12月17日(朝)
「忘れ物はない?」
確認するように音姫さんが聞いてくる。俺のほうは教材とかは学校に置いてるし弁当は今日は俺も義之も学食だ。しかし義之がはっとしたように言う。
「あっ!」
「どうしたの? 何か忘れた?」
「弁当」
学食だったのでは? と、そんな疑問を浮かべている俺に由夢が言ってきた。
「翔也さん。あれは漫才みたいなものですから離れて見ときましょう」
そう言いながら俺の腕を掴んで引っ張っていく。そして俺と由夢は義之達から少し離れたところ、やり取りが分かるくらいの距離で2人を見守ることになった。音姫さんと義之のやり取りは続く。
「もう、はやく取ってきなさい……って、弟くんお弁当だっけ?」
「いや、いつもは翔が作る時以外は違うけど、なんとなく今日は弁当もいいかなと思って」
「今から作ってたら間に合わないよー」
ため息交じりに音姫さんが言っているが、そんなの関係ないように義之は自信ありげに言った。
「そんなことないって。諦めなければ不可能なことはないから」
「無理なものは無理。ほら、時間見てよ」
しかし、音姫さんも言う。どうやら時計をみせているみたいだ。
「いつまで続くんだ? あれ?」
「多分、あと少しで終わりますよ」
それからしばらく見ていたら、何を言われたのか音姫さんが鍵を開けようとした。しかも腕まくりしてる所をみるとそうとうやる気みたいだ。
「いったい何を言ったんだ? 義之の奴」
「どうせどうしてもお姉ちゃんのお弁当が食べたいとか言ったんでしょ」
そう言って、そろそろ限界なのか由夢が二人に向かって遠慮がちにいった。
「あのー、おふたりで朝からおあつい夫婦漫才をなさるのは結構なんですが、私と翔也さん先に行っちゃいますよ?」
由夢の声掛けし歩き出した。俺もそれに続く入り口付近の二人ははっとしたようにこちらを見て
「今行くよ」
「あ、ちょっと待ってよー」
義之は早足でその後ろを音姫さんがついて来る。そして俺達に並んだ。
「んじゃ、行きますか」
こうして俺達はいつもの通学路を歩き始めた。この後に義之にかかる問題を俺と義之自身もまだ知らなかった。通学路の途中で音姫さんが義之に言った。
「お弁当が欲しいんだったら前の日にちゃんと言ってよね。そしたら前の日から準備しとくのに」
言ったらちゃんと作ってくれるとは……今時そんなことをしてくれる女子等めったに居ないだろう。しかそれにたいして義之は
「いや、無理。俺ってインスピレーションにしたがって生きる男だからさ。その時に気分で変わるし」
そんな事を平然と言う。なんか周りの男友達が義之を憎く思うのが分かった気がする。
「単に行き当たりばったりって言うよね。そういうの」
そこに由夢の一言が加わる。それを聞いた音姫さんは
「ダメだよ。ちゃんと計画的に生きないと」
確かにそれは言えてるな。義之には特に
「兄さんにそんなことを言っても無駄だよ。いつもテスト前になると慌てて一夜漬けしてるような人だもん」
由夢の口から真実が出てくる。実際義之は前日に慌てる人間だ。
「お前だってそうだろうが」
さすがの義之もこれには反論してきた。確かに家ではめんどくさがりの由夢はほとんど勉強しない。
「や、わたしは成績いいですから」
由夢はさらりと返した。義之も真実ゆえに反論できないようだ。
「兄さんとは違うわけですよ」
一瞬俺を見ながら由夢は言う。実のところをいえば、俺がたまに勉強を教えているのは言わないほうがいいだろう。しかし、義之は余裕なのか
「ば~か、俺をなめるなよ? 俺はただ勉強してなかっただけだ」
俺と由夢が驚いているのにも気づかずに義之は続ける。
「いつもテスト期間中は勉強している風を装ってとっくの昔にクリアしたゲームをしたり。秘蔵の漫画を全館読破したりしてるんだよ」
得意げに義之は続ける。
「もし、俺がまじめに勉強でもしてみろ。一気に学園TOPに躍り出ることは間違いないね」
俺と由夢は義之を哀れに思った。
「ふ~ん、そうなんだ」
義之は自分の生活をを堂々と言った。ここに音姫さんが居るのを忘れて。その後、目の笑っていない音姫さんと義之の話は一緒に勉強するという形でまとまったようだ。これに由夢は
「ばーか」
とだけ言った。
「おはよ」
「ハオハオ」
先の勉強騒動が終わり学校に向かっていると声が聞こえた。
声のほうを見るとそこには、義之のクラスメイトである雪村杏と花咲茜の姿があった。
「はい、これ」
雪村は、義之に何か本のようなものを渡した。
「何だこれ?」
「台本。まだ途中だけど」
「義之君と小恋ちゃんのラブシーン満載のね」
なんだろう? 由夢と音姫さんから何か感じる……。雪村はこっちを見てというより近くの音姫さん達をみてから挑発するように言った。
「すごいよ、濡れ場」
その瞬間に、二人の気配が殺意のようなものに変わった。見てみると由夢は、にこにこと怖いくらい笑っており。音姫さんは表情は普通だがこっちは殺気を凄く感じる。義之もそれを気づいているようで表情が硬い。
「んじゃ、適当に読んどいて」
「期待してるよ~、義之君の迫真の演技」
数歩進んで、思いついたかのように杏が言った。
「そうだ。翔也?」
「ん? どうした?」
「翔也も劇に出たいなら役を考えるけどどうする?」
ここで勧誘が来るとは思ってなかった。確かに面白いかもしれないがこのクラスに関わるのは色々な意味で危険すぎる。
「面白そうだけど断っとくよ」
「そ、じゃあ今は作らないでおいとく。やりたくなったらいつでも言いなさい」
「やりたく」の部分を強調しながら雪村は言い茜もそのままいってしまった。そして残された俺達。
「で?」
「見せてごらん? 弟くん」
殺気を放っている二人は義之から台本を奪い取って
「…………」
真剣に台本をみている。読み進めるうちに表情も穏やかになった。
「うん。面白そうだね」
音姫さんの一言に
「そだね」
由夢も言った。二人とも納得したように台本を義之に返す。
「なんかますます楽しみになってきたなー」
「兄さんがあんなセリフね……あはは」
なんか二人とも楽しそうだ。そんな2人とは対照的に
「はぁ~」
義之はため息をつきながら台本をぺらぺらめくっていた。
校内に入ってしばらくするとやけにテンションの高い声が聞こえてきた。
「う~っす、義之! それに翔也!」
肩を叩きながら挨拶された。声の正体は、付属の三バカの一人板橋渉だった。
「あぁ、渉か。おはよ」
「おはよ、渉」
登校中の事もあり義之のテンションは低かった。
「ん? どうした? なんかテンション低くね?」
「んな、朝っぱらからテンションあげられるかよ」
「で、渉? なんでそんなテンション高いんだ?」
その質問を待っていたかのように渉は答えた。
「転校生だよ、転校生。今日、うちの学校に転校生がふたり来るって。義之達も聞いてるだろ」
「あぁ、その話か」
「いや、知らん」
俺達の回答に、渉は義之に向かって言った。
「マジかよ! お前な~、あんだけ噂になってるのに」
「そうなのか?」
義之は渉ではなく俺に聞いてきた。
「けっこう噂だぞ? うちのクラスの男子も下級生の女子の転校生がふたり来るって歓喜してたし」
「そう! そういうことだ義之! この時期に転校して来る下級生。しかも美少女! たまらんなぁ」
ホントに、朝から元気なやつだ。
「だから、ほら、早速行こうぜ。職員室」
「いや、俺はいいよ。そんな興味ないし」
「俺もパスかな」
渉は信じられない様な目で俺達を見る。
「はぁ、なに言ってんの、お前ら? 美少女がふたりも来るんだぞ? それを興味がないとおっしゃるのですか、あなた方は!」
身を乗り出し、荒い呼吸で迫ってくる渉。やがて悟ったように
「あ、そーいうことですか、おふたりさん。まぁ、すでにモテモテの義之さんと翔也さんは転校生なんて興味の対象になんてならないわけですね」
渉は自嘲的な笑みを浮かべ
「転校生に期待を膨らませている僕らを見て、冷ややかな笑みを浮かべているわけですね」
さすがに見かねたのか
「べ、別にそういうわけじゃないけどさ」
「だったら一緒に見学行こうよ~」
義之は観念したのか、開き直るように
「わかったよ。行きゃいいんだろ、行きゃあ」
と言った。その瞬間に渉が
「おぉ~、心の友よ~」
と言い、がっしりと義之と肩を組んだ。
「翔也、お前はどうする?」
「俺はパス、今日はクラスで仕事があるし」
「あんな優等生はほっとけ、ほっとけ。んでは、新しい出会いを求めて、れっつらご~」
渉に引っ張られる形で義之達は職員室の方へ消えていった。