グラップラーケンイチ   作:takatsu

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第2話:流水制空圏VS明鏡制空圏

 

 

 立ち会いから2分が経過したところでケンイチ、加納共に相手の技量がある程度見えてきた。

 残る重要な情報は1つだけ。

 

(相手の攻撃力(防御力)はどれくらいか!)

 

 ケンイチは必殺の一撃を喰らわぬよう、あえて踏み込みをギリギリで抑えている。

 加納がティーラウィット・コーキンの白神象の領域(ヤン・エラワン)の様な技を持っていたらたまったものではない。

 一方の加納も、刃牙との戦いで相手の耐久力を侮り初弾後の対応を怠ってしまった。

 互いが、互いの苦い経験から攻めきれずにいた。しかしその均衡は破られる。

 

「シッ!」

 

 防御に徹していた加納が、初めて前傾姿勢に変わりケンイチに突っ込んでいく。

 ケンイチに引けを取らない踏み込みで距離を詰め、左拳から矢継ぎ早なジャブを繰り出す。

 数発の攻撃がケンイチの制空圏を安々と突き破り、顔面に次々とヒットしていく。

 

(早っ! でもそんなに痛くない。速度に特化した攻撃か!?)

 

 そう思い顔面へのガードに注意を払ったのもつかの間、フックともアッパーとも言えない右拳の攻撃が脇腹に深々と突き刺さり、ケンイチの表情が歪む。と同時に加納からも笑みが消える。

 

(まるでサンドバッグに打ち込んだみたいだ。白浜君の鍛えられた身体を撃ち抜くにはかなり時間がかかる。ならば……)

 

(また来るかっ! でも僕の攻撃は加納さんに読まれている。手を出せば避けられ、カウンターを浴びる。ならば……)

 

 "明鏡制空圏"!

 

 "流水制空圏第一"!

 

 加納は攻めるのを止め、今一度自分の特技を発動。

 対するケンイチはその間に心を深く沈め、静の気を発動し制空圏を薄皮一枚まで絞り込む。

 両者共に、己が最も頼りにしている静の技を使いギリギリまで間合いを詰める。

 

「ぬうっ……!?」

 

 軒下で観戦する光成が思わず固唾をのむ。2人の距離は既に50cmまで狭まっているのに、両者共に仕掛けない。

 だが光成の目には、存在しないはずの両者の攻撃が軌道となって映っている。

 技撃軌道戦。武術の心得が無い光成であったが、あらゆる強者達の戦いを見続け観察力だけは鍛えられていたため、ぼんやりと見えていた。

 

(見えるぞ、白浜君が攻撃しようとしている軌道が。このジャブもかわすか……右を払ったら、突っ込んでくる気か?)

 

(加納さんの攻撃が見えるようになったけど、この距離でも僕の攻撃は相変わらずさばかれる!)

 

 その読み合いは、ノータイムで交互にジェンガを積み上げる高速の共同精密作業のようなもの。長くは続かない。

 

「しまっ!」

 

 ケンイチの読みを縫って、加納のジャブが顔に当たる。

 思わず自分の意志とは別にケンイチが中途半端に繰り出した拳を予期していたかのように、加納が全体重を踏み込んだ縦拳をケンイチの頬へと打ち込む。

 鈍い衝突音が庭に響き渡り、ケンイチの身体は後方へのけぞる。

 

(そう、私が狙っていたのは完璧なタイミングでのカウンター。タイミングさえ合えば、あらゆる相手からダウンを奪うことができる。そして――本番はこれからだッ!)

 

 加納はドリアンに惨敗し、二度までも不法侵入を許し光成の命を危険に晒してしまったあの日から、ある技術を密かに鍛えていた。それは――組み技である。

 

(いかなるタフガイも絞め落としてしまえば無力ッ! いかなる分厚い筋肉に守られた肉体も、関節は脆いッ!

 油断せずに倒れた相手に確実に技をかける、それが私のプランだッ!)

 

 加納の戦術は理にかなっている。もし締め技が綺麗に決まればケンイチを失神させることができただろう。

 だがそんな彼の行動にも一つだけ見落としがあった。

 

「な……なんのおっ!」

 

 完璧に打倒したと思ったケンイチが、踏みとどまったのである。

 

「なっ! 何故倒れない!?」

 

 かつての刃牙でさえも打倒した攻撃が、申し分ないタイミングのカウンターで決まったのに倒せない。加納の表情に初めて動揺が浮かぶがすぐに気を取り直す。

 不用意に接近した加納と堪えたケンイチの身体は密着している。ここまでくっついてしまえばケンイチが攻撃しても威力は激減してしまうからだ。

 落ち着いて距離を取れば問題ない、と後退しようとする加納の腹部にケンイチが両手の指先をくっつける。平たく言うなら小さく前へならえ、の態勢だ。

 

(この密着した状態から何をッ?)

 

 隙とも言えるケンイチの行動を前に、後退を止め関節技をかけようか一瞬選択に迷った加納に――

 

「む――無拍子ッ!」

 

 空手の突き手と引き手、中国拳法のリミッター外し、柔術の自重を威力に上乗せする動き、ムエタイの打ち抜く突き。4つの要素を合わせたノーモーションで繰り出される攻撃。

 ケンイチの命を守り続けた、彼の相棒とも言うべき技が炸裂する。

 

「お……オオオッ!」

 

 クールな加納から初めて放たれる叫び声。確かな手応えを感じたケンイチであったが、

 

「おごっ!」

 

 不意を突かれる形で顔面に閃光の様な衝撃が走り、目から火花が出る。

 思わず後ずさり、何が起きたか状況を確認する。加納は鋭い表情のまま、追撃せずにケンイチの様子を伺っている。

 

(相打ち覚悟のカウンターを食らった!? でも、僕の攻撃は当たったのに加納さんにはダメージが見当たらない。

 まさか防御しながら反撃も決めたのか?)

 

 クリーンヒットすれば、弟子クラスならば大ダメージは避けられない無拍子をあっさり耐えられた上で返り討ちに合った事で、ケンイチは動揺を抑えられずにいる。一方側にいた光成からは、攻防の一部始終が見えていた。

 

(ケンイチ君の無拍子に対し、加納はとっさに制空圏を発動し左手を身体に挟んでおった。

 そして攻撃を受けながら右ストレートでカウンターを合わせる。致命打を避けながら反撃し、ケンイチ君に己の攻撃力への不安を受け付けたのは見事という他あるまい。じゃが……そろそろ気づくかの、ケンイチ君)

 

 光成の見立て通り、ケンイチが違和感にたどり着くまで時間はかからなかった。

 

(僕はこうして回復しつつあるのに、どうして加納さんは攻めて来ない? あのカウンターはさすがに僕も効いていた。あのまま攻め続けられたら危なかったのに……)

 

 ならば理由を確かめなければ、と再び心を沈め流水制空圏を練り上げる。加納と視線が交差し、再び2人の間に技撃軌道戦が発生する。一巡、二巡、三巡と駆け引きが発生したところで加納は小さく汗を流し、ケンイチはその理由を察知する。

 

(加納さんの技撃から左手の攻撃が全く来ない!? そうか、攻めなかったんじゃなくて攻められないんだ。だったらこのチャンスを逃してはいけない!)

 

 頭部へのダメージが治りきっていないのもお構いなしに、おもむろに距離を詰めるケンイチ。加納にとってはまずい展開だった。

 左手でガードしたとはいえ、ボディに受けたダメージを回復するには1分やそこらでは足りない。

 そして直撃した左手のダメージはその比ではない。既に防御にも使えないくらい傷んでいた。

 

「くっ」

 

 加納の蹴りは威力こそあるものの、突きに比べて隙があるので無闇に放てない。

 右腕一本でリードブロウを放ち、その内の一撃がカウンターでケンイチに刺さるがそれでも前進は止まらない。

 

「何故だッ! 何故倒れないッ! 何故止まらないッ!」

 

「僕の拳は大切な人を守るためにある! その人の元に1日でも早く戻るために――負けるわけにはいかないんです!」

 

 ケンイチが完全に接近戦に持ち込んだところで――

 

「山突き! カウ・ロイ! 鳥牛擺頭! ――朽木倒し!」

 

 空手、ムエタイ、中国拳法、柔術の順番で繰り出される連続攻撃技、『最強コンボ一号』が炸裂する。

 

「おおっ……まさかケンイチ君がここまでやるとは!」

 

 光成は決着を確信して身を乗り出す。

 事実、加納の意識は朽木倒しによって後頭部を地面にぶつけられた衝撃で、夢の世界へと旅立っていた。

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

 ――秀明さん

 

 何ですか? 母上

 

 ――勉学、武道、貴方の生まれ持った才は加納家の歴史の中でも随一です。

 あなたなら目指せるでしょう。我ら一族が代々お使えしてきた徳川家、その守護者に。

 

 私が徳川様を直接お守りできるのでしたら、これ以上の名誉はありません

 

 ――たゆまぬ蓄積を続け……あの方の盾となりなさい。

 

 

 

”アンタホントに地下闘技場のファイターなの? ディフェンスはたしかにうまいけど……”

 

 

 

”ここの警備はまるで役立たずだな。武器も、拳法も使うこと無く制圧できるとは……”

 

 

 

 二度、主の命を危険に晒した。腹を切れと言われてもおかしくない失態だがそれでも母も、主も私を許してくれた。

 しかし今まさに三度目の敗北を喫しようとしている。

 白浜君に限ってそういうことはないだろうが、もし彼が危険な人間だったら――

 もしここで曲者が侵入したなら、私はなんのために――

 

 

 

”僕の拳は大切な人を守るためにある!”

 

 

 

 白浜君の言葉、表情が蘇る。まだまだ発展途上だというのに、立ち塞がるなら、範馬勇次郎様だろうと倒さんといわんばかりの、身の程知らずな眼差しだったな。

 ……そうか、私は当たり前の事を忘れていた。

 私の敗北は、主の死。主の死は私の人生の否定。だから――

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

「私とて光成様を守る盾! たとえ地上最強の生物が相手だろうと負けられんのだッッ!」

 

 加納は確かに気絶していた。だがそれは1秒を切る一瞬の出来事。

 咆哮と共に加納が立ち上がり、ケンイチと光成が驚愕する。ただの辛うじての復活ではない、加納の闘気は倒れる前よりも遥かに増している。ケンイチは直感で加納の身に何が起きたかを察知する。

 

(そんな……この人、自力で静の気を開放した! ダウンして気が開放されるなんて、そんなことありえるのか!?)

 

 大切な人を守る時こそ、力を発揮する武術家。ケンイチと同じタイプかつ、才能で勝る加納だからこそ起きた現象である。

 加納が開放された気に慣れてコントロールが完成してしまえば、ケンイチに勝機はない。

 それをわかっているから、加納が再び明鏡制空圏を築く前にケンイチは最後の攻撃を仕掛ける。

 が、全ての打撃が空を切る様にあっさりと躱される。

 

「!? 明鏡制空圏は発動していないのに……」

 

 ケンイチの連撃を軽やかに捌いていく加納は、自分の身に何が起きたかを理解している。

 

(ふむ、構えずとも白浜君の攻撃パターンが見えるぞ。どうやら今の私は、何もせずとも明鏡制空圏を使っている状態と同じらしい。ならば態勢さえ崩せれば楽に組み技に移行できる!)

 

 ケンイチが繰り出す中段蹴りを皮一枚でかわし、繰り出した渾身の当て身が見事命中――

 

「ぐっ!」

 

 するはずだった。が、ケンイチに当たること無く逆に追撃の攻撃をモロに浴び、加納が再度仰向けに倒れたところで

 

「それまで! 勝負ありじゃ!」

 

『ッッ!?』

 

 光成の鶴の一声が、まだまだ戦う覚悟だった両者の動きを静止させる。何故止めたのか、といった様子の加納に光成が理由を説く。

 

「力の覚醒とアドレナリンの分泌で痛みは感じておらんかったのじゃろうが、既にお主は満身創痍。

 最小限の動きで回避は出来ても、攻撃を当てることはその身体では不可。これ以上は戦えぬ。

 じゃがよき立ち会いじゃった。お主は立派なワシの警備隊長じゃ」

 

「も、勿体無いお言葉です光成様。……白浜君、君のおかげで私は原点に立ち返り強くなれた。今までで一番の誇りある敗北……だ……」

 

 光成の言葉から緊張の糸が切れ、痛みと疲労が一気に押し寄せた加納は再び気を失う。

 この世界にて最初の決闘、今度こそ完全決着

 

 白浜兼一 WIN 100万円の負債回避

 加納秀明 LOSE 静の気の開放修得

 

 続く




とりあえず毎週末投稿目標で。

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