アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~   作:猫かぶり

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Accel-6:The stormy princess of red-Meeting

 

 

 

ベンチから立ち上がり春雪君に席を譲り、フェンスに寄りかかる。

BLTサンドにかじりつきながら春雪君の説明を聞いた。

説明によると二代目赤の王が親戚の子になりすますという大胆な方法でソーシャル・エンジニアリングを仕掛け、黒の王に直接リアルで会うことを望んでいる説明を受ける。

聞き終わった後、拓武君がふーむ、と短く唸った。

 

「……どう思う、タク?」

 

「うーん、赤の王がマスターに何を言うつもりなのかは、推測しようにもデータが足りない。ただ、仮に偽装が三日間維持され、君に身元が露見しなかった場合に、何をしようとしていたのかは判る気がするな」

 

「へー!」

 

「ほほう」

 

同時に声を上げる春雪君と黒雪姫に向かって、眼鏡のレンズをきらーんと光らせながら、拓武君が続きを口にした。

 

「ハルの性格からして、三日も暮らせば〈妹〉にかなり情が移るだろう。そこで、その妹が『実はあたし、バーストリンカーなんです。でも子供だから、頑張って貯めたポイントをレギオンの先輩に無理やり取られてばっかりなんです。お願いお兄ちゃん、あたしのレギオンに来て、あたしを守って!』とか言い出したら……」

 

「おいおい無茶苦茶だ!」

 

黒雪姫が呆れ声で叫んだ。確かにそんな手口に引っかかったらもう尊敬してしまう。

 

「そんな見え透いた罠にハマる奴がどこにいる。逆にポイントを全部カッ剥がれるのが目に見えててるじゃないか。いくらハルユキ君でも、そこまで……」

 

黒雪姫がちらっと春雪君に目をやり、絶句している。両眼をうるうるさせている春雪君に気がついたからだろう。

 

「……ばっ、馬ッ鹿かキミは!」

 

「だ、だって……いじめ、かわいそう……」

 

途端、黒雪姫の左手が伸び春雪君の頬っぺたをむぎゅーっと引っ張った。

 

「な、なにふるんれふか」

 

「おい、言っておくけどな」

 

黒雪姫が、底光りする目で睨みながらささやく。

 

「一瞬ちょこっとレギオンを移籍して、妹を助けて戻ってくる、なんてカッコイイ真似は不可能だぞ」

 

「へ?なんれれふか?」

 

どうやら本当に知らないらしい。黒雪姫の怒りゲージが振り切る前に、というか振り切っているだろうが口を挟む。

 

「いいかい、春雪君。レギオンマスターには簡単にレギオンメンバーを〈全損〉に、ブレイン・バーストを永久剥奪する処刑手段があるんだよ」

 

「え……ええ?聞いてませんよそんなの!!」

 

「レギオン参加申請時に表示されるドキュメントに書いてあるよ。これから先、何かにサインする場合、全書類には目を通しておく事をおすすめするよ。で、その手段……必殺技の一種なんだけど、レギオンを結成してマスターに登録するとコマンド表に技名固定で出現する。その名もずばり〈断罪の一撃〉(ジャッジメント・ブロー)

 

「ジャッジメント……」

 

「レギオン、つまり一つの集団に属することはバーストリンカーに大きなアドバンテージを与える。その様々な恩恵の対価に〈断罪の一撃〉は存在するんだ。その一撃を受けたレギオンメンバーは保有ポイントを全損し、二度と加速世界に戻ってくることはできない。有効期間は、レギオン在籍中及び脱退後の一ヶ月間」

 

「い、一ヶ月も……ですか」

 

「もし、春雪君が赤の王に騙され、ほんのいっときでもネガ・ネビュラスから脱退してプロミネンスに参加していたら、その瞬間から君の……シルバー・クロウの生殺与奪権は赤の王に握られていたね」

 

「うっへえ」

 

「でも、なんでまたそんな面倒な手段まで使ってクロウをレギオンに参加させたかったのか」

 

「うむ、結局はその疑問に行き着くわけだ」

 

黒雪姫は唸った。

 

「ンー……そんな捨て身の芝居までしてハルユキ君をレギオンに加入させ、〈断罪の一撃〉で首根っこを抑えたところで、ハルユキ君の忠誠まで得られるはずがない。そして、レギオンへの帰属意識のないメンバーなんぞ百害あって一利なしだ。つまり……」

 

「つまり、たった一度だけ、ハルにさせたい、〈何か〉がある、ってことでしょう」

 

拓武君が中指で眼鏡のブリッジを押し上げながら続きを引き取った。

 

「一度くらいなら、脅して言うことを聞かせられる……そう考えたんだと思います。そしてそれは即ち、この後マスターと対面する赤の王が切り出す話と同一であるはずだ。妹の偽装がバレたので、搦手から取引へと方針転換したのではないでしょうか」

 

「ぼ……僕も、タクの推測は正しいと思います。昨日の対戦で、赤の王は僕に圧勝できるのにしなかった。代わりに、先輩に会わせろと言ったんです。それはつまり、次善の策として交渉を選んだってことで、敵対することが目的ではないという意思表示なんじゃないでしょうか……」

 

「今更調子のいいことを、って話ではあるがな!」

 

黒雪姫はふん、と鼻を鳴らし、脚を組み替え、食べ終わったサンドイッチの包み紙をくしゃっと握り潰し、離れたくずかごに見事なオーバースローで放り込む。

 

「だがまあいい、話があるというなら聞いてやるさ。少なくとも、〈リアル割れ〉を覚悟の上で王自らが乗り込んできたクソ度胸だけは大したものだ、子供にしてはな。ハルユキ君、赤の王にコールしてくれ給え。会談は今日の午後四時、場所は……」

 

くるっと振り向き、にやりと笑いながら。

 

「キミの家のリビングだ」

 

 

 

春雪君たちより少し早くマンションへと帰宅して制服からジャージへ着替える。

朝食の食器を片付け、デザートの入った箱を持って家を出て隣の家、有田家へ向かう。

通路の向こうから拓武君がこちらへと来る。

 

「少し遅れました」

 

「こっちもさっき家を出たところさ」

 

インターフォンを押し少し待つとドアが自動開錠される。

おじゃましますと言い、中へ入りまっすぐリビングへ向かう。

 

「いやー、懐かしいなあ。ハルんちに来るの何年ぶりか……な……」

 

拓武君の朗らかな声が一時的に止まる。

前時代のZ指定ゲームのパッケージが床にばら撒かれた惨状を見て理解し、拓武君が春雪君の肩に手を置いてご愁傷様と表情で語った。

お土産のデザート春雪君へと渡し席へと腰を下ろし、用意されたコーヒーのカップを一口頂くと、拓武君が如才ない調子で言った。

 

「まずはともあれ、自己紹介から始めましょう。ここは、貴女から名乗ってもらうのが筋じゃないかな、〈赤の王〉」

 

「ま、いいだろう。そんくらいはサービスしてやるよ。あたしは……ユニコ。コウヅキユニコだ」

 

赤みを帯びた髪を頭の両側で結わえて細く垂らし、大きな瞳もまた赤茶色。ミルク色の肌には小さくそばかすが散り、全体的に幼さを残した少女が外見とは離れた口調でそう告げ、ぱちんと指を鳴らし真紅のネームタグが視界に浮き上がる。

ちょっと可愛めのフォントで、【上月由仁子】と表記してある。

タグの右下には住基ネットの認証マークが輝き、これを偽造するのはウィザード級のハッカーでも困難であるため、表記された名前はすなわち本名であるということになる。

 

「アンタも名乗りな、〈シアン・パイル〉」

 

皮肉げな笑みを浮かべ素直に本名を口にする。

 

「ぼくは黛拓武。よろしく」

 

す、と指先を滑らせる仕草。ネームタグを赤の王に送信したのであろう。空中を一瞬凝視した赤の王は春雪君に視線を据えた。

 

「ぼ……僕の本名はもう知ってるじゃないか。有田春雪」

 

「タグ寄越しな」

 

しぶしぶ春雪君がタグを渡す。

 

「次はアンタだぜ、〈プラチナ・バレット〉」

 

「白鐘夕里。呼び方は……ユーでもなんでもいいや。よろしく由仁子君」

 

仮想ウィンドウに現れたタグを指で弾き赤の王に送信する。

 

最後に、四人の視線が、しばし無言を貫いていた黒の王に集まった。

 

「ン?ああ、私か。私は黒雪姫だ。宜しく見知り置け、上月由仁子君」

 

「おいこら、それ本名じゃねーだろ!!」

 

即座に赤の王が喚くが黒雪姫は涼しげな表情で指先を弾く。

 

視界にネームタグが浮かび上がり【黒雪姫】と明朝フォントで大書され右下に住基ネットの認証マークが輝いていた。

 

「あーもー、いいよ何でも!姫とか自称する図太い女だってことだけ覚えておくよ!」

 

「〈王〉と自称するよりは遥かにかわいいものだろう?ともかく、自己紹介がつつがなく終わったところで、早速本題に入らせてもらうぞ」

 

笑みが瞬時に消え、漆黒の瞳が鋭い輝きを帯びた。

 

「まず、赤の王……ことユニコ君。貴様がどうやってハルユキ君のリアルを割ったのか、それを聞かせてもらわねばならん」

 

まず確認すべきはそこからである。

たしかに、赤の王がハルユキのハトコの身分に偽装したことや、その目的でもない。

〈リアル割れ〉はバーストリンカー最大の禁忌であり現実世界での身の危険にも直結するのだから。

判りやすく青ざめる春雪君の顔をちらっと見やり、赤の王が軽く肩をすくめた。

 

「んな顔しなくてもいーよ。アンタがシルバー・クロウだってことは、赤のレギオンでもあたししか知らない。これは王の名にかけて誓う。突き止めた方法は……ここンチに潜り込んだテクと一緒。ソーシャル・エンジニアリングだよ。しかも、小学生のあたしにしかできない方法」

 

「へ……?どういうこと……?」

 

「あんたらの領地が杉並なのは誰でも判る。んで、出現時間も傾向からして中学生だってことも推測できる。そこまではいいよな?」

 

「う、うん……」

 

赤の王が唇の端を吊り上げながら言う答えにハルユキをはじめ、皆こくりと頷いていた。

バーストリンカーになる為の第一条件でもある〈生まれた直後からニューロリンカーを装着していなければならない〉ということから、現在最高齢のリンカーであっても十六歳までだ。厳密に言えば高校一年の可能性もあるが、学生ならば大部分は中学生だろうという推測に俺自身も周りも納得したようだった。

 

「そこで、だ。あたしは、自分が小学生っつーことを利用して、杉並区内の中学校に学校見学を申し込んだ。見学者用パスを貰えば、その校内のローカルネットに接続できっからな。んで、後は教師に案内してもらってる間にちょいと〈加速〉して、マッチングリストを見りゃ……」

 

「いつかはシルバー・クロウを発見できる、というわけか。ふん、七面倒臭いが理にかなった手段だ。だが、それでは梅郷中の生徒三百人の誰か、とまでしか判らんだろうに。いったいどうやって、このハルユキ君を特定したのだ?」

 

少しばかり口惜しげに黒雪はそう言いながら、しかしすぐに次の問いを掛けていた。その問いに対し、赤の王はきゅっと唇を結んで、しばし沈黙してから、横目でハルユキを睨みながらどこか言い訳じみた声を出す。

 

「いーか、あたしは別にアンタ自身をどうこう思ってるわけじゃねえからな。あくまで用があんのはデュエルアバター、もっと言やその背中のピラピラだけだ。梅郷中学でシルバー・クロウを見つけたあたしは、道路を挟んで校門を見渡せるファミレスの窓際に陣取って、下校する生徒が門からでてくるたびに加速したのさ。マッチングリストにシルバー・クロウが現れた瞬間、校門の境界を跨いでた奴が、このにーちゃんだった時はさすがにちっと吃驚したけどなー」

 

前半部分はひどいことを言っていた気がするが、言われた本人である春雪君は目を丸くし、何度か口をパクパクしている。

 

「……それ、いったい、バーストポイントどんくらい遣ったの……?」

 

「二百ちょいかな」

 

「にっ、にひゃく!!」

 

聞いた春雪君本人は驚きで叫び、拓武君はカップを落っことしかけ、俺と黒雪姫は大きな苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「……なるほどな。つまり、小学生であると同時に、ポイントに余裕がある〈王〉にしか実行できない方法というわけだ。しかしまぁ……見上げた執念だな。そんなに惚れちゃったのか、ハルユキ君に」

 

「ちがうっつうの!!」

 

げしん、とテーブルの下で理不尽にハルユキのむこうずねを蹴り飛ばし、痛がる彼を無視してニコは喚いていた。

 

「言っただろうが!!あたしは中の人じゃなくてアバターのほうに用があんだよ!!つうか、上手く行ってりゃ今頃こいつを引き抜いて手下にしてたっつうの!!」

 

「つまり……」

 

微笑みつつも、切れ長の眼に冷静な光を浮かべた拓武君が静かな声を発した。

 

「その〈用〉こそが、君が二百ポイントを費やしてまでハルのリアルを割り、我が身を投じてまでソーシャル・エンジニアリングを仕掛け、そしてこの会談を望んだ最終的な理由ってわけだよね?」

 

赤の王の表情から、子供らしさが抜け落ちた。

 

細く結わえた赤毛を揺らし、椅子の背もたれに細い体を預けて、赤の王は低い声で肯んじた。

 

「そうだ」

 

半眼に閉じられた瞼の下から、鋭い眼光と圧力を持った視線が春雪君を射した。

 

「アンタの背中の翼……〈飛行アビリティ〉を、たった一度だけ借りたい。〈災禍の鎧〉を破壊するために」

 

赤の王の口から聞こえた〈災禍の鎧〉という言葉に自分の心臓の鼓動がどくっと跳ね上がるのを感じた。

 

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