グラップラーケンイチ   作:takatsu

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第7話:史上最強の師匠

 翔の合図に合わせ、ケンイチは一度瞬きをした。

 目を瞑って開くだけの、その隙とも言えぬ刹那の合間に、翔の身体は道場から雲散していた。

 

(えっ、消え――!?)

 

「一本」

 

 何が起きたかわからぬ間に、ケンイチの左首筋に冷やりとする感触が走り無機質な声が聞こえる。翔がケンイチの真横に現れ、指の先端を首に当てていた。もし翔が本気なら、首に貫手刺さり致命傷となっていただろう。文句のない決着だった。

 

(つ、強い! 翔の強さは知ってたけど、いくらなんでも強すぎだろこれは!)

 

 ケンイチの脳裏に、一人の人物が浮かんでいた。それはかつてYOMIに所属していた小頃音リミという少女。

 彼女が禁断の奥義、『静動轟一』を使ったその僅かの間は、動の気の完全開放に成功した美羽を実力で完全に凌駕していた。達人級やほぼ達人レベルの妙手の使い手を除くなら、彼女こそがケンイチが今まで見てきた中では最速の格闘家だったと言える。

 今の叶翔、いや愚地翔は『静動轟一』も無しにリミと同等くらいに速い。

 そして翔はリミの様なスピード特化のファイターではなく、オールラウンダーだ。つまり他の身体的要素もスピードと同レベルということに理論上はなる。

 ケンイチや美羽、他の才能あふれる弟子クラスと比較しても、成長速度があまりにも早すぎる異常事態だ。

 

「この程度か……俺が美羽を託した男はこの程度だったのか」

 

 怒り、呆れ、失望、あらゆる感情を顔に浮かべながら翔は手を引っ込める。

 

「これで格付けがはっきりした――と言いたいところだが。これは俺がいきなり仕掛けた勝負だしな。お前がもしも、真剣勝負で本当の力を発揮する尻上がり野郎なら、シチュエーション次第じゃもうちょっとマシになる可能性も否めないか」

 

 翔は意味深な言葉を吐きながら、その次に放たれる言葉を待ち構えるケンイチの胸ぐらをつかむ。

 

「もうすぐ地下闘技場で、一大イベントが行われるらしいな。お前がそれに出られない雑魚なら論外だが、もし参加するなら俺と戦え」

 

「お、お前も出るのか……?」

 

「ああ。万が一お前がそこで俺に勝つか、直接戦わずとも俺より優れた成績を納めたなら『お前の言うこと』とやらを全て信じて、お前の手助けをしてやろうじゃないか。

 だがお前が負けた時は、俺に完全服従してもらおう。武人として文句はあるまい?」

 

(服従って、そんなことになったら僕はもう美羽さんと……。でも)

 

 ケンイチは小さく笑い、そして翔の手を勢い良く振り払う。

 

「望むところだな。僕もお前とは決着をつけたかったところだ」

 

「ほう、思わせぶりな事を言うじゃないか? なら話は早い。とっとと帰って死ぬ気でトレーニングするんだな。

 俺も色々聞かされて正直少し混乱している。一人にさせろ」

 

 翔に言われるまでもなく、ケンイチはそれ以上言葉を交わさず道場を後にする。

 確かにケンイチはかつて叶翔に勝った事がある。だがそれは試合形式での話で、もしあれが実戦ならばケンイチは数回殺されていたはずだ。本当の意味で、翔とケンイチには勝ち負けがはっきりついていない。

 何の因果か死の果に異世界にたどり着き、数奇な運命から再会した二人。

 次が、決着の時。

 

「ふふ、どうしてか桁違いに強くなった叶翔と決闘か。こうなったら――」

 

 

 

 

 

 *****************

 

 

 

 

 

「助けてドラ◯も~~ん!」

 

「わっ、なんじゃケンちゃん藪から棒に!」

 

 翌日、光成邸に押しかけ困惑する光成の身体に恥も外聞もなく縋り付くケンイチの姿があった。

 もし光成の私兵がいれば触れる前に引き剥がされただろうが、私室には二人しかおらずシュールな様相が成立している。

 

「神心会っすよ! 神心会の叶……じゃなかった愚地翔! あいつに絡まれて、今度の地下闘技場のイベントで戦うハメになったんです!」

 

「ほほ、彼に会わせる目的もあったんじゃ。ケンちゃんの良きライバルになるかと思ってな」

 

 ひっつくケンイチをようやくひっぺがしながら笑う光成であったが、その笑顔はすぐに消えることになる。

 

「それがですね、あの愚地翔、あいつは僕と同じ世界からやってきた人間です」

 

「……なんじゃと?」

 

「翔も断片的にですが僕の事を憶えていました。それにあいつも、僕がいた世界で死んでいたはずなんです」

 

 状況証拠もここまで揃えば偶然では済まされない。光成もケンイチを99%信じてはいたが、ここまでの人生で積み上げた常識という名の偏見が、最後の1%に待ったをかけていた。だがそれもたった今完全に消え去った。

 

「彼には真実を話したのか?」

 

「いえ、その前から大分混乱していたので肝心の部分は伏せて話しました。

 それでですね。僕が叶翔に負けたら多分僕は消滅するんですけど。でも翔も僕と同じ思念体なら、僕が勝ったらあっちが消えるんじゃないかと思って」

 

「自分が消える覚悟はあっても、相手を消す覚悟はまだ無いといったところかの?」

 

 ケンイチの不安そうな表情を見て、光成は彼の心中を察する。自分よりも先に相手を心配するケンイチらしい悩みであったが、二人共死を保留にしてもらっている状態である以上、ワガママを言える立場ではないのも事実だ。

 

「僕達の世界の人間同士で戦えば、消えずに済むなんて都合いいことがあれば……?」

 

 そこでケンイチは言葉を止め、ふと宙を見上げる。その表情はみるみるうちに曇っていく。

 

「ん? どうしたんじゃ?」

 

「と、徳川さん。ここに物凄い強大な気配が近づいてます!」

 

 元の世界で多くの達人と遭遇したその経験が告げている。マスタークラス、それもかなり高位なレベルに位置する者がこの徳川邸にたどり着き、あまつさえその者は気配を隠そうとしていない。

 今までケンイチが会ってきた達人は強大な気を掌握し、ある者は身体に押しとどめ、ある者は気配を殺してたが、その者はそんな行為すら無意味と言わんばかりに、暴風の様に己の気を周囲に放っている。

 

「おっ、もうこんな時間か。心配せんでもええ、ワシがケンちゃんのために呼んだんじゃぞ」

 

 光成は慌てること無く上機嫌な様子だ。光成が呼んだということは少なくとも敵襲というわけではなさそうだ。ケンイチも少しだけ落ち着きを取り戻したところで――

 

「来おったの。この地球上で――いや、この世の歴史上で最強の生物のお出ましじゃ」

 

 その時、ぐにゃりと一枚の障子がドロドロになる。少なくともケンイチにはそう見えた。

 その障子には、2メートルを超えるであろう大きな黒い影が写り込んでいる。

 

「わわ……空間が歪んでるぅー!?」

 

 慌てふためくケンイチの前で、障子は静かに開かれる。

 中から現れたその男は、周囲の空気を陽炎の様に捻じ曲げながら悠然と室内を歩いてくる。

 同じ人間とは思えない顔貌、天を衝く怒髪、服の上からでもわかるこの世界で見た誰よりも鍛え上げられた肢体。

 だがケンイチが何より異様に感じたのは、男の気であった。

 

(なんだこの気は!? 静の気? 動の気? 

 僕に対して好意を持っているのか、敵意を持っているのか、何も感じていないのか、それすらわからない。

 強大過ぎて何も読み取れない!)

 

「紹介しよう、ケンちゃん。この男こそが最強の生物、『範馬勇次郎』じゃ」

 

「こ、この人があの……」

 

 圧倒されて言葉を失うケンイチを気にも留めない様子で、勇次郎と呼ばれた男は光成の隣の空いている座布団に腰を下ろす。

 

「外にいる警備の男、前よりもマシになったものだ。子犬から中型犬程度には化けたか」

 

「む、加納の事か。ここにいるケンちゃんと試合をしてから変わったんじゃ!」

 

 自慢気な光成の言葉を聞き、勇次郎は始めてケンイチを視界に入れる。

 ただ目が合った、それだけでケンイチは自身の身体能力、思考、はたまた本人すら知らない体内の情報すらも一瞬で読み取られたような感覚を覚える。

 

「は、はじめまして! 白浜兼一です!」

 

「……貴様の事は光成から多少は聞いている。貴様、普通ではないな(、、、、、、、)?」

 

 その言葉はケンイチではなく、光成を驚愕させる。光成はケンイチの紹介こそしたものの、別の世界からやってきた事はまだ勇次郎には話していなかったのだ。

 

「わ、わかるのか勇次郎よ!?」

 

「強さの話ではない。貴様の身に纏う気の"性質"が俺達のものとは根本的に異なる」

 

(そこまでわかるのか!? とりあえず、この人に隠し事や偽り言は自殺行為だ! 本当の事を話さないと)

 

「信じられないかもしれませんが、僕はこことは異なる世界で死んだ駆け出しの武術家です。死後、この世界に転移して再び生き返ったんです」

 

「光成、宮本武蔵(この前)の様に貴様の仕業か?」

 

「まさか……いくらワシでも異世界には手が出せんわ!」

 

 ケンイチ、そして手をブンブン横に振りながら必死で否定する光成が嘘をついているわけではない事を見抜いた勇次郎は、ようやく事態を理解し始める。

 

「ふん、さすがの俺も少々耳を疑ったが……俺を呼んで一体どうする気だ? この小僧と立ち会えってか?」

 

「それはムリムリムリムリカタツムリです!」

 

 今度はケンイチが正座のまま後ろに1メートル程スライドし、首と手を左右に全力で振って、戦意がない事をアピールする。

 

「いやのう、異世界から急にこっちの世界に送られて色々困ってるケンちゃんに、勇次郎が武術家の先輩として良きアドバイスをしてやって欲しくての?」

 

「そんなもの、別に俺でなくともよかろう」

 

 そこから先は己の言葉でなくては意味がない。訝しがる勇次郎に、ケンイチが自ら思いを口にする。

 

「僕は、こちらの世界でも武術家として生きることにしました。

 でも僕はずっと元の世界で師匠に教わって来たんです。お恥ずかしい話、まだ未熟な僕が師匠無しで強くなれるかわからなくて」

 

 くだらん悩みだと言わんばかりに、勇次郎は鼻で一笑する。

 

「俺が呼ばれた理由に納得はいった。だが俺が貴様を助ける理由がどこにある? 貴様は俺に何ができる?

 力を貸して欲しくば、俺を動かしてみろ」

 

 全くもって正論だ。だがケンイチとて多くの達人と過ごしてきた身。勇次郎の言動、性格からどう切り返せばいいか、ある程度の確証が頭の中にある。

 

「僕がこの世界の地下闘技者として大成すれば、光成さんは僕を元の世界に戻す手伝いをしてくれるとのことです。

 確証はありません。でも、僕のいた世界とこの世界を行き来できる方法がわかれば、勇次郎さんは強い人達と戦うことができます。特に僕の師匠達は本当に強いです! 皆、勇次郎さんと同等以上かもしれません!」

 

 最強である己以上の武術家がいるかもしれない。光成はその情報に勇次郎が食らいつくと思ったが、反応したのは別の部分だった。

 

「貴様今、師匠"達"と言ったな? 師は一人ではないのか?」

 

「はい! 毎日5人の師匠にローテーションで教わってました! 僕のライバルの翔ってやつは、確か10人くらいに教わってたような……」

 

 少し。ほんの少しだけ、地上最強の生物と呼ばれた男は、戦闘力では己の1%未満である少年の言葉に驚いた様子を見せ、くつくつと低い笑い声をあげる。付き合いの長い光成ですら滅多に見れない、貴重な一瞬であった。

 

「別世界の武術家か。話半分に聞いていたが、なかなかどうしてそそられたわ」

 

 ケンイチ本人、あるいはケンイチの師匠達に興味が湧いたのか。

 好感触と取れなくもない勇次郎の発言に、光成とケンイチは手応えを感じる。だが、次に勇次郎が放った一言に、二人は驚愕することになる。

 

「三十分だ」

 

「は、はい?」

 

「朧気とはいえ、この俺に夢を見させた褒美だ。今から三十分の間、この俺が貴様の『最強の師匠』となってやろう。

 師が居なければ何も出来ぬ貴様のために、師としてあらゆる稽古をつけ、あらゆる問いに答えてやる。さあ何でも言うが良い小僧。いや、『最強の弟子』ケンイチよ」

 

 この世界に史上最強の師匠と、史上最強の弟子が生まれた瞬間だった。




ケンイチと勇次郎の絡みが書きたくて仕方なかった
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