グラップラーケンイチ   作:takatsu

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第6話:再会-①

「シャアッ!」

 

 今日も地下闘技場に、グラップラーの獰猛な叫び声が木霊する。

 声の主、キックボクシング統一王者、ロブ・ロビンソンの手足から繰り出される攻撃を、ケンイチは前羽の構えで慎重に捌いていく。

 だがそれでもノーダメージというわけにはいかず、手足と身体無数の箇所に軽くはない痛みを蓄えている。

 

(加納さんより力強くて、リーガンさんよりも速い! 蹴りとパンチのコンビネーションも手強い! だけど――)

 

「流水制空圏!」

 

「オッ!?」

 

 連撃を皮一枚で躱しあっという間に距離を詰め、

 

「山突き! カウ・ロイ! 鳥牛擺頭! ――朽木倒し!」

 

 『最強コンボ一号』を成立させる。体重、体格共にロブが圧倒しているが、気の鍛錬はリーガンと同様行っていない。静の気を発動しているケンイチの打撃の前には、耐えられずに沈んでしまう。

 

(何故かわからないが、僕はこの世界に流れ着いた時よりも確実に一回り強くなっている!

 特別なトレーニングをしているわけでもないのに、一体どうしてだ……?)

 

「勝負有りっ!」

 

 審判の掛け声、遅れて観客達の歓声。

 この試合でケンイチの戦績は4勝0敗。偶然は三回も四回も続くことはない以上、もう誰もがケンイチの実力を疑わない。

 新たな地下闘技場のスター候補を、その場にいる誰もが讃えていた。

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

「アンドレアス・リーガン、チャモアン、ジャガッタ・シャーマン、ロブ・ロビンソン――。

 まさかケンちゃんがここまで余裕で勝ち上がるとは思わなかったわい」

 

 ロブとの試合翌日、光成邸の私室へと呼び出されたケンイチが光成の他人事のようなセリフに噛み付く。

 

「余裕!? 冗談じゃないですよ! チャモアンさんやジャガッタさんの前蹴りをボディに食らった日はご飯がまともに食べられなかったですし、リーガンさんからもらったダメージなんて、一週間は引かなかったんですよ!

 しかも三勝で合格なら、ロビンソンさんとの戦い余計じゃないッスか!?」

 

 ケンイチのクレームを、光成は暖簾に腕押しといった様子で受け答える。

 ケンイチがこの世界に来てから約一ヶ月。光成とは、梁山泊の師匠程とはいえないまでもある程度打ち解けられていた。

 

「甘いぞケンちゃん! 三勝しろとは言ったが三勝で終わりとは言っとらんぞ。じゃが、ここまで頑張ったケンちゃんにはワシも個人的にご褒美を用意せんといかんな」

 

「えっ!」

 

 褒美、と言われケンイチの顔色が輝く。世界有数の権力者である光成の褒美なら相当期待できるだろう。

 

「用意するにはしばし時間がかかるの……その間にケンちゃんはここに行きなさい」

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

 光成から渡された紙に書かれている住所へと専属送迎者の宝田に運んでもらった先は、都内の街中にそびえ立つ大きめのビルだった。建物の正面には道着姿の男が虎へ手刀を振り下ろす豪快な絵が一面に張られている。

 

「ここがあの『神心会空手』の総本部かぁ……」

 

 ケンイチは建物の中に入り、光成から貰った書状を受付の男性に渡す。

 しばらく電話でやりとりした男性に、丁寧な口調で最上階へ行くよう伝えられエレベーターで建物を登る。降りた先の目の前には大きな練成道場があり、その中央には空手着姿の大型な青年が直立したままケンイチを待ち構えていた。

 

「ようこそ。神心会、現館長の愚地克己です」

 

「ど、どうも。白浜兼一です」

 

「君が最近地下闘技場にご老公が招き入れた、若きグラップラーか。一度会ってみたかった」

 

「こちらこそ、あの史上最強の範馬一族が認めているという、神心会の愚地さんに会えるなんて光栄です」

 

 光成から幾度となく聞かされている。門下生100万人を抱える世界最大の格闘集団、神心会空手を取り仕切っている愚地親子はこの世界でもトップクラスの闘技者だと。

 事実ケンイチもその通りだと感じていた。空手の師である逆鬼に匹敵する恵まれた体躯に加え、重く靭やかに洗練された静の気を放っている。少なくとも現時点のケンイチよりは格闘家として遙か先にいる存在だと言えるだろう。

 だが何よりも、克己の容姿でケンイチの注目を一際引くものがある。

 

「愚地さん、その腕は武器使いか何かとの決闘で……?」

 

 肩口から完全に欠損している己の右腕があった部分を見て、克己はああこれかと思い出したようにつぶやく。

 

「ん? これは親友との素手の決闘で持ってかれただけだよ。

 といっても俺の腕の肉は、その前に俺が放った突きの威力に耐えきれず既に爆散してたから、もがれなくても大して変わらなかったけどね」

 

「と、友達にやられたんすか……」

 

 ハハハ、と朗らかに笑う克己にケンイチはただただ話のスケールに圧倒させられる。

 師であるアパチャイや逆鬼の力を持ってすれば、ただの人間の腕は木の枝の如くもげるかもしれないが、克己程鍛えられた実力者の腕を奪うとなると話は変わってくる。

 

「ところで白浜君がうちの加藤や末堂……それに我が弟(、、、)と立ち会ったらどうなるか興味深いな」

 

 神心会を支えるTOP5の猛者達の事は光成から幾度と聞かされている。

 神の拳、愚地独歩。

 空手界の最終兵器、愚地克己。

 身体スペックだけなら克己に引けを取らない、末堂厚。

 実戦空手の雄、加藤清澄。

 そして――愚地独歩が新たに取った2人目の養子。神心会に入り、たった半年で愚地親子に次ぐNo3まで登り詰めた天才児がいる、と。

 

「おっ、噂をすれば弟が来たな」

 

 と克己が呟いた時、ケンイチの背後でエレベーターが開く音がする。後ろを振り返ったその先に、1人の少年が道場へと足を踏み入れていた。

 

「えっ」

 

 その姿を見て言葉を失うケンイチを、きょとんとした目で見ながら少年は2人の前までやってくる。

 

「おっす兄貴。お客さん来てんの?」

 

 克己が紹介をするより早く、ケンイチが立ち上がる。甘いマスク(トール談)に青みがかった長髪、左目の下に刻まれた翼の形を模したアザ。この男を見間違えるはずがない。

 

「しょ……翔ッッ! 叶翔!? どうしてここにっ!」

 

 ケンイチ達と対峙していた殺人拳の弟子集団『YOMI』のリーダー、スパルナとの再会だった。

 突然の再会に言葉を失うケンイチであったが、翔の方は怪訝な表情を浮かべる。

 

「確かに俺は翔だが……叶って何のことだ? 俺の名前は愚地翔だ。それに俺はあんたの事は知らねえぞ?」

 

「くっ……」

 

(別人? いやそんなことはない。姿はともかく、武術家だけが持てるの気の性質までも一緒だ。でも少しだけ違う。この叶翔からは、殺人拳の人間が持つ暗さや危うさ、闇の気配が感じられない。

 だったら……この世界の、パラレルワールドの翔ってことか!?)

 

「……翔、彼は白浜兼一という地下闘技場の武術家だ。もしかしてかつての知り合いじゃないか? お前、親父に拾われる前の記憶が無いんだろ?(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 頭がパニックになり状況の整理が追いつかないケンイチであったが、克己が放った一言で少しだけ開け始めた。

 

(記憶が無い……? じゃあ翔も、元の世界からこっちの世界に流れついて、僕とは違い記憶を失ったって可能性があるってことか?)

 

 ケンイチと翔に、元の世界で死んでいるという共通点がある。死が転移のトリガーと考えれば仮説としては十分成り立つだろう。

 

「……兄貴、わりいがちょっと二人きりにしてくれないか?」

 

 しばらくケンイチを無言で眺めていた翔からの頼みを受け、克己は何かを察したのかすぐに道場を後にする。完全に克己の気配が消えたのを確認してから、翔は先程より明らかに険しい表情を見せる。

 

「さて……まずは俺の話からだ。俺は聞いての通り過去の記憶がない。

 道で行き倒れていた所を、ここの創設者である愚地独歩に拾われたんだ。俺に高い武術の適性があることを知った義父は、俺を養子に招き入れここで育ててくれたというわけだ。で、一体ナニモンだお前は?」

 

「僕も、一ヶ月前に道で行き倒れていた所を徳川光成さんに拾われたんだ。記憶は失ってないけどね。僕のことが全くわからないのか?」

 

「いや、お前と対峙して名前を聞かされた時に、お前が武術家白浜兼一だというのは理解できた。叶翔という名前もどこか懐かしい響きがある……。

 知りたいのはお前の立ち位置だ。どうやら俺達はあまり仲良くなかったらしいな?」

 

 記憶はなくとも、本能的な敵対心や嫌悪感が翔に纏わりついているのだろう。ケンイチもそれを否定はしない。

 

「仲良くない、というか敵同士だったんだ僕達は」

 

「穏やかじゃねーな。流派か何かの対立か?」

 

「そんな甘いもんじゃない。お前は、人を殺す事を生業とする『殺人拳』の弟子だった。

 僕は逆に拳で人を救う事を生活としている『活人拳』の弟子だ」

 

 話半分に聞いていた翔の表情は、殺人拳というワードを聞いて曇る。

 

「……俺も武術家である以上、試合で戦う時は手加減しねーし、時には不慮の事故も起きることだって受け入れている。だがさすがに自らの意思で相手を殺すまで戦う気は俺にはねえ。

 もしお前の言っていることが事実なら、俺は人殺しってことか?」

 

 はっきり言ってケンイチは翔の事が苦手だし、断じて好きではない。だが自分が殺人者だという事実を突き付けられた翔の様子を見て、さすがに気の毒に思わずにはいられなかった。

 

「僕は直接お前が手を下している所を見たことはないが、かつてお前には何度か殺されかけた事もあるしその可能性は高いだろうな」

 

 チッ、と翔が小さく舌打ちする。まだケンイチの言葉が受け入れられないのだろう。

 

「お前が嘘を言っているようには見えないが、やはり信じられねえな。それに殺人拳なんていうヤバい連中がいるならとっくに親父や徳川の御老公が対処しているだろ?」

 

「そこらへんの説明もしたいし、お互いのためにお前の協力も欲しいところだけど……おそらくこれから話す内容はもっと信じられないものだと思う。それより――」

 

 一瞬黙っていようと思ったが、ケンイチはその名前を出すことに決めた。この男は恋敵であるが、ここで隠すのは男としてフェアではない。それに、記憶が更に戻る望みもある。

 

「『風林寺美羽』という少女を憶えているか?」

 

「っ……!?」

 

 翔の表情が、誰が見ても明らかな程に豹変する。ケンイチを憶えている以上、美羽を思い出せるのは当然の結果だろう。

 

「そうだ……思い出した。風林寺美羽、大切な俺の片翼だッ!」

 

 どうして彼女を今まで忘れていたのか。己を恥ながらも次々再生される記憶を前に、翔はケンイチをキッと見据える。

 

「何故かは忘れたが俺はお前に、『美羽を守れ』と頼んだはずだ。彼女は今どうしている!?」

 

 当然、想定していた疑問がぶつけられる。ここで嘘をつく理由はない。ケンイチは真摯に受け答える。

 

「わからない、今ここにはいないんだ。詳しい説明はできないが、今美羽さんがどうなっているかがわからないのは僕の落ち度だ。弁解の余地もない」

 

 死んでいる、無事ではない、ではなくわからない。曖昧な言葉を渡された翔の雰囲気が一変する。

 

「白浜兼一、構えろ」

 

「な、何をするつもりだ?」

 

「いいから構えろ。お前の実力を見せてもらう。ただの組手をするだけだ心配するな」

 

 真剣勝負ならまだしも、ただの組手なら問題はないはず。気持ちが落ち着かないまま、ケンイチは言われるがままに距離を取り構える。

 

(流水制空圏はいきなりは無理でも、制空圏は作っておかなきゃ……)

 

 深呼吸して精神を整え、静の気を発動し自身の周りに制空圏を張り巡らせる。叶翔との距離は6~7M、何があっても対応できる距離から――

 

「行くぞ」

 

 翔の合図が、試合の開始を告げる。




チャモアンさん、ジャガッタさん丸々カットで申し訳ありません。
本作ではムエタイにも必ず見せ場があるはずです、多分
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