12月18日
「夢と区別がつかないな……」
夢宮との夢から覚めたのか分からないぐらいに夢の中はリアルだった。
「まぁ、愚痴っても始まらないか」
窓のカーテンを勢いよく開く。朝の日差しが結構眩しかった。着替えて一階に降りて居間に行くと
「翔さん。なにかつくってください~」
ジャージ姿でコタツに寝転んだままの由夢が言ってきた。
「朝の挨拶代わりのセリフがそれか……」
「いいじゃない、別に。お腹すいたんだからさ」
「義之は?」
「兄さんならさっき人形劇の練習に急いで出ましたよ」
「じゃあ、音姫さんは?」
「お姉ちゃんは生徒会の仕事」
興味なさそうに由夢が言う。
「そっか、じゃあ仕方ないか。なにかリクエストはあるか?」
「オムレツが食べたい。中がとろとろの半熟のやつ」
これは、朝から難しいリクエストだ。
「じゃあ、オムレツは頑張るから、由夢はパンを焼いてて」
「えー」
どこまで面倒くさがりなんだろうこの子は。
「トースターにセットするぐらいはやりなさい」
「や、冗談ですってば」
のそのそといった感じでトースターを用意する由夢。
「じゃあ、オムレツを作りますか」
台所に向かおうとしたところに
「あ、翔さん」
「どうした?」
「ついでに紅茶もお願い。お砂糖多めで」
笑顔で由夢からのリクエストが一つ増えた。
オムレツも上手く完成し、それを食べてる最中に由夢が
「あ、翔さん。私も後から出かけますので」
「ふーん、ショッピング?」
それとも食べ歩き、といいそうになるのをこらえる。
「違いますよ。天枷さんに商店街の案内を頼まれて」
「天枷って、転入生の?」
「他に誰がいるんですか?」
呆れたように由夢に言われた。
「そっか。まぁ何事も楽しんできなさい」
「そんなお年寄りみたいなことを言わないでください」
そんなつもりはなかったが、以後気をつけよう。そんな感じで俺達の穏やかな朝食の時間は過ぎていった。
由夢が出かけた後、一人家に残った俺は、家の掃除を筆頭に家事全般をこなしていた。
「暇だな……」
しかし、それはさっきまでの話。既に家事は終わりゆっくりコタツに入っていた。下手すると寝てしまいそうだ。
「今寝たもダメ……だろうな……」
半分は直感で呟いた。今寝ても夢宮には会えない気がした。
「どっか出かけるか」
そう決めた俺はとりあえず防寒対策をして外に出た。向かったのは商店街だ。
「へぇ、最近はこんなものまで扱ってるんだ」
普段は、食材ぐらいしか買わないので改めてみると本当に色々な物をこの商店街は扱っていた。
「……ん?」
何か、怪しい人物を見た。通り沿いの商店からきょろきょろと挙動不審な感じで人が出てきた。おまけに、あきらかに周りを警戒している。
「ほっとく訳にもいかないか」
犯罪とかではないと思うが、一応確認とかとっといた方がいいと誰が言ってたような気がする。
「話しかけてみるか」
そう決めた俺は小走りで近づいた。近くで見ると女の子だった。
「あの、ちょっといいですか?」
「うわ!」
なるべく刺激しないように話しかけたがその子は小さい悲鳴をあげこちらを向いた。俺はその姿に見覚えがあった、
「由夢?」
「翔也さん?」
怪しげな人物の正体は、由夢だった。
「由夢だったか。でも。なんであんなに周囲を警戒してたんだ?」
「へ? いや別に……」
「もしかして、その紙袋が関係してるのか? 本屋で何か買ったみたいだけど」
「な、なんでもないですよ?」
そういい、袋を後ろ手に隠す。笑顔の下が焦っているのが目に見えて分かった。由夢がここまで焦るのも珍しい。
「そっか。ならいいや、俺はもう戻るけどあんまり遅くならない様にね?」
「あれ? 追求とかしないんですか?」
予想外と言った感じで由夢が返す。
「聞いて欲しいのか?」
「や、そうじゃないけど兄さんとかだったら絶対変な事いうから」
「義之ならそうするかもな、でも知られたくないんだろ?」
由夢は小さく頷く。
「じゃあ、俺は聞かないよ。じゃあ俺は戻るから」
「あ、じゃあ私も家に戻ります」
一緒に戻っている時に由夢は
「やっぱりか……」
いつも持ってる手帳を見ながらそう呟いていた。
由夢を朝倉家まで送った後、再び芳乃家に戻り夕食の準備が終わったのを見計らったかのように、さくらさんと義之が一緒に帰ってきた。2人ともお腹がすいたのかそのまま夕食になった。
「静かですね」
夕食の最中義之が言った。
「うん。そうだね」
「そうだな」
さくらさんと義之と三人だけの夕食。今日は音姫さんも由夢も来なかった。
月に何回かはふたりが来ない夜がある。そもそも、ふたりはお隣の朝倉家の住人で、ここは芳乃家だから本当はこれがふつうなのだが、妙に静かに感じてしまうのも事実だった。
「それにしても驚きましたよ」
「うん? なにが?」
義之は、薄く笑いながら言う。
「純一さんにいきなり芳乃家に住めって言われた時は」
「あぁ」
「あははは、お兄ちゃん、なんでも突然決めるからね」
俺は納得し、さくらさんは笑って返す。
純一さんは朝倉家の家主で音姫さんや由夢の祖父にあたる。さくらさんは「お兄ちゃん」と呼んでいるがどういった関係かはまったく分からない。
「いきなり『お前たちもいい年だからひとつ屋根の下に住むのはまずいだろう。翔也君は一人ですごせているのに』でしたからね」
その時から俺は、さくらさんの家で生活を送っていた。とは言っても、たまに誰かが来るので常に一人という訳では無かったが。
「3月の卒業式の時だったっけ?」
「ええ。卒業パーティーから帰ってきたらいきなりですよ。もうすぐ付属の三年生になるから、受験勉強にも専念できていいだろうって……」
そんな理由があったことは初耳だった。しかし、さくらさんは
「そのわりには成績はいまひとつみたいだけど?」
率直な感想を言った。
「確かに、むしろ危なくなってる感じがするよな…」
俺も便乗させてもらった。
「ぐはぁ」
そういい、義之は倒れる真似をする。
「にゃははは」
さくらさんはひとしきり笑うと、ちょっとまじめな顔をして義之を見た。
「でも、ボクと翔也君的にはラッキーだったよ。やっぱりひとりは寂しいからね。義之くんが家に来てくれて嬉しいよ」
なんの臆面も無くさくらさんははっきりと言った。この人はやっぱりすごいと思う。一方義之は、恥ずかしいのか視線をそらしていた。
「でも、さくらさん、あんまり家に帰ってこないじゃないですか」
捻くれているのか、義之はそんな事を言った。さくらさんが仕事で忙しいのは義之も知ってる筈だ。
「だから尚更だよ」
そんな義之の気持ちを見透かしてか、さくらさんは微笑んで続けた。
「翔也くんには前に言ったよね? ボクが嬉しい理由」
そう、この前俺はさくらさんとその話をしたことがある。話を聞いた俺はさくらさんと同じ様なことを感じた。
「そうですね。確かに、義之が来てくれてよかったよ」
「お前まで…。で、尚更ってどういうことですか?」
「うん。たまに家に帰ってくるとそこで待ってる人が増えたってこと。玄関を開けると楽しそうに団欒する声が聞こえてくる。おいしそうなご飯の匂いがしてくる」
一旦間を置いて
「それがすごく嬉しいんだ」
うん、とさくらさんは自分の言葉に頷いた。
「あぁ、自分も翔也くんもひとりじゃないんだって、あったかいんだよ。すごく。家に帰ってくると心がすごくあったかくなるんだ」
自分の胸に手を当てながらさくらさんは続ける。
「だからね、仕事も頑張れる」
「今日も頑張って仕事を終わらせてお家に帰るぞーってね」心のそこから思っているのだろう。さくらさんの目には恥じらいなんかは一切無い。
「それに、翔也くんが一人で家にいることが無くなった。これは翔也くんもうれしかったよね?」
確かに義之がこっちに住むようになってからは料理当番を決めたり、音姫さんたちも当番に加わるようになるなど、夕食時以外ひとりで何かをする時間はほとんど無くなった。そんな毎日が楽しみになっているのも事実だ。
「えぇ、そうですね」
「ほら。義之くんが家に来てからいいことだらけだよ」
にっこりと笑ってさくらさんは言った。
「だからね? 家に来てくれてありがとう」
「俺からもありがとう」
当の義之は、どうしたらいいのか分からないのか慌てていた。それを見て、芳乃家にまた楽しげな声が響いた。