アクセル・ワールド ~弾丸は淡く輝く~   作:猫かぶり

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Accel-8:The stormy princess of red-Scar

 

 

 

会談の翌日、朝食を食べ終え登校準備をしているとニューロリンカーからぴろーんとメールが届く音がする。

受信画面を開くと内容は『タク、先輩、やばいたすけて』だった。

とりあえず急いで自宅からエレベーターを使いマンションのロビーへ行く。ロビーにいる住民たちに挨拶をし、前庭の方向へ足を運ぶと梅郷中の制服を着た三人が集まっていた。

後ろからは拓武君がメールを読んで全力でダッシュをしてきたのであろう、白い息を吐きながらやってくる。

 

「お……おはよう、チーちゃん。おはよう、ハル。おはようございます、先輩。おは……よ……」

 

拓武君が眼鏡を軽くずり落とし、澄まし顔の黒雪姫をまじまじ凝視した。

 

「……うございます、マスター」

 

事情を察したのか拓武君が春雪君へささやく。

 

「……ハル。君も、虎のしっぽわ踏むのが好きな奴だなあ」

 

「好きじゃない。ぜんぜん好きじゃない」

 

いまだに「説明しなさいよー!」と喚いている倉嶋君に拓武君が穏やかな声をかけた。

 

「チーちゃん、昨日はぼくもハルの家にいたんだ」

 

「え……?どゆこと?」

 

不審げな顔になった倉島君に向け、明快な解説を口にする。

 

「ちょっと、例のアプリケーションのことで問題が発生してね。ハルの家を会議室代わりに使わせてもらったんだよ。でも時間が遅くなっちゃって、そんな時間に中学生が一人歩きしたらソーシャルカメラに引っかかって大変なことになるから、仕方なく先輩はハルの家に泊まったんだ。そうですよね?」

 

「ま、そういうことだ。妙に勘繰る必要はないぞ、倉嶋君」

 

「……」

 

言葉を振られた黒雪姫が素直に頷き、倉嶋君が複雑な表情で沈黙を続け、トーンを低めた声で言った。

 

「また、アレなの。ブレイン……バースト?」

 

揃って頷く四人を見回し、ぷーっと頬を膨らませる。

 

「なんか、納得できない!それってただのゲームなんでしょ?そもそも加速って言われても、想像できないもん。……そうだ、そのブレインなんちゃらってゲーム、あたしにもコピーインストールして!それであたしも〈バーストリンカー〉になる」

 

「え……えーーっ!?」

 

三人が驚きのあまり叫ぶ中「修行して勝てるようになっちゃうからね!」と言い残し走り去って行く。その後ろ姿にどこか寂しげな印象を抱いたのは気のせいかもしれない。

 

「ふーむ」

 

「チーちゃん、本気なのかな」

 

「いや、無理だろ。チユどんくさいし」

 

「マスターと先輩はどう思いますか?チーちゃ、倉嶋がバーストリンカーになれる可能性について」

 

「そもそも彼女は、第一条件をクリアしているのか?」

 

「ええ、その筈です」

 

「実は、第二条件……〈大脳反応速度〉のほうは、厳密な基準があるわけではない。VRゲームは苦手だが、インストールできた、という人間も存在するしな。脳において、肉体を動かす回路とアバターを動かす回路は、ほとんど同一だからな」

 

「それに装着年数、大脳反応速度の他に僕は別の基準があると思ってる」

 

「ほう……。その基準とは」

 

「これはあまり確信的に言ったら駄目なんだろうけど、過去のトラウマが大きく関わってくんじゃないかと思うんだ」

 

「過去の?」

 

「アバター形成前に見る悪夢。いわばアバターの形状が明確でなければアバターが形をなすことができないんじゃないか。って事なんだけど」

 

「ふむ……明確なトラウマか。しかし、トラウマありますか?なんて気軽に口にできることではないな。確信なしに誰かをバーストリンカーにしようとするのは、大いなる賭けと言わねばならん」

 

「か、賭け……?」

 

「現在、ブレイン・バーストのコピー・ライセンス……つまり、〈親〉として誰かを〈子〉にする権利は、成否に関わらず、わずか一回に限定されているのだ」

 

「い、いっかい!?」

 

「ブレイン・バーストが配信されて数年間は無制限にコピー、適性チェッカーなんてモジュールあったらしいけど今ではたったの一回。これは管理者が今の人数……約千人が〈加速〉を秘匿するための上限であると考えているからだろうけど」

 

「……タクム君。もし倉嶋君がブレイン・バーストのインストールに成功すれば、君と彼女の間には強い関係が生まれる。〈親子〉という、な。……しかし、そこには、必ずしもプラスの要素のみが存在するわけではないことを覚えておけよ」

 

「まあ、僕は〈子〉を作ってないからわからないけど」

 

「ユーの場合、作るつもりがないのだろう。っと少し立ち話に夢中になりすぎたな。急がないと遅刻してしまう時間だ」

 

「うわ、ほんとだ。ちょっと走ったほうがいいかもだよ、ハル」

 

「げえ、それはカンベン」

 

朝イチのチャイムが鳴る寸前にどうにか校門に飛び込み、ニューロリンカーが梅郷中のローカルネットに遅刻カウントなしで接続されるのを確認して、三人と別れ、教室へ移動する。

教室に入り、クラスメイトにおはようと挨拶を交わし席へ腰を下ろす。

 

 

 

放課後になり、一度自宅に帰ってから春雪君の家に集まるというので春雪君たちより早めに帰宅しバイクで黒雪姫を迎えに行く。ナビアプリに住所を入力し、音声に従って運転していくと芝生や街路樹がふんだんに配された、やたら広い敷地に、瀟洒な白壁のタウンハウスが整然とした間隔で建ち並ぶ住宅地へと到着する。

〈阿佐ヶ谷住宅〉と呼ばれる分譲型の集合住宅地の街路にバイクを止め、ヘルメットを脱ぎ、辺りを見回すと制服姿の黒雪姫がこちらへ近づいてくる。

 

「結構早かったな、ユー」

 

「ナビアプリのおかげさ」

 

バイクから一度降り、座席下から空色のヘルメットを出し黒雪姫へ投げ渡す。

 

「この色は……」

 

「俺は黒ちゃんがここに住んでいることに疑問を持たない。だからあんまり、詮索はしないようにしてくれると助かる」

 

「いや、すまなかった。しかし、それだとここに住んでいる理由を話せば君も話してくれるということにはならないかい?」

 

「あぁ……もうなんでもいいから早く後ろに乗ってくれ」

 

黒雪姫をバイクの後ろに乗せスロットを回し発進させる。

 

『やはり歩いていくのとでは景色が違うな』

 

『これも一種の〈加速〉だよ』

 

青梅街道を東へ向かい環七通りへ出て北上し、マンションへ。駐車場へバイクを止め、エレベーターを使い二十三階へと昇る。時間的にちょうどよかったのか春雪君の自宅前で拓武君と合流する。

インターホンを押し、しばらく待つと扉のロックが開錠される。

 

「そこでマスターたちと一緒になったんだ。あ、これ、お土産。うちにあったの掻っ攫ってきた」

 

ケーキらしき箱を掲げてみせた拓武君が、なぜか床に座り込んでいる春雪君と、ソファでそっぽを向くニコ君に視線を往復させて首をかしげる。

 

「……何してるの?」

 

「大方ケンカでもしてたんだろうさ。結構結構」

 

「まーな。ケンカするほど仲がいいって言うしな」

 

スパークを散らしそうになる二人をなだめながら椅子へと腰掛ける。

ケーキの取り合いを一応はすることなく、全員が最初の一口を食べ、お茶を一口含んだところで黒雪姫が表情を改めた。

 

「……クロム・ディザスターの追跡、できているのか」

 

問いに、ニコ君が視線を仮想デスクトップに走らせ、小さく頷いた。

 

「ああ。そろそろ動く頃だぜ」

 

と言いのけた瞬間。

 

「……来た!」

 

ニコ君が鋭く叫び、ケーキの苺に、フォークを突き刺して口に放りこんだ。

 

「チェリーが、西部池袋線上りの電車に乗った。今までのパターンからして、今日の狩場はブクロだ」

 

「移動はどうする。我々もリアルで動くか」

 

「中から行こうぜ。このメンツなら〈エネミー〉にも引っかからねーだろ」

 

「それでは……ハルユキ君。キミに我々バーストリンカーの真の戦場へとダイブするためのコマンドを教える。バーストポイントを10消費するが、問題はなかろうな?」

 

「え……ええ、10ポイントくらいなら。それより……し、真の、戦場って……?」

 

「言葉通りだ。我々が〈加速世界〉と呼ぶものの本質がそこにある。いいか、私のコマンドのとおりに、続けて唱えろ。行くぞ……五代目クロム・ディザスター討伐、ミッション・スタートだ!」

 

ニューロリンカーのグローバル接続をオンにし叫んだ。

 

「「「「「アンリミテッド・バースト!」」」」」

 

 

 

視界が一瞬、暗転し銀色に近い輝きとともにフィールドに降り立つ。青黒い鋼鉄の輝きが支配する〈魔都〉が眼前に広がり、空には黒雲が幾重にもうねっている。

 

「……ここが〈無制限中立フィールド〉……」

 

「そうだ」

 

「こんなフィールド、初めて見ます。これ、属性は……」

 

「〈混沌〉だ。それよりも他に気づくことはないか」

 

「え……え?の、残り時間がない……!?」

 

「そーいうこった。だから〈無制限〉なんだ」

 

通常対戦フィールドとは異なり一八○○秒から始まるタイムカウントが刻まれることのない無制限中立フィールド。つまりは上限のない加速。レベル4から上のレベルに上がる為にこの世界〈無制限中立フィールド〉こそが重大な戦場になりうるのだ。

 

「一度ダイブすればずっといることも可能だよ。もっともレベル4以上じゃないと入れないけどね」

 

「僕たち、〈加速〉してるんですよね?」

 

「無論だ」

 

「仮に現実世界で丸一日過ごしたとして……さ……三年……!?なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ、タク。それだけあったら、もっと……こう、色々と」

 

「やめておいたほうがいいよ」

 

「え?」

 

「そうだぞ。仮に数日間ならば予定を忘れるくらいで済むが、一ヶ月、半年とこっちで過ごしてしまうと戻った時、人間が変わってしまう。当然だ、肉体はそのままでも魂の年齢が異なってしまうのだからな」

 

「んなことより、とっとと移動しようぜ。あたしらが加速した時点で、チェリーの乗った電車が池袋に着くまで現実時間であと二分はあったから、まだまだ余裕だけどな」

 

「池袋までだよね。走って……?」

 

「なわけねーだろ。何のためにあんたがここにいるんだよ」

 

「へ?それって……」

 

真紅のアバターは両手を胸の前できゅっと握り首を傾け、クロウにひと言。

 

「抱っこしてくれるよねっ、おにーちゃん♪」

 

そこからまたも醜い争いが始まる。

 

「私が抱えてもらうしかなかろう。なにせ腕も脚も、このとおりなのだからな。レイン、貴様はシルバー・クロウの脚にでもぶら下がれ」

 

身体の四肢が剣でできているロータスが両の腕を掲げながら抗議し始める。

 

「冗談じゃねー!あんたがそんなデザインなのが悪いんだろうが、一人だけ電車で行けよ!」

 

「なんだと!」

 

「じゃあ、こうしましょう。ぼくが」

 

間に入ろうとするパイルを止めようと手を伸ばすが少し遅かった。

 

「お呼びじゃねえんだよ、メガネ!」

 

「そうだぞ、ハカセ君!」

 

落ち込むパイルを慰め、必殺技ゲージを溜めて戻ってきたクロウに案を出す。

 

「クロウの左右の腕でレインとロータスを抱えて、パイルを両脚にぶら下がらせれば多分大丈夫じゃないかな?」

 

「それだと、先輩は?」

 

「下から走って追跡するよ。重量オーバーで多分浮き上がれないだろうし」

 

「へ?」

 

「プラチナはシルバーのおよそ二倍の比重があるからね。パイルと比べても俺の方が重いよ」

 

「池袋方面に直進するが大丈夫か?」

 

「〈エネミー〉が出ても他のリンカーに擦り付けるし、そもそも出ても追いつけないだろうから。下で飛んだのを確認したら追跡するから」

 

そのままマンションの二十三階から降下する。五階層ずつぐらいに分けて降下を繰り返し地面に着地する。見上げればシルバーに輝くアバターが翼を広げ三つのアバターを抱え込みながらふらふらと飛んでいく。

 

「さて、見失わないように走るか」

 

車輪をキュルっと回転させ地面を蹴り、ビルの屋上部分へと駆け上がる。

その屋上から屋上へとジャンプを繰り返しながら空に浮かぶ銀色のマーカーを追う。

無人の環七通りを横切り、中野区へと侵入、早稲田通りを東へ進み山手通りへ。

北上を続けていると前方から重低音の地鳴りと振動が近づいてくる。

 

「エネミー……巨獣級か。ここでやり合っても面倒だし……」

 

車輪を急回転させ建物の陰から陰へと、見つからないよう移動を繰り返す。エネミーをやり過ごし、空を見上げると少し離されてしまったらしく銀の輝きが小さくなっている。

移動速度を上げながら目白通りへ右折し銀色の輝きを追う。池袋の南側へ降りるらしくクロウたちの高度が段々と低くなっていく。

と、クロウたち目掛けて赤外線のような線が何本も視界に映し出される。

 

「遠距離攻撃!ディザスターか!?」

 

オレンジ色の光線に続き、青白い光線が放たれ、次には追尾機能の実体弾がクロウたちに襲いかかった。そして落下にも等しい降下をしながら視界から消えていく。

 

「ディザスター一人であそこまで多様な遠距離攻撃はない……落下したところは南池袋公園の辺り。急ぐか!」

 

滑るように移動し駆け抜ける。やがて高いビル郡を抜けるとそこだけがポッカリと開けた窪地が見えた。その中央にはネガ・ネビュラスのメンバーとスカーレット・レインが立ち、窪地を囲むように多くのアバターが立ち並んでいる。

窪地の地面からは逆円錐状に光を放ち、半ば透き通る立体画像を映し出していた。

 

『いや、違うって。そういう意味じゃなくて……まいったな』

 

『ああ……そうだな。君の言うとおりだ、ライダー。私も君が好きだよ。もちろん、尊敬という意味でだが』

 

『解ってくれると思ってたぜ、ロータス!』

 

映像内では赤い装甲のアバター〈レッド・ライダー〉と漆黒のアバター〈ブラック・ロータス〉が撮し出されていた。

 

『おっと、これは済まない。では……こうしよう』

 

『ちょっとちょっとぉ!』

 

紫色に輝く女性型のアバター〈パープル・ソーン〉が叫ぶ。

 

『怒るなよ、握手の代わりだってば』

 

『〈デス・バイ・エンブレイジング〉』

 

必殺技の小さな発声とともにライダーの首に回され交差していたロータスの両腕が輝き、ライダーの頭と胴体を瞬時に別れさせた。

 

『い……いやあああぁぁぁぁぁぁ!!』

 

後に残ったのはその悲惨な現状に叫んだライダーの恋人ソーン叫び声だった。

 

二年前の七王の会議。

即ちロータスがレッド・ライダーを永久退場させた映像が終了する。そして、窪地に立つブラック・ロータスの体ががしゃん、と音を立てて、力なく倒れ込んだ。

〈零化現象〉(ゼロフィル)と呼ばれるそれは、自らの心の傷に立ち向かう事ができなくなった者が陥る現象。アバター形成時のトラウマではなく現状での気持ちの下降現象。アバターを動かす信号がゼロで埋め尽くされ、ロータスは今まさに〈零化現象〉に陥っていた。

 

「くくく……ふふふ、くふふふはははははは!!」

 

フィールドに響く高らかな笑い声。声の主は黄色のピエロ型アバターだった。鮮やかな彩度を放つあれは〈純色の七王〉の一席、〈イエロー・レディオ〉だ。

 

「くふふふ……矢張りね。あなたはまだこの裏切りを引き摺っていると思っていましたよ。その程度の覚悟で、よくもレベル10を目指すなどという大言を吐けたものですね、ブラック・ロータス!」

 

その直後、打って変わって鞭のような鋭さを帯びた黄の王の声が、クレーターいっぱいに響き渡った。

 

「攻撃用意!目標、スカーレット・レイン!邪魔する雑魚も容赦なく潰しなさい!!」

 

クレーターの外縁に散らばる黄のレギオンメンバーがクレーター内部にいるクロウたちへ銃口を向けた。

 


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