12月19日(朝)
目覚めはあっさりだった。窓から差し込む日差しが眩しい。二度寝をするにはもったいない天気だ。時刻は既に九時を過ぎている。
「起きますか…」
そういって俺は、布団から出た。居間に入るとそこで由夢がテレビを見ていた。昨日と違うのは服装がジャージではなくきちんとした服装だった。
「あ、翔さん。おはようございます。ついでに兄さんも」
後ろでは同じように今起きた感じの義之がいた。由夢を見た義之は感心したように言った。
「お。めずらしいな」
「ん、なにが?」
「由夢が日曜なのに着替えてるなんてさ」
「今日はお姉ちゃんと買い物に行くんで」
「そうだよー。弟くん達も一緒にいく?」
ベーコンと卵の香ばしい匂いをさせながら音姫さんが入ってきた。
「はい、どうぞ」
テーブルに並べられるトーストとベーコンエッグ。食卓を囲みながら
「どうする? 買い物」
買い物に誘われた。どうせ今日は予定があるわけでもないし
「俺はいいですよ」
「ん~」
義之は悩んでいた。ふたりの買い物は買えないようなものを眺めて回るだけなのを知ってるからだ。
「暇なら一緒に行こうよ~。家族サービスは大切だよ~」
この様子は、日曜日のお父さんのようだ。
「なにか予定でもあるの?」
「特にない……けど」
「けど?」
義之は迷っているのか静かに言った。
「なんかこう、いまいち決め手にかけると言うか」
随分と贅沢なことを言った。由夢は予想外という感じで言った。
「うわ、兄さんって贅沢だよね。両手に花状態だって言うのにさ」
確かにそうだろう。風見学園の生徒会長で男女問わず人気の音姫さん。一部ではファンクラブまでできているという由夢。学園の男子なら夢のような事だろう。
「だって兄妹だし」
義之は一言で片付けた。それも義之には当たり前のことであり普通と変わらないらしい。
「ま、わたしはどっちでもいいけどさ。兄さんが来ようが来なかろうが」
そう言って、由夢はテレビに視線を戻した。しかし、音姫さんは
「う~」
なぜか恨みがましい目でみている。
「姉弟だっていいじゃない~。一緒に行こうよ~」
少し駄々っ子のようになっている。良く見ると由夢もちらちらと義之を見ている。
「……ちょっと考えさせてくれ」
結局、義之の根負けしてトーストに齧りついた。
冬の日差しが降り注ぐ中、音姫さんは楽しそうに伸びをする。
「ん~、いい天気だね~」
「寒いけどな」
義之が言う。確かに日差しがあるとはいえ、吐き出す息は白く色づいていた。
「背中丸めて歩かない。しゃきっとする」
「そうそう、義之もだけど由夢。お前もだぞ?」
「だって寒いよ」
面倒なところが似ている二人に注意をした後はウインドウショッピングだった。
「あ、お姉ちゃん。この服」
「うん、かわいい、かわいい」
音姫さん達はぶらぶらと歩いてはショーウインドウを覗いて楽しそうな声をあげている。俺と義之は特にすることもなくそれを眺めていた。
「買わないものを見て何が楽しいんだろうな」
不思議そうに義之が言う。
「それは同感だな」
買えないものを見てるだけと言うのを何故女性が楽しめるのか分からない。
「でも、やっぱ高いな~」
「うん、そうだね。さすがに私もこれは買えないよ」
由夢は苦笑い、音姫さんは困ったように言った。
「どれどれ」
どんな金額か興味がでたのか義之が値札を見た。ついでに俺も見てみた。ゼロの数がいち、に、さん、よん……って、さすがにこれは…おそらく貴重な生地を使っているのだろう。値段は諭吉さんが何人も飛んでいく値段だった。
「確かにこれは厳しいな……」
思わず呟く。義之は値段に驚いたのかそのまま値札をじっと見ている。
「うん、そうだよね」
音姫さんが同意してくれた。しかし、由夢は義之に
「兄さん、今こそ男気の見せどころだよ」
こんなことを言っていた。
「かわいい妹に少ないお小遣い叩いて洋服をプレゼントするなんて恰好いいな~。きっとわたしの好感度が上がっちゃうんだろうな」
甘えた声で言う由夢。それを見た音姫さんは注意するのかと思ったが…
「あー、お姉ちゃんも欲しい」
あろうことか便乗していた。ふたりの言い分を聞いた義之は
「買わないから!」
本気で反論した。この値段を2人分はさすがにキツイだろう。
「やっぱりだめか~」
「ま、最初から期待してないけどさ。翔さんならともかく」
「弟くんだしね」
その答えを予想していたのかふたりは言いたい放題だ。
「これは……つらいだろうな」
思わず呟いてしまう。渉とかなら別かも知れないが
「お姉ちゃん、あっちのお店に行ってみよう」
「あ、うん」
義之を置いてふたりは行ってしまった。
「義之。行くぞ」
「やっぱり来なきゃ良かった」
ついてきながら義之はそんなことを呟いていた。
「そ、そろそろ満足なんじゃないかな? って言うか、せめて一休みさせてくれ」
ウインドウショッピングが始まってから一時間以上が経過したとき義之が口を開いた。時刻は既にお昼前。普段なら昼食をとる時間だ。
「それじゃあ、どこかで軽くランチにでもする?」
由夢があたりを見回す。
「あっと、ごめん。私、これから生徒会の仕事があるから、そろそろ行かなくちゃ」
音姫さんが少し申し訳なさそうに言う。
「あ、そうなんだ」
「うん。クリスマスパーティーが近いからね。生徒会の仕事はたいへんだよ~」
確かに我らが風見学園は問題児が多い。特に杉並は休みにも何かをしでかすから大変だろう。
「あ、それはご苦労様です」
由夢は苦笑いで返していた。そのとき
「――――♪」
俺の携帯の着信がなった。
「ちょっとごめん」
義之から少し離れて電話に出た。
「はい。春野ですが」
電話の相手は開口一番に。
「やっほ~、翔也君」
随分と弾んだ声で言ってきた。そして俺はこの声を聞いたことがある。
「もしかして、夢宮か?」
「ご名答。今度は覚えててくれたね」
そう、その声は夢の中であったことがある夢宮の声だった。俺は状況が分からず口を開けないでいた。
「どうしたの? もしかして寝てた?」
こっちの気も知らない夢宮は言う。
「いや、なんでもない。それより用事はなんだ?」
平静を装って質問した。
「用事がないと電話ってかけたらいけないの?」
普段なら構わないのだが今は、義之達を待たせている。
「いたずら電話なら切るぞ?」
「つれないな~翔也君は」
ため息とともに言われる。
「じゃあ用件だけ言うよ? 今から枯れない桜に来て」
枯れない桜というのは、この初音島でも特に大きい桜で願いを叶える魔法の桜とも言われている。願いを叶えるというのは迷信のようなものなのだが1年中咲いているのは本当に魔法でもかかっているのかもしれない……
「枯れない桜に何かあるのか?」
「簡単に言うと私に会えます。まぁ、来るのも来ないのも君の自由だけどね」
笑いながら夢宮が言う。こっちの回答を知ってるような言い方だ。確かに答えは決まっているけど。
「分かった」
「うん。待ってる」
そう言って俺は電話を切った。そして義之達に
「ごめん。俺も用事が出来た」
そう告げた。
「そっか」
「残念ですね……」
ふたりともあっさりと分かってくれた由夢が少し落ち込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「じゃあ、弟くん、由夢ちゃんのことお願いね」
「由夢、義之にご飯奢ってもらえ」
そういって、音姫さんは学校へ、俺は枯れない桜へ向かった。