土曜日、午後四時。学校屋上に設置されたベンチから腰を上げる。
「ふぅ」
「お疲れ様でした」
ベンチに腰をかけながらそう言ったのは拓武君だった。
「今日の功績は春雪君だよ」
思い出すのは先ほどまで繰り広げられていた杉並第三戦区での領土戦。その戦いの中、春雪君の操るシルバー・クロウは赤系の遠距離狙撃、つまりはスナイパーの攻撃を空中で回避し見事にその相手を戦闘不能にしたのだ。
「照準維持が高い相手でしたね」
「多分、そういったアビリティでも持っていたんだろう」
「ぼくも頑張らないと」
「焦ってもいいことなんてないさ。じっくりと強くなっていけばいい」
そう言ってまだ寒さの残る空を大きく仰いだ。
自宅マンションのドアを開けると見慣れぬ靴が玄関に並んでいた。そもそも一人暮らしをしているのだから見慣れない靴があること自体が不審なのだが。
「……泥棒か?」
そう呟くが違うだろう。見慣れぬ靴はどう見ても子供サイズで女の子が履くような可愛らしいデザインのものなのだから。
それに何故か甘い匂いが玄関に漂ってきている。お菓子作り、料理全般が一種の趣味と化している生活だがここまで匂いがしているということは、絶賛誰かがキッチンで何かを作っているのだ。まぁ犯人の目星くらいはついている。
リビングへと続く扉を開きキッチンの方へと視線を向けてみる。
「お帰りなさい、おにいちゃん!」
キッチンに立っていたのは真っ赤な出で立ちの女の子。〈
「ニコ、どうやってドア開けた?」
「あれ?あんまし驚かねぇな。クロウはめちゃめちゃ驚いてたんだけどな」
天使のような笑顔から面白くなさそうに不満げな表情へ変化させる。
「結構セキュリティは高いんだけどね」
「細かいことに拘んなよ。つっても簡単なんだけどな。お前の母親にメール送っ」
「ああ、いい。なんとなくわかった。というか聞きたくない」
多分だがこの後母親から変に興奮した通信が入るのは必須だろう。
「まあこんな話をするために来たんじゃなかったっけ」
「で、用件は?」
「ディザスターの事後報告だよ。クロウのやつにはもう済ませたんだが、お前にも報告しておいてやるよ」
「黒ちゃんには?」
「黒いの、ロータスにはメールで済ませちまったよ」
「何だかんだで連絡先の交換はしてたのか」
「うるせぇ!……で報告だけどな、ゆうべ、黒以外の五人の王連中に、ディザスターを処刑したことを通達した。レディオの野郎が〈鎧〉をガメていた事も問題にしたかったけど、証拠がねぇからな。まあこれでこの一件は手打ちっつうことだ」
「〈災禍の鎧〉についてはそれだけ?もう少し面倒なことになっているのかと思ったけど」
青や緑のレギオンはともかく、紫も大人しくしてとは。黄色のレギオン〈クリプト・コズミック・サーカス〉が出張ってこなかったのは自分たちがその場にいた事を言及されたくないからだろうけど。
「それだけだよ。報告だけならメールで済ませて終わりだったんだけどな……なんつーか、礼だよ」
「礼?」
「クロウは当然として、バレットは身体の四肢分くらいには感謝があるからよ。クロウにはクッキー渡してやったんだが、お前には用意すんの忘れててな」
「だからって人の家のキッチンで作らなくても」
「食材も器具も十分に揃ってて不自由はなかったぜ」
ドヤ顔のニコがキッチンに置かれたゴミ箱の方へ視線を流す。バターに砂糖、小麦粉とお菓子作りの材料が空っぽの状態で放り込まれていた。
「おいおい、寮の門限は?」
リンカーの時刻表示は午後六時を回っている。小学生の生活基準から考えて寮の門限はとっくに過ぎているだろう。
「んなもん外泊届学校に出したからねえよ」
呆気からんと言い切るニコには溜息しか出ない。
「また春雪君の家かい?」
「そうだよ。今日の晩御飯何にしよっか?」
「はぁ……春雪君を呼んできてくれ。晩御飯は唐揚げととんかつ、どっちがいい?」
年相応の笑顔を浮かべたニコにそんな質問を返して〈災禍の鎧〉〈五代目クロム・ディザスター〉にまつわる事件は閉幕を迎えた。
彼女の感謝の中に黒のレギオン全体への感謝が見えたのはここだけの秘密だ。