シルバー・クロウがクロム・ディザスターを追いかけビル郡の合間を縫うように飛んでいく。
「さて、皆準備はいいか?」
「パイル、すまないが肩を貸してくれるかい。流石にこの両脚じゃ移動もできやしない」
「それぐらいお安い御用ですよ」
「バレット、君は休んでいるといい。肉体的と言ってもこちらではアバター、つまりは部位欠損が治るわけではないが少しでも精神面を休ませてくれ」
「ああ……そうさせてもらう、よ」
ロータスの言葉に身体から力が抜ける。まるで、深い眠りにつくようにそこで意識が途切れた。
『俺はこの世界を呪う。穢す。俺は何度でも甦る』
悲痛なる叫びが脳内で何度も響く。
幾多の傷を刻み込んだ黒銀の鎧に身を包んだアバターが最後に叫んだ言葉はそれだった。
そして、発光する微細なコードの連なりが無数のリボンのようにばらりと分解され、加速世界の空へと溶けていく。
「……これで、本当によかったのか」
隣にいた青の騎士にでも、誰に言うのでもない。そんな小さな呟きが昇っていくコードの連なりとともに空へと溶けていく。
『あら?バレット、また来たの』
世界の全てが見渡せる場所。地上三三三メートルは旧東京タワー。一歩踏み出せば地上まで真っ逆さま。そんなところに彼女は住んでいた。空色、スカイブルーの装甲は近接の青に属する。しかし彼女が所属するのは青のレギオンではない。
『黙ってるなんてひどいわね』
「ここはリーブポイントで、この世界が見渡せる唯一の場所だ。俺がここにいたって不思議じゃない」
『ふふ、それもそうね。でもね、バレット。貴方、私がいつ加速してもここでボーっとしてるじゃない。何日ここでそう過ごしているの?』
「半年」
『そこまで貴方がこの世界に居続ける理由は』
「うるさいぞ。理由があるにしろ、ないにしろ、あんたには関係ないだろ!」
『心配しているのに、その態度はいけないわ』
次の瞬間、俺の身体は重力に従い一直線で地上に落下していった。
世界が見渡せるこの場所に寄り添う二つの影。
旧東京タワーの頂上、天空の庭園、そんな言葉が似合う場所で二つの影は世界を見渡していた。
『ねぇ、バレット』
「なんだよ」
『私がこの両の脚を失ってでも空を飛びたいと願っているなら、貴方は……どう思う?』
「俺はそれに答えられない。それは……かつての救われず、報われない俺だから」
『そう、でしたね。少し意地悪でした』
「でも、君はそんな俺に声をかけ続けてくれた。君の言葉に、行動に俺は救われた。だからさ、君が願うなら、俺は君に空を願っていて続けて欲しい、レイカー」
ふと、意識が押し上げられる。瞼を上げると、鮮やかなシアンブルーの鎧が視界に入ってきた。それと同時にささやかな銃声が聴覚に届いた。それは多分〈断罪の一撃〉。銃声のした方向から微細な光が空へと昇っていく。チェリー・ルークを構成する全情報がアバターから解かれ、分かれて宵闇の空へと溶かし消えていく。ポイント全損者はこうして加速世界から消えていくのだ。そこには何もなかったかのように。
「無事に、終わったみたいだな」
「先輩いつから」
「今さっきだよ。随分と長く寝てたみたいだ」
「バレットが寝ていたのはほんの数分だ。状態はどうだ?」
「もとより身体は回復しないから、万全とは言い難いけど疲れの方は大丈夫だ。それよりいいのか?」
「何がだ?」
疑問符を浮かべるロータスへ言葉を送る。
「クロウとレインが二人っきりだ。心を痛めた少女。優しく声をかける少年。いつ恋が始まるかわからない状態だ。パイルもそう思わないか?」
「へっ!?いや、まぁそれだけ聞けば始まってもおかしくは」
パイルの返答を待たず、漆黒のアバターはホバー移動で駆けていく。
「……いいんですか?」
「何が?」
「はぁ……。なにはともあれ合流しましょう」
溜息を吐きながらそう言ったパイルの背中に担がれクロウ達と合流する。
「先輩、それにタク」
「クロウ、うまくやったみたいだね。ご苦労様」
「いえ、僕の一人じゃ全然」
「それでもチェリー・ルークを救えたのは君がいたからだ」
「そうだよ、ハル」
「それはさて置き、スカーレット・レイン。貴様、私達に言うべき言葉があるんじゃないか?」
「……」
しばしぷるぷると右拳を震わせていたレインは、やがてぷいっと顔を背け。
「アンガトヨ」
「おい、それだけか!……まったく、これだから子供は……」
「て、てめーこそ、あたしらが苦労してバトってるあいだ、無様に寝っ転がってたじゃねーかよ!」
「……なんだと?」
「なんだ、やっか?」
互いに顔を突き合わせ、赤と青紫の火花を散らす二人の王を、クロウとパイルがまあまあと必死に押し合わせる。
――と。
不意に一際強い風がサンシャインシティの巨塔を吹き降ろしてくる。
「お」とレインが呟き、続けてロータスが、
「ほら、ハルユキ君、見たまえ。〈変遷〉だ」
「へ……へんせん?」
クロウが聞き返すが、それよりも早く、世界がその全貌を急速に変えていった。
青黒い鉄鋼により築かれていた宵闇の都〈魔都〉フィールドが東の方面から、オーロラのようなヴェールによって覆われていく。硬く冷たい鋼材の街並みが、太い幹を持つ大樹の連なりへと姿を変え、その樹に生い茂る幾重の葉が、夜闇の中で薄い燐光に包まれ、森の底を照らし出す。
「最初にこのフィールドにダイブした時、私が属性は〈混沌〉だと言ったろう」
「え……ええ、そう言えば……」
「〈混沌〉とは無制限中立フィールドのみ発生する一定時間で移り変わり。それを〈変遷〉と言うんだけど、フィールドはランダムに選ばれ、その期間も一定時間とはいうが若干の誤差もある」
「しかし、君は運がいいぞ、こんなに美しい姿を見せてくれることはそうそうない」
「ええ……、ええ」
「……もう一回抱えて飛んでくれよ、と言いたいとこだけどな。〈変遷〉が起きるとエネミーもごっそり再湧出すっからな、今うろつくと危ねぇ。ここは、大人しく帰ろうぜ」
レインの言葉にロータスも頷く。
「そうしよう。……おっと、その前に。大事なことを忘れるところだった」
ぐるりと一同を見渡し、厳しさを増した声で続ける。
「……全員、ステータス画面を開き、アイテムストレージを確認しろ。そしてそこに〈災禍の鎧〉があったならば……絶対に消し去れ。二度と、同じことが起きないように」
一時的にパイルの背から下ろさせてもらい、樹の幹に背を預ける。ステータス画面からアイテムストレージへと移動し確認する。ストレージ内はこれまでに手に入れ、使用してないアイテムの文字列が並んでいるが、それ以外は何もない。増えもせず減りもしていない。
「……ありません」
クロウの言葉に続き、残りの三人、そして俺もストレージ内に鎧が存在しないことを確認し、一瞬沈黙した。
この中の誰かが秘匿していた場合、鎧は消滅していない。だが、この中の全員があの鎧の〈災禍の鎧〉が災禍たる事実を知っているのだ。疑うまでもなく、〈災禍の鎧〉はこの加速世界から消滅しただろう。
「消えたんです、今度こそ」
「よし、黄の王との決着は次回以降に持ち越しだが、とりあえずこれで――ミッション・コンプリートだ。さあ、帰って祝杯を上げようじゃないか」
「おっ、じゃあシャンパン開けようぜシャンパン」
「馬鹿者、子供はジュースを飲め」
「フランス産のいい葡萄ジュースだったらあるけど」
「それ頂き!」
またしても言い合いをしながら、二人の王が歩き出す。世界樹の根元には大きく洞が開き、その奥に、渦を巻きながら青く輝くサンシャインの〈離脱ポイント〉が見える。
「ん?」
「どうかしたの、ハル?」
「いや、なんでも!……あー、なんか普通の〈対戦〉の十倍疲れたよ。ハラへって……もうだめ……」
「おいおい、言っとくけど、現実世界じゃほんの何秒か前にケーキ食べたばっかだよぼくたち」
「げー、忘れてた……」
「夕御飯は豪勢にしよう。祝杯なんだからね」
そんな会話をしながら半球状のドーム内、その中央に浮かぶ青いポータルへと進んで行く。
そして、ゆっくりと回転するポータルにパイルとともに飛び込む。
その瞬間、加速されている意識が現実に引き戻される一瞬、懐かしくも朧げで、小さくも優しい声が聞こえた気がした。
――マダ……終ワッテナイワ……。