「んん、んんん……」
耳元で鳴る携帯の音で目が覚める。俺は気だるい体を動かし携帯を手に取る。時間を見ればまだ10時にもなっていない。こんな時にいったい誰だろうか?
「……夢宮……愛梨?」
携帯の液晶に出ている名前を理解するのに多少時間がかかった。慌てて着信に出る。
「もしもし?」
「……嘘つき……」
「……え?」
「翔也君の嘘つきって言ったの! 学校で桜内君に聞いたんだよ!」
電話口から、怒ったような心配しているような不思議な印象を受ける声が聞こえてくる。嘘つきとは昨日のことだろう。
「……ごめん……」
「やっぱり昨日の時点で風邪だったんだね……熱はどのくらい?」
「朝計ったときは……38度くらい……」
寝る前よりかは少しは良くなったのだろうか?それとも寝起きだからなのかは分からないが頭痛はほんの少しだが良くなった気がする。
「38度って……高熱じゃない! 私のせいだよね……ごめんなさい」
電話の向こうから謝る。そんなに高熱だろうか。熱になったのは久しぶりだからあまり分からない。
「いや、愛梨の責任じゃないだろ……」
「ううん。だって……昨日待たせたの私だし……」
「うーん……そんなに気にするな」
「ううん、私責任取るから! ちゃんと取るから!」
何かを決めたように言う夢宮。
「責任って……」
「細かい事はいいから! 電話切るね? ちゃんと寝るんだよ?」
「いや、細かいことって……お前――」
「いいの! 翔也君は寝なさい! 返事は!?」
有無を言わさぬ強い口調で言う。夢宮の前に俺は頷くしかなかった。
「分かったよ……」
「うん。それじゃお休み!」
そう言って電話は切れた。一体何をやらかす気だろうか。考えるもうまく頭は回らず俺は、言われたとおり寝ることにした。
「…………」
次に気付いた時俺が居たのはどこか別の町だった。
「この感じ……夢だな……」
いきなりこんな所で目覚めたならどんな奇跡だろう。
「ここは何処だ? とりあえず、歩いてみるか……」
立ち止まっていても始まらないと思った俺は歩き出した。熱があったのを忘れそうになるぐらい足取りは軽かった。
「……ん?」
歩き始めてから数分、視界には商店街が広がっていた。不思議に思った事は初めて見る景色じゃないような気がした事だ。
「……まさか!」
気がついたら俺は走っていた。まるでこの場所を知っているかのように。しばらく走った後、俺は立ち止まった。目の前には一軒の家があった。
「……やっぱり」
見覚えのある形、色。それは昔の自分の家だった。あの日、両親とともになくなったはずの。
「……何でいまさら……」
家の前で立ち尽くしていると、家の中から誰かが出てきた。その人が誰なのか俺にはすぐに分かった。分かって当たり前だった。
「母さん……それに父さん……」
自分の両親だった。父の手の先には小さい子供がいる。小学生ぐらいだ。早く外に出かけたいのか父親を頑張って引っ張ろうとしている。
「と、小さい頃の俺か……」
あの頃の自分をこんな形で見ることになるとは思わなかった。この時の光景には俺も覚えがある。おそらくこの世界の今日は6歳の俺の誕生日だ。あの日俺はプレゼントを買ってもらいたくて仕方なくてあんな風に手を引っ張っていた記憶がある。
三人は家の前に立つ俺が見えないかのように小さい俺を二人の間に挟み歩いていった。
「……家の中か……」
入れるのだろうかという疑問が頭をよぎる。あの日以来、形そのものがなくなってしまった家の中。もしこれが夢なら入れる筈だ。そう思い俺は手を伸ばした。しかし、その手はドアにつくだけだった。鉄製のドアの冷たさが伝わる。
「そう、甘くないか……」
そんな都合のいい話はない。それに今さら家の中を見てどうしようと言うのだ。
火事の原因でも探ろうとでも言うのか。
「……どうしようもないのにな……」
もしこれが俺の記憶通りならこの家は、この後火事になる。それも誕生日の夕食の直前にだ。そして俺はさくらさんに助けられて、母さんと父さんは……
「……そして養子として初音島に行くんだな」
もし、この日火事もなく両親が生きていたら俺はどうなっていたのだろう。そんなことを考えてしまう。そうなったら初音島に来ることもなくここで育ち大人になっていったのだろうか。
「……考えられないな、正直」
それは、さくらさんや義之の出会いもなく。今の風見学園での学校生活もないということになる。そして何より
「愛梨に会えないのか……」
言葉にして初めて思う。ここまで俺の中で夢宮……いや、愛梨への気持ちが大きくなっていることに
「出会いからしてとんでもなかったな」
こんな状況でふと思い返す。
初対面で木の上に居て降りられなくなってこちらの呼びかけに躊躇なく飛び降りてそれを抱きかかえた事。自分は魔法使いだって言い、使える魔法は二種類だというのを話してくれたこと。学校でお昼時に声をかけに来て大勢から一緒に逃げたこと。その後お手製のお弁当を食べて気絶したこと。
「ほんと、たくさんあるな。密度が今までと違いすぎる」
出会ってからそんなに経ってない筈なのにこんなたくさんの事が起きた。傍から見ればいいことばかりでもないが俺自身は悪い気はしていない。何と言うか大事な思い出のような感じだ。
「それが無くなるのは耐えられないな……」
この世界への未練を出さないように俺は目を閉じる。願うはこの夢の終わり。
【パリン!】
愛梨との夢の世界で聞いた夢の終わりを告げる音がする。頭も冷静になったのか少しひんやりとする。
「お父さん早く早く!」
「こら、そんなに走ると危ないぞー」
薄れいく意識の中、小さい俺が父親を呼んでいる。その後ろから両親が笑いながら言っている。
「さようなら……父さん……母さん」
夢の中の親に別れを告げ俺は夢から覚めた。
「…………」
夢から覚めた俺には違和感があった。何故か頭の……額の所が冷える。額に手を当ててみるとタオルが置いてあるようだ。ご丁寧に濡らされており冷たさが心地よい。
「12時を回ったくらいか……」
どうやらあれから三時間ほど眠っていたようだ。タオルのおかげもあるのかだいぶ楽になっている。
「……お腹すいたな……」
良くなったせいもあるか食欲も出てきた。今なら少しは何か食べれるだろう。それと薬飲まねばと思い俺は体を起こそうとした。その時部屋のドアが不意に開いた。
「あー。起きちゃダメだよ翔也君」
そういいながら、部屋のドアから入って来たのは
「……愛梨?」
「そ、愛梨さんだよ」
笑顔を浮かべる愛梨だった。手には小さな洗面器を持っている。愛梨は俺の横に座り額のタオルを取り洗面器につける。どうやら洗面器の中身は氷水のようだ。
「調子はどう?
「少しは良くなったよ…」
「本当に?」
愛莉は俺の額に手を当ててくる。やがて
「うん。確かに少しは良くなってるみたいだね」」
安心したような笑顔で言う。一体いつから居たのだろう。
「いつからいたんだ?」
「私? さっき来たばかりだよ。玄関の鍵が開いてたから中に入ってみたら翔也君が苦しそうだったから急いでこれを作ったんだけど……」
そう言って、愛梨は俺の額にタオルを載せる。ひんやりとして気持ちいい。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
俺は愛梨から視線をそらす。夢の中で気付いた愛梨への気持ちへの大きさ。それを意識してしまうと今までみたいに振舞えない。
「どこか、痛いところでもあるの?」
そんな俺の態度を体の不調と捉えたのか顔を覗き込んでくる愛梨。額のタオルを落とすわけにもいかず近い距離に愛梨の顔がある。
「なんでもないから」
出来る限り平静を装い返す。愛梨はそのまま俺を見続け
「……そうみたいだね」
納得したのか、距離が離れる。どうやら顔が赤くなるまではならなかったようだ
。
「じゃあ、私ちょっと一階に降りるけど大人しくしなきゃダメだよ? 今は薬が効いてるだけなんだから」
「……分かった……」
頷くと、愛梨は静かに部屋から出て行った。
「…………」
一人になって考える。その中で色々と疑問が浮かんできた。そのほとんどが愛梨に関することだ。
「……本人に聞いてみるか」
ついさっき大人しくしてと言われたが、俺は布団から出てタオルを洗面器に戻し一階に降りていった。