これは夢。
過去の、自分が許せなくなる過ちと後悔の記憶。
いまある風景はずっと昔、といっても約二千年ほど前の風景なのだから。
少し前までは夜空一面を綺麗なオーロラが揺れ、幻想的な光景が目の前に広がっていた。
しかし眼前に広がるのは炎で包まれた戦場。
長さ五百メートル、幅三十メートルの大橋の上はそこだけが〈地獄〉や〈煉獄〉と比喩すべき光景に塗りつぶされていた。
仲間達は一体の〈神〉とも言うべき火の鳥〈スザク〉になす術なく敗走を余儀なくされた。一人でも多く戦場から助けるべく限界近く走り続けた。
最後の一人であろう小柄な少女を助けるために自身の最大の特徴である二足の脚と二丁の拳銃を構えて火の鳥へと挑む。
吐き出される火炎ブレスを掻い潜り少女が伸ばす手に触れる瞬間、鋭いかぎ爪が足と腕を引きちぎり、激しくスパークを上げながら腕と脚が地面へと転がる。
小柄な少女は表情こそわからないがきっと涙を浮かべているだろう。
「私は……大丈夫ですから、次の攻撃を防ぐので全力で逃げてください」
「っつ!?馬鹿言うな。男が女に守られてどうするだ!■■■も戻るんだよ!」
「ユーにいには、お世話になりっぱなしなのです。それにユーにいが守るべきは私ではないのです。ユーにいのなら片足でもここから脱出可能なのはずです」
そう言うと少女は火の鳥へと駆け出す。
差し出した手がその子へと触れることはなく、悔しく何もできずに片足でなんとかバランスをとり立ち上がる。自身のアビリティを発動し、全力で駆け抜ける。
大橋から抜け出しバランスを崩しながらも先程まで戦っていた火の鳥〈スザク〉を見上げる。
最後に見たのは火の鳥〈スザク〉のブレスによって少女が焼かれ緋色の光の柱へと変えられる瞬間。そして自らの片足が黒ずんでいく様だった。
そこで世界が暗転し、景色が変わった。
随分と前に体験した思い出、いや無謀な挑戦と言うべき夢から目を覚まし、眠りにつく前に貰っていた水を口へと運ぶ。やけに乾いている喉に温まった水が染み渡る感覚が広がる。
「ふう……」
横へ視線を移せば、小さな窓から外の風景が見える。寝る前までの景色と違い、薄暗い空が眼前に広がり雲の隙間から夜明けの光が射し込まれる。
後、数時間座っていれば何の問題もなく大地へ足を着けることができるだろう。
約半日あまりの大空の旅を終え、一機の飛行機が空港へ降り立ち、乗客乗員を無事に日本へと送り届けた。
背の高い大人たちが闊歩する中に腰まである長いプラチナブロンドヘアーを首元で緩く纏めた少年が一人。百八十センチを少し越える背丈だが体の線は細く少年の顔はまだどこかあどけない。遠くから見れば背の高い少女に見え、右肩に小さなショルダーバッグを担ぎながら歩いて行く。
預けてあった大型のキャリーケースを受け取り、肘の辺りまで黒い手袋で覆われた右手で引きながら空港内を歩く。
モーターアシストつきのキャリーケースを引きながら港内の様子を眺めるがそんなに代わり映えした感じはない。土産屋やフードコーナーなどを通りすぎ、多くの旅行客や会社員の間をすり抜け港内から出る。
太陽の日射しが眩しく光り、薄い手袋を着けた左手を顔の前に出し影をつくる。僅かな風が吹き、嗅覚に懐かしい匂いを運んでくる。日本の香りがどんなものかは人の感覚によって様々だろうが、二年ぶりの帰国は心臓の鼓動を加速させる。
そこにピロリーンという効果音が響き、眼前にメールが届いたことを知らせるウインドウが開かれる。差出人は母親で内容はマンションに着いたら一言メッセージを、という素っ気ないものだったが無視するわけにもいかず、ホロキーボードで適当に返事を打ち込み返信する。
「……さてと」
小さく息を吐き出し、マンションの住所を確認し、首に装着されたニューロリンカーから近傍のタクシーへ乗車リクエストを出す。数分待たずに目の前のロータリーから一台のEVが停車し、自動で後部座席のドアが開く。