アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~   作:猫かぶり

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再会と新風
Accel-13: The plunderer of twilight‐Foot step


 

 

五代目クロム・ディザスター討伐から時間は経ち、季節は春へと移り変わった。

私立梅郷中学校でも新学期の春としてただいま入学式が行われていた。全校生徒三六○人の視線は壇上に立ち、凛とした声で語る人物へと注がれていた。

 

「……諸君の大多数は、いま期待と不安を等しく感じているだろう。ことに新入学生の皆は、見知らぬ校舎、見知らぬ上級生に大いに戸惑っているかもしれない。しかし、考えてほしい。今君たちの後ろですまし顔をしている者たちも、一年前、二年前は君たちとまったく同じ不安を抱えて同じ場所に座っていたのだ……」

 

壇上で雄弁に語る女子生徒は言わずもがな黒雪姫だ。生徒会に所属している彼女が入学式で挨拶するのは必然ではあるが、どこか背伸びをしているようでどうにも笑えるのは気のせいだろうか。

 

「……一年間、換算すれば三一五三万六千秒、その時間は膨大なようで過ぎ去ってしまえば一瞬だ。どうか実り多き一年を過ごしてくれたまえ。それでは、以上で私の挨拶を終わる」

 

頭を下げ、長い黒髪をさっと振り広げて体を戻した黒雪姫が、後ろに並ぶ生徒会メンバーの列に加わった。

 

 

 

入学式を終え新しいクラスへと足を進める最中、後ろから声をかけられた。無論知っている人物だ。先程まで壇上に立っていた黒雪姫だ。

 

「どうした?」

 

「何どうということでもないさ。ただ気になることがあってね」

 

「……バーストリンカーか」

 

「ああ。杞憂、考え過ぎかもしれないが新入生の中にいるかもしれん。入学式の最中にバーストリンカー特有の視線を感じた」

 

「マッチングリストの確認は?」

 

「新入生にローカルネット、アカウント配布があるのがクラス移動直後だ。教室へついてから確認しようと思っていたが、ユーの姿が見えたからね」

 

「なら具体的な話は後でしよう。教室は?」

 

「気づいてなかったのか?ユーと私は同じクラスだぞ」

 

はっと声をかけようとするが黒雪姫は「ではな」と言い残し教室へと入っていってしまった。無論僕の教室も同じ教室なのだが。

 

『さっき加速してリストを確認したが新たに増えていたのはレベル1の〈ライム・ベル〉だけだったよ』

 

同じ教室内だが加速世界のことは無闇に話せないので、思考発声で黒雪姫に連絡をとる。

 

『レベル1……それは多分倉島君だろう。ライムということは彩度の高い緑系統。私が感じたのは中堅かそれ以上の視線だ』

 

『状況から考えてレギオンに誘うのかい?』

 

『それについては私も考えるものがあってね。……少々倉島君と話すべきではないかと思っていたところだ』

 

『春雪君のことかい?』

 

『ん……まぁ、そうだが。というかユー、読心術アビリティでも身につけたのか?』

 

『種明かしをすれば、新聞部?の取材で色々聞かれたから情報料として黒ちゃんの噂をちょろっとね。去年の秋に校門前で言い合いしたらしいじゃないか』

 

『それについてはもう解決している……と信じたいが』

 

『何にせよ、話さなきゃ伝わらないことは多いからね』

 

『ユー、君がそれを言うのか?』

 

黒雪姫との通信を切り、最後の言葉だけがエコーのように脳内に響く。

 

「そんなの……わかってるさ」

 

所詮は独り言。そんな独り言も脳内に響き続けた。

 

 

 

そんな繰り返される独り言も放課後に呼び出された出来事でどこぞの彼方へと吹き飛ばされた。

 

「〈回復アビリティ〉だと!?」

 

「ええ……先輩にも伝えておくのがベストだと思って」

 

「もう!なんなのよ!タッくんも先輩もそんな大げさに驚いて」

 

回復能力。いわゆる〈回復術師〉は他のゲーム、一般向けに発売されているゲームでは割とポピュラーな職種、能力と言えるだろう。

 

「倉嶋君、ブレインバーストのジャンル区分はわかるかい?」

 

「え……たしか、対戦格闘ゲームでしたよね」

 

「そう。しかも現実のソーシャルカメラから現在地を割り出し戦う、遭遇戦。シングル、タッグ、そして領土戦。シングルで戦うには回復能力は実力が拮抗していなければさほど重要ではないんだ。むしろ問題はタッグ戦と領土戦。倉嶋君が対戦ゲームで必死になって相手の体力を削ったとする。もしその相手が何事もなく体力を回復させて戻ってきたら?」

 

「そりゃあ、ひどいと……あ」

 

「理解してくれてなによりだよ」

 

「でも、その〈回復能力〉なんて何十人でも持ってるんじゃ」

 

「そこなんだ。このブレインバーストが配布され丸七年以上経つけど〈回復能力〉それに置き換わる能力を持っていたアバターはこれまでに二人。一人はブレインバーストを強制アンインストールし、永久退場。もう一人は健在。この稀少さが問題にも直結してくるんだ」

 

「……私はどうすれば?」

 

「しばらくはグローバルネットへの接続は控えておくこと。基本的なレクチャーは拓武君と春雪君に。レギオンには強制ではないけどネガ・ネビュラスに入ってくれると助かる。最終判断は倉嶋君、君に任せるよ」

 

「……はい」

 

「すみません。四日先には修学旅行もあるのに」

 

「いや、気にしないでくれよ。大事な後輩の相談ぐらい普通のことだよ」

 

笑顔で返答するが、〈回復アビリティ〉というのが大きな問題だ。拓武君が言ったように四日先には修学旅行もある。問題の先送りは余りできないだろう。

 

 

 

倉嶋君の問題から二日後の金曜日放課後、いつもなら拓武君と特訓をしているのだが今日の特訓はなしだ。理由としては今週末の修学旅行で必要なものを買いに行くためだ。

自宅へ戻り、バイクで移動する。マンション下のショッピングモールで済ませてもよかったのだがバイクに一週間も乗れなくなるのは少し遠慮したい。目的地は杉並区の隣、中野区は中野ブロードウェイ。

中野区は赤のレギオン〈プロミネンス〉と青のレギオン〈レオニーズ〉の分割領土で中央本線辺りを堺に上を赤、下を青と分けてある。中野ブロードウェイは赤の領土なので心配はないだろう。無期限停戦を取り付けているとはいえ、それは領土戦だけの話だ。中野区に侵入すれば五分を待たずに対戦を申し込まれるだろうが、それについては対策がないわけでもない。杉並と中野の境界、中央本線横にある公園横にバイクを止める。目的の人物は手を振りながらベンチへと腰を下ろしていた。

 

「どうも。待ったかな」

 

そんな言葉にベンチで待っていた少女は口を開いた。

 

「別に待ってねぇよ。ちょこちょこ対戦挑まれて少しウザかったけどな」

 

見た目とは裏腹な言動。紺色の制服にランドセルを背負った赤毛の女の子。〈プロミネンス〉はリーダー、赤の王ことスカーレット・レイン、上月由仁子がそこにはいた。

 

「いきなり電話してきてちょっと付き合えなんて言われて何かと思えば、買い物の付き添いかよ。停戦中とはいえ、人をリンカー避けか何かと勘違いしてんじゃねぇか?」

 

「僕もあまり使いたくはなかったんだけどね。知り合いがいるなら頼るようにしているんだ。それに〈三獣士〉とは戦いたくないからね」

 

「ちっ……しゃーねぇな。それより、口調はどうにかできないのかよ。加速してる時とは別人みたいできもちわりぃ」

 

「別段意識して変えているつもりはないんだけどね。それよりも寮の門限もあることだし早く済ませようか」

 

「それは大丈夫だ。なにせあたしはこれで帰るからな。しかも問題の〈三獣士〉云々は早々に解決だ」

 

ニコの発言に少し固まる。目の前の少女はいきなり帰ると言わなかっただろうか。

 

「すまないニコ。リンカーの調子が悪いみたいだ。もう一度」

 

「だから、あたしは帰るって言ったんだよ。じゃあな」

 

スタスタと公園から出ようとするニコを追いかけるために彼女の後を追う。がそれが間違えだった。公園から出た瞬間、グローバルネットが警告とともに中野区に切り替わる。

その切り替わりと同時に聞きなれた加速音と【HERO COMES A NEW CHALLENGER!!】の文字列が視界に広がった。

 

 

 

フィールドは〈世紀末〉ステージ。ボロボロの建物や炎を上げるドラム缶、ズタズタのアスファルト道路。戦うステージとしては雰囲気は十分。

 

「くっ、やられた」

 

「人聞きの悪い言い方すんなよ。こっちは別に悪気があって嵌めたんじゃねぇんだからな」

 

そんな言葉を発したのは朱色の輝きを放つ小柄なF型アバター〈スカーレット・レイン〉だった。普段ギャラリーにまわることの少ない彼女がギャラリー側で倒壊しそうなビルの屋上に座り込み呑気に頬杖をついている。

 

「こっちもこっちで色々あんだよ。あたしの学校は練馬区。隣とはいえ中野区はちと遠いんだよ。それで悩んでたらその役変わるって奴が出てきてな」

 

「おい……まさかさっきの云々解決ってのは」

 

「そう。私がレインの変わり。K?」

 

所々を省略した独特の言い回し。懐かしい口調にため息が出る。

 

「……キティか」

 

対戦相手のネームは〈ブラッド・レパード〉。赤のレギオン〈プロミネンス〉が抱える幹部〈三獣士〉の一人、〈血まみれ仔猫(ブラッディ・キティ)〉。全身は艶のないダークレッドの装甲、マスクは砲弾状に先の尖ったフォルムで後端左右が耳のように突き出しており、猫科の猛獣をイメージできる。

 

「?どうかした?」

 

「はぁ……。こないだの言葉、レインから聞いてないわけじゃないだろ」

 

「NP。これは私がレインに頼んだ事。バレットは悪くない。K?」

 

「悪くないじゃない。レインはこっちのリアル情報を知っているから会っていたんだ。キティもリアル割れするんだぞ」

 

「それこそNP。私はバレット、あなたにならリアルで会ってもいいと思っていた。それにレインのリアルを知っているなら私もリアルを知らせるべき」

 

昔からだ。こういう頑固者というか言い出したら聞かないのは。しかもその理論なら赤のレギオン全員リアルを知らせなければならなくなるぞ。

 

「それに問題があるのはバレット貴方の方。その両脚はどうしたの?最後にあった時の記憶と随分違う」

 

キティの視線は両脚へ向けられていた。

 

「レギオン解散……いや、壊滅時にね。後で詳しく話すさ。と言っても大筋の顛末は聞いてるんじゃないのか?」

 

「それはそれ。私は貴方の口から聞いてみたい」

 

「OK。ならこのバトルをドローで終わらせよう」

 

「NP。中野駅北口で待ってる。K?」

 

キティの言葉に頷き、B・Bインスト画面からドロー申請のボタンを押した。

 


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