枯れない桜 もう一つの物語   作:メレリア

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12月24日(昼) 後半

「うーん! 大変だったよー」

「お疲れ様……」

 

 廊下を歩きながら愛梨は大きく背伸びする。あれから特に事件ももなく愛梨の仕事時間は終わった。俺は残りの時間愛梨を眺めていたが飽きることは無かった。ただ、これでウェイトレス姿が見納めだと思うと少し残念だ。

 

「さてと……これからどうするか……」

「そんなの決まってるよ!」

 

 生徒にも配布されるクリパのパンフレットを見ながら愛梨に聞く。愛梨はもう決まっているのか即答してくる。

 

「一応、聞くけど……何だ?」

「人形劇だよ!」

「……やっぱりか……」

 

 しかし、開演時間を見てみるとまだだいぶ後だ。

 

「結構時間あるけど良いのか?」

「ふふ、甘いね翔也君。クラスの子に聞いたんだけど既に開演待ちの列が出来てるって話だよ?」

「そうなんだ?」

 

 それは初耳だった。それだけあのクラスへの期待は大きいということなのだろうか。

 

「だから、行こう? ほら早くー!」

 

 愛梨は俺の腕を掴み歩き出す。最近、こんな風に愛梨に引っ張られる事が多い気がする。

 

「分かった。分かったから……そんなに引っ張るなって」

 

 こうして俺達は義之たちのクラスに向かった。着いた先で会ったのは

 

「あ、翔也君。それに愛梨ちゃん」

「翔也さん。夢宮先輩」

 

 音姫さんと由夢だった。列の1番前と2番目で待っている。音姫さんがこの人形劇が好きなのは知っていたがまさか1番前に来るほどとは思ってなかったしかも由夢も連れて。しかし由夢の表情が少し暗いのが気にかかった。愛梨は気にしていないのか音姫さんに近づき

 

「やっほー音姫ちゃん!」

「きゃっ……もー」

 

 そのまま音姫さんに飛びついた。音姫さんは一瞬驚くも愛梨を受け止める。お互い笑顔だった。その光景に後ろに並んでいる男子は嬉しそうなため息をついている。女子には微笑ましい光景なのかうっとりしている人が多かった。だが、一部の男子は近くに居る俺を睨んでいる。俺は何もしてないというのに……

 

「音姫さん、1番前なんですね」

「うん! だって楽しみだもん!」

「うんうん。そうだよね!」

「でも由夢はどうしたんだ? さっき表情が暗かったですけど……」

「や、全員で何か話し合ってるように見えて……」

「何かあったのかな? ねえ、翔也君見てこれる?」

 

 愛梨が俺に言ってくる。確かに普通の劇なら今は準備を終えて舞台裏で何かしてるといった所だろう。気になるのも事実だ。だが他に気になるところがあった。

 

「だけど、列順はいいのか?」

「あ、それならね? 後ろの人が入って良いですよって……」

「そんなの迷惑じゃ……」

「あの翔也さん。嘘じゃないと思いますよ……」

「うん。みんな優しいねー」

 

 後ろを見て音姫さんが嬉しそうに、由夢は少し驚いたように言う。

 

「まさか……」

 

 俺も三人の後ろに隠れた列の後ろを覗いてみる。後ろの男子は既に下がり2人分の空間を開け頷いていた。周りの男子も女子も頷いている。何だか申し訳ない気分だ。だが俺の為ではないだろう。音姫さんに由夢、それに愛梨の為であって俺はおまけなのだ。

 

「本当みたいだな……」

「私、嘘つかないよー」

「分かった……じゃあ行ってくる。後ろの人にちゃんとお礼言っとけよ?」

「分かったー」

 

 俺は教室の中に入っていった。

 

「失礼します……」

「……春野? 何の用? まだ開演してないはずだけど」

 

 このクラスの委員長である沢井がこちらを見る。その顔つきは真剣で周りの空気も少し重い。

 

「いや、外のお客から何かあったんじゃないかって聞いてこいって言われてね……」

 

 ドアの窓を示す。

 

「音姉達か……」

 

 義之が悔しそうに呟く。

 

「何かあったのか?」

「小恋がいないのよ……」

 

 返事は雪村から返ってきた。周りは驚いたように雪村を見る。そして

 

「ちょっと雪村さん!」

「どうせ今から外にも言うんだしここで翔也に言っても変わりないでしょ?」

「でも……」

 

 淡々と雪村が言う。沢井はどこか納得しきれないのか俯く。

 

「ちょっと待ってくれ。朝は月島居たんだよな?」

「最終準備中に倒れたんだよ……さっき保健室に連れて行った……」

「そういうことか……」

 

 朝から無理をしていたのだろう。沢井がどこか中止を割り切れないのも月島の性格を考えてのことだろう。責任を感じていらないことまで背負い込んでしまう。月島はそういう奴だ。

 

「何か手はないのか?」

「無理よ。他にヒロインが出来る人は居ないもの……」

「…………ちょっといいか?」

「何? なにかあてでもあるの?」

「いや、あるかは分からないがそのヒロインの名前って何だ?」

「え? シャルルだけど」

 

 それを聞いて思った。いやむしろ何で気付かない。

 

「……それなら心当たりあるけど」

「誰?」

 

 俺の返答に雪村が鋭く聞いてくる。周りの生徒もいっせいに俺を見てくる。

 

「おい、翔也。誰だ? 教えてくれ」

 

 義之が俺に迫ってくる。人間焦るとこうも周りが見えなくなるのだろうか。

 

「誰というかお前が1番知ってるだろ?」

「え?」

 

 俺は再度ドアを指差す。ちょうどその心当たりがガラス部分からひょっこり顔を覗かしていた。

 

「そっか! その手があったか!」

 

 義之は分かったのか手をパンと叩く。

 

「これなら大丈夫そうだな……」

「ああ、ありがとう翔也」

「ちょっとどういうこと?」

 

 何か分からないのか、沢井が焦ったように聞いてくる。

 

「後は、義之が言うさ……」

「ああ、シャルルの台詞なら完璧に覚えている人が居る」

 

 説明しだす義之たちに背を向け俺は教室を出た。

 

「おかえりーどうだった?」

 

 戻るとそわそわしている愛梨が聞いてきた。他の生徒も気になるのか耳を済ませているように見える。

 

「えっとな……とりあえず公演中止は無いそうだ」

 

 何があったかを言うのはさすがにまずいので結論だけ俺は言った。愛梨たちはそれを聞き

 

「よかったー」

 

 と安堵していた。周囲もほっと一息ついている。本当に周りへの影響力の高いクラスだ。感心していたその時教室のドアがガラリと開いた。中から義之が

 

「音姉、頼みがある」

「え?」

「とにかく来てくれ」

「え? 弟くん?」

 

 音姫さんの手を掴み中に連れて行った。それを見て由夢が

 

「ひょっとして……」

「ああ、多分由夢の想像通りだ……」

「そういうことですか……」

 

 保健委員として事情を知っているのだろう。由夢は分かったようだ。愛梨はぽかんとして

 

「音姫ちゃんに何の用事だろう?」

 

 そう言ってガラス部分から中を覗こうとする。俺は愛梨の頭をポンと

 

「ふにゃ?」

「勝手に覗いたらダメだろ?」

「でもー……」

「言っただろ、中止にはならないからって。ちゃんと待とうぜ?」

「ううー分かった」

 

 渋々といった感じで愛梨が頷いた。それを見ていた由夢が少し苦笑いを浮かべ

 

「なんだか……夢宮先輩ってお姉ちゃんみたいですね……そう思いませんか? 翔也さん」

「そうかもしれないな……」

 

 俺はそう返していた。そして

 

「それでは、前の方から入場していってください」

 

 ドアが開き中に誘導される。最初の方だったのもあり俺達は最前列の端のほうだった。そしてブザーが鳴り照明が落とされた。

 

「な、何だか緊張するね……」

 

 小声で言いながら愛梨が手を握ってくる。

 

「どうした? 愛梨が演じるわけじゃないのに……」

「違うの、何だか真っ暗って怖いなって……」

「劇が始まればすぐに明るくなるよ」

「そっか……そうだね……」

 

 そう言って愛梨はさっきよりも強く握ってくる。俺は痛くはならないように少しだけ力を入れて握り返した。

 

「でも、お姉ちゃん大丈夫かな?」

 

 今度は反対側から由夢が言ってきた。ちなみに今の位置取りは窓に近いほうが由夢。劇場に近いほうが愛梨。その間に俺だ。ちなみにこれは愛梨と由夢が話し合ってたようで音姫さんもいたら愛梨の隣でさらに劇場側の予定だったらしい。

 

「大丈夫って言うと?」

「や、緊張のし過ぎとかしてないかな……」

「心配しなくても義之が何とかするだろ?」

「でも……」

 

 由夢は不安を拭えない様だ。事情を知っている分失敗して欲しくないのだろう。

 

「義之だってやるときはやるさ。それは由夢も知ってるだろ?」

「……うん」

「なら大丈夫だって。ゆっくり見ようぜ? 2人の稽古の成果を」

「うん……そうだね……」

 

 言い終わったとき劇場の照明がついた。どうやら始まるようだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄かったねー!」

 

 帰りの桜並木を歩きながら愛梨が興奮冷めないのか言う。結果から言えば義之たちの劇は大成功だった。劇が終わった後、一瞬にして教室中が拍手に包まれる。劇の最中で気付いている人も居たが気付かなかった人も居たのか、舞台の前に出てきた出演者の中に音姫さんが並んでいたことに驚いている人も居た。

 

「でも、音姫ちゃんが本当にヒロインするとは思わなかったなー」

 

 そう愛梨は気付かなかった人の1人で1番驚いていたかもしれない。それだけ劇に集中してたんだろう。俺と由夢は頷きながら返す。

 

「そうだな……」

「そうですね」

「でも、午後の時間使って見る価値あったよー」

 

 思い出してるのかうっとりしながら愛梨が言う。結局劇で午後の時間は終わったのだ。でもそれだけの時間があっという間に感じる出来だった。

 

「でも、まだ終わりじゃないですよね? 翔さん」

 

 由夢はどこか期待したように俺を見る。呼び方も家でのものに変わっている。

 

「そうだな。今日は主演だった2人の為に気合入れるか」

「何々? 何するの?」

 

 愛梨も何を期待しているのか俺のほうを見る。俺が答えるより先に由夢が答える

 

「夜は、翔さんがご馳走を作ってくれるんですよ。いうなればクリパの二次会ですね」

「あー、私も行きたいー」

「良いんじゃないですか? ね? 翔さん」

「そうだな、いつも余るくらいあるし大丈夫だろう」

「わーい! じゃあじゃあ由夢ちゃん。出来るまでの間さっきの劇について話そうねー」

「はい!」

 

 両手をあげて喜ぶ愛梨。由夢も話す相手が欲しかったのか楽しそうに頷く。こうなると作るのは俺1人で行うことになりそうだ。

 

「……あれ?」

 

 ふと先を見ると、同じ学生だろうか? 2人組みが仲良く歩いていた。そしてその姿に見覚えがあった。

 

「義之……それに音姫さん?」

「え?」

「あ」

 

 先を歩いていたのは劇の主役だった2人だ。抜け出してきたのだろうか? のんびりと歩いている。

 

「本当だ。音姫ちゃーん」

 

 愛梨は2人を見つけるとそちらに駆けて行った。邪魔しないほうが良いという考えは無いのだろうか

 

「翔さん。私達も行こう」

 

 ボーっとしてると由夢に腕を引っ張られる。

 

「そうだな」

 

 そのまま、俺達も義之たちのところに駆けて行った。

 

「え? 愛梨ちゃん?」

「由夢? それに翔也も……」

「お疲れ、兄さん。お姉ちゃん」

「主役が2人とも抜け出して大丈夫なのか?」

 

 義之たちは驚いたように俺たちを見る。だがすぐに笑顔を浮かべ

 

「いいんだよ。打ち上げでテンション上がった渉は面倒だから」

「それに、まだパーティーがあるもんね」

 

 義之は少しうんざりした口調で言うがその口元は緩んでいた。音姫さんは楽しそうに言う。

 

「いや、音姫さんはゆっくりしてくださいよ」

「そうだよ。今日は翔さんが腕によりをかけるみたいだから」

 

 由夢は言質をとったからか笑いながら言う。

 

「うん。音姫ちゃんは私達と劇について話すんだから」

「む……無理だよ……恥ずかしいもん」

 

 演じてる時のことを思い出したのか顔を少し染めあたふたする音姫さん。だけど突然

 

「あっ!」

 

 そう言って、空を見上げる。つられて全員が空を見上げる。空からはちほら雪が降ってきていた。

 

「雪だ……雪だよ!」

 

 そう言って愛梨と音姫さんがはしゃぎだす。由夢はしみじみと

 

「ホワイトクリスマスかぁ」

 

 そう呟いていた。俺と義之は

 

「今年は何だか違うな……」

「そうだな……いつもよりも楽しい気がする。夢宮さんのおかげかもな……」

「いや、それだけじゃないだろ」

 

 そんな話をしていた。どこか今年のクリスマスは特別な気がした。

 

「おーい、桜井君、翔也君!」

「弟くーん。翔也くーん」

「兄さん。翔さん」

 

 俺と義之は立ち止っていたのか、愛梨達三人は少し先で俺達を呼んでいた。

 

「まずは、帰ってパーティーをするか」

「そうだな。休んでいたシェフの本気を見せてもらおうか」

「期待に沿えるように努力しますよ」

 

 義之の物言いに俺は返し、お互い走って愛梨達に合流した。義之はそのまま

 

「寒いから早く帰るぞー!」

 

 家のほうに走っていく。

 

「待ってください! 兄さん!」

「待ってよー」

 

 音姫さんと由夢も義之を追うように走っていく。残されたのは俺と愛梨だけだ。

 

「あ、翔也君!」

「ん? なんだ?」

「メリークリスマス!」

「ああ。メリークリスマス」

 

 満面の笑みで言う愛梨。その笑顔に返す俺の口元も緩んでいたかもしれない。

 

「それじゃ、寒いし手を繋いで帰ろう!」

 

 そう言って愛梨が俺の手を掴む。俺はその手を握り返し家へと向かった。

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