ん……結構無理くり!![+д+]/
黄の王が、高く掲げた右腕を一気に振り下ろした瞬間、地を蹴りクレーターの内部に向け跳躍する。二丁の拳銃を握り、四方八方から打ち込まれる遠距離攻撃の弾幕を払い落とすためにトリガーを引く。
「〈エア・バレル・ブラスト〉!!」
空を引き裂く音とともに空気の弾丸が次々に実体弾、光線系の攻撃の嵐を薙ぎ払う。
「まさか!?遠距離攻撃中止!」
ピエロ型アバター、いや〈純色の七王〉の一席〈イエロー・レディオ〉の声で降り注いでいた遠距離攻撃がぴたりとやんだ。
「邪魔する雑魚だっけ?随分大口叩けるようになったな、レディオ」
クレーター底に着地し、ピエロ型アバター〈黄の王〉を凝視する。
「これはこれは……お久しぶりですね。バレット。貴方が戻ってきた、という噂は聞いていましたが、また愚かにも黒に肩入れするのですか?」
「俺は元々黒のレギオンだ。コズミックの奴らに気を使う必要がどこにある?」
クロウたちに向き、言葉を発する。
「早くポータルから離脱しろ。時間稼ぎと防御ぐらいなら役に立ってやる」
「遅れて来て命令すんな!」
「くっ……遠隔チーム、砲撃再開です!」
レディオの声が響き、砲撃が再開される。ビームや炸裂弾が飛び交う中、メンバーを庇いながらそれらの攻撃を打ち払う。
「オオッ!」
パイルが吠えながら右腕の杭打ち機を殺到する小型ミサイル郡へ向けまっすぐに掲げ、ガシュッ!という金属音とともに鉄杭を打ち出す。衝撃波によってミサイル郡の大部分を爆散させるが幾つかのミサイルが生き残り、パイルの青いアーマーに包まれた体のあちこちに命中した。
「ぐあっ……!」
呻きながら体をぐらつかせるが、倒れずに巨体を振り向かせ、短く叫ぶ。
「ハル、走れ!」
「わ……解った!」
クレーターを囲むアバターの壁の薄い箇所をレインが拳銃による乱射により綻ばせ、クロウがロータスを抱え、地を蹴った。その時、背後でレディオがどこか軋みのある声が一際高く響いた。
「……
「……うわっ!」
突如として発生した現象にクロウが棒立ちになる。周囲が回転し、平衡感覚を狂わせる。耳にはカントリー調の不快なメロディが流れ、クロウが片膝を突き、レインとパイルもグラグラと体を揺らしている。
「フィ……フィールドが、回って……!?」
「回っているように見えるだけだ!本当は何も動いちゃいねえ!眼をつぶって走れ!」
「でも……どっちに!?」
「あっちだ!」
「こっちです!」
レインとパイルが同時に、正反対の方向を指差す。瞬間、生じた硬直を狙い撃つかのように、クレーターの外縁から、怒涛の斉射が襲いかかってきた。
「っ、〈オーバーラップ・アーマード〉!!」
片手を上げ、必殺技を発動させる。
必殺技ゲージフル状態から八割程減少し、全身の白金装甲が外れ、薄く輝く金属の膜が何重にも重なり半円形の盾となり襲いかかる遠隔攻撃からメンバーを防御する。
この技は全身の装甲を犠牲にして一回だけできる切り札であり、追い詰められた状況でしか発動したことのない防御技だ。
「レイン、俺の必殺技の限界は残り二十秒ほど。レディオの必殺技限界はプラス十秒ぐらいだ。なんとか守ってやるが、覚悟を決めろ」
「バレット、てめぇ……」
「効果終了とともに俺の防御は紙みたいに薄くなって、守りながら逃げるなんて真似はできなくなる」
「でも、先輩」
「でもはなしだ、パイル。それにどっちにしろ、戦わなきゃこの状態から抜け出すことは不可能なんだ」
「随分言ってくれるじゃねえかよ、バレット。でも、まぁそれについては賛成だ。ここまでされて、スタコラ逃げるほど修行が成っちゃいねえしな」
直後、防御の装甲膜が消え、周囲からの射撃が停止したと同時に背後から大きな影が現れる。
「先輩っ!」
パイルが叫びながら背後に立っていた青緑色のアバターに向かっていく。
「〈ライトニング・シアン・スパイク〉!!」
青白い閃光が杭打ち機から発射され、その青緑色のアバターの胴体部分を深く射抜いた。
「パイル!」
「こっちはぼくに任せてください。先輩は赤の王の護衛を!」
「解った」
二つの銃を胸の前に構え発声する。
「〈ジェミニーズ〉……モード〈カストル〉!!」
〈カストル〉というコマンドボイスによって、白い輝きが二つの拳銃から発せられ、辺りを覆う。輝きが徐々に収まっていくと二つの拳銃がその姿を変えていた。大口径の砲身は真っ直ぐに伸び先端を尖らせ、鋭い輝きを放っている。
レディオの幻覚攻撃が終了し、世界が本来の様相を取り戻したことを確認すると二つの銃から二つの刃となった自らの強化外装を、レディオへと真っ直ぐに突きつける。
「余裕でいられるのも今のうちだ。それにな、赤の王も……我慢の限界らしい」
「イエロー・レディオ!今度はこっちが借りを返す番だぜ……忘れるなよ、あたしに倒されたら、貴様もその時点で永久退場だってことをなァ!!」
レインが両腕を広げ叫んだ。
「来いっ……強化外装――――ッ!!」
ごう、と炎が猛り、レインの小柄なボディが浮き上がり、周囲から火焔をまとった武装コンテナが次々に湧出し、前後左右から包み込む。両肩のミサイルポッド、分厚いアーマースカート、背中のスラスター、更に左右の腕がわりの長大な主砲。
「おい、バレット、クロウ。悪ぃが、ケツに密着した近接型の相手を頼む」
「誰に向かって言ってんだ」
「わ……わかった。でも……先輩は……」
「奴らはその女には手を出さねぇよ。あたしを倒すまではな。もしあたしがやられたら、構わねぇからロータスと一緒に飛んで逃げろ」
「怖れる必要はありません!あんなものはただの固定砲台、密着すれば単なる鉄の塊です!近接チーム、出番です!遠隔チーム、援護を!行きなさいッ!!」
レディオの叫び声にも似た号令と黄色い反射光を閃かせた右腕が振り下ろされ、クレーター外縁のアバターたちがうおおお、と声を響かせ一斉に突撃を開始した。
レインのミサイルポッドが瞬時に展開し、迫り出した数十のシーカーヘッドが赤く煌き、白煙を引きながら発射される。真上に飛び出したミサイル郡が半円状に展開しながら地上のアバターたちに降り注がれ、爆音とともにそのバーストリンカーたちを飲み込んだ。
「はああぁ!」
その怒涛の爆撃を躱してくる近接型のアバターたちを迎撃する。脚の車輪を高速回転させ、戦場の中を縫うように駆け巡る。双剣状態のジェミニーズをくるくる回し、すれ違いざまに瞬時に斬りつける。レインに引っ付き外装を剥がそうとしているアバターの腕を両断し、空中へと蹴り上げ、レインの発射するミサイル郡へと飲み込まれる。
「レイン、ダメージは?」
「近接型をお前ら三人で相手にしてるから、全然余裕だ。クロウもなよっちい割にそこそこやるじゃねぇかよ」
「そりゃどうも!」
残る近接型十人足らずが、全方向から突進し、それを援護する遠距離砲撃が更なる苛烈さで降り注いだ。
「舐めるなぁぁ!」
レインの咆哮とともに全武装が展開し、一斉に火を噴いた。
その直後、奇妙なノイズが空気を揺らし、レインの発射したミサイル郡が錐揉みしながら、あらぬ方向へと突き刺さった。
「くそっ……ジャミングだ!黄色のどいつかだ!探せ!」
レインの砲撃が不発に陥り、近接型のアバターたちがチャンスと言わんばかりに近づいてくる。
「はっ!」
近づく敵を一人切り裂き、蹴りを放つと脚の関節部から銀色のダメージエフェクトがギラギラと輝いた。
防御力が格段に下がったことで攻撃時にも被ダメージを喰らうようになってしまっていた。
「バレット!?」
「わかってる、レイン!〈リリース・ライト〉!!」
悠然と突っ込んでくる相手に軋む脚の痛みを堪えながら溜め蹴りを放つと、ギシャっという音が響き、右脚の膝下部分が砕け散り、体力ゲージがみるみる降下していく。
「最速も走る足がなけりゃただの亀だぜ」
「だったらその亀相手に勝負するか?〈ソニック・アクセル〉」
不用意に近づいてきたアバターに向かって、加速し瞬時に上半身と下半身へと分断する。満身創痍、と言っていいほどに身体に痛みが伝わり、柄にもなく息が上がる。
「はぁ……はぁあ、モード〈カストル〉解除」
刃をしまい、拳銃に戻し、まだ懲りずにレインへとへばりつく近接型たちに向かって左脚で地を蹴る。全身の関節部から火花を上げながら、銃を構えトリガーを引き、空気の弾丸がへばりつくアバターたちを強制的に吹き飛ばす。
「パイルもクロウも足止めされてる!バレットその銃でジャミングの発生源を潰せねぇのか!?」
「生憎、こいつは射程距離が五メートルの近接型強化外装で狙撃銃じゃないんだ」
「ちっ!」
クレーターの外縁から抑揚豊かな笑い声が高らかに響いてきた。
「ははは!はははははは!!」
細い長身と二股のとんがり帽子をゆらゆら揺らし、パントマイムのような動きをしている。
「加速世界最速と呼ばれ、王の中でも貴方の速度に対応できる者がいなかったのに、なんという無様で滑稽な姿だ。脆弱な身体を晒し、成り上がりの赤を守り、裏切りの黒を庇う。そんな行動をして何の利益があるというのです?」
容赦のない侮蔑に思わず笑ってしまう。
「利益?逆に聞いてみるが、そんなことに何の価値がある?無様?滑稽?そんなので皆が守れるなら……いくらでも晒してやる!」
遠距離からの砲撃が放たれる中で、叫び声がクレーター内に響く。
その叫びに応えるかのようにクロウが、いや春雪君が小さくも力のある声で、横たわるロータスに叫んだ。
「黒の王!!あなたにとって〈加速〉は!〈ブレイン・バースト〉は!!前人未到のレベル10に到達し、この世界の先を見たいというあなたの野望はその程度のものだったんですか!たかが男一人の思い出と引き換えられるほど安いものだったんですか!人間の殻を超えようという人が……過去の後悔にとらわれて、いつまで無様に這っているつもりなんです!あなたにそんなことをしている暇はない、あらゆる障害を斬り倒し、薙ぎ払って、最後の一人になるまで突き進むと決めたはずでしょう、ブラック・ロータス!!」
横たわっていたロータスの黒いボディが、頭部の先端から徐々に四肢全体へと光が広がり満ちる。両手足四本の剣が、りいぃんと強く鳴り、ふわりと、その漆黒のアバターが直立する。
「ま、まさか……!?」
ぽつりと、レディオから小さな呟きが聞こえる。
「零化現象から……立ち上がるなんて」
立ち上がったロータスは闇色の閃光となって、こちらへと移動してくる。
「随分とボロボロじゃないか、バレット?」
「どっかの誰かさんが寝てる時に、必死になって守ってたからね」
短いやり取りを交わして戦場へとロータスが舞い戻る。
「貰ったッ、〈ワンウェイ・スロ……〉」
パイルと相対していたアバターが後ろに現れたロータスの腕を掴もうと手を伸ばすが、掴んだ瞬間、アバターの両手十本の指が切断され、地面へと零れ落ちた。
「済まんが、私に掴み系の技はたいてい効かん」
敵アバターを両断し、残りの近接型の黄のレギオンのバーストリンカーたちを薙ぎ払う。剣である両手両脚で斬り刻み、舞うように戦い続ける姿は、まさしく〈黒き死の睡蓮〉。クレーター内部の近接型アバターを殲滅し、数秒の沈黙が訪れる。
「……なぜ今更現れて、長年かけて準備した我がサーカスのカーニバルを邪魔するのです?二年間もどこぞの穴倉にこそこそと隠れつづけておきながら、なぜ?」
細長い両腕を左右に広げ、ひょいと片脚立ちになり、首をゆらゆら左右に振りながら、小刻みに笑いささやく。
「つまり、もう忘れたというのですか?あなたが裏切り、首を刎ねた我らが友のことを?……彼は今、どこで何をしているんでしょうかねぇ。二度と戻れない加速世界のことを……その原因を作ってくれたどこかの誰かのことを思い出したりしないんですかねぇ?私なら、とうてい忘れられませんよ。尋常な対戦ならともかく、あんな不意打ちじゃあ……ねぇ?」
ロータスは右腕を、黒く輝く黒曜石のエッジをレディオに向け滑らかに声を発する。
「……お前はひとつだけ勘違いをしている、イエロー・レディオ」
「ほう?何をです?まさかあれが、卑怯な不意打ちではなかったとでも?」
「違う。私にとって、お前の首が、レッド・ライダーのそれと同じ重さを持つと考えていることだ。もう一つ教えておいてやろう……私はな……」
りぃん、と右腕を真横に振り払い、ロータスが言い放つ。
「初めて会った時から、お前が大嫌いだったよ!」
ぐ、と黄の王が上体を仰け反らせ、ロータスが素早く叫ぶ。
「レイン、武装のリチャージは終わったな!?クロウ、パイル彼女を守れ!!バレット、休んでろ!!――行くぞっ!!」
クレーターの底に一条の轍を刻みながら、漆黒の王は猛然とダッシュを開始した。
「ち……休んでいいのはバレットだけかよ!」
レインが毒づきながらもミサイルポッドをじゃきっと鳴らし、外縁に残る敵の遠距離型の集団をポイントする。
パイルがレインを攻撃しようとするアバターを牽制し、クロウは外縁のスナイパーの攻撃をギリギリで避け、アンテナの外装を備えた黄系のアバターのそれを叩き、空へと飛び上がる。
その瞬間、レインが溜めていた鬱憤を吐き出すように全武装を展開し外縁へ向けて一斉に掃射した。クレーター外縁をなぞるように炎のカーテンが立ち上がり、遠距離攻撃を行っていた大半の敵が光の柱となって高く屹立した。爆音が収まり、一瞬生まれた静寂を、ロータスの烈火の如き咆哮が貫いた。
「レディオ!!」
ずばっ、と右腕の刃が漆黒の軌跡を描き、レディオの帽子の右側が分断され宙に舞う。
「ロータス!!」
怒声を叫び返し、バトン状の強化外装で反撃を見舞る。レインの強化外装の足元に座り込み、その戦闘を凝視する。
レベル9同士の戦い。サドンデスルールによって相互不可侵条約を結び、実現することのなかった戦闘が今まさに行われている。
「先輩、大丈夫ですか?」
全身の青いアーマーが所々焼け焦げ、ボロボロになっているパイルがこちらに近づいて声をかけてきた。
「見た目ほどダメージを負ってはいないよ。それより眼を離すなよ。この一戦で加速世界がまた変わるかもしれないんだ」
レベル9同士のサドンデスルールによる過酷な戦闘。勝者はレベル10へと、敗者はブレイン・バーストの永久損失。ロータスとレディオ、両者が攻撃と防御を繰り返すたびに、波紋のように衝撃波が広がり、背景を歪ませる。高威力の攻撃が連続し、地形を変える。地面は放射状にひび割れ、瓦礫の破片が飛び散り、あの空間だけが別の空間にあるとさえ錯覚する。
「……そろそろだぜ」
赤の王のつぶやきにクロウが聞き返す。
「な、何が?」
「二人の必殺技ゲージがそろそろ満タンだ。本番はここからだ」
「ロータスの必殺技は直接攻撃。レディオは幻覚系統。速さの駆け引きだ」
「つまり、黄の王の技が発動する前に、マスターの一撃が届くかどうか」
「そこが分かれ目だ!」
四人の目が二人の王へと注がれる中、ロータスの凛と声を響かせた。
「〈デス・バイ・ピアー……〉」
同時にレディオも。
「
双方同時の技名発声は、双方ともに最後の一音まで辿り着くことはなかった。
とん。
という、ごく小さな、しかし圧倒的な存在感に満ちた響きが二人の王の声を押しとどめたのだ。レディオの腹部から鋭い刃の先端が突き出し、背後には黒ずんだ銀色のアバターがゆらりと佇んでいた。