「今日、家に泊まっちゃいなよ」
さくらさんの一言に俺達は驚いた。さくらさんはきょとんとして続ける。
「あれ? ボク何かおかしいこと言った?」
「いや、おかしいも何もいきなり泊まれって言うのは誰だって驚きますよ……」
ふと我に返り俺は言った。義之たちも頷く。さくらさんは
「そう? 嫌じゃなければ布団もすぐ使えるし名案だと思ったんだけどなー」
「布団って……来客用の布団は前に干したのいつでした?」
おれ自身も思い出せない。そんなので愛梨を寝させたくないという気持ちもある。
「違うよー。愛梨ちゃんはボクが使ってる布団で寝ればいいんだよ」
「あの……そうしたら……さくらさんはどこで寝るんですか?」
愛梨が控えめに言う。さくらさんは少し寂しそうに目を細め
「うにゃー。ボクも一緒に寝たいけどそろそろ学園に戻らないといけないんだ……戻ってきたのも翔也君の様子を見る為だし……」
仕事を中断して戻って来てるとは……というよりは
「学園の仕事……って、こんな時間までですか?」
音姫さんが驚き言う。言うとおりこんな時間まで働いているなんて労働基準とかまるで無視している。
「そうなんだけどねー。いろいろあるんだよ、ボクにも……」
「そうなんだ……大変ですね……」
由夢は感心したように言う。由夢からすればこんな時間まで学校に拘束されるのはかったるいなんてものじゃないだろう。
「そうでもないよ。ただ……」
さくらさんは笑顔で答えてニヤニヤとしだす。
「こんな時間って言うなら、女の子を1人にするのは危ないよね? 義之君は音姫ちゃん達にダメって言われてるし……」
勝ち誇るかのように言うさくらさん。どうやらさくらさんの中では泊まって貰う事で決まっているようだ。
「う……」
「それは……」
「うん。なら決まりだね。愛梨ちゃん今日は泊まっていって?」
「は、はい……」
さくらさんの笑顔の前に俺達は頷くしかなかった。
「んじゃ、ちょっと行ってくるねー」
そう言ってさくらさんは部屋から出て行った。少しして玄関のドアが閉まる音がした。残された俺達は、とりあえず寝る支度を始めた。途中で音姫さんたちは帰っていった。いや、帰ったというよりは
「や、やっぱり心配だからお姉ちゃんも泊まる!」
何を考えたか突然言い出す音姫さんを由夢が
「お姉ちゃん! 無理だから!」
「あー! 弟くーん!」
無理やり引っ張る形で朝倉家へ連れて行った。由夢達が朝倉家に入る直前に聞こえたのは
「弟くーん! 変なことしちゃダメだからねー!」
音姫さんの叫びだった。これを聞いた義之は
「そんなに俺信用ないのかな……」
ちょっと真面目な顔して頭を抱えていた。
「どうだろうな……」
「翔也まで……なんか俺もう寝るわ。明日も早いし。それじゃおやすみ翔也。夢宮さん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
義之は大きく欠伸をしながら部屋に戻って行った。となると、案内は残った俺になる。
「そんじゃ、行こうか」
「うん」
俺達は、さくらさんの部屋へと向かった。
「ここがさくらさんの寝室だから……」
「う、うん……」
俺はさくらさんの部屋に愛梨を案内していた。俺自身もさくらさんの部屋に入るのは久しぶりだった。部屋にはあまり物は無いがどこか心が温かくなる気がした。愛梨は緊張しているのか辺りを見回しながらゆっくりと入ってきた。
「確か、布団は……」
「ねえ、翔也君」
布団を出そうとする俺に愛梨が聞いてくる。
「何だ?」
「本当に泊まっていいのかな?」
「良いも何も……さくらさんが良いって言ったんだから良いんだろ?」
「そういうもの……なのかな……」
確かにいきなりあんな言われて去って行ったら不審に思うのも仕方がないだろう。俺は話題を変えることにした。
「それより、愛梨は家は良いのか?」
「え? なんで?」
「いやだって親とかいるだろ? 連絡とかしないでいいのか?」
「ああ……」
そう言って、愛梨は何を納得したのか何度か頷いて笑顔で言ってきた。
「大丈夫だよ?」
「大丈夫って連絡くらい……」
「だって私の家、親いないもん」
「……え?」
今度はこちらが絶句した。親が居ないってそれはつまり……
「あ、違う違う。家に居ないってだけだからね?」
愛梨は焦ったように訂正する。
「そ、そっか……」
「うんうん。はい、この話題はおしまい! それじゃ私シャワー浴びてくるから」
「シャワーって着替えはどうするんだ?」
「あれに入ってるよ、一応制服もね」
愛梨は先のノートが入っていたバックを指差す。用意がいい……というより制服までご丁寧に入ってるということは
「なあ愛梨。もしかして言われなくても泊まるつもりだったのか?」
「えーっと熱が下がらなかったらだよ? 本当だよ?」
そうは言うが目が泳いでいる。これはさくらさんが帰ってきてくれて感謝しないといけないだろう。何もなしに泊まると言われたらどうなっていたことか。
「そっか、じゃあ俺部屋に戻るから……」
「あ、翔也君」
布団を出し、部屋を出ようとする俺を愛梨が呼び止めた。
「どうした?」
「えっとね、覗いちゃダメだよ?」
悪戯っぽく笑みを浮かべ言う愛梨。何を考えているのだろうか。
「しない。それじゃ」
「むー……」
むくれている愛梨に背を向け俺は部屋を出た。付き合うと長くなりそうだし、少し眠くなってきた。薬が効いてるのだろうか。
「早く寝ないとな……」
俺は部屋に戻り明かりを消した。そのまま布団に入り、そのまま目を閉じた。
「調子はどう?」
いきなり声をかけられた。辺りを見回すと何故か学園の中だった。声のするほうを見れば愛梨が立っていた。
「ここは夢か?」
「そう。多分明日の予知夢じゃないかな?」
言われてみれば、周囲には露店が並び生徒以外の人も見える。去年のクリパで見たことある風景だった。
「しかし、ご苦労様だな」
「え?」
「いや、わざわざ夢の中に入ってこなくても……近くに居るんだから話があるなら起こせばいいだろ? それも魔法なんだし」
「…………」
愛梨は呆れた目で俺を見る。
「あのね? 今の翔也君は風邪なの。寝ないといけないんだから起こすわけにいかないでしょ? だからこうして来たのに……」
「そっか……悪い」
頭を下げる。愛梨から見ればまだ俺は病人のようだ。
「あ、ちょっと待ってね」
そう言って愛梨は校舎の影、俺から見えない位置に走って行った。それからしばらくして突然頭が冷えた感じがする。手で触れてみると額が一番冷えていた。
「ただいまー……ってどうしたの?」
「いや、少し頭が冷えてな……」
「あー……それは、今翔也君にタオルを置いたからだよ。分かる?」
「……そういうことか」
夢の中と体は繋がっているという話は聞いていたがこういうことをされると実感が湧いてくる。
「それにしても楽しそうだね……」
「そうだな……」
並んで、クリパの風景を眺める。露店の商品を子にねだられる親子。冬だというのに雰囲気を出すためかこった衣装で調理をする男子。そんな風景をしばらく眺めている中、愛梨が口を開いた。
「…………翔也君」
「ん?」
「明日、楽しみだね……」
「そうだな」
「うん! ……あふ……」
「眠いのか?」
小さく欠伸をした愛梨は頷く。そろそろ愛梨も寝たほうがいいだろう。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「そうだね……それじゃおやすみ。翔也君」
「ああ、おやすみ」
そう言って、愛梨は先程と同じように校舎の影に歩いて行った。少ししてから確認しに行ったがそこに愛梨の姿は無かった。俺はそのまま進み暖かい中庭に移動した。無論俺も寝るためだ。
「やっぱりここは空いてるな……」
少し外れた場所にあるベンチに寝転がる。日差しも届きまさに絶好の寝場所だ。
「……楽しみだな……」
明日にあるクリパのことを考えながら俺は目を閉じた。明日の成功を示すような太陽の暖かい陽気も手伝ってくれて夢の中での眠りも早く訪れた。