Accel-5:The stormy princess of red - Opening
領土、つまりレギオンによるエリアの支配は、毎週土曜の夕方に設けられている〈領土戦争時間〉中に挑まれるレベル不問、同数対同数の団体戦で、平均勝率五十パーセントを維持することによってシステムに認められる。
支配中の領土では、そのレギオンのメンバーはたとえニューロリンカーをグローバル接続していても〈対戦〉を拒否できるという特権が与えられる。
新生〈ネガ・ネビュラス〉の今のところの領土、杉並区は梅郷中学校周辺の支配維持のみに汲々としている現状である。
「現状としてはあまり急がずに徐々に領土を広げていったほうがいいんじゃないか」
「ここ最近の戦闘パターンだとそうなるか……タクム君との特訓はどうだ?」
「実力はあるよ。少し特殊なアバターだから大変だけど。問題は」
「ああ。こちらの問題は彼が自分自信で気がつかなければならない。なに、ハルユキ君ならば気づいてくれると信じているよ」
「問題解決が済んだら領土の拡大も進むさ。さて、そろそろ剣道部の活動も終わるからこれで。この後も上で特訓なんだ」
「特訓もいいが時間を忘れるまで潜るなよ」
「わかってるさ。そっちも仕事を頑張ってくれ、副会長。それと、あまり惚気るな。聞いてるこっちが恥ずかしい」
少しばかり黒雪姫をからかい部屋を出る。
ここ少しばかりの現状、領土戦におけるエリア拡大が維持にのみ汲々としている理由は簡単だった。こちらに対しての攻略方法が確立されてしまったためだ。
こちらの必勝パターンは味方二人で敵二人を足止めしている間にクロウの飛行能力で相手の拠点を潰すというもの、であったのだが相手は必ず対空能力の高いアバター、つまりは遠距離攻撃の赤系統を含ませ、クロウの飛行を封じてくるようになったのだ。
領土の支配維持にのみ甘んじている現状を春雪君は自分のせいだと思っているらしく、このところは通常対戦の成績もよろしくはない。
「先輩、お待たせしました」
考え事をしていたためかいつの間にか昇降口まで着いてしまったらしい。
「待っていないさ。今日も特訓を頑張ろうか」
「お手柔に頼みますよ」
靴へと履き替え二人で校門から出ると梅郷中のローカルネットからグローバルネットへの接続変更表示が出される。
「あ……タッくん、今帰り?それに白鐘先輩も」
唐突に声をかけてきたのはショートカットの前髪を右横に持ち上げ、青のピンで留めている、猫科めいた小さな輪郭に大きな瞳が特徴の女子生徒だった。
「チーちゃんも部活終わりかい?」
倉嶋千百合。春雪君や拓武君の幼馴染で同じマンションに住んでいる梅郷中の生徒である。
「うん。ハルは今日一緒じゃないの?」
「ハルはやることあるから先に帰るって」
「また、ゲームとかでしょ」
「よくわかってるね。一昨日組み上げたアプリケーションの実け、もとい機能確認をお願いしてるんだ」
「先輩……今、実験って」
拓武君の言葉をスルーする。
「西部の町並みを再現した仮想空間でひたすらガンマンに狙われるってアプリなんだけど」
真実を言うのであれば、春雪君にアプリの組み方を教えてくれと頼まれたので少し本気を出しつつ構築した避けゲーだが。
「白鐘先輩ってなんでもできるんですね。料理もできるんでしたっけ?」
「アプリケーション自体はプログラム構築アプリがあれば誰でもできるさ。料理に関して言えばうちの母親、料理の腕が最悪いや、壊滅なんだ。それで自分でやっている間に料理担当は僕って訳」
「ハルにも見習わせたい。先輩知ってます?ハルったら主食が冷凍のピザとかなんですよ」
「知ってるよ。一昨日にアプリを渡した時に夕食どうですかって言われて冷凍ピザ出てきたし。そんなんだから昨日は拓武君と夕食に招待したしね」
「先輩の料理すごく美味しかったよ」
「タッくんもハルもずるい。そんなに仲良くなってるなんて知らなかった」
「それなら今度食べに来るといいよ。一人で食べるよりもみんなで食べるほうがいいしね」
三人でマンションへと帰りA塔のエレベーターに乗る。二十一階で倉島君と別れ、二十三階の自宅へと帰宅する。
「今日はどうするんです?また昨日の復習ですか」
「組手とか近接格闘の指導かな。まだまだ動きがぎこちないからね。後は〈杭打ち機〉の新たな使い方とか時間が余ったらエネミーでも狩ってポイントの補充」
「時間の方は?」
「あっちの時間で半日。疲れない程度に……3カウントでダイブするよ。3、2、1……」
加速世界でレベル4以上に与えられる加速コマンドを高らかに叫ぶ。
「「〈アンリミテッド・バースト〉!」」
時間が過ぎ加速世界から現実世界へと戻ってくる。
「ふー……無事に戻れてよかったな」
「結構危なかったですよ。ポイントは多めに貰えましたけど」
「まさかこっちの狩りに他の狩りグループが突っ込んで来るなんて思わないよ。しかも巨獣級エネミーなんか」
「チームが無所属混成で助かりましたよ、本当に」
「七のレギオンに入っていないリンカーは基本的に黒のレギオンに期待しているからね。最後は握手までしてきたし」
「それは先輩が有名だからですよ。加速世界最速のリンカー〈プラチナ・バレット〉。二年間消息不明だった高レベルのリンカーが突然戻ってきたら普通驚いて握手求めちゃいますよ」
「悪い気はしないけどね。夕飯はどうする?また食べていくかい」
「いえ、今日は家で家族と食べます。連続でいただくのは悪いですし。それにチーちゃんに知られて拗ねられたらどうなるか」
「それはさすがにフォローできないよ。そうだ、夕食替わりじゃないけどお菓子があるんだ。家族と一緒に食べてくれ」
キッチンから箱を取ってきて拓武君へと渡す。
「これは……」
「スコーンとカスタードタルト。イギリスじゃメジャーなお菓子だよ。感想をもらえるとありがたい」
「ありがとうございます。それではまた明日学校で」
「ああ」
玄関で拓武君を送り自室へ戻る。
ニューロリンカーをXSBケーブルを差込みパソコンへと接続する。
アプリケーション作成。ニューロリンカー用のプログラムを作成することが趣味で春雪君に渡したのも半分趣味と半分実験のゲームだったりする。
元々はPCオタクであった母親の影響だったのかもしれないが、今では暇があれば思いつく考えをまとめてプログラムを組んでいる。
ニューロリンカーの容量で完全ダイブ用のアプリを思いつくままに組んでいたら容量が大きくなり過ぎてニューロリンカーが一時停止したこともあったのでパソコンと経由しながら作成している。今作成しているのは前時代のハードゲームからの信号をVR用に変換し完全ダイブに対応させるもので一般のアプリケーションより容量が大きなものだ。
「こっちをこうすると……こっちが動かない。信号速度を上げると……エフェクトが……でも、クオリティは落としたくないし……」
考えにふけっているとふいにお腹が空いていることに気づく。だいぶ時間がたってしまったみたいで時計は十時を超えている。
「あぁ……上で狩りして、そのまま作業しっぱなしだったな。時間も時間だし夕飯食って明日の準備して……寝よ」
学校の屋上に備え付けられたベンチに腰を落とし空を見上げる。今日は冬にしては過ごしやすく日差しも気持ちいい。
「ふぁー」
「先輩どうしたんです?そんなに大きなあくびして」
「結構夜遅くまで作業していて寝むれて、というか睡眠時間が少ないんだ……そこはこっちの公式使えば楽」
バケットからサンドイッチを取り出し、頬張りながら拓武君の勉強を見る。
「なるほど……そう言えば昨日はお菓子をありがとうございました。母親が絶賛してましたよ。甘さも抑えてあって一緒に入っていたクリームと合わせると絶品だって」
「本場イギリスのクロテッドクリームは濃厚だからね」
「ちょっとすいみません。ハルからメールが」
「大事な用だったら困るだろ。すぐに確認するといい」
「では失礼して……」
そう言い可視モードにしていたウィンドウを一時閉じメール不可視のホロキーボードに指を動かす。
「よし、送信っと」
「早いな、もう返信したのか?」
「ええ、どうやらマスターと一緒に、レギオンについて相談したいことがあるみたいで『僕と先輩は今一緒に屋上にいるよ』と返しただけですので。それに打ち込み速さは先輩の方が速いじゃないですか」
「レギオン関係ね……面倒事じゃなきゃいいけど」
「そう言ってる割に口元がにやけてますよ。それにそんなに問題なんて起きませよ」
それもそうかとコーヒー牛乳を口にする。しばらくすると後ろから足音とともに二人が姿を現した。
「うっす、タク。ユウ先輩も。勉強中だったらすいません。でも、なにもこんな寒いところでやらなくてもいいだろ、タク」
「今日は日差しが気持ちいいじゃないか。ハルもたまには日光にあたったほうがいいよ」
そしてきびきびした動きで立ち上がり、黒雪姫に深く一礼する。
「おはようございます、マスター」
「うん、おはようタクム君」
頷いてから、黒雪姫は大きな苦笑を浮かべた。
「何度も言っているとおり、確かに私はレギオンマスターではあるが、常にそう呼ぶ必要はまったくないんだがなぁ」
「気軽に黒ちゃん先輩とか」
「すみません。でも、ぼくにはこれが一番しっくりくるんです」
そう言ってさっと一歩動くと、今まで座っていたベンチを左手で示した。再度の苦笑とともに腰を下ろし、黒雪姫は黒いストッキングに包まれた細い脚を組んだ。そこでひょいと片方の眉を動かし、拓武君を見上げ訊く。
「私とハルユキ君は失礼してここで食べさせてもらうが、二人とも昼食は?」
「はい、頂きました」
「今まさに頂いているよ」
「ユウ先輩は別にしてタクのはチユが作ったんだろ。なら二人で食えばいいじゃん!」
拓武君が苦笑いになって答える。
「ハルとマスターみたいに、学校でラブれるような関係じゃないよ、ぼくらは」
「ら、らぶってない!」
「らぶってなぞ」
「そう言ってるのは本人たちだけだよ」
異口同音に否定する二人を見ながらそう告げる。拓武君も指先で眼鏡を押し上げながらにやっと笑った。
「毎日ラウンジで見詰め合って桃色オーラを発生させてるって、ぼくの教室まで噂が轟いてるけどなあ。ま、それはともかく……ぼくはもう焦るのは止めたんだ。少しずつ、償うべきものを償っていくだけだよ」
「……そうか」
「それで、話があるってことだけど」
「は、はい。そうでした」
そう言い春雪君が口を開いた。