俺の彼女は幼馴染で婚約者   作:トッポの人

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感想にあったのでとりあえずタグに純愛を追加してみました。


第9話

「――――♪」

 

 台所からカチャカチャと食器同士が奏でる音と共に、上機嫌そうな冬夜の歌が聞こえてくる。私は目を瞑り、テレビも点けずに黙って耳を傾けた。

 この歌は彼のお気に入りの歌で、こうして何度も口ずさんでいるのを聴いている内にいつの間にか私も好きになっていた。

 相変わらず誰が歌っているのかはおろか、曲名すら知らないがそれでいいと思う。別に原曲を聞きたい訳ではない。私は彼が歌っているこの曲が好きなのだから、彼に聴かせてもらえばいい。

 

 そうして静かに聴いていれば水の音が止まると同時に、彼の歌も止まってしまった。どうやら洗い物は片付いたようだ。残念だが、今日のコンサートはこれにておしまい。

 

「失礼。ここ、いいですか?」

「――――」

 

 代わりに目を開ければ大好きな彼がベッドに座る私に歩み寄り、声を掛けてきた。

 胸に手を当てて僅かに頭を下げるようにしてこちらを伺う仕草や、いつもとは一転して真面目な表情もその整った容姿と相まってやたらと堂に入っている。

 

「――――ふふっ。急になんだ?」

 

 しかし少し間を置いて、普段の冬夜らしからぬ行動に思わず笑った。

 その瞬間、滅多に見せない引き締まった真剣な表情がふにゃりと柔らかいものになった。いつもの彼だ。

 

「ちょっとカッコつけてみたんだけど……やっぱりダメ?」

「まぁ……そうだな。ダメダメだ」

「あらら、難しいもんだなー……と、ごめんね」

 

 そう言うと彼は枕元で充電していた携帯を見に行った。話している最中に着信が来たからだ。そのままベッドのヘッドボードに寄り掛かりながら携帯を弄っているからどうやら電話ではないらしい。

 

「はぁぁぁ……」

「?」

 

 少し距離が出来て安心したのか、私の口から深い溜め息が漏れた。同時に顔に熱が灯り、心臓がうるさく鳴り始める。

 顔の変化は背を向けているから気付かれていないが、溜め息は彼に聞かれて不思議そうにされた。そればっかりは仕方ない。

 

「うぅ……」

 

 原因はさっきの紳士的な冬夜だ。普段は見せないような表情にくらっと来たのは内緒にしておこう。そのあとに見せた、あどけない顔も大好きだ。

 何とか平静を装って笑ったものの、普段から彼がこういうことをしてこなければ醜態を晒していたことだろう。

 

「ダメなものか……」

 

 今度は彼に聞かれないように小さく呟いた。念のためちらりと様子を伺うも、携帯を弄るのに夢中だ。一先ずは安心といったところだろう。

 ダメだなんて言ったが、まかり間違ってもそんなのはあり得ない。

 

「むぅ……」

 

 しかし、当然不満なところもある。しかもこの男はそれをまるで分かっていないのだ。分からせなくてはならない。…………よ、嫁として。

 

「抜き足……差し足……忍び足……」

 

 私は振り返るとベッドの上を両手と膝をついた状態で歩いていく。未だ携帯に夢中な彼に気付かれないように。

 制服で助かった。部屋着の浴衣であればこう上手くは行かなかっただろう。

 

「抜き足……差し足……忍び、あっ」

 

 静かに、静かに、と音を立てないよう気を付けて歩いているが、正面からそんなことをやれば嫌でも気付かれる。目前まで迫ったところで、遮っていた携帯が退かれて彼と視線が交差した。

 

「……どうしたの?」

「う、ん……む、むぅ……」

 

 いざこうして問われると不思議なもので、やってやると意気込んでいたはずなのに萎縮してしまう。恥ずかしさが込み上げて来る。

 

「ええい、冬夜!」

「う、ぅん?」

 

 しかし、それさえも声を張り上げてしまえば幾分か誤魔化せた。急に言われて冬夜も動揺している。

 この隙を逃すはずがない。続けて言うべき本題もその勢いで押し通せた。

 

「よ、嫁を放って携帯弄りとは何事だ!」

 

 そうだ。あれだけのことをしておきながら、この男は素知らぬ顔でのうのうと携帯を弄っている。悪戯で動揺させられたこちらの気持ちも考えないで。何があっても許されることではない。

 

 こちらの言い分に目を瞬かせてから彼は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「ごめんね。ちょっと盛り上がっちゃって……」

「問答無用! 成敗してくれる!」

「うわぁ!?」

 

 ヘッドボードに寄り掛かる冬夜に後などなく、私からは決して逃げられない。言い訳をしようとする彼に私は飛び掛かった!

 

「ど、どうだ!? 参ったか!」

「んー、何のこれしき。まだまだ根はあげんぞう」

 

 彼の背中に腕を回してぎゅっと締め付けるように身体を密着させれば、まだまだ余裕そうな表情と間延びした声が聞こえてきた。

 反撃とばかりに優しく頭を撫でられる。緩みそうになる頬を見られないよう、彼の首元に顔を押し付けて隠すと横からくすりと小さな笑い声が聞こえてきた。

 

「耳赤いよ」

「う、うるさい!」

 

 そんなやり取りもしつつ、暫く密着したまま彼の優しさと体温を味わっていれば口が寂しくなった。

 首元から離れてそっと彼の顔に近付ければ、察してくれて目を閉じてくれる。正面から彼に寄り掛かっているので動くなら私からするしかない。

 いつもとは真逆の立場にどぎまぎしながらも、私からする初めての口への行為は無事に成功した。

 

「では一言感想なんかを……むぐっ」

 

 ふざけ半分に訊ねてきた彼にもう一度口付けを行ってから感想を言うことに。

 

「これ……いいな。私から好きなだけ出来る。んむっ」

 

 言うや否やまた唇を押し当てる。別に今までが物足りなかった訳でもないが、私から出来るというのは非常に魅力的だ。それに何より彼に愛情を示せるのが大きい。いつも受けてばかりだったから私からも与えたかったのだ。

 

 その後も私が着替えるまで抱き締め合ったり、顔を埋めたり、口付けしたりとしていた。何度も、何度も。

 

 

 

――――――

 

 

 二人とも風呂も課題も済ませて、あとは寝るだけとなった私達はまたベッドの上でくつろいでいた。

 冬夜がヘッドボードに寄り掛かり、そこに私が背中から寄り掛かるような形。後ろから抱き締められているような姿勢で。

 

「次いいか?」

「いいよー」

 

 了承の返事を聞くと、私は彼が持っている小説のページをめくった。読んでいるのは推理小説で、彼と相談して二人で購入したものだった。その時書店の人に唖然とされていたのは何だったんだろうか?

 

「うーん……」

「むぅ……」

「「ぷふっ」」

 

 目の前で展開される謎に二人して唸り声をあげる。全く同じタイミングだったのでこれまた二人して笑ってしまった。

 

 これを読んでいく際に一つだけルールがあり、読む時はいつも二人一緒で、気になっても一人で勝手に読まない。ただそれだけ。

 それと読むのは共同作業で、この体勢で彼が両手で持ち、私がめくる。一冊の小説を二人で読むというのも中々良いものだ。それにこの体勢もいい。

 

「…………」

「はいはい」

 

 こうして彼の左肩に後頭部を乗せるのがサイン。そうすれば彼は私の意図をしっかり汲んで嬉しそうに唇を重ねてくれる。

 

「む?」

「どうしたの……って、ああ」

 

 その時、ふと彼の携帯が着信を知らせる点滅をしているのに気付いた。冬夜も私の視線を追い掛けてそれに気付く。

 

 だが一向に見ようとしない。私が構え構えと言ったせいか。私から言ったことだが、さすがに彼の交遊関係を壊すなんてことはしたくない。

 

「そ、その……携帯はいいのか?」

「んー? いいの、いいの。ちゃんと連絡取り合ってた皆には言っておいたし」

 

 恐る恐る訊ねるとニッコリと微笑んで彼はそう言う。

 ……少しだけ、ほんの少しだけ嫌な予感がした。でも聞かずにはいられない。私が起こしたことなのだから事の顛末を知っておく必要がある。

 

「……何と言ったのだ?」

「お嫁さんとイチャついてるから今日はもう返事出来ないよって。ほら」

「あ、う……うぅ……」

 

 恥ずかしげもなく、あっけらかんと言う。更には証拠としてグループで会話していた内容も見せてきた。本当に今言った通りのことが書いてある。その後の冷やかしもセットで。

 私には耐えられなかった。顔を手で覆い隠すことで熱が取れるのを待つことに。

 

「あははは。今週姉さん達に報告しに行くのにこれじゃ先が思いやられるなぁ」

「誰のせいだと思ってるんだ……」

 

 その通り、今週の土曜日に冬夜の実家へ行くことになった。まだ伝えてなかったが、そこで千冬さんと一夏に私達が付き合っていることを正式に伝えるらしい。それと、その……け、結婚を前提に付き合っていることも。

 昔から冬夜はのほほんとしているが、やると言ったら本当にやる男だった。だから今回もそういう場を設けて言うと言った以上、本当に言うのだろう。

 

 私との将来を真剣に考えてくれているのが嬉しい反面、私なんかで本当にいいのだろうかと不安で仕方ない。

 彼は何を言っても笑顔で応えてくれるし、特に再会してからというもの彼に甘えてばかりだ。

 一応、部屋の外では甘えないようにしているが、あの千冬さんのことだ。私達の生活なんてきっと見透かされている。これではいけない。こんなにもだらしないのでは彼の嫁として認められないだろう。頑張らなくては。

 

「よし、決めたぞ!」

「う、ぅん? 何を?」

 

 ぐっと握り拳を作り決心。意気消沈していたのが突如として元気になったのに戸惑いつつ彼は訊ねてきた。振り返って彼と向き合う。

 長くなりそうだと察した彼は持っていた小説に栞を挟んで、脇へと置いた。

 

「うむ。だらしないままではもしかしたら千冬さんに恋人として相応しくないと言われるかもしれない」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「かもしれないで充分だ」

 

 やはり冬夜はのんびりしている。危機感が薄いのだ。そこがまぁ……良いところなのだけども。だがそんなこと今は言ってる場合ではない。

 

「そこでだ! せめて千冬さん達に報告するまではこの生活を改めようと思う!」

「……具体的にはどうするの?」

「そうだな……」

 

 問われて日頃の生活を思い浮かべてみる。

 朝はベッドの中で抱き合っておはようのキス。出掛ける前にもだ。お昼も食後に。彼が帰ってきてからもするし、なんなら課題が終われば延々としてる気もする。そして寝る前のおやすみのキス。

 うむ、まずはここからだろう。

 

「まずはキスするのと抱き付くのを我慢だ」

「えー。しちゃダメなの?」

「ま、全くしない訳ではない! 少しだけだ! だから朝と寝る前はしても大丈夫だ!」

「あ、そうなんだ」

 

 その言葉に安心したのか、不満そうな顔が少しだけ収まった。

 

「それと一緒に寝るのも我慢しよう」

「あ、それもか。うーん……」

「何だ、不満か?」

「不満というか……うーん……」

 

 続けて一緒に寝るのもと言うと珍しくあからさまに難色を示す態度を見せた。

 そもそもは私からの提案とはいえ、彼も喜んでいてくれたから色々と思うこともあるのかもしれない。

 

「……箒」

「な、何だ?」

 

 うんうんと唸っていたかと思えば、真剣な表情で話し掛けてきた。また胸が高鳴る。我ながら単純なものだ。

 

「頑張ると無理をするは似てるけど、違うからね?」

「?」

「辛かったらいつでも助けるから」

「……ああ、分かってる」

 

 またふざけるのかと思ったが、意外と真面目な話だった。

 わざわざそんなの言われなくても分かっていた。彼は私を誰よりも見てくれているから、誰よりも早く助けに来てくれる。昔からそうだ。そこに関して疑う気持ちなんて微塵もない。

 

「で、ちなみにそれ今からやるの?」

 

 瞬間、ピシリと固まった。計った訳ではないが、私が次に言葉を発するのにたっぷり十秒は要しただろう。

 

「……あ、明日からにしよう。だから今日は大丈夫だ」

 

 今日からやっても、もうあと三十分で就寝時間だし、効果は薄いし、その上区切りも悪い。ならば明日からにした方がいいだろう。断じて今日行った彼との行為が物足りない訳ではない。

 

「りょーかい」

 

 彼は両手を広げて、じゃあおいでと態度で示す。何となく見透かされている気がして悔しかったが、他ならぬ彼ならそれもいいかもしれない。私は再びその腕の中へと戻っていった。

 

 




初の二部?構成です。
次回に続きます。
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