているだろう。
「いや、いいよ。さっさと行こうか」
「あ、ありがとうございます」
そんなこんなで俺と由夢は保健室に向かった。
「これでよし……っと……」
保健室に入った俺と由夢。そこに水越先生の姿はなく怪我人の姿も無い。つまり俺と由夢の2人きりだ。気になった事と言えば、何か呟きながらカチンと入り口の鍵を閉める由夢だった。
「なぁ由夢。ちょっといいか」
「なんで鍵を鍵を閉めるんだ?」
「や、別に深い意味は無いですよ? ただ誰かに見られたら恥ずかしいですから」
そう言って由夢は、机の下から小さめの巾着を出した。何が入っているのか恥ずかしそうに紐をぐりぐりと弄りながら
「えっと、どうしようかな……なんかやりづらいな」
そんなことを言う。出した巾着が呼ばれた理由だろう。
「その巾着は?」
「え? こ……これは……」
焦ったように視線をそらす由夢。中身は何か恥ずかしい物なのだろうか。そう考えると思わずおかしな想像が膨らんでくる。
「あ、そうだ。す、少し目を閉じててください」
そんな俺をよそに由夢は、名案だ言ったようにそんなことを言う。
「め……目をか?」
「いいから閉じてください」
ぴしゃりと言われて俺は慌てて目を閉じる。それを確認したのか由夢は
「あの、私がいいって言うまで開けないでくださいね? 絶対ですよ?」
そして、由夢が立っていたほうから何やら布が擦れ合う音が聞こえてくる。まさか俺の予感が当たったのか? 仮にそうだとしたらどうすればいいのだろうか。
「はい。もういいですよ?」
そんなことを考えているうちに、由夢から準備が終わったのか声がかかる。
「もういいのか?」
「はい。私はもう大丈夫ですから」
そう言われたので俺はゆっくりと目を開けた。そこに広がっていたのは
「…………」
恥ずかしそうに机の椅子に腰掛ける由夢だった。机には小さめのお弁当箱が置かれている。さっきの布が擦れ合う音は、巾着から弁当箱を出したときに出たものだろう。
「弁当?」
「はい」
「……何でわざわざ保健室で?」
「だって恥ずかしいじゃないですか。その、私が作ってきたお弁当を翔也さんのクラスの方達に見られたりしたら」
それは普通とはちょっと違う意味でか、という言葉を俺は飲み込む。言ったらまず由夢は傷つくだろうし。
「でもいいのか? 俺で?」
「……え?」
「だってそれ、義之に食べて貰うために作ったんじゃないのか?」
「な!?」
由夢が目を見開き驚く。昨日の調理の時のメモ取りや音姫さんに教わろうとしたいたのを考えると誰かに作るためだろう。そう考えると相手は義之だろう。音姫さんほど表に出してはいないが由夢は由夢なりに義之のことを大切に思っているのだと俺は思う。
「そ、そんなこと無いですよ! だ、だいたい何で私が兄さんなんかにお弁当作らないといけないんですか」
焦ってるのか早口で捲し立てる由夢。この反応から見るに俺の予想は当たりだろう。なら食べるのは俺じゃない。
「言いにくいなら、俺が義之を呼んで来ようか?」
「い、いいです!」
「だけど……」
「それに……兄さんは今、お姉ちゃんの所に居ますから……」
それはどういうことだろう。由夢は少し残念そうな顔をしながら続ける。
「昨日、料理対決があったみたいで何かトーナメント制で今日はお姉ちゃんと高坂先輩の対決で兄さんはその審査役……みたいで」
おれは昨日の義之の発言を思い出した。その絡みで今日も生徒会室で食べてるんだろうか。
「私が、朝起きて作ってるのを見たお姉ちゃんが思い出したようにそれを言ってきて……」
「なるほどな。原因は義之だな」
音姫さんの性格なら夜のうちに伝えていただろうが昨日の事件で抜けていたのだろう。義之にも困ったものだ。
「だ……だから、問題ないです。それに翔也さんなら見られても大丈夫ですから」
「……分かった。ちょうど財布も無かったしありがたくご馳走になるよ」
ここまで言われた食べないのはあまりにも酷だ。なら食べさせてもらおう。そう思って俺は向かいに腰掛け、弁当箱の蓋を開けた。
「…………」
「……」
そこにあったのは、お世辞にも普通とは言いがたいお弁当だった。サラダに見える部分は昨日の野菜炒めを参考にしたのか見た目は言いのだがその隣に入っている。おそらく主菜の部分所にあるのは真っ黒になっている何かだった。
「……うーん」
俺は思わず唸ってしまった。この黒い物体は何なのだろうかその疑問の答えが出てこない。
「なぁ、由夢これはその……何だ?」
「そ、それは……エビフライです。ちょっと油の温度を間違えて焦げちゃっただけです」
「そうか……」
昨日は揚げ物は作っていないし教えたことは俺は無い。教えていればこうはならなかっただろう。しかしどう間違えればこうなるのだろうか。
「……えっと、無理して食べなくてもいいですよ?」
「いや……食べるよ」
遠慮がちに由夢が言う。だか、ただ焦がしただけなら物凄く苦いくらいだろう。そう思った俺はそのエビフライを口に含んだ。
「…………」
由夢が期待と心配が入り混じったような目で俺を見る。この時、俺の頭の中では一種のスパーク現象とでも言えばいいのか、この由夢製エビフライという未知の味に衝撃を受けていた。
へたすれば気絶してしまうかも知れない味だ。おそらく殻をまったく剥かずに揚げたのだろう。中に残る殻の感触と何かを巻いて揚げたのだろうか。それが特定できないがそれもまた妙な味を助長していた。
「……由夢……」
「は、はい」
俺の反応が無いことが不安なのか、由夢は焦っているかのように返事をする。
「今度……揚げ物の作り方を……教えてやるからそれまでは一人で作らないほうがいい」
「あ……あははは」
俺は何とかそういうので精一杯だった。気絶しそうだったが昨日食べて夢宮のあのおかずよりかは大丈夫だったから気絶せずに済んだのだろうか。その由夢製エビフライ以外は昨日教えて事や音姫さんから学んだのであろう事が出来ていたのかひどくは無かったが味付けが濃すぎたり薄すぎたり等々改善すべきところは多く
「まだまだ練習が必要だな」
何とか食べ切った俺にはこれが率直な感想だった。由夢自身もやっぱり思うところがあったのだろう。
「はい……頑張ります……」
そう言って少し落ち込んだ表情を浮かべた。
「ただ、教えた部分は出来てるからそこは概ね大丈夫だよ。揚げ物も教えていれば出来ただろうから落ち込みすぎないでいいぞ?」
「翔也さん……」
驚いたと言いたげな由夢の表情を見ながら俺は最初の巾着に食べ終わった弁当箱を入れる。
「ごちそうさまでした。昼飯抜きにならなかったし助かったよ」
感謝とともに由夢に巾着を渡す。由夢はしばらく呆然とした後
「……い、いえ私こそあ、ありがとうございました!」
そう言ってそのまま保健室の鍵を開け走って出て行ってしまった。頬が赤くなっていたのは気のせいだろうか。
「さてと……戻るか」
教室に戻る途中で俺は、由夢の料理の改善点や教え方を考えると同時に、昨日気絶してしまった夢宮のおかずについて考えて
「いったい何をどうやったんだろう……」
別の意味で夢宮に対する疑問と少しばかりの恐怖を感じた。