12月29日(朝)
あれから少し日にちが過ぎた。あのクリスマスの日から変わった事と言えば愛梨が家に夕食を食べに来るようになった事だ。最初こそ義之やさくらさんは驚いたものの家を親が空けている件を伝えたら
「なら、良いんじゃないか? 来なかったら何かあったっていうのも分かるし……」
「うん。ボクもこの家が賑やかになるのは嬉しいし良いと思うよ。翔也君の彼女だもんねー」
「いや、別にそんなんじゃ……」
「本当か? 翔也が家に女子を連れ込むなんて俺ははじめて見るけどな……」
俺自身突拍子も無く考えたことだから上手い返しが思いつかなくて2人ともニヤニヤしていたが認めてくれた。それと朝倉姉妹もこのことは知っている。音姫さんは
「今日から愛梨ちゃんも晩御飯一緒なの?」
「うん。そうだよー」
「やったぁ!」
と無邪気に喜び由夢は
「ふーん……ま、これで翔さんがより一層腕によりをかけるんならいいかな」
といった風に嫌な訳では無さそうだった。
そして、今日は愛梨の提案で朝から勉強会をしていた。勉強会というよりは冬休みの宿題を全員で実施している形だ。本心は朝から家に来たかったのかどうかは聞いてないので分からない。ちなみに、ここでいう全員は俺・愛梨・義之・由夢だ。音姫さんは高坂先輩と約束があるらしく朝早くに出ていた。
「…………」
ある程度簡単な問題にしてあったからか割とスムーズ解ける。愛梨や由夢も同じなのか集中している。だが1人義之は頭を抱えていた。
「……うーん……」
「どうした? 義之?」
「……いや、どうにもやる気が出なくてさ……」
「……頑張れよ……今やれば後が楽だろ?」
「そうは言ってもねぇ……」
どうやらもう義之はやる気が無いようだ。始まって30分も経ってないというのに……と考えていると義之の携帯の着信が聞こえた。
「おっと、電話電話」
やや嬉しそうに電話を取り部屋の外に出る。相手は誰だろうか……
「相手は誰だろうね? 由夢ちゃん、分かる?」
「どうせ板橋さんとか杉並さんじゃないですか?」
「えらい適当だな由夢……」
「別に? 兄さんに来る電話なんて興味ないから……それよりも愛梨さん。ここ教えて欲しいんですけど……」
「いいよー。えーっと……ここは――」
ちなみに今の由夢の服装は、ジャージに眼鏡といった家でのスタイルだ。先日、愛梨には見られて良いのか聞いてみると
「別に……もう何回も見られてますし……」
と言った。どうやら愛梨には知られても構わないと考えているみたいだ……まあ一番の理由は最初にジャージ姿の由夢を見た愛梨が
「ジャージ楽だよねー。私もたまにするよー」
「え? 夢宮先輩もこの格好するんですか!?」
「うん! 楽だもん」
と言ったからだろう。それから仲間意識と言うかなんというか音姫さんほど無邪気になったりしないがだいぶ打ち解けてきた。
しばらくして義之が戻ってきた。しかし服装がさっきと違った。
「悪い翔也、ちょっと出かけてくるわ」
「電話の相手は?」
「杉並だよ。何か学校に来てくれってさ……本当に困るよ」
とてもそうは思ってないような調子で言う。抜け出せてラッキーとでも考えているのだろう。いずれしなければならないのに……
「分かった。昼はどうする?」
「多分、あいつらと一緒に食べてくるから大丈夫だ。じゃあ勉強頑張れよ」
俺達の返答を待たずに義之は出て行った。そんなに嫌なのだろうか? 確かに俺もあんまり好きではないけど……
「……で、こうなるの。分かった?」
「へえー。そうなんだ……」
2人のほうを見るとちょうど解説が終わったのか、由夢がスッキリしたような表情をしていた。
「愛梨さんって、教えるの上手って言われないですか?」
「え? どうして?」
「だって翔さんに教えてもらうときより分かりやすかったから……」
どうやら比較されたようだ。一応成績は上のほうなんだが本校生と比べられたら負けるだろう。
「うーん……どうだろう……あんまり人に教えることってないから分かんない」
あっさりと愛梨が言う。この前、料理の腕前が知られてしまったと言ってたし学校では隠しているのだろうか。
「でも、そうだねー……翔也君には負けないかな? 困ったらいつでも聞いてね」
「そりゃそうだろ。付属と本校じゃ差が出るって」
「どちらにしても由夢ちゃんに教える事なら私も、翔也君も習ってきてることでしょ?」
「うぐ……」
「ほら。翔也君も手が止まってるよ? 今日の分はお昼までに終わらせよう?」
愛梨の言い分に由夢も乗っかってくる。
「そうだよ翔さん。さすがに1日中はかったるいよ……」
「……分かったよ……」
俺は渋々頷くしかなかった。多少気分が沈んでいるほうが効率が良いのか予定していた以上の分を午前中で片付けることが出来た。
「さてと……そろそろ昼飯にするか」
「あ、翔さん」
昼食を作ろうと立ち上がったとき由夢に呼び止められた。
「どうした?」
「あの、今日のお昼なんだけど……私が作っても……良い?」
なんだろう。物凄く嫌な予感がする……予感と言うが確信だ。
「えーっと……由夢1人でか?」
「うん。そのつもりだけど……」
「うーん……」
「あ、だったら私が手伝うよー」
俺が悩んでいると愛梨が自信満々に言う。どうしてだろう、不安が増したような気がする。思い出せばこの2人のお弁当で俺気絶したりしかけたりしたんだっけ……
「…………」
「何で頭抱えるかなー?」
「そりゃ、そうだろう。愛梨の弁当で倒れたんだから」
「え?」
由夢が意外といった感じで愛梨を見る。対して愛梨は
「ちょっ! ちょっと翔也君ここで言わないでよー」
心底焦っているのか俺の口を塞ごうとするが片手で難なくあしらえた。
「うー。私のイメージがー」
「倒れたのは事実なんだから情けない声出すな。まったく……」
しかしどうするか……この2人に全部任したらいけない予感がするし。今日のメニューを思い出して俺はある手段を思いついた。
「なら、俺が教えるからやり方は教えるから由夢と愛梨作ってくれ」
「え?」
俺の妥協案に由夢が驚いていた。いったい何に驚いているのだろうか。
「あの翔さん。メニューはもう決まってるの?」
「そうだな。昨日のエビが余ってるからエビフライだよ」
「エ……エビフライ……」
「美味しそうー」
未知のものを聞くように復唱する由夢。その一方で愛梨は出来上がりを想像できたのか笑みを浮かべていた。
「あの、材料は用意するからメニュー変えちゃ……」
「ダメだ。ほら、前に揚げ物を教えるって話しただろ? その良い機会だ。それに作るものもあの時と同じだしな……」
「う……」
由夢もちゃんと覚えていたのか目をそらす。だがやがて決心したのか
「そうだね……やってみる」
「うん。私も手伝うからね? 良いでしょ?翔也君」
「いいぞ? と言っても昨日の時点で下準備はしてるけどな」
由夢は少しほっとし、愛梨は少し残念そうにしていた。これなら問題は起きないだろう。
「じゃあ、台所いくか」
「うん」
俺達は台所に向かった。
「さてと、とりあえずは……衣をつけないとな……」
「え? エビの殻とかは?」
「……?」
愛梨の言い分に由夢はぽかんとしている。確かに由夢は殻ごと揚げてたのだから分からないだろう。
「下準備してるって言っただろ? 後は衣つけてあげるだけだよ」
「そうなんだ。それならそっちは由夢ちゃんにお願いしていい? 私サラダ作るから」
「う、うん」
そう言って愛梨は冷蔵庫から一部野菜を取り出し切り始めた。どうやら炒めたり何か一手間加えたりはしないようだ。自分の家ではないからだろうか……
「さてと、じゃあ衣だけど……いいか?」
「う……うん」
今回はメモを持ってなかったからか由夢も集中して説明を聞き1つ1つ作っていった。やがて作り終わり
「ふう……」
由夢は大きく息を吐いた。同時に緊張が抜けたのか強張っていた肩の力が抜ける。
「お疲れ様、由夢ちゃん」
「そんなに疲れたか?」
「うん……でも上手く出来たかちょっと分からない……」
由夢は少し不安そうに言う。手順も間違ってないし材料もおかしくないから問題ないだろう。俺は出来あがったエビフライの1尾を包丁で1口大に切る。サクッという音がするこれはかなり良いんじゃないだろうか?
「なら、試食してみるか?」
「え?」
「おいしそー。私がするよ!」
言ったと同時に、愛梨が指でつまみ口に運んだ。
「……」
「どうだ?」
由夢が見つめる中聞いてみた。由夢は先程の不安に緊張が加わっているのか表情が硬い。愛梨は目を閉じながら味わいそれを飲み込んだ、そして頬を緩ませながら言った。
「…………おいしいー」
その言葉に由夢がまた大きく息を吐く。そして笑顔になり
「よかった……」
「よし、なら盛り付けて食べるか。ほら由夢盛り付けまでしっかりな」
「うん!」
「えーっと、この切られちゃったのは翔也君ので……」
「こら、自分のを大きいのだけにするな」
「ううー。美味しかったんだもん」
「あははは」
こんな感じで、昼食は過ぎていった。今回作ったエビフライは確かに美味しかった。これなら切り分けたエビフライを試食で食べた愛梨の分にすればよかったと少し後悔した。