「お、翔也じゃん」
休憩か終わり、再び仕事に戻ってからしばらくしてまた名前を呼ばれた。
「よっ。」
「お疲れ様です翔さん」
「義之と……由夢か」
聞き覚えのある声に振り返るとそこにはめんどくさがりな2人の姿があった。
「珍しいな。2人が揃ってここに来るとは」
「そうか?」
「兄さんはお姉ちゃんの巫女姿が見たいだけです」
由夢はそう言って口を尖らせる。どうやらご機嫌斜めのようだ。
「音姫さんか。そろそろ休憩なんじゃないか?」
「そうなのか? 来る時間言ってたわけでも無いんだけどこれが直感ってやつか」
「兄さんの行動なんて昔から読まれてたでしょ。何を今更」
そういう由夢の目は普段とはどこか違うように見えた……気がする。
「弟く~ん、由夢ちゃ~ん!」
噂をすれば影と言えば良いのか音姫さんが向こうから走って来た。恐らく休憩に入ったのだろう。
「来たみたいだな。それじゃ俺は行くぞ」
「翔さんは休憩じゃないんですか?」
由夢がそう聞いてくる。
「流石に三人同時には抜けられなくてね。俺と愛梨は先に貰ったんだ」
「そうなんですか……」
「新年早々バイトとは大変だな翔也も」
「まぁ、しょうがないさ」
義之に言われてそう返すしかなかった。無論おれ自身嫌なわけでも無いし。その分良いものも見れている。
「ふぅ。やっと見つけた。あれ? 翔也君も休憩だっけ?」
「いや、違いますけど」
音姫さんが近くまで来て俺を見て言う。
「折角だし翔也君も休憩しちゃいなよ。お昼みんなで食べよう?」
「いや、それは……」
これはもしかすると抜けるタイミングを見失ったかもしれない。
「おーい! 君!ちょっと手伝ってもらっていいかい?」
都合よく他のバイトの人から呼ばれた。運が良いのかもしれないな。
「じゃ、呼ばれたんで。行きますね」
「あっ翔さん」
不意に由夢に呼ばれそちらを向く。
「ん? どうした?」
「えっと、やっぱりなんでもないです」
苦笑いを浮かべる由夢。どうかしたのだろうか。
「何か相談か? 話なら聞くくらいなら出来るぞ」
「いや、いいです。別に今じゃなくても大丈夫なので」
「そっか。じゃあ行くぞ。音姫さん、休憩を満喫してください」
そう言って俺はその場を離れた。
「さてと次は……」
「あ、翔也君」
「愛梨か……ん?」
物品を配りまわっていると愛梨に遭遇した。それは良いのだが俺が疑問に思ったのはその姿だ。両手には先の休憩で回ったときとは違う食べ物。正確にはイカ焼きがあった。
「それどうするんだ? それとも女子は休憩が多いのか?」
「へ? あ、えーっと休憩じゃないんだけど……」
そう言って目を泳がせる愛梨。何か理由があるようだ。
「何だ? 怒らないから言ってみろ」
「ほんとに?」
「ほんどだ」
愛梨はしばし「うーん」と唸った後
「あのね、音姫ちゃんと食べようと思って」
「音姫さんと?」
「うん。さっき休憩所で1人で食べてる音姫ちゃん見かけちゃって」
「1人で……か」
一体どういうことだろう。さっき義之達と合流したはずなのに
「だから、いてもたってもいられなくて」
「そっか」
確かに折角のこういう場所だ。黙っておいてやるか。
「じゃあ、俺仕事に戻るから音姫さんによろしくな」
「うん」
愛梨は頷き駆けて行った。その後ろを追い少し覗いてみたい気持ちはあるが、俺まで離れたら流石にばれるだろう。もしかしたらもうばれてるのかもしれないが。
「さて、仕事仕事」
気持ちを切り替えるために声に出して配達に戻る。
「すみません。荷物持ってきたんですけど」
「ん? 荷物? ダンボールって事は追加のやつか。そこらへんに置いてくれ」
「分かりました」
指で指された場所に荷物を置き、次へと向かう。
「さてと次は射的屋か……ん?」
近づき店主に声をかけようとした時、不意に異臭がした。言うなれば焦げ臭い臭いだ。周囲を見回すと今居る店の隣の荷物の箱から煙が見えた。
「何でだよ」
咄嗟に近くの他のバイトの人に叫んだ。
「すみません! 消火器をお願いします!」
「何だ、どうしたんだ?」
「あそこから」
煙がと言おうとした瞬間。まるで油が入っていたかのように一気に火がついた。
「え?」
思わず体が固まる。
「おい! 燃えてるぞ! 早く消火器」
それに気付いた周辺の人たちが声を出す。消火活動にあたろうとする人叫び声。逃げようとする人の悲鳴。色んな声が一気に聞こえだす。それなのに俺は動けないでいた。まるで昔の様に。ただただ人の内容もない声だけがうるさく頭の中を反響する。
「翔也君!」
そんな中不意に呼ばれる声に気付く。その瞬間に時が動き出したかのように体が声のほうを向く。声の主は愛梨だった。後ろには音姫さんの姿もある。
「翔也君! これって!」
「おい、早く荷物動かすぞ! 兄ちゃん! 手伝ってくれ!」
「悪い愛梨。後で話す!」
体が動くならやれることをやるだけだ。そこからは被害が少なくなるようにひたすら体を動かした。幸いにもすぐに消火器を持ってきてくれた人達のおかげで大事に至らなかった。
「思ったより早く終わっちゃったね」
「仕方ないさ。あんなことがあればな……」
それからしばらくして。安全のために露店などはほとんど営業を中止した。他にも火事が起こるかも知れないと言われてしまえば否定の仕様は無いだろう。愛梨達も元の服に着替え3人で休憩所に居た。
「火が出たのが火を扱わない射的屋さんだもんね」
確認した所、燃えた箱の中身は全て人形であり自然発火するような物はなかったとの事だ。それはつまり
「…………」
既にその方向で考えているのか音姫さんはずっと真剣な表情で悩んでいる。
「あぁあなた達、ごめんなさいね? 折角手伝ってもらったのに」
声をかけてくれたのは朝に声をかけてくれた女性だった。
「いえ、あんなことがあったんですからしょうがないですよ」
「そうねぇ。原因は分からないけど多分放火じゃないだろうかって言われてるのよね。あの店主さん良くない噂があったから……」
「良くない噂?」
「あ、ううん。確証は無いんだけど商品を取らせない為に細工したりとかしてたって他の人が言ったりしてたことがあるの」
良い話じゃないわね。と言いふぅと息を吐き
「それじゃ、はいこれ。今日のお礼よ」
そう言って封筒を三つ手渡される。
「これって」
「バイト代よ。貴方達も十分働いて貰ったしね。あ、一応当初の予定通り夕方まで働いてもらったって事で計算してるから。それじゃ。ありがとうね、出来たら来年もお願いしたいわ」
言うだけ言って返事をする間もなくそのまま去って行ってしまった。はたから見れば押し付けられたように見えかねない。
「受け取るしかないか……」
「そ、そうだね。ひとまず帰ろっか」
「……」
俺と愛梨の困惑をよそに音姫さんは尚考え事を続けているようだ。
「音姫さん? 帰りますよ?」
「……」
控えめに声をかけてみたが反応が無い。すると愛梨が音姫さんに近づき
「えい」
「ひゃ、何? 愛梨ちゃん」
音姫さんの頬に手をあてもみくちゃにしている。痛くないようにはしてるのか音姫さんのそのような反応は見られない。
「音姫ちゃん。考えるのはいいけどそれは私達みんなで考えようよ。ね?」
「愛梨ちゃん……うん。そうだね」
ようやく音姫さんの顔に笑顔が戻る。
「それじゃ、帰ろう」
「うん。まだおせち食べて無いから早く帰ろうー」
そう言って愛梨が歩き出す。その愛梨の言葉に思わず確かにと呟いてしまう
「作っただけで食べて無いもんね。私達」
「そうですね。まぁ今から帰ってもどのくらい残ってるか分からないですけどね」
「フフッ。弟くんと由夢ちゃんがどれだけ食べてるか次第だね」
「音姫ちゃーん! 翔也くーん! はーやーくー!」
愛梨がこちらを振り返り呼ぶ。早く帰りたいようだ。
「行きましょうか」
「そうだね」
俺と音姫さんも愛梨に追いつくため駆け出した。