グラップラーケンイチ   作:takatsu

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第9話

 

 緊張で活性化してない胃に構う事なく、ケンイチは栄養価の高い好物を口に詰め込む。

 戦いの前に少しでも影響は補給しておきたいし、これが最後の晩餐になるかもしれないからだ。

 

「食器は洗っておくから、戻って休んでいていいよ」

 

「はい、何から何までありがとうございます」

 

 リクエストした食事を作ってくれたこの家の主である松本絹代に頭を下げ、ケンイチは食卓を後にする。

 いつも使っているトレーニングでひっそりと食べても良かったが、己とかつての使用者達の体臭が充満しているあの部屋で食べるよりは、こちらで食べたほうがいいだろうという絹代のはからいであった。

 二時間ほど休憩と瞑想を繰り返していた頃、梢江に勧められて買った新品のスマートフォンに着信が入る。

 

「お迎えにあがりました、白浜様」

 

 ケンイチの専属送迎主である宝田からの電話を受け、試合用の道着に着替え家の外に出る。

 午後五時を過ぎ、日が落ちつつある郊外の一軒家に似合わぬ黒塗りのリムジンの横で、宝田が直立不動で待機していた。

 

「参りますか」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 後部座席に座ったところで、宝田はいつものように車を出さずに車の外からアイマスクをケンイチに手渡す。

 

「白浜様、本日は移動中にこれの着用をお願いします。これは光成様からの指示でございます」

 

「えっ……これは? これから地下闘技場に行くんじゃないんですか?」

 

「申し訳ありません、私からは何も申し上げられません。不便な思いをさせてしまいますが、ご容赦ください」

 

 怪訝な表情で宝田を見返すが、しばらくして素直に従い自分の視界を塞ぐ。

 一瞬、誘拐か? と思ったが、今のケンイチは精々行方不明になっても問題ない利点がある程度でさらう価値など全く無いはずだ。ならばここは大人しく言う通りにするべきだろう。

 これから地下闘技場イベントが始まる。1ヶ月の修行期間はあっという間に過ぎてしまったが、ケンイチはある程度の手応えを己に感じている。

 梁山泊の師匠につきっきりで技を見てもらった今までと違い、範馬勇次郎の修行運用法だけをヒントに、自力で新たなる技を手にした。という事実がケンイチにもたらしたものは大きい。

 その自信も、ケンイチが目隠しという想定外の事態をすんなり受け入れた事に少なからず起因しているかもしれない。

 車を出す際、宝田が呟く。

 

「私から申し上げられるのはただ一言……生き残ってください」

 

「……は、はい!」

 

 

 

 

 

 1時間、いや2時間くらいは経っただろうか。宝田の声がうとうとしていたケンイチを覚醒させる。

 

「白浜様、お待たせしました。目隠しは外してもらって結構です」

 

 視界が自由になったケンイチは周囲を見回す。既に日は落ち、外は暗闇に包まれている。

 

「宝田さん? ここ、後楽園じゃないですよね……?」

 

「はい。ですがここが今回大会となる場所です。どうぞ」

 

 宝田がリムジンのドアを開け、下車を促す。外に出たケンイチの頬を生ぬるい風が撫で、耳を虫の鳴き声が奏でる。

 ケンイチの目の前に簡単な車止めの金属パイプが置かれたゲートが。その奥には暗闇の中に無数の木々がそびえ立っている。

 

「これは公園……だよな?」

 

 子供の頃、家族に連れられて行った巨大な森林公園によく似ている。宝田から渡された「20」と書かれた小さなナンバープレートを服に縫い付け、ゲートを通り、ケンイチは歩道を抜け森林地帯を慎重に奥へと進んでいく。

 

「選手諸君、聞こえるかの?」

 

 しばらく歩き入り口が大分遠ざかったところで、唐突に声が聞こえた光成の声がケンイチの歩みを止める。

 声質やボリュームからして、どこかから拡声器を通して話しているのだろう。

  

「これより地下闘技場大会を始める。だが諸君、ご察しの通りそこは地下闘技場ではない。

 都内にある森林公園の一つを貸し切らせてもらった。直径1km強の広さを持つこの公園全体が戦場じゃ!」

 

 光成の言葉を聞きながら、ケンイチは己の置かれた現状把握に努め始める。

 夜の広大な隔離ステージでの戦闘と聞いて、かつてYOMIと遊園地で戦った時の事を思い出す。状況は似ているが、照明は公園のほうが比にならない程に暗い。この暗さは確実に戦闘に影響するだろう。

 

「諸君らの視界内には誰もいないからわからんじゃろうが、今ここにいるファイターは24名。自分以外の全員が戦闘不能になった時点でその者の勝利となる!

 生き残るためなら、手を組むも良し、その場にある物を武器として使うも良し、不意打ちも良し。闘いの最中に乱入するも良し、じゃ」

 

 バトルロイヤル形式、それはケンイチにとって大きなメリットとデメリットが混在するものだ。

 ケンイチはバトルロイヤル形式の戦いを一度もしたことがない。この経験不足は確実に影響するだろう。

 だがこのルールなら、ケンイチは無傷のまま叶翔、いや愚地翔と戦える可能性がかなり出てくる。もしこれがトーナメント形式だったなら、1回戦で翔と当たるという偶然でも起きない限り成立し得ないことだ。

 

「ただし注意点が2つある。まず1つ目、逃げ隠れは限度をわきまえるように。

 多人数に襲われ逃げる、などはともかくこちらがあまりにも悪質とみなした場合はその場で失格、更に地下闘技場での地位も危うくなると思いなさい。無論、公園の外に出ても失格となる。諸君らの居場所や行動は赤外線カメラと、渡したナンバープレートに付けられたセンサーにより完全に筒抜けとなっている」

 

 これは妥当、いや当然のルールか。皆が隠れて人数が減るのを待っては、戦いが成り立たなくなる。

 

「そして2つ目、こちらが脱落、戦闘不能とみなした選手に追撃を加えるのもダメじゃ。以上のルールを犯さなければ何でもあり! それでは諸君……準備はええかの?」

 

「っ、もう始まるのか!」

 

 既に必要な情報は伝えられたはずだが、心の準備がまだできていない。だが、そんなケンイチの想いが汲み取られるはずもなく、

 

「それでは……始めィ!」

 

 あっさりと戦いは始まった。一瞬、強烈な殺気、敵意が周囲の暗闇から己に放たれたような感覚に陥ったが、すぐにケンイチはそれを錯覚だと切り捨て、冷静な思考を試みる。

 

「落ち着くんだ……僕が取る行動は限られている」

 

1:戦闘を極力避けて叶翔を探す

2:目立たない場所に隠れる

3:手当たり次第に戦う

4:拠点を設けて来た相手を迎え撃つ

 

 3はまずない。2を選んでも光成を失望させてしまうだけだろう。となれば、翔と戦うには後は1しかない。だが問題は、翔がどこにいるかだ。こればっかりは運に頼るしか無い。

 

「公園の端っこと中央……翔の性格なら中央へ行きそうか? 僕も中央に言ってみるか……」

 

 その時、事態は急変する。

 

「ぐおッ!」

 

「……22番、アンドレアス・リーガン。脱落じゃ!」

 

 近くから聞こえた野太い悲鳴の数秒後、光成のアナウンスが最初の犠牲者を告げる。かつて地下闘技場で死闘を繰り広げたリーガンの脱落に驚くケンイチであったが、それ以上にもっと驚くことがあった。

 

「えっ……リーガンさん? いくらなんでも早すぎる……」

 

 まだ戦いが始まって1分も経過していない。つまりほんの数十秒でリーガンの位置を捕捉してから秒殺をやってのけた人間が存在することになる。

 そして、悲鳴からリーガンの位置はそう遠いわけではなくケンイチとリーガンの選手番号は2つ違いだった。もし、番号順に選手の初期位置が設定されているとしたら――

 

「こ、ここの周辺はなんだがヤバイ気がするぞ」

 

 直感から、ケンイチは早々に中央への移動を決意する。小走りで森林地帯を抜け、キャッチボールやテニスの壁打ち用の高い壁がそびえ立つ広場へと躍り出たところで、

 

「おっ、獲物はっけーん。って、ガキじゃんかよ」

 

「……おそらくこいつが地下闘技場の新顔、白浜兼一だ」

 

 二人の男達と対面する。片方は、ケンイチをガキ呼ばわり出来る筋合いが無いくらい若い。おそらく高校生くらいか。もう一人はリーガンほどではないが十分に大柄と呼べる恵まれた体格を持つ、スキンヘッドの男。どちらもケンイチの知らぬ顔だ。

 二人から放たれる気の力強さから想像するにケンイチより格下という可能性はほぼ無いだろう。

 二人はケンイチとの距離を詰めていくが、お互いを警戒している様子はまるでない。明らかに手を組んでいる立ち回りと言えるだろう。

 

「うわぁ……数が減るまで協力するつもりだよこの人達……」

 

 すぐに元来た森林地帯へ逃げ込もうと考えたケンイチであったが、踏みとどまる。元々ここへは、リーガンを秒殺した謎の猛者から逃れるために来たのだ。この男達がリーガンを倒したのならともかく、もし別人だった場合、引き返してこの男達と謎の敵、両方に挟まれる事となったら生還は難しいだろう。

 

(この人達から逃げつつ、翔がいる可能性に賭けて公園の中央へと行く、それがベストだ。そして一つだけ、この場面を乗り切る策が浮かんだ。漫画で読んだ作戦が通用するかわからないけど、やるしかない!)

 

 決断と同時に、ケンイチは森林地帯から離れ、壁の方へと行く。まずはいつ敵が襲ってくるかわからない森林地帯を背にするリスクを解消するためであった。

 

「おいおい逃げる気か? でもそっちは壁だぜ」

 

 すぐに男達の追撃を受けケンイチは背中に壁、正面に男達二人という最悪のポジションに追い込まれる。だがそれこそがケンイチの狙いだった。二人の一瞬の虚を突くために神経を集中するには、後方を警戒する必要のない壁際が必要だった。

 

「くそっ……奥のもう一人もあなた達の味方か!?」

 

「なにぃ……?」

 

 ケンイチの言葉を聞き男達の顔色が変わる。自分達の背後に誰かがいる、という情報を無視しないわけにはいかない。この戦いがバトルロイヤルだという前提があるから成り立つ、ケンイチの駆け引きだった。

 だが男達はその言葉に明らかな反応こそ見せたものの、ケンイチから視線を外す事はなかった。

 

(そんな、どうして振り向かないんだ? 僕の言葉がハッタリかどうか確かめるために、どちらか一人くらいは振り向くべきだろ! まさか嘘だと見抜かれたのか!?)

 

 想定外の出来事に色々と考えを巡らすケンイチであったが、現実はそれ以上に最悪だった。

 

奇妙(、、)だな」

 

 誰もいないはずの暗闇から声が聞こえる。

 

「私は完全に気配を消していたはず。どうして私が隠れていると見抜いた? ただのカマかけならともかく……気付いていたのだとしたらそれは奇妙だ」

 

 闇からゆらりと男が現れ、手前の二人の間を抜けケンイチの前に立つ。戦闘において不利となるであろう長髪と、幽霊のような静かな気が特徴的な男だった。

 

(な、なんだこの人。気があまりにも静か過ぎる……こんな気、達人でも見たことがないぞ?)

 

「参ったね、私は奇妙が苦手なのだよ。部下達に経験を積ませるために静観するつもりだったが……眼の前の奇妙を摘むためには私が直接戦うしか無いのか」

 

 ケンイチを見ているような見ていないような、うつろな瞳の男がつぶやいた言葉でケンイチは全てを理解する。この3人は生き残るために手を組んでいるのではない。最初から完全なチームとして参加しているのだ。

 

(しまっ……こんなことってあるのか!?)

 

 気付いた時にはもう遅い。逃げ場は無く、正面には敵はケンイチと同格以上と思わしき二人と、更に上と思わしき男が。

 考えるまでもない、絶望的な状況だ。ケンイチは既に間違いなく詰んでいるといって良いだろう。

 

「――1対3でパーティか。よければ私も混ぜてくれないか?」

 

 ケンイチがありきたりな主人公であったら、の話だが

 

 

 

 

 

 




松江名先生新連載始まりましたね。
ケンイチ2では無かったみたいですが。
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