「来いって言ったくせに、いないな」
その後、急いで枯れない桜に向かい20分とかからずについたがその場に夢宮は居なく待ってからすでに10分がたつ。
「帰ろうかな……」
このまま待っても来ない気がしてきた。そんな時
「あ、本当に来てくれたんだ」
不意に頭の中に声が響いた。そんなことをするのは俺の知り合いには一人しかいない。
「いるのか? 夢宮?」
「君が来る前から、ずっといるよー」
声が響くほうを向く。そこには
「こんにちは」
穏やかにあいさつをする夢宮の姿があった。何故響くように聞こえたかは向いた瞬間に分かった。
「何してるんだ?」
それが俺の最初の一言だった。夢宮は枯れない桜の木に登っていたから姿が見えなかったのだ。
「いや、ちょっと色々あって……」
知られたら恥ずかしい理由なのか、夢宮は顔をそらしながら答える。
「色々?」
俺がそう聞いたときに
「にゃー」
と鳴き声が聞こえ俺は理解した。
夢宮が見ている先には1匹の小猫がいた。どうやら、高い所に行き過ぎて降りられなくなったらしい。
「つまり、助けようとしたはいいが自分も降りられなくなったという訳か」
「そ、そんなことないよ……」
「そうだな?」
「……はい」
観念したのか夢宮は正直に答えた。
「しかし、どうするか……」
俺が木に登ったらそれこそ枝は折れて猫と夢宮は落ちるだろう。小猫はまだ問題ないだろうが夢宮は運動が得意には見えない。考えた末に俺は言った。
「夢宮」
「何かな?」
「そこから飛び降りれるか?」
理解が出来ないのか夢宮はしばし固まった。やがて
「そ、そんなの無理だよー」
そんな反論をしてきた。確かに無謀といえば無謀だろう。しかし、夢宮は軽そうに見える。
「受け止めてやるから任せろ。それに、俺が登るわけにもいかないだろ?」
「でも…………」
しばらく考えるように黙っていた夢宮はやがて
「本当に大丈夫?」
訪ねてきた。実際には100%安心とは言えないが
「大丈夫だ!」
不思議とそう言えた。
「うん。分かった。君を信じるね」
そう笑いながら言って、
「行くね?」
そう俺に伝え
「えいっ」
と枝から飛び出した。あまりにも躊躇わず夢宮が飛び降りて事に驚きながらも、俺は夢宮を受け止めた。
「…………」
夢宮は受け止めた方が驚くぐらい軽かった。見かけの身長は平均並でし、でるとこがでている訳でもないからそれなりに軽いとは思っていた。でも夢宮は受け止めているという事を忘れるぐらい軽かった。例えるなら、小学生を抱きかかえているぐらいだ。
「お前、軽いな……」
思わず呟いた。それが聞こえたのか腕の中で夢宮は
「それって、私が重いって思っていたってこと?」
むくれながら言ってきた。これが重いなら世界は大変な事態だ。
「いや、思っていたよりもかなり軽かったってことだよ。お前、ちゃんとご飯食べてるか?」
思ったことと、気になる事を正直にいった。毎日食べていればこうはならないと思うからだ。
「うーん、最近はちょっと食べてないけど大丈夫だよ」
笑顔で夢宮は言う。しかし、俺は不安は消えなかった。
「それと、そろそろ降ろしてくれないかな?」
「………え?」
「いや、君がこのままでいたいなら私は構わないけど…」
顔を少し赤らめながら言う夢宮。そこで俺は、夢宮を抱きかかえたままの事に気がついた。
「わ、悪い」
慌てて俺は、夢宮を降ろした。考え事に夢中になりすぎていた。
「や、そんなに居心地悪くなかったよ。君の腕の中」
恥じらいもなく夢宮は言う。そんな事を言われたのは初めてだった。こんな経験はあまりないのもあるが…
「そうかな?」
「うん。凄く暖かい」
夢宮はさくらさんにどこか似た雰囲気があった。
「さてと、これからどうするの?」
「考えてないのか」
「うん」
無計画もいいところだ。それなのに俺は笑っていた。
「まぁ、あえて言うなら翔也君の家が良いな~」
「俺の家ね……」
もし、音姫さんや由夢がいたら大問題になるだろう。だけど、今は家にいないと思うし。
「大丈夫だと思うよ」
そう言うと夢宮は目を輝かて
「じゃあ決まり! さっそく行こう!」
そう言い、俺の肘に絡んできた。でも、不思議とそれが当たり前のように思えた。そのまま俺は、夢宮に引っ張られるように家へと向かった。
「ホント、大きなお家だよね~」
家に着き開口一番夢宮が言う
「そうかな?」
「毎日見ていると分からない物もあるんだよ?」
確かに俺は毎日、芳乃家を見ているから分からないのかもしれない。
「まぁいいや。早く入ろ」
そう言って、まるで自分の家のようにドアを開けようとする。
「待て。鍵が――――」
かかっていると言おうとしたその時
「よいしょ……っと」
ドアはすんなりと開いた。実は相当な力持ちなのか、それとも誰か帰って来てるのだろうか。
「失礼しますねー」
「ただいま」
それぞれ挨拶をして中に入る。履物を見る限り、義之と音姫さんが帰って来てるようだ。ふたりの用事は終わったのだろう。
「居間かな」
居間に向かいドアに手をかけ
「義之ちょっと――――」
「失敗して恥ずかしい思いをするのは弟くんなんだよ」
「……ごめんなさい」
どうやら、お説教の最中だったみたいだ。義之の手に台本があることから劇の練習でもしていたのだろう。
「お、翔也おかえり」
「おかえりなさい、翔也くん」
「ただいまです」
とりあえず、挨拶を返す。
「音姉、ちょっとだけ休憩しよう。喉が渇いた」
「もう、情けないなぁ~。ちょっとだけだからね」
そう言うと、音姫さんは立ち上がってキッチンへと向かった。
「とりあえず、翔也くんも座って。後ろの方も」
さすが音姫さん。夢宮のことに気がついている。
「あ、はい」
緊張してるのか夢宮の返事がいつもと違った。
「おい、翔也その子は?」
説明を求めるように義之が言う。音姫さんが戻ってきたところで俺は言った。
「あぁ、この子がさっきの電話の相手」
「夢宮愛莉と言います。お二人は…」
「私は、朝倉音姫です」
「俺は桜内。桜内義之だ」
その後、ゆっくりお茶を飲みながら夢宮は言った。
「そういえば、翔也くんの部屋ってどこ?」
「え? 俺の部屋?」
「うん。見てみたい」
弾む声で言う。俺の部屋には義之のコレクションのようなものは無いので問題ないだろう。
「義之、俺達は上に行くから劇の練習続けていいぞ」
「え?」
「音姫さん、劇の練習頑張ってください」
「うん、任せて」
やる気まんまんの音姫さんは止められない。休みは長くないのだ。
「行くか」
立ち上がりながら夢宮に言う。
「うん」
俺達は、俺の部屋に向かった。その時に夢宮は
「あれが、桜内義之……」
何を呟いたかまでは小声だったのもあり聞き取れなかった。
「けっこう普通の部屋だね」
部屋を見ての夢宮の感想はその一言だけだった。そして、部屋の中を物色し始めた。特にベッドの下や本棚の裏側を重点を置いて見ていた。
「何を探してるんだ?」
「エッチな本」
俺の質問に即答する夢宮。しかし、彼女が探している物は見つかるはずがない。
「俺は、持ってないんだが……」
そう言うと、夢宮はありえないものを見る目で俺を見て
「翔也君さ、本当に男? 男性が好きって訳じゃないんだよね?」
随分と飛躍したことを言う。
「男だよ。正真正銘の」
「でも、エッチな本は持ってないし、待ち合わせ場所では随分と大胆だったし……」
途中で思い出したのか、最後のほうは顔を赤らめながら言われた。そんな風にされるとこっちも照れるわけで
「あ、あれはお前も原因だろ?」
「それは……仕方なかったんだよ」
今理由を考えているのか目を逸らして言う。
「結果としては、お前も助けられる側になったがな」
「…………」
冗談に納得がいかないのか、夢宮はじっと俺を見ていた。
「どうした?」
「今なんて言った?」
少し詰め寄り、不機嫌そうに夢宮は言う。
「結果、お前も助けることになったなって」
さらに不機嫌になり夢宮は言った。
「私のことなんて言ってる?」
「え? ……お前?」
ため息をつき、さらに詰め寄って夢宮は言った。
「それもう使ったらダメ」
「……は?」
「だから、もう私の事を『お前』とか『こいつ』とかで言ったらダメ。愛莉って呼んで?」
確かに、今まで夢宮のことを俺は名前で呼んだことはほとんど無い。
「言い分は分かった。でもなんで苗字じゃなく、名前なんだ?」
「そっちの方が文字数少ないし、夢宮って言いにくいでしょ?」
それはそうだろう。だが問題は他にもある。
「お前はいいのか?」
「別に翔也君なら大丈夫だよ」
これは、信用されてるのだろうか。おそらく反論しても通じないだろう。
「分かった」
「言いにくいなら愛莉様でもいいよ?」
「それはないから」
一呼吸置いて俺は言った。
「じゃあ、愛莉いくつか聞きたいことがあるんだが……」
「…………」
実際に言ってみると少し恥ずかしかった。言われた当の本人は顔を真っ赤にして固まっていた。
「もしも~し」
夢宮の顔の前で手を振ってみる。三秒ほどしてから
「ふぇ? な、何?」
ようやく返事が返ってきたがまだ、落ち着いていないようだ。
「何をそんなに慌ててるんだ?」
「いや、これは……照れるな……って」
赤くなりながら夢宮は言う。
「じゃあ、呼び方を戻すか?」
「ううん、もう大丈夫だから!」
そんなに強く言われると俺からは何も言えない。
「じゃあ、愛莉いくつか質問していいか?」
「いいよお姉さんがバッチリ答えるから」
「率直に、愛莉は何者だ?」
「それはま――」
「魔法使い以外で言ってくれ」
そう言った途端、愛莉は口を閉じて考えた。やがて出た答えが
「か弱い女の子?」
言ってる本人が疑問系だった。
「もうそれは後でいい……」
これ以上聞いても、まともな答えは期待できない。俺は質問を変えた。
「なんで、俺の夢に出てきた? 実際に俺達が会ったのは今日が初めてだろ?」
「……それは……」
夢宮はどこか言うのを躊躇っているように見える。
「別に無理に言わなくてもいいが」
「……ごめんね? まだ言えない…」
申し訳なさそうに夢宮は言う。
「でも、夢についてなら説明できるよ?」
「俺の夢になんで出るかか?」
「うん。あれは魔法を使って夢の中に入ったの。でも入れるのはごく限られた人だけ、入るには条件があるから」
真剣に語る夢宮の瞳は冗談めいた感じはなく、どこか凛とした印象を受けた。
「条件?」
夢宮は頷き続ける。
「条件は波長……生き方とか考え方っていった方が今の翔也君には良いかな? これが相性があって本当に合う人の夢にだけ私、魔法使いは入ることが出来る」
そこまで言って、夢宮は緊張していたのか大きく息を吐いた。
「つまり、俺と愛莉は限り無く相性がいいから俺の夢に入ってきたってことか?」
「うん。それに、私個人としても翔也君は気になるし」
先程とまるで別人のように笑みを浮かべながら言う愛莉の言葉は
「グー」
何かの音で遮られた。
「あ……」
音が鳴った後夢宮は呟き、顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。
「良かったら、夕飯食べてくか?」
自然と口が動いた。夢宮は恥ずかしそうに
「……食べる」
とだけ言った。この時俺の頭には、夢宮の
「私個人としても翔也君は気になるし」
この言葉が引っかかっていた。そんな俺をよそに夢宮は
「ご飯、ご飯」
嬉しそうに顔を綻ばせていた。