あれから、支度をして商店街に向かった俺達は驚いた。
「わぁ、すごい人込みだねぇ……」
「うん。こんなに居るんだねー」
横で愛梨と音姫さんが呟く。実際、この人の多さには驚く。年の瀬を迎えた商店街というのはここまで人が賑わう物なのだろうか。
「これだけ居るとなると、一つの店に行くのも一苦労だな……」
「うーん。疲れそうだけど『一年の計は元旦にあり』って言うし頑張らなきゃ!」
両手をぐっと握って気合を入れる音姫さん。どうやら出来合いの物を買うのでは無くしっかり材料から買うつもりのようだ。
「じゃあ、どっちから行く? パジャマ? おせち?」
愛梨が音姫さんに聞く。荷物持ちになる側としては先にパジャマから済ませて欲しいのだが
「えっと、パジャマからが良いな」
両手を組みウキウキしながら音姫さんが言う。こちらの意見を汲み取ったと言うよりは早く自分の分が欲しいといった感じだ。
「うん。じゃあ行こう?」
そう言って愛梨は俺と音姫さんの手をそれぞれ掴む。突然のことに俺は驚いた。
「愛梨、これは?」
音姫さんも驚いたのか頷いている。愛梨はきょとんとして
「え? はぐれないためだよ? この人込みの中じゃ危ないし。音姫ちゃんはパジャマを選ばないといけないしおせちもでしょ? 翔也君は荷物を持ってくれないといけないんだから」
当たり前のように言った。確かにこの人込みでは俺は良いかもしれないがこの2人だったらどこかに流されてしまうかもしれない。2人とも年上だがやはり女の子なのだ。
「そっか。そうだね」
音姫さんは納得したのか笑顔で頷いた。俺も賛成したいが男としての懸念が残っている。この状況を誰かに見られたら困る。特に付属三年の奴らに見られたら……
「翔也君? どうしたの?」
「え? ああ、いや……」
「じゃあ、早く行こうよ」
「そうだよ。早くパジャマ買いに行こうよー」
子供のようにごねる2人を前に俺は悩んでいる時間すら無かった。
「いらっしゃいませー。あら?」
「こんにちはー」
「久しぶりって言うか昨日ぶりじゃない。どうしたの? 枕とかが合わなかった?」
あれから何とか昨日の店に着き入った。出迎えてくれたのは昨日と同じ女性店員さんだった。話し方からしてだいぶ親しくなっているようだ。
「あ、違うの。今日は音姫ちゃんのパジャマを買うの」
「音姫ちゃんって隣の子? また随分と可愛いわね」
「え? いや、その可愛いなんて……」
褒められて顔を赤くする音姫さん。うん。これは可愛い。
「照れた顔も可愛いわねー。よし、今日も付き合っちゃうから!」
「はい、お願いします」
「お、お願いします!」
「それじゃ行きましょうか」
「はい。それじゃ翔也君待っててね」
「なるべく早くするようにするから――」
「ダメよー? 少なくとも私が満足するまでは返さないから」
そう言って女性陣は奥に進んで行った。まぁ音姫さんは連れて行かれたという感じだろう。音姫さんがおもちゃにされるとは何だか珍しい光景だ。
「や、翔也君」
「あ。どうも」
そして俺には昨日と同じように男性店員が着いた。二回目だからか昨日の件があるからか話し方もだいぶ楽にしている
「良いんですか? あの2人に付きっきりになって……」
「心配ないよ。今日はお客も居ないしね。むしろ来ることの方が驚きだよ」
確かに大晦日に寝具や寝巻き等を買う人は少ない気もするが。あたりを見回すも客の姿は無い。
「ま、君達が来てくれた事で僕もあいつも楽しいから良いんだけどね。それで? あの子はどういう関係なんだい?」
興味津々な目で見てくる店員さん。というか名前を聞いてなかった。
「あの、そういえばお名前を聞いてなかったですよね?」
「ん? ああ、そうだね。僕は寺村圭介。よろしくね、春野君。俺の事は気軽に圭介でいいよ」
そう言って圭介さんは手を差し出す。握手ということだろう。俺も手を出し握手に応じた。
「はい、よろしくお願いします。圭介さん」
「で? どうなんだい? あの子は。お淑やかそうで可愛いというよりは綺麗と言った感じだけど……」
値踏みをするかのように顎に手を当て言う圭介さん。彼女が居るのにそんな事考えて良いのだろうか。
「別に、愛梨の友人ですよ。自分も欲しいって事で買いに来たんですよ」
「なるほどね。てっきり彼女候補の2人目かと思ったけど。それでプレゼントは渡せたかい?」
「はい。装飾から気に入ってもらえて嬉しそうでした」
「そうか。それならあいつも喜ぶだろうよ。だけどね……」
そこで圭介さんは一旦間を置く。そして少し真剣な目をして
「『嬉しそうでした』っていうのは頂けないな。僕たちが渡すプレゼントじゃない。君が渡したプレゼントなんだから、君はどうだったんだい?」
「え? えっと……」
そう言われて俺は昨日のことを思い出す。貰ってくれたときの愛梨の表情を思い出したら顔がにやけてしまいそうになる。
「喜んでくれた嬉しかったです」
「そっか。まぁこんなこと言える程僕もあれじゃないんだけどね……」
「あの、2人は付き合ってどのくらいになるんですか?」
「恵と? けっこう長いと思うよ? なんせ学生の頃からの付き合いだからね。正直に言えば、僕はあいつと付き合うことになるとは思って無かったよ」
恵さんって言うのか……1人納得してる俺と懐かしそうな表情を浮かべる圭介さん。
「何かきっかけがあったんですか?」
「きっかけって言うよりはそうだね……簡単に言えば向こうの方から告白してきたんだよ。『付き合ってください。良い彼女になりますから』ってね。僕も当時は若かったからそう言われていい気になったんだろうね。その場で頷いたよ」
苦笑を浮かべる圭介さん。俺だってそんな風に言われればいい気になるだろう。俺が受けたことがあるのは最初の付き合ってください等ばかりだからそんな風に考えることはなかったが……
「でもね。酷いのはここからだったんだよ」
「え? どういうことです?」
「何ていえば良いんだろうね。ああいうからにはさぞ出きると思ってたんだけど実際はてんでダメでね……むしろ僕が教えることが多いくらいだったんだよ」
「…………」
「だけどね、僕が教えることを一生懸命にやろうとしたりしてるのをずっと見てる内に僕自身も彼女と一緒に居たいって思うようになったんだよ」
「そうなんですか……」
いってみれば騙されたような物だろう。厳密に言えばそんなこと言ってないのだから騙してはいないのだろうけど……
「それで今に至るって訳ですか?」
「そうだね。あんまり感動するような話は無いけど」
「いや、そんなことは無いです」
「いやいや。それより翔也君はどうなんだい?」
話を戻された。逃げようにも逃げられない俺はこれまでの経緯を少しばかり話した。
「そっかそっか。彼女の弁当を食べて気を失うか」
圭介さんは笑いを堪えているのか口元を抑えている。話す側になるとかなり恥ずかしい。俺と愛梨に関して言えばまともなエピソードはあるのだろうか……
「そんなに笑わないでくださいよ」
「あ、いやいや……ごめんね。どの時代にもそんな弁当を作る人が居るんだなって思ったらつい」
「どの時代もって?」
「うん。あいつじゃないけどほら学校の調理実習とかでそういうのを作る子が必ず居たからさ。そっか今もそうなのか……」
懐かしそうに学園の方を見る圭介さん。しかし、学園にそんな実態があるとは知らなかった。
「なーに楽しそうに話してんの?」
そう言って来たのは寺村さんの彼女の恵さんだった。その後ろには買い物を済ませたのか愛梨達もいた。気になるのは音姫さんの顔が来る前より赤いことだろうか。
「もう済んだのか? けっこう早かったな」
「うん。もう、ばっちり堪能した!」
うっとりしながら言う恵さん。どういう意味でかは聞かないほうが良いだろう。
「それより何の話してたの? 随分楽しそうだったけど」
「別に、ちょっと昔の話をしただけだよ」
「そっか。余計なこと言ってないならいいけど」
「さて、どうかな?」
2人がそんなやり取りをしてる中愛梨達はこちらに来た。
「買い物は終わったのか?」
「うん。終わったよー」
「音姫さん。大丈夫ですか?」
「え? あぁ、いや大丈夫だよただ恥ずかしくって」
「恵さん凄く楽しそうだったもんね。『この音姫ちゃんを見たらどんな男も落とせるわ』って言ってたし」
そんなに過激なパジャマを買ったのか? そんな俺の予想は
「あ、あんなの無理だよー。私はこれでいいの」
そう言って、取り出したのは薄い紫色のパジャマだったデザインとしてはシンプルだが色合いが他にはない感じのものだ。俺が愛梨に買ったのとデザインが似ている違いは色合いと花の種類だろうか。
「その色……」
「紫陽花を再現してるのよ」
いつの間にか寺村さんたちもこちらに来ていた。恵さんはそう言って続ける。
「私としてはもうちょっと露出が欲しいけど、音姫ちゃんがその色の話をしたら気に入ったみたいでね。まぁ、音姫ちゃん可愛いから何でも似合うけど」
「はい。この色合い……何だか落ち着くんです……」
そう言って音姫さんは買ったパジャマを見つめる。そして袋にしまった。
「それじゃ、そろそろ行こうか?」
気持ちを切り替えたように音姫さんが言う。
「他にもどこか行くのかい?」
「はい。おせちの材料を買うんで」
俺が答えると寺村さんは感心したように
「へぇー。自分達で作るのか……」
「凄いね。音姫ちゃん達」
「いや、そんなことないですよ」
「そうです。それにもう何回もやってることですから」
照れたように答える愛梨達を見て
「お前もあんな風に言える様になればな……」
「はいはい、どうせ私はおせち作れませんよー」
そんな掛け合いをしていた。その中圭介さんが思い出したように
「でも、最近は事故も多いみたいだし気をつけてね」
「はい、分かりました」
「気をつけます」
「じゃあ気をつけてね。バイバーイ」
そう言って手を振る恵さんとそれをみて困ったような笑顔を浮かべながら手を振る圭介さんに見送られ俺達は店を後にした。