「やっぱり、鍋だよねー。日本人の心だよ。グツグツとなったダシ汁と、たくさんのお肉で心も体も温まるよー」
夕食時、コタツの上でグツグツと煮立つ鍋を前にして、さくらさんが幸せそうな表情を浮かべる。今日の夕食は予想していた通り鍋だった。人数も人数なので
「さあ、みんな準備できたよぉー。いっぱい食べてねー」
音姫さんの一言を皮切りに、全員がいっせいに具を取り始める。その中由夢が箸を置き春菊を入れようとした。
「ああっ、由夢! いきなり春菊を入れるんじゃない!他の具に味がうつるだろ?」
「どうせ後で入れるんでしょ? 今入れちゃっても変わんないよ」
義之の制止を無視して由夢は具材を鍋に次々と放り込んでいく。その光景を見た愛梨は感心したように言う。
「由夢ちゃんって結構大胆だね……」
「まぁ、大きく変わる事はないから良いと思うけどな……」
「あ、翔也君のお肉良い感じじゃない? もーらい」
俺が返している間に、愛梨がお肉をひょいと掴み自分の取り皿に入れる。
「まったく人が――」
育てた肉を……と言おうとした時
「そ、それ、俺が育てた肉だ! 待て! 貴重な食料を強奪するなっ!」
義之が慌てるように言った。義之の領海とでも言うのだろうか、義之の管轄区域から由夢が次々と肉を奪取していた。その勢いは遠慮は微塵も無い。
「2人とも、ケンカしないの。お肉はいっぱいあるんだから、仲良く分け合いなさい」
音姫さんが言い聞かせるように言う。それを受けた義之は
「由夢、こうしよう。ここからここまで、国境線として相互不干渉に……」
「却下」
妥協案を提案するもばっさり切り捨てられ次々と肉をとられていく。
「にゃはは……このお肉、柔らかくておいしいね。義之君、もっとちょうだい」
そこにさくらさんも加入して、義之の育てた肉はほとんど2人に回収される形になっている。
「大変だな……義之」
「そうだねー。でも美味しいねー」
愛梨はそう言って、ごく自然に俺の分の肉をとっていく。そのペースは先の2人に比べればゆっくりなので自分の分は何とか確保出来そうだ。
「当たり前のように人のをとるな……」
「うーん……でも私が自分で作るよりかも翔也君が作ったほうが美味しいでしょ? 私お鍋あんまり経験ないから」
笑顔で言う愛梨。そういうことなら仕方ないのだろうか……まぁ作る量はさほど変わりないので気にしないでおこう。
「音姫ちゃん。お肉あげるー」
「あ、ありがとうー愛梨ちゃん」
「ううん。さっきから音姫ちゃん作ってばっかりだし……」
それは俺も似たような状況なのだが口には出さない。そして音姫さんに渡した肉は当然俺が育てた肉だ。人数的に言えば、俺と義之はそれぞれ2人に取られていることになるがそのペースは義之たちの方が圧倒的に早い。
「くそー、こうなったら!」
さくらさんと由夢の波状攻撃に耐えかねたのか義之は、由夢の所にある肉を獲ろうとするが
「や、あまいです!」
カチリと由夢の箸にガードされる。こういった時は由夢の反応はかなり鋭くなる。というか
「行儀悪いぞ、義之。由夢?」
「そうだよ? まだまだお肉はあるから取り合いしないの」
音姫さんがいって義之は渋々箸を戻す。それを好機と見たかさくらさんと由夢は再び義之の領域に牙を向ける。
「そうは言っても音姉。こう二方向から攻められたら……領海維持も危うく……ぐぁ!」
「みんな? お肉ばっかり食べないの。ちゃんと野菜も食べないと栄養が偏っちゃうよ?」
ごもっともである。しかし、俺のほう問題ないと思う。自分の見立てでは肉と野菜を4:6の割合で作っているので自然と取り皿には野菜が目立つ。本当は5:5にしたいがこれ以上肉を……正確には自分の取り分の肉キープしようとすれば侵攻対象がこちらに変わる気がするので止めておいた。
「はーい。音姫ちゃん、お肉だよー」
「何回もありがとうー」
4:6とは言ったが俺の分の一部は愛梨と音姫さんに持っていかれるのでおれ自身は2:8ぐらいじゃないだろうか。
「にゃはは……そうは言ってもやっぱりお肉おいしいんだもん」
「うんうん」
さくらさんはそう言い由夢も同意するように頷く。そして再度義之の肉を取りに箸を動かす。
結局、その後も激戦区の三人はお互いの領域を侵攻し侵攻されるのを繰り返した。これには音姫さんも
「まったく……しょうがないなー」
とため息をつくも笑顔だった。こうして本日の夕食は進んでいった。
夕食後、肉にほぼありつくことが出来ず落ち込んでいる義之を呆れたように見る由夢と苦笑いを浮かべながら
「ちょっと……可哀想だね……」
そう言って愛梨は見ていた。そんな中片付けを終え戻ってきた音姫さんが口を開いた。
「ところで、さくらさん。ちょっとご相談があるんですけど……」
「相談? なになに?」
「あの……明日から1月2日まで、私達2人を、こちらに泊めていただけませんか
?」
「んん? どうして?」
突然のことにさくらさんは驚く。何か理由があるのだろうか……」
「実はおじいちゃんが、明日から2日まで温泉旅行に出かけるみたいで……」
「という事は……明日から音姫さんと由夢の2人きりになるって事か」
俺の言い分に音姫さんは頷く。由夢は少々不満そうに
「私は別に、2人だけでも大丈夫だって言ったんだけど……」
「ダメだよ。もし何かあったらどうするの? 刃物を持った強盗さんが押しかけてくる可能性だってゼロじゃないんだし」
音姫さんが強盗さんって言うとどこか緊張感に欠けてしまうのは気のせいだろうか……
「なるほどね。女の子ふたりっきりじゃ、やっぱり心細いよね」
さくらさんはうんうんと頷き俺と義之を交互に見てから言う。
「義之君、翔也君、どう? ふたりを、ここに泊めてあげてもいいかな?」
「んー、まぁいいんじゃないですか? 人数多いほうが楽しいだろうし」
義之は特に迷うそぶりも無く言う。一方で俺は少々困っていた。
「…………」
音姫さんたちの話を聞いてから愛梨はそわそわしていた。視線だけ何かを期待しているようにこちらを見ている。率直に言えば反対する理由も無い。理由は無いんだが……
「あの、だったら私も泊めてもらって良いですか?」
待ちきれなかったのか愛梨が口を開いた。その言葉は俺の予想通りのものだった。
「愛梨ちゃんも?」
「えーっと、愛梨の家も親が出てて1人なんですよ。だからえっと……」
説明しようと口を開くも肝心な部分が恥ずかしくて言いづらい。
「にゃはは。知ってるよー。前に泊まった時に言ってたもんね。ボクは別に構わないよ? 義之君も良いでしょ?」
「そうですね。別に構いませんよ?」
「じゃあ、決まりだね!」
さくらさんが笑顔でそう言ったときに、音姫さんと愛梨はそれぞれ
「やったぁ!」
と喜びをあらわにした。
「子供じゃないんだから、そんなにはしゃがなくてもいいのに」
そういう由夢も、さっきの愛梨のように少しそわそわしていた。さくらさんは何かを思い出したのか俺を見て
「ただ……来客用の布団は2式しかないから買ってこないといけないね……」
「ああ、そういえば……そうでしたね。良いですよ。明日俺が買ってきますから」
「うん。お願いね。三人が来てくれると、お家の中も賑やかになって嬉しいよ」
さくらさんはニコニコしている。義之達のほうを見ると正月のことでも話しているのか音姫さんが腕まくりをしていた。愛梨は
「楽しみだねー」
まるで遠足前日の小学生のようにうきうきしていた。
「た・だ・し」
そんな中、さくらさんは全員に注目されるように少し間をおきながら言った。この場にいる全員がさくらさんに注目した。
「エッチなことしちゃダメだよ?」
「はわっ……」
「えっ……」
「うっ……」
その言葉を聞いたと同時に女性陣は顔を赤くして俯いた。そんなことあったとしてもここであるのだろうか……
「そんなことあるわけ無いじゃないですか」
義之は、特に何も思わないのか平然と言った。
「そりゃ、義之君たちを信用してないわけじゃないけどね。若いと歯止めがきかない事ってあるから……」
「無い無い、無いですよ」
義之はそういうも、女性陣は相変わらず俯いていた。こういうのは女性のほうが想像力が豊かなものなのだろうか……
――ピッ
義之は雰囲気を変えようと思ったのかテレビの電源を入れた。
「本日は、予定を変更し臨時ニュースをお送りします」
「臨時ニュース?」
由夢が顔を上げテレビを見る。つられるように愛梨と音姫さんも顔を上げる。
「本日午後3時頃、初音島保育園の送迎バスとトラックが衝突事故を起こした件について――」
「翔也君。これって」
「ああ、たぶんアレのことだろう……」
ニュースの内容は、俺達が現場に居合わせた衝突事故の事だった。事故が少ない初音島だからか
「保育園のバスが衝突事故? こんな事故あったのか……」
「乗ってたのは、保育園の子達でしょ? 大丈夫なのかな。この島でこんな事故が起こるのは珍しいよね……」
義之や由夢は驚いていた。現場にいた俺達はこの時は驚かなかったが
「尚、両車両共に異常は見つかっておらず、運転手はそれぞれいきなり操作がきかなくなったと言う事です」
ニュースのこの言い分に俺は驚いた。
「本当かな? トラックの人明らかに急いでるように焦ってたよね……」
「そうだよな……でも……」
仮に操作がきかなくなったからあそこまで焦ったのか? 当人じゃないので真相は分からないが仮にそうだとすれば……
「えいっ!」
チャンネルが変わりバラエティ番組の笑い声で思考を断ち切られる。
「せっかくの団欒なんだから、暗い話は無し無し。もっと楽しい話をしようよー」
チャンネルを変えたさくらさんは子供のように頬を膨らませて怒る。それがさまになっており改めてさくらさんの年齢について疑問が生まれた。
それから俺達は、明日からの予定について大いに盛り上がった。先程さくらさんが言った様に楽しい話での団欒の時間は過ぎていった。