グラップラーケンイチ   作:takatsu

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第5話:第一戦

 

 

 

 リーガンはひたすら、中距離で前かがみになりながらジャブをケンイチの顔面めがけて打ち続ける。

 事は単純、パワーでリーガンが圧勝している以上、一発でも攻撃が当たれば勝負はほぼ決まる。ならばノーモーションで矢継ぎ早に打て、高い命中率が期待できるジャブ一択というわけだ。

 ケンイチにとっては苦しい展開だ。ジャブのスピードこそそこまで早くはないが、威力は加納の数倍以上。加納の時に使った特攻戦法も使えない。

 

(失敗すれば一巻の終わりだけど、これしかない!)

 

 スロースターターであるケンイチにとっては難易度の高い大技、切り札の一つを早くも切るハメになるが、他に選択肢はない。

 心を沈め制空圏を薄皮一枚まで絞込み、相手の流れに合わせる流水制空圏。そこから次の階層に移行し、相手と一つになる。

 

"流水制空圏第二段階"!

 

 ジャブの弾幕に対し、防戦一方だったケンイチが少しずつ前進を始める。

 第一段階では、リーガンの攻撃の流れに合わせ、ジャブを全て皮一枚で見切る事は出来ても距離を詰めていく事ができなかった。

 だがリーガンの動きと完全に一体化した今となっては、ジャブと同時のタイミングで動き接近することができていた。

 

(この小僧……俺の動きに合わせて勝手に避けやがる!

 しかも更に接近だと? ロングレンジで器用に距離感を測れそうなタイプには見えねえが、だからといって俺にインファイトを挑む気か!?)

 

「おおっと白浜、まるで風圧で舞うシャボン玉のようにリーガンの攻撃をかわして近寄る! だがそこは危険地帯だぞッッ!」

 

 まさに実況の言う通り。巨漢対策の一つである、距離を取って深追いしないという戦術とは真逆である。

 いい度胸だ、と吐き捨てながらリーガンは一歩前に出てあえて距離を潰す。超接近戦なら回避もクソもないという発想だ。

 そしてそれはケンイチも同じ。同時に前に出ながら、小さく両手を前に突き出し、リーガンの下腹部に当てる。

 その行動の真意を測りかねたリーガンが一瞬だけ動きを止めると同時に――

 

「無拍子ッ!」

 

「ぐおッ!」

 

 空手、中国拳法、柔術、ムエタイの要訣を合わせた突きを炸裂させる。

 

「おおっ……あれは加納に大ダメージを与えた技! ケンちゃんの必殺技じゃ!」

 

 後方へと吹っ飛ぶリーガンの巨体。あまりにも派手なオープニングヒットに観客達が歓声をあげ、唯一無拍子の存在、威力を知っている光成も嬉しそうに反応する。

 だがその盛り上がりはこの直後、更に高潮することになる。

 

「やるなボウズ……」

 

 今まで戦ってきた対戦相手をその打たれ強さで戦慄させてきたケンイチが、今度は逆に驚かされる番になる。

 ケンイチが打ち込んだ場所は、丹田と呼ばれるへそ下の人体急所だ。しかも片手とは言えガードした加納と違い、完全に無防備な状態で打ち込まれたにも関わらず、リーガンは微笑みを携えながら倒れていた巨体を起こす。

 

「うっ!? 効いてない!?」

 

 かつて逆鬼に連れて行かれた地下闘技場で戦った、処刑人と名乗る巨漢も、YOMIのコーキンや叶翔も、無拍子が直撃してダメージを与えられなかった相手など存在しなかったのだが今回はまるで通用していない。驚愕するケンイチだが、理由は単純だ。

 1つは、今までの対戦相手とリーガンの体重、筋力が桁違いだったこと。

 そしてもう1つ、リーガンは無拍子の打撃を予測できてはいなかったが、警戒は解かずに腹筋の強張りは保ち続けていたことだ。

 

「わざわざMr.徳川に呼ばれて久々に日本まで来てみりゃこんな小僧を用意されて、最初はどうしたもんかと思ったが……。中々楽しめそうじゃねえか」

 

 そう言うやいなや、ケンイチの返事を待たずしてリーガンは再び拳の弾幕を放つ。

 その速度は先程の比ではない。流水制空圏第二段階を解除していたケンイチの腕に数発の拳が刺さり、それだけでケンイチの身体が後方にズレる。

 

(くっ……この人のパンチには気の鍛錬が無いのに、重さはとんでもない! もしこの人が気のコントロールを覚えたらどれだけ強くなるんだ!?)

 

リーガンの――いや、この世界のグラップラーのポテンシャルに戦慄を感じながらも、ケンイチは再び心を沈めて流水制空圏を練り上げる。そしてリーガンの流れを読むべく、彼と視線を交わして思考を読み取る。

 

(心の声が聞こえてくる。これは期待と歓喜! この人は本気を出したがっている。全力を解き放つ機会が無かったんだ。

 でも妙だ。徳川さんの話だとリーガンさんは僕でもまだ勝ち目が無くはないレベルなんだよな。

 だったらもっと強くて本気を出せる相手はいっぱいいるはずなのに……)

 

 リーガンの思考から浮かび上がった違和感を考察している余裕はケンイチにはない。

 流水制空圏第二段階が一瞬でも解除されれば、リーガンの猛攻を回避しきるのは難しいだろう。

 

(ラチがあかない……逆鬼師匠から教わった巨漢対策その3、『相手の指を狙った末端攻撃』は今の僕にはハイレベル過ぎて無理だ。こうなったら――巨漢対策その4だ!)

 

 攻撃の一瞬の合間を縫って、ケンイチが再び前に出ながらスライディングする。それに気付いたリーガンが体制を変えるより早く、ケンイチは横回転の体重移動でスピードと自重を乗せながらリーガンの右足に蹴りを入れる。

 

「しゃがみ回し蹴り!」

 

 格闘ゲームなどではよく採用されるしゃがみ攻撃であるが、実際の戦闘において頭部を極端に下げる行動はリスクが高く精々限られた奇襲でしか使えない。

 リーガンの体重ならそれほど素早いキックは飛んでこないだろうという、ケンイチの仮説に基づいたギャンブルは――

 

「ゲフゥ!」

 

 体制を崩しているケンイチの肋に、リーガンが勢い良く左足のつま先から蹴り入れた事で失敗に終わる。

 

「リーガンのトーキーックッッ! 小学生が大人に食らわせても有効となるこの技を、体重約6倍のリーガンが炸裂させたッ! 白浜がサッカーボールの様に吹き飛んだが、大丈夫か!?」

 

 闘技場の壁に叩きつけられたケンイチへの悲鳴と、破壊撃を愉しむ歓声が交じる客席の最前列。光成の隣の席に一人の中年男がいた。格闘家としてはとうに引退してもおかしくない年齢の男だが、全身からは強烈な武の臭いを放っている。

 

「少年の狙いは間違っていなかった。体重300kgを支えるリーガンの足には尋常ではない負担がかかっている。そこを蹴るまでは良かったが……」

 

「リーガンの鍛え方がそこらの巨漢とはレベルが違った、といったところかの本部よ」

 

 光成と本部が言葉を交わす間に、リーガンが壁際で倒れているケンイチの側から壁の上へとよじ登る。

 

「悪くねぇ蹴りだったが、俺を倒すにはちと威力不足だったな。そして、これでお前もおしめえよ」

 

 というやいなや壁の上からジャンプし、起き上がろうとしているケンイチの胸に膝を落とす。

 鈍い嫌な衝突音と共に、ケンイチの口から鮮血が飛び散る。

 

「ぐああっ!」

 

「決まったーッッ! 体重310kgのニードロップが炸裂! ボクシングスタイルで戦っていたリーガンが急遽プロレスの大技を成功させた! これは深刻なダメージかッ!」

 

 審判の坊主が、仕合を止めるべきか近寄りきる前にケンイチは身を起こす。

 

(くっ、危ない。TKOされたらおしまいだ。それにしても、筋肉の締め上げと硬気功が無かったら病院送りは確実だった。

 ボクサーのハンドスピードに、プロレスラーの破壊力を兼ね備えてる……)

 

「おおっ? 膝に残った感触がいやに硬いのが気になっていたが、まさか立ち上がるとはな」

 

 ケンイチの回復を待つほどリーガンもお人好しではない。立ち上がったはいいものの、ダメージから防御もままならないケンイチの胸骨にワンツーブローが炸裂し、逆サイドの壁へと吹き飛ばされる。

 確実に敗北へと進んでいるケンイチだったが、それでも倒れない。いつの間にか再発動していた流水制空圏状態のまま、リーガンを見据える。

 

「はぁ……はぁ……。リーガンさん……あなた、本気を出せる相手がいなかったんですよね? 良くも悪くも(、、、、、、)

 

「何ぃ?」

 

 追撃を試みようとしたリーガンは中途半端な距離で立ち止まる。ケンイチが放った言葉に、耳を傾けたくなったからだ。

 

「あなたが戦った相手は弱いか強すぎるかのどっちかで、思う存分力を出し切れるちょうどいい相手がいなかったんじゃないですか? 僕には遠慮せず本当の全力を見せてください」

 

「ッッ……」

 

 的中していた。プロレス界も、ボクシング界も、対戦相手を壊してしまうリーガンのフルパワーを認めなかった。

 だが、地下闘技場はその逆だった。リーガンがフルパワーを出し切る前に秒殺してしまう猛者達の祭典だったのだ。

 唯一、範馬刃牙だけはリーガンを真正面から受け止めてくれた。あの甘美の時間は二度と手に入らない夢だと思っていたが、こうして今一度リーガンの前に訪れた事で自然と笑みが溢れる。

 

「ボウズ……いや白浜。お前、男だな。頼むから――」

 

 死ぬんじゃねえぞ

 

「来るぞケンちゃん!」

 

 光成の視線の前で、リーガンが巨体を疾走らせケンイチへと迫る。狙いは助走して体重を乗せた状態での全力の右ストレート。

 現在のケンイチでは防ぎきれるレベルではない攻撃が襲いかかるが、ケンイチはその場から動かない。

 

(動くことも満足にいかない満身創痍状態。相手の火力は僕よりも遥かに上。

 そんな状態だからこそ――僕にも勝ち目がある!)

 

 拳がケンイチの顔面に触れる。と同時に命中を確信したリーガンがダメ押しの踏み込みを決める。

 が、更にそれと同じタイミングでケンイチは拳の真正面にあった顔面を少しだけ横にズラした。

 勢い良く掠った拳が左頬と耳を切り裂くが、十分なダメージは与えられないまま通過していき、そして完全に踏み込んでしまったリーガンは、止まること無くケンイチの身体と衝突――

 

「"退歩掌破"!」

 

 すること無く、いつの間にかケンイチが繰り出していた右掌に触れ、反対方向へと吹き飛ばされる。

 

「ごあッ!」

 

 今まさに攻撃を加えていたはずの、300kgを超える巨体が逆方向へと宙を舞い、観客達が唖然とする。

 当のリーガンに至ってはわけがわからずパニック状態だ。更にケンイチの掌が食い込んだのがみぞおちだった事で、苦痛とダメージも襲いかかる。

 

「なんとっ! 白浜に突っ込んだはずのリーガンがふっ飛ばされた! 達人渋川の合気とも違うカウンターだッッ!」

 

「ど、どうなっとるんじゃ本部よ!」

 

「リーガンとぶつかる直前、少年は一歩後退しながら右腕を突き出していた。

 その結果、右掌に激突した際にリーガンの突進力がそのまま跳ね返ったようですな。一歩間違えればそのまま少年は病院送りだっただろうに、ようやりますわ」

 

 どんな修行をしてたのかそそられますな、と呟きながら呑気に本部が解説する間にリーガンは倒れた身を起こし始めていた。

 

(腹っ! 殴られた!?

 いや、俺の全パワーがそのままカウンターで俺に跳ね返った? こいつ、これを狙うために俺の本気を誘ったのか!? だが……)

 

 確かに効いたが、KOを奪うほどではない。リーガンは間もなく立ち上がるが、瞬間的な呼吸困難から素早い動きができなくなった事で、次のケンイチの攻撃に対し後手に回る事になる。

 

「空中カウロイ!」

 

 この試合で初めてケンイチは大きく跳躍する。リーガンの予想を上回る、強靭な足腰から繰り出される飛翔が身長差を一瞬で埋め、油断したリーガンの顎へとヒザ蹴りを成功させる。

 

「がっ!」

 

 打顎で脳が揺さぶられ思わず膝をつく。立ち上がるまでには数秒かかるだろう。だからケンイチはその残り時間に全てを賭けるしかなかった。

 リーガンの鼻下にケンイチの両手の先が添えられる。狙いはリーガンにも、観客達にすらも明らかだった。後は――術者の覚悟だけ。

 

(この突きを人の顔に打ち込むのは初めてだ。たとえ殺さなかったとしても、僕の中で一つの一線を越えることになる。

 でも打つんだ! 生き残るために! 強敵の力に敬意を払うために!)

 

「~~~!」

 

 危機を察したリーガンが、何かを叫びながら破れかぶれの拳を繰り出す。体重が乗り切ってはいない攻撃だが、顔面に当たれば無事では済まないだろう。

 これが両者最後の一撃。

 

「無拍子ッッ!」

 

 先に構えたものの、発動までタイムラグがある本日二度目の無拍子。

 タメはないものの、後から繰り出したリーガンのストレート。

 両者の顔面に同時に当たり、そして同じタイミングで後方へと吹き飛ばされる。

 

「ぐうっ……」

 

 ケンイチは累積されたダメージから、満身創痍の状態で尻もちをつく。追撃をもらえば今度こそ戦闘不能になるだろう。

 だからこの戦いは――

 

「勝負ありッッ!」

 

 鼻下の人体急所へ決意の無拍子を叩き込み、リーガンの意識を完璧に刈り取ることに成功したケンイチの勝利だった。

 

 

 

 白浜兼一 WIN 新大会出場まで、あと2勝

 アンドレアス・リーガン LOSE 

 

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