「あの子が来て、もう十年になるか」
書斎でパイプをふかしながら、友の訃報が書かれた手紙を片手に十年前のあの日、あの子が来た時のことを思い出す。
―――十年前―――
「来月の舞踏会にぜひ来てほしいか……。私は、もうそんな歳でもないのだがな……」
書斎で長い付き合いがある隣領の領主からの誘いの手紙に辟易としていると、扉をノックした音が聞こえた。
いつもより、低い声色で、入るように促すと、
「失礼いたします」
と丁寧に頭を下げながら、メイド長が入ってきた。
「どうした」
「旦那様のご友人だとおっしゃる方がお見えになさっていますが、いかがいたしましょう」
「……応接間に案内しておけ、すぐ行く」
今日は誰も来ないはず。急に訪れるような友人は、今時分は聖都に行っているだろう。
この時期に聖都では、教皇祭が行われている。年に一度、現教皇の生誕日を祝う大規模な祭りが聖都で行われており、ある程度の地位がある者ならば、誰もが聖都の祭りに行くであろう。昨年までは、私も聖都に行き、祭りの熱を帯びながら、妻とブドウ酒でも飲んでいただろう。
しかし、今年は、領内で過ごすことにした。女々しい理由だと自分でも思うが、やはり、人間には捨てきれない思い出や割り切れない感情というものがある。
そうこう考えているうちに応接間の前に着き、一息ついてから、入った。
そこにあったのは、久しく会っていなかった友の姿だった。
「お久しぶりです。伯爵」
「おお、久しぶりだな。君と会うのは、いつ以来だ」
「六年前の聖都ではないでしょうか」
「おお、そうだったな。六年前の教皇祭以来だったな。あの頃はまだ妻が……」
その後に続く言葉は、久しぶりの再開を暗くしてしまうため飲み込んだ。
「積もる話もあるが、急にどうしたのだ」
「伯爵にお願いがありまして、参上いたしました」
「まぁ、君と私の間だ。そんな畏まって話す必要もないだろう。いや、キミの性格上、それは無理か。で、お願いというのは何だ」
「実は……」
と切り出した彼の後ろからみすぼらしい少女が怯えながら顔を出した。
「まさか、誘拐したんじゃないだろうな」
彼は、少し笑い。
「御冗談を」
「まぁ、君はそんなことをする人間ではないからな。その少女はどうしたんだ」
「知り合いの子でして、伯爵に面倒を見ていただきたく思いまして」
「訳ありか……」
「ええ、初めは私が面倒を見ようと思いましたが、いかんせん、私は旅人ですから、危ない橋を渡ることもあります。その時に私は、この子を守り切れないかもしれない」
「君もそろそろ腰を落ち着けたらどうだ。君は、出身は東大陸の方だったかな。故郷でその子と一緒に暮らすことも考えてみてはどうだ。故郷でなくとも、私の領内であれば都合を付けるぞ」
「確かに私の年齢では、家庭を持っていない方のほうが極めて少ないでしょう。しかし、私は、根っからの旅人なのです。一つの場所に長くは留まることはできません」
彼らしいといえば彼らしい答えだな。
「そうか、わかった。少女の面倒は責任を持ってみよう。そのかわりにたまには、顔を出すように」
「ありがとうございます」
深く頭を下げる彼の横から見える少女は、不安そうな色をしている。それに気づいたのか少女に何やら耳打ちをし、こちらを向くと、
「この子の名は、アウラといいます。少し難しいところもありますが、よろしくお願いします」
「よろしく、アウラ」
と少女と同じ目線になるようにしゃがみ、手を出した。
少女はどうしたらよいかわからず、困惑していたが、彼が手を握るように促すと私の手を握り返してくれた。
その小さい手は、どこか儚げで、冷たく、今にも崩れてしまいそうだった。
―――――――――
あれから十年も経ち、アウラは初めてあった日とは打って変わって、とても明るく、ひまわりがよく似合う少女に成長した。
今日もひまわり畑で元気に遊んでいることだろう。彼の訃報で、笑顔が消えるかもしれない。
しかし、伝えなければならない。あの子にとって彼は、恩人であり、親のようなものだったのだ。
そして、あの子宛に書かれた彼からの手紙を渡さなければならない。それが、彼の望みでもある。
「英雄も病には勝てないか。いいやつばかり先に逝ってしまうな……」
そっと手紙を閉じ、机の上に置く。
夕食までにどう切り出すか考えておかなくてはな。