12月24日(朝)
「もう、2人とも出てるの?」
家の鍵をかける俺に愛梨が言う。今日は昨日と同じくらいに早めに起きたのだが、義之は既に出ていたのか。家には誰も居なかった。さくらさんは泊まりこみで仕事したのかもしれない。学校に歩きながら愛梨に言う。
「ああ、今日は俺が最後だ。義之は劇の練習だって昨日言ってたし」
「人形劇かー。見に行こうね」
内容を思い出してるのか、うっとりした表情で愛梨が言う、少々歩き方がふらついている。
「考えながら歩くと転ぶぞー?」
「大丈夫だよー……わわ!……」
「っ!」
言ったそばからバランスを崩しかける愛梨。俺はとっさに愛梨の手を掴んで支える。
「いったそばから……だな?」
「そ……そうだね……」
立ち直した後、恥ずかしいのか少し視線をそらし空を見る愛梨。
「雪……降りそうだね……」
俺も空を見てみる。晴れ間はあるがその片隅には微妙にどんよりとした灰色の空が見える。これなら夕方とかには降るかもしれない。
「そうだな……」
「雪が降ったらホワイトクリスマスだね……降って欲しいなー……」
「クリスマスイブか……」
ここ数年でホワイトクリスマスは無かった気がするし降って欲しいと思う人はたくさん居るだろう。現に隣の愛梨は降るのを望んでいるし。
「今日はさ……昨日よりももっと楽しくなりそうだね」
「そりゃ今日は朝からクリパだからな……」
「翔也君……その言い方はドライすぎるよ……」
呆れたように愛梨に言われる。事実だけを言うのはいけないだろうか……
「あ、そういえば。今日の朝はね? 一緒に回れなくなっちゃった……」
「何かあったのか?」
「うん。昨日翔也君と分かれた後ね? クラスの子が体調崩しちゃって翔也君と同じで調理もすることになったの……」
「他に代われる人は居なかったのか?」
そう聞くと愛梨は困ったような顔をして
「えっとね? ほら、昨日翔也君のお店手伝ったじゃない? それで私が料理が出来るって知られちゃったみたいで……」
「つまり……俺のせいか?」
「そ、そんなことないよ! 私が好きでしたんだから」
「……でもまあ俺も朝はシフトがあるかもしれないしおあいこだな」
昨日と同じ客足になると考えたら休む暇は無いかもしれない。そうなると一緒に回れないのと同じだ。
「やっぱり午後からになりそうだね。ちゃんと来てよ?」
「ああ、愛梨のウェイトレス姿を見れるように頑張るよ」
「私も待ってるからちゃんと来てね。その後は人形劇だよ?」
「そうだな、人形劇か……」
人形劇といえば月島は来てるのだろうか。もし居なかったら最悪中止もありえるかもしれない。今度は俺が考えに耽っていると愛梨が顔を覗き込んできた。
「どうしたの? 何か考え事?」
「いや、義之から聞いたんだけどヒロイン役の月島が昨日調子が良くなかったみたいなんだよ……」
「月島さんって……あの時の……」
一度面識はあるから愛梨は頷く。
「心配だね……」
「そうだな……今日休んでたら最悪中止かもしれないな……」
「えー。そんなのやだよー」
「まあ、休んでないかどうかは朝確認しとくよ」
「うーん……お願いね……」
中止になるかもしれないことがショックなのか沈んだ調子で言う愛梨。言わないほうが良かったかもしれないな。
「そういえば愛梨。昨日言ってたサービスって何をしてくれるんだ?」
「え?」
話題を変えるために俺は昨日去り際に愛梨が言ったことを聞いてみた。
「だから昨日別れ際にサービスするねって言っただろ? あれはどういう意味なのかなって……」
「そ……それは……」
愛梨は少し頬を染めうつむく。いったい何をしようというのか。やがて顔を振りこちらを見る。
「き……来てからのお楽しみだよ! 最初に……言ったら面白みが無いでしょ? うん!」
早口で言い、1人で頷く。本当に何を考えているのか分からない。おれは
「わ…分かった」
と言って頷くしかなかった。気付けば反している間に正門前まで来た。
「それじゃ、ここで一旦お別れだね……」
「そうだな、じゃあまた後で」
「うん、翔也君が来るの楽しみにしてるからね!」
先程の沈んだ感じは何処へやら。ご機嫌にウインクして愛梨は本校に歩いて行った。
「さてと……」
俺はさっきの件を確認するべく義之たちのクラスに向かった。クラスの窓には暗幕が張ってあり、練習中のようだ。俺はなるべく音を立てないように中に入る。見回すと話が出来そうなのは雪村ぐらいだった。
「なあ、雪村。少しいいか?」
「……っ!」
静かに近づき小声で話しかける。雪村は一瞬ビクッとしてこちらを見る。そして安心したように
「なんだ……翔也じゃない……驚かさないでよ」
小声で返してくる。どうやら劇に集中していたようだ。
「悪いな。あの、月島は来てるのか?」
「小恋? ええ。来てるわよ? それがどうかした?」
「そっか来てるならいいんだ。劇が中止になったら困るからな……」
「ふーん……翔也も観に来るの?」
「そうなるだろうな……」
「へえ……翔也が人形劇をねー……」
話が進むにつれ、表情がニヤニヤしていく雪村。これは尋ねる相手を間違えたか。
「とにかく、月島が来てて良かったよ。体調は良さそうだったか?」
「そうね……可もなく不可もなくといったところね……油断は出来ないけど……」
「練習で飛ばしすぎないような?」
「そうね。私達としても中止なんて事態は避けたいから……忠告として受け取っておくわ」
「演劇部様には余計な事だったかな? じゃあ、邪魔しちゃ悪いしそろそろ出るよ……」
さすがにこのまま観続けるのも気まずいので俺はそう言って教室を出ようとした。
「ええ。本番には彼女さんとちゃんと来なさいね。終わった後彼女さんの前で感想言わせてあげるから……」
去り際に意地の悪い笑みを浮かべて雪村が言う。実際にはないんだろうが乗っておこう。
「その時はその時で答えるさ……」
そう言って俺は教室を出て、自分のクラスに向かった。既にクラスには結構な数のクラスメイトが揃っていた。みんな今日の開始が待ち遠しいのかどこかそわそわしている。
「あ、春野」
北上が声をかけてくる。北上はいつもと変わらないと言うか浮かれた調子もなく普通だった。
「ん?」
「ん? じゃなくてさっさと行くわよ?」
「行くってどこに?」
「今日の分の材料を取りに行くのよ。昨日あんたが行くって行ったでしょうが。だからこうして待ってたの」
北上が言う。確かに昨日そう言った。言われるまで忘れてしまっていたのも事実だ。俺は少し頭を下げて謝る。
「悪かった」
「まったく……もういいから行くわよ?」
「了解」
昨日と同じ場所で受け取るとのことで指定場所に向かう。途中で俺は北上に聞いてみた。
「そういや、お前落ち着いてるよな?」
「何が?」
「ほら、クラスの奴らなんかそわそわしてただろ?」
「ええ。そういうあんたもね。」
「え?」
自分の頬に手を当ててみる。緩んではいないはずだが俺も同じだったという事か。
「大方、好きな人を誘おうとか、彼氏彼女と一緒に回るとかそんな感じでしょ?」
「北上はいないのか? こう、一緒に回りたい人とか……」
「…………」
北上が信じられないようなものを見る目で俺を見る。そしてため息をつき
「あんた、他の女子にもそんなこと聞いてるの? そうだったらデリカシー無さ過ぎよ……」
「いや、何かお前があんまりにも落ち着いてるように見えたからさ……」
「私は別に? そんなの無いわよ? あってもクラス見てないといけないからダメだろうし」
歩きながらどこか投げやりな感じで言う北上。クラス委員となるとそんなにしないといけないのか。
「何か悪いな……」
「何よ急に……何か変なものでも食べた?」
「いや、話し聞いてたらクラスの仕事をずっと押し付けて俺達だけ楽しんでるんじゃないかって感じてさ……」
「気にしないでいいって言うか。私は別にこういうの好きだから楽しんでないわけじゃないし……そう思うんだったら……」
北上は思いついたように手を叩く。指定場所には既に配達員がいた。昨日と同じようにダンボールを置いていく。量としては昨日より1.5倍程だ。北上は俺に向き直る。
「そう思うんだったら少しは楽させて? これ1人で持ってって?」
「え? この量を?」
「申し訳ないって思ったんでしょ?」
「それはそうだが……」
「なーんてね」
慌てる俺をみて北上が笑う。そして、割と小さいほうの箱を数個持つ。
「そんなことさせないわよ。でも少しは頑張ってね。一回で運び終わりたいから」
「そうだな……頑張らせてもらうよ……っと!」
残りの箱を重ねて持つ。昨日より量上がる分重さも増している。
「ありがとね。それじゃ昨日と同じ場所だからこけないようにね?」
「分かった……」
そうして材料を持っていき、店で調理等の準備が終わる頃にクリパの始まりが告げられた。