一階に下りて、一旦深呼吸した後俺は居間の戸を開ける。
「……なぁ、愛梨。ちょっといいか?」
「え? しょ、翔也君!?」
そこに居たのは、居間の隅で何かを漁っている愛梨の姿だった。こちらも見てあからさまに焦っている。
「どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ! どうしたの? まだ病気なんだから寝ないと!」
愛梨は、俺のほうに小走りで来て言う。まるで先に進ませたくないように目の前に立つ。どうやら漁っていたのは小さい鞄のようだ。学校のものではない、おそらく私物だろう。
「いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「聞きたいこと? あ、ちょっと待ってね! 今お粥作ってるから!」
そう言って焦ったように台所に向かう。その途中で顔だけ覗かせ
「アレの中は見ないでね! 絶対だからね!」
と思い出したように言って顔を引っ込めた。何だろう、これは見てくれと言っているようなものではないだろうか?
「…………」
俺の中では見るべきかそれとも言われたとおり戻るべきか葛藤が続いた。やがて
「……」
なるべく気配を殺し足音を立てず鞄に近づく。幸い気付かれず鞄の前に着いた。漁ってた途中だからか開いており中が見える。
「……ノート?」
中にはノートが数冊だけだった。一冊を手に取り表紙を見る。名前やどの教科で使うかといった使用用途など書いておらず新品のような状態だ。中を見ようとしたときその本がいきなり上に動いた。
「こら!」
声のほうを向くと愛梨が立っていた。その手には俺が手に持っていたノートがある。
「何で見ちゃダメって言ったのに見るかな?」
笑顔で言う愛梨。だがその目は笑っていないむしろ怒っている。
「いや……これは?」
「これは?」
「……ごめん」
「まったく、しょうがないな」
これ見よがしに愛梨はため息をつく。
「はい、さっさとしないとお粥冷めちゃうから部屋に戻って?」
「うーん、部屋じゃなくてもここで――」
「部屋で食べたいよね?」
先程と同じ目が笑っていない笑みを浮かべる。なんとなくではあるが音姫さんに義之が逆らえない理由が分かった。これは逆らってはいけない。
「部屋で食べたいです」
「うん。じゃあ行こうか」
俺達は部屋に戻りお粥を食べた。食べさせた貰ったのではなく食べた。おかゆは薄めの味付けで俺の行動を知る前の愛梨の優しさが入っている気がした。
「それで? 聞きたいことって?」
お粥を食べ終わり容器を片付け戻ってきた愛梨来客用の椅子に腰掛け言う。
「……ああ、そうだった」
本来の目的を思い出す。そのために降りたはずなのに
「えーっと、まず一つ目に……」
「うん」
「学校はどうした?」
「早退したよ? 無断で抜け出したら不良でしょ?」
仮病で抜けるのもダメなんじゃないだろうか。
「二つ目だけど……何で来たんだ?」
「責任取るって行ったでしょ?」
「責任って……愛梨に責任は無いだろう。俺の体調管理が悪かっただけなんだから……」
「それでも、昨日普通に帰っていれば風邪は引かなかったと私は思うの」
「そうかもしれないが……だからって学校休んでまで来る必要があるか?」
「私にとっては学校の授業より翔也君が大事なの」
真剣な目で言う愛梨。その瞳はまっすぐで迷いも何もない。だがその目が急に悲しそうになり
「それとも……迷惑……だったかな……」
申し訳無さそうにそう言われた。
「……え?」
そんなことを言うとは思っていなかった。予想していなかった言葉に驚く俺に愛梨は続ける。
「いきなり、押しかけて勝手に振舞って……」
「いや、迷惑なんかじゃ……」
「……本当に?」
次の回答を待っているがその回答に怯えている様なそんな印象を受ける目をしながら愛梨が聞いてくる。
「そりゃ全然迷惑じゃ無いと言えば嘘になるけど少なくとも俺は嬉しかったよ……」
「……フフッ」
突然、愛梨が笑い出す。
「そっかー。翔也君はそう思ってくれたんだー」
「愛梨?」
「ん? いや、あんな真剣な目で言われたら嬉しくって」
「はぁ……」
つまりさっきのは演技だったということか。まんまと騙された訳だ。
「あ、でも迷惑じゃないかなって思ったのは事実だよ?」
「はぁ……」
なんだかどっと疲れた。主に精神が疲れた。
「うん。じゃあ病人は寝ないとね。ほらベッドに戻る」
「まだ……」
「ダーメ。病人は薬飲んで寝るのが仕事なんだから」
「分かったよ」
「ほら、早くする」
愛梨はぴしりといった感じで言いベッドの方に俺を押す。
「大丈夫だって……うわっ!」
「きゃっ!」
どちらかの足が滑ったのか俺達は二人揃って倒れた。後ろがベッドだったからか痛みは無かったが
「…………」
倒れた拍子でお互いの体はこれまでに無いくらい近い。そして愛梨の顔が俺の目の前に来ている。
「…………」
互いに無言で相手の顔を見る。こうして近くで見ると改めて愛梨の可愛さを認識すると同時にこの状況への恥ずかしさもあり顔が赤くなる。
「ご、ごめん!」
いきなり愛梨が言い離れる。
「……あの愛梨……」
「わ、私下にいるからさっさと寝ることいい? いいよね? それじゃ」
まくし立てるように言って愛梨は部屋を出て行った。顔が赤かったのは気のせいだろうか。
「俺も人の事言えないだろうけどな」
そんな事を呟きながら俺は愛梨が作り直した氷水にタオルを浸し絞る。それを額に載せた。
「冷たい……」
これで少しは頭も冷めるだろう。そんなことを考えながら俺は再度眠りについた。