目覚まし時計の電子音が鳴り、起床時間を告げる。
ベッドから起き上がり、時刻を確認すると六時を少し過ぎたデジタル時計が刻々と時を刻んでいた。
洗面所へ向かい顔を洗う。まどろんだ意識が冷たい水によりはっきりと覚醒していく。鏡にはプラチナブロンドの髪に深い青色の二つの眼がこちらを見つめていた。
着替えるために自室に戻り、ハンガーに掛けられた白いワイシャツに袖を通していく。
充電用のプラグを白い光沢が輝くニューロリンカーから外し、首へ装着し一応の登校準備を終える。
冷蔵庫から牛乳を取り出しコップへ注ぎ、バターを塗ったトーストをかじりつく。登校時間に余裕があるとはいえ早めに登校しても問題はないだろうなどと考え、トーストを牛乳で流し込む。青いネクタイを結び制服を身にまとい、おかしくないかを鏡で確認し鞄を掴む。
イギリス、ロンドンでの学校まではバス通学であったのに対してマンションから学校までの道を徒歩で向かう。学校までの道を間違えないようにニューロリンカーのアプリを起動し、ウィンドウの地図を確認しながら進んでいく。地図情報を見ながら移動していたため、予想より遅くなってしまったが目的地である学校に着く。
私立梅郷中学校と掲げられた校門前には時間的に登校ラッシュではないが生徒たちが次々と登校をしていく。何人かの生徒はこちらに目を向けてきたが、俺が振り向くと足早に目を背けながら逃げていく。
「……やっぱり、金髪は不良っぽいのか?」
何にしても突っ立っているだけでは事態は進まない。校門をくぐり抜け、職員室を目指す。
昇降口近くにいた生徒に場所を聞き、職員室へ向かう。先生から生徒手帳を貰い、そして学内ローカルネットへのアカウント登録をする。グローバル接続から梅郷中学校のローカルネット接続したことを告げるウィンドウが立ち上がり、はれてこの学校の生徒になることができた。後五分ほどでSHRということもあり担任と一緒に教室まで行くことになった。
担任に連れられて2-Cのタグが表示されている教室前まで行き、扉の前で待たされる。数分待ち、入ってこいと言葉を受け教室内へ足を入れる。
「白鐘、自己紹介だ」
「白鐘夕里です。これからよろしくお願いします」
仮想ウィンドウへ自分の名前が浮き上がり、教室の生徒の目線がネームタグへと集中する。担任が事情その他を簡潔に説明し、席へと案内してくれた。窓際の後ろの席へ着き、一時間目へ。授業の間の短い休み時間になるとクラスの大勢がこちらにやってきた。
「やっぱり英語はペラペラなの?」
「彼女はいる?」
「趣味は?」
「校内案内しよっか?」
「あの……男の娘?」
やはり転校生の質問タイムは始めの休み時間なのだろう。最後の質問は自重してほしいものだ。生憎スルースキルなんて便利なものを持ち合わせてはいないのでこの休み時間は無情に過ぎると思った瞬間。
バシイイイッ!と鋭い効果音に近い音が脳内へ響き、教室内の生徒の動きがぴたりと止まり周囲の光景が青一色に染まり景色を塗り替える。
「おいおい」
油断していたとはいえ、このタイミングで対戦。現在のレベルを考えても戦闘はないだろうと思っていたのだが。最も対戦者がどんな意図でこのタイミングを選んだのかはこちらが知る由もないが。
燃えるフォントで【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】のアルファベットが並んだ。
教室の床や壁が青黒く輝く鋼板で構成されていく。フィールドの特徴は硬く一部の攻撃属性でしか破壊不能の〈魔都〉ステージ。
窓だった部分もツルツルの鋼板へ変化し、今の自分のデュエルアバター〈プラチナ・バレット〉を写し出している。全体的に細いシルエットだが脚や腕の部分は装甲の厚さか幾分太い。全身が薄い金色で特徴として両脚の踵部分に双円錐の車輪を持ち、頭部は鋭いヘルメットで目の部分が鋭いゴーグルをかけたようにサファイア色の青い光を輝かせている。
視界中央に炎の文字で【FIGHT!!】と表示され、上部中央のカウンターが1800から数値を下げていく。
「学内ローカルネットで対戦とは……対戦に自信があるのか、リアル割れ覚悟なのか……はたまた別の理由でも」
対戦相手の名前を確認しようと首を上げようとするが、隣側の教室だった壁がバラバラに刻まれ、一体の黒いアバターが目の前に現れた。
「いや、まさか学内ローカルネットで再会できるとは思ってもいなかったよ、バレット」
凛とした声を発生させ目の前に現れたアバターがホバー移動しながらこちらに近寄ってくる。全身を黒水晶から削り出してきたかのような直線的なフォルムに、両腕両脚が鋭く伸びた剣。頭部前面は漆黒の鏡のようなゴーグルで内部に二つの青紫色の眼を輝かせている。
「久しぶりの再会だというのに無反応とはあんまりじゃないか」
目の前のアバターと対戦相手のネーム〈ブラック・ロータス〉をしっかりと確認して一言。
「あー、ロータス、それとも黒ちゃんって呼んだほうがいい?」
「二年会わなかったが変わらないようだな。それと、その黒ちゃんというのをやめてくれ」
「初めて会った時から黒ちゃんだよ。それよりさ、その登場の仕方はないんじゃない?小学生なら裸足で逃げ出すレベルの怖さだ」
「こちらとしてはそんな演出をするつもりは毛頭なかったのだがな。長い時間、繭に篭っていたリハビリだよ。おいそれとできる立場ではないのでな」
彼女はふふっと小さく笑いながらそんなことを言った。
「で、繭から出てきたのは何かあったわけ?」
「私もその質問を君に尋ねたいんだが……昼休みに時間は空いているか?」
「今のところは空いている。ランチのお誘いか?」
「似たようなものだ。校舎一階の学生食堂に隣接したラウンジで会おう」
「場所を知らないんだが」
「知っている者に尋ねるといい。言っておくが私は迎えには行かないぞ。先約があるのでな」
「対戦申し込んだのはアポが取りたかっただけか」
「レギオンマスターとして確認するのは当たり前だ。転入生の情報は事前に把握していたからな。確率が低いとはいえ転校生がバーストリンカーともわからない。名前と写真、マッチングリストを確認して君の名前があったときは……三分ほど思考が停止してしまったよ」
「まあ、後は現実世界で話そう。今現在、転校生の性である質問タイム中でね」
「ふむ……それはすまないことをしたな。ならばこの対戦をドローで」
ウィンドウをいじろうとするロータスを静止させる。
「いやいや、それには及ばないよ。時間は後千五百秒ほど。復帰して一番初めの対戦がドローっていうのは味気ないし。それにロータス、乱入してきてドローで逃げるなんて真似はらしくないよ」
「しかし、時間はいいのか?そもそも君の足は……」
ロータスの視線が脚部の黒ずんだ車輪へ注がれる。
「気にしなくてもいい。これは無様に生き延びてしまった俺の枷だよ」
「……そうだな、バレット。君はそういうやつだったな」
「腕が鈍ってないのを見せてあげるよ。……弾丸を両手へ」
発声とともに手の中に二丁の銃が握られる。白銀に輝くふたご座流星群の名を冠するリボルバーの大型拳銃〈ジェミニーズ〉を両手に携え、黒の王へと正面から戦いを挑んだ。
現実世界へ戻ってきた夕里を出迎えたのはやはり加速する前の質問をしてくるクラスメイト達だった。何を質問されたかを思い出しながら夕里は何事もなかったように答える。
昼休みになり昼食のために教室外へ生徒達が移動する。前の休み時間に学生食堂とラウンジの場所を聞いていたため素早く移動しようとするが百八十を超える体躯の夕里にはいささか移動がしにくく時間がかかってしまう。やっとの思いで食堂に辿り着き隣接されているラウンジを探す。
が探すまでもなくそこを見つけた。
半円形でなかなかの広さを持ち瀟洒な白い丸テーブルが余裕を持って配置され、大きな採光ガラスからは中庭を望むことができる上等な空間。
ラウンジへと足を踏み入り、近くに座っていたふわふわした髪を揺らしている女子生徒へ話しかける。
「すまないが生徒会の副会長は?」
その質問に女子生徒だけでなく周囲の生徒達がどよめく。そんなに珍しい質問をしてしまったのかと疑問に思うが、女子生徒は小さく咳払いすると口を開いた。
「姫なら窓際の……ほら、あそこに居ますでしょう?」
「〈姫〉……?」
その〈姫〉と呼ばれたラウンジ最奥の窓際に座る女子生徒。自分と同じく腰まで伸びた髪。違うのは色が黒というだけだが。スカートから覗く脚は黒いストッキングに包まれ、学校指定の開襟シャツまでも黒に染まっている。
そのテーブルの対面には丸っこい生徒が座っていている。
「ありがとう」
お礼を言い黒い女子生徒がいるテーブルへ進む。あちらも確認したのだろう。席から立つとこちらに歩み寄ってきて一言。
「ユー……」
ひと呼吸をおき再び口を開く。
「成長し過ぎではないか」
いや、知らんがな。