無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第102話_間話_得失

--- 勝利者と敗北者。誰かが敗北から学ぶ時、その裏で勝利に惑う誰かが居る ---

 

夏が過ぎ、秋迫るシャリーアの朝には今日も剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。

 

「「ッ」」

 

両者の木剣が互いに斬り結ばれるや否や弾けて間合いが作られるも、息を吐く間もなくエリスが動く。

パウロの間合いへと走り込んだ彼女は牽制のために差し出された剣の切っ先を軽く打ち払う。

 

それに対してパウロは無理に抵抗しない。その力を利用してカウンターを返すつもりだった。

もう1年、打ち合いを通じて体内の闘気を練り、関節に纏わせて限界を超えて柔軟に撓ませることを覚えたパウロの今できる最高の『流』が打ち払われた木剣の威力を倍加して返す。

 

いや返そうとしたが、その反撃は空振りに終わる。

そこにエリスが居なかったのだ。

打ち払いを受けて、力が反射されるよりも早くエリスは動いていた。

 

パウロは信じられないモノを見たと思った。

いや、見れなかったと思った。

それでも何がどう起こったのか?という事象分析をパウロの脳は行わなかった。

エリスの次なる攻撃に対応するために、無防備な状態を晒し続ける事を彼の身体が拒否したのだ。

視界の外へと出たエリスを追って後方へと振り返る。

左……いや右にエリスは駆けて行った筈。

どちらに消えたかすら曖昧だったが直観に従って右向きに。

 

残念ながら彼女はそこにいなかった。

そう理解したと同時に足が浮く。

身体が投げ出され、受け身だけは何とか取りながら地面へと倒れ込む。

気が付けば鼻柱に木刀を突き付けられていた。

 

エリスは反撃されるはずの剣を一度捨て、視界の外へと回り込んだ後、信じられない筋力と闘気の運動性能で勢いを殺してしゃがみ込み、振り向き様のパウロに足払いを掛けた。これが決まり、倒れたパウロの横で木剣を拾い直してから突きつけたのだ。

 

「勝負あったわね」

「完敗だ」

 

いつもは勝敗を口にしないエリスが勝利を口にした。一方のパウロもエリスが言うのとほぼ同時に負けを認めていた。

 

 

--ルディ視点--

 

2人が勝敗を口にした意味を俺は理解する。

 

「父さま」

 

「どうしたルディ」

 

そんな会話が繰り広げられるのは朝の支度が終わる頃、仕事に出かけるパウロを彼の自室の前で呼び止めての事だ。

普段は妹達の登校時間に出掛けるはずのパウロがだらだらと朝を過ごして、その機会を逃したせいでもある。

 

「今朝の試合、横に倒れた瞬間に右手で着地しようとしてましたね」

 

残念ながらその右手は存在しない。

右肘から先は失われてしまっている。

 

「お前の目は誤魔化せねぇな」

 

その呟きには敢えて反応しない。

反応する事が意味のある結果には繋がらないのは明らかであるが故に。

そうしないでいる俺にパウロは続ける。

 

「たぶん気が動転しちまったんだろうと思うんだ。

 それくらいエリスの動きは予想外だった。

 で、倒れる瞬間になぜか右手があるような気がしちまった。

 実践であぁいう状況になったら命は無かっただろう」

 

だから負けを認め、エリスに対して余計な言い訳をしなかった。

――ということだろう。

 

そんなパウロの気持ちを吐き出させようとしたのではない。

むしろこうして息子に弱音を吐露するのは辛いに違いないのだ。

だからパウロの心情はこの際、無視する。

言外に伝えたかったことも気付かないフリをして自分が話しかけた理由に集中する。

パウロはあれを理解していないが天性の勘の良さが咄嗟にそれを行おうとした。

だが闘気を得る時のように無意識の行動では、あれを成功させるのはほぼ不可能だ。

だからここで勘違いと判断してしまうのは惜しい。

糸口を見出して鍛錬していけば、あれはパウロの奥の手と成り得る。

だから次の言葉が出て来た。

 

「気のせいにしてはいけません」

 

口にした自分でも少し言い回しが不自然だっただろうと思う。

だから目の前の顔には不理解が浮かんでいる。

そこへゆっくりと言葉が染みこむように紡いでゆく。

 

「あの瞬間、父さまの闘気は存在しない右手を形作っていました。

 それはただのイメージではありません。

 父さまの脳が勘違いするほどの現実の存在だったということです」

 

「本当に闘気の右手があったんなら、俺は無様にすっ転んだりしてねぇだろ」

 

「地面を掴む前に仮の右手は消えてしまいましたから。

 右手を信じ、十分な闘気を集めてはじめて機能するでしょう。

 それには今少しの鍛錬が求められます」

 

「練習しろっていうのか?」

 

「父さまがどのように鍛錬するかを僕があれこれ口出す必要はないと思いますが」

 

パウロの顔はそこで少しだけ生気を取り戻したように見えた。

 

「なんつーか。

 お前の励まし方って、まぁいいか」

 

そう呟いてパウロは自分の頬を両手で叩く。

 

「よし、仕事してくるわ」

 

パウロが少しはにかみながら階段を降りて行く。

……確かに俺は今まで具体的なアドバイスをして来なかった。

今回のもフォローであってアドバイスとは呼べない。

それでもパウロの闘気の扱い方はぐんぐんと伸びている。

エリスと打ち合う事が良い刺激になった事、もしくはブエナ村で死にかけた事、その両方によって克服した可能性があり得る。

 

--

 

同じ日の夜。

食事も終わって風呂に入るまでの僅かな団欒で。

 

「ねぇねぇ、おにぃちゃん。

 ムーンシャドーって知ってるー?」

 

訊いてきたアイシャに、「むぅんしゃどぉ? 知らないなぁ」と無難にとぼけて見せる。

するとアイシャは隣に座るノルンに、

 

「ほらねー。

 やっぱ知らないってー」

 

と話を振った。ノルンはそれに応えて「うん……」と頷く。

どうやら情報源はノルンらしい。

とするなら詳しい話はノルンに聞いたら良いのだが、当の本人はいつまでも話し始める様子はない。

見かねたアイシャが「ほらノルンねぇ早くっ」と急かして漸く、

 

「あのね。学校の友達がね。

 謎の冒険者がいてね。

 色んな困ってる人を助けてくれるんだって」

 

とたどたどしく説明する。

アイシャの情報源はノルンで、ノルンの情報源は同級生という事らしい。

状況を理解した俺はやや興味を示しつつの反応を演じていく。

 

「それがムーンシャドー?」

 

訊ねると、ノルンは「うん」と頷く。

アイシャはノルンの説明が足りないというのを理解して、

 

「でも一撃でラスターグリズリーを倒したアサシンだったり、どんな病気でも直してくれる治癒魔術師だっていう人もいるの」

 

と補足する。既にアイシャは事前にノルンから話しを聞いたのかもしれない。

 

「へぇ。そりゃぁ不思議な人だなぁ」

 

「お父さんにも聞いたんだけど、知らないからおにぃちゃんに聞いてみなさいっていってたんだー」

 

「そっか。父さまも知らないならお手上げだな」

 

「ねねね、おにぃちゃんより魔術が強かったらどうする?」

 

「逃げるッ!」

 

「えー。闘ってみてよぉ」

 

「嫌だよ。

 ケガしたら痛いだろ?」

 

「そうだけどさぁ。

 学校の皆はおにぃちゃんの凄さが全然わからないんだもん。

 あたしなんだか悔しいよ」

 

「凄くない方がいいさ。

 な、ノルン」

 

「う……? うん。

 そうだね」

 

「ほらみろー」

 

「むー」

 

 

--パウロ視点--

 

店じまい間近の店内には開け放った窓枠から入る陽光が眩しく差し込み、爽やかな夕暮れを感じさせる。

そんな風情を破るようにチリンチリンチリンと、店の入り口扉に備え付けた呼び鈴が鳴る。

それは扉が開くのを店内に知らせるための物だ。

 

「いらっしゃ……」

 

と言いかけて、入って来た客の存在感が室内を粘性の高い異様な空気へと変化させたことに身構えた。

 

フードを目深に被った男。

背丈は自分と比べて明らかに低い。

ルディやエリスとそれほど変わらない、小柄な男だろうと当て推量しながら真っ直ぐにカウンターへとやって来た男を見る。

密かに左手に剣を握りながら。

 

男が店内の商品には目もくれず、無言でカウンターの前に立って懐に手を突っ込んだのを見るに、攻撃に対応するべく剣に闘気を纏わせる。

また息子に関係する襲撃者か? 戦力が分断されているときに攻撃するつもりなのか?

店に来た不審人物の一挙手一投足に精神を集中させながらも、雑念が頭の中で渦巻いていた。

 

しかし次の瞬間、男が懐からだした小さな物が何かを理解した。

 

「指輪?」

 

「この店は魔力付与品の鑑定をすると聞いて来た。

 この指輪の鑑定を頼みたい」

 

こぼれた質問に返された答えに緊張を半分だけ解く。

なんだ客か。

それでも半分の緊張は残しておく。

油断を誘っておいて、首をひと薙ぎ。それが出来なくもない異質な気配を感じる。

どこぞのアサシンかというような低くくぐもった声だなと考えつつ、カウンターに置かれた指輪を目の前に持ち上げたり、持ったまま手首を回して全体を確認してみる。指輪の鑑定は難しいんだが。

 

「どこの出物か訊いても?」

 

「バシェラント公国の西、山脈の麓にある迷宮で出た」

 

「へぇ」

 

「鑑定できるかできないのか」

 

「手付金でアスラ銀貨1枚。成功報酬でさらに銀貨7枚だ」

 

「良いだろう」

 

「なら3日後に来てくれ」

 

「……わかった」

 

男は手付金を置いて店から出て行った。

殺気は無かったがもう少し普通の格好で来てくれないか。

 

--

 

3日後。

 

「え? お父さん!」

 

いつもは駆け寄ってくるノルンが学校の門の所で立ち止まった。

 

「よっ」

 

俺は"右手"を上げて無理もないかという想いでほほ笑んだ。

ノルンの横をアイシャがすり抜けて行くと、はっとしてノルンも駆けだすのが見える。

 

「どうしたの? その右手」

 

アイシャは治ったばかりの右手には抱き着かなかった。代わりに腰へとタックルを掛けて抱き着く。

そんなことではびくともしないのを見せつけて。

治ったばかりの手でアイシャの頭を撫でてやる。

 

「すごい! すごい!」

 

ノルンも遅れてやって来ると、アイシャの頭を撫でていた手を無思慮にベタベタと触っては驚いている。

 

その様子を周囲の学生が遠巻きに見ていた。校内に戻り、教師を呼びに走って行った者もいる。

アイシャの言葉やノルンの驚きようが無かったとしても周囲の者達は驚いていただろう。

地元の学生が家路に着くとき、この半年の間に幾度となく見ていた光景に大き過ぎる変化があったのだから。

 

周囲の認識では、ノルンとアイシャの父親は隻腕の男だったはずだ。

元々はアスラ王国の地方の騎士でグレイラットという傍系ながら貴族の男という話を彼女達がしたかもしれない。

娘達と会話したことのある者達の中には俺がSランクの元冒険者だと知っている者が少なからず居て、冒険者に興味のある学生に声を掛けられる事もあった。

 

そんな彼らの様子は俺の変化に気付いていた。

昨日まで隻腕だった男が突然腕を生やして現れれば、王級以上の治癒魔術師による治療魔術を受けたと判るだろう。

きっとこの町には今、ラノア魔法大学では学べない、ミリス神聖国が独占し、各国が秘匿しているはずの魔術を使う魔術師がいるのだと知れたはずだ。

そんな学生の1人、獣人の男が俺に近づいて「なぁ、あんた」と呼びかけてくる。

首を巡らして「何か用か?」と応えると、

 

「ラノア魔法大学はきっとあんたの力になってくれると思う」

 

と言葉にした。

むしろ探りを入れに来る側だと俺は思うのだが。

俺が黙っていると、

 

「その腕を治してくれた奴について国から調査が来るだろう。

 受け答えには注意した方が良い」

 

と新たに人族の男が近寄って来て説明する。

だとしても、

 

「俺は正直に答えるだけだ」

 

と力強く笑う。

獣族と人族の男2人は顔を見合わせて、

 

「まぁあんたみたいな歴戦の冒険者なら心配いらないか」

「そうみたいだな。水を差したみたいで悪かったな。おっさん」

 

と言って去った。

 

「おっさんって」

 

ないよな。

 

 

俺のショックを知ってか知らずか。

家に帰ると娘達は「おっさん」の歌を自作して歌い合っている。

そんな子供達はお気楽で良い。放っておいても害はない。

息子夫婦も治った事を喜んでくれた。エリスがニヤリとほほ笑んだのだって構いはしない。

最後にゼニスとリーリャが順番に子供達の騒ぎを耳にしてやって来ては随分とほっとした様子だった。

裏を返せば永らく心配をかけていたという事だ。

 

娘達を久しぶりに二人同時に抱き上げた時は何とも感慨深かった。

今日は嫁を抱く時にも同じように感動があるだろう。

明日になれば鍛錬でも良い動きが出来るに違いない。

ラノアに来て

 

「仕事始めて本当に良かった」

 

風呂場で一人、俺はそう呟いた。

 

--

 

日常生活において片手で苦労していた事はいくつかあった。

ナイフは食事で使えず、小さいボタンの服を着るのは難しく、左手の爪を切ることが出来ない。

それらが自分で出来るようになったのは俺を浮かれさせた。

 

が、朝練のために両手で剣を構え、剣を一振りしてそれまでの浮かれ気分はどこかへ行ってしまった。

俺の右手として再生された物。

それは俺の右手ではなかった。

いや、これが俺の右手だったのかもしれない。

だがそれはどういう原理で行われた物なのだろうか。

魔術師でない俺にはさっぱりわからない。

この1年。俺は剣士として成長したように思う。

だがその経験値が俺の治った右手には存在しない。

 

「やるわよ」

 

少女の笑顔。

待ち焦がれていた者が漸く来た獲物に期待を膨らませた顔付き。

 

「……いや」

 

俺の答えに既に構えを取っている彼女の木剣が揺れる。

 

「何よ」

 

彼女の期待に応えるには……今の俺は不十分だな。

 

「暫く止めておく」

 

「右手が治ったんだから強くなったんでしょう?」

 

「残念だが、まだ違和感がある」

 

「あら、そうなの」

 

エリスの顔に失望が浮かぶと共に木剣の切っ先が下げられる。

そして彼女は息子の方へと歩いて行った。

そんな彼女の行先を見送る事なく、俺は自分の右手を握り締め、もう一度広げて両手で剣の柄に戻す。

聖級剣士の身体に上級剣士の前腕を取り付けた、その違和感が拭えない。

身体を慣らしていかないとダメだ。

 

「おじ様が相手してくれないんだけど」

 

「また戦い方を戻さなきゃいけないし、腕に違和感があると思うよ。

 直ぐには全力で動き回れないだろうね」

 

「そういう物なの?」

 

「魔力による肉体再生っていうのも万能じゃないみたいだね。

 全力勝負を挑みたいならもう少し後にした方が良いかな」

 

「ならそれまではルディが受けてよ」

 

「構わないけど。

 僕は僕で鍛錬したいことがある。

 だからアドバイスは無しだよ」

 

「判ってる!」

 

離れた所で交わされた息子達の話声が聞こえ、打ち合う姿が見える。

その時点で俺は集中できていないと気付いた。

(かぶり)を振って剣だけを見てもう一度、剣を振った。

 

まごつく。

どうにも片腕だったときの闘い方、バランスの取り方、そういうのに慣れ過ぎてしまっている。

その癖が悪さしている。

 

ならば手首の使い方を繊細にせねばならない水神流は難しいだろう。

北神流で使う体術、剣神流による肉体を1個の剣とする感覚。

そこから1つ1つ覚え直していくしかない。

 

 

朝食を挟んで今日は仕事を休んで剣の鍛錬をするべきだと俺は思っていた。

それほどまでに集中していた。

だがそれに水を差す者はいる。

 

「父さま」

 

「ルディか」

 

「仕事に行った方が良いですよ。

 というか行ってください」

 

「家族を護るための鍛錬。今やっておくべきだと思う。

 ホテイさんには悪いがなっ」

 

言いながら身体を動かす。

 

「お気持ちは分かりますが、それでも行ってください」

 

息子の言い募り方に疑念が湧く。

剣を降ろして話を聞く体勢へとなってから「何かあるのか?」と聞いてみる。

 

「その腕を治した男について、おそらく今日、魔術ギルドかラノア王国から使者が来て尋問を受けると思います。

 不自然な行動を取ると暫くは監視対象に置かれると思いますから、なるべく普段通りの生活をするべきです。

 いつもより普段らしくと言った方が良いかもしれませんが」

 

「あぁ……ゼニスからそんなような事は聞いたな。

 王級だか帝級だかの治癒魔術は門外不出。

 各国は喉から手が出る程欲しい筈だって話だったな」

 

「昨日話していましたけど、店に来たお客が治してくれたのですよね?」

 

「あぁ。フードを目深にかぶった小柄の男だった。

 いや男だったと思うがはっきりしないな。

 まぁその辺りはもう意味が無いと思うぜ?」

 

「なぜです?」

 

「客は俺に魔力付与品の鑑定を依頼したんだ」

 

「ええ」

 

「その鑑定したブツは変化の指輪だった」

 

「見た目が変化するアイテムということですか。

 それはまた凄い逸品ですね」

 

「だろ?

 だからよ。俺の話を信じて人相書きを作っても相手は変化の指輪で変化(へんげ)しちまうんだ。

 意味ねーよ」

 

「なるほど。その人を探すのはほぼ絶望的、という訳ですか。

 だとすると魔術について聞かれると思います。

 例えば、魔法陣によって回復したのか、詠唱魔術によって回復したのか」

 

「魔法陣だったな」

 

「その魔法陣の図柄を見ましたか?」

 

「何となくは見たが、はっきりとは覚えちゃいねぇよ」

 

「そうですか。

 ちなみに切断面には何か痛みは?」

 

「あったあった!

 変な薬を塗られてよぉ。煙が出て来たと思ったら魔法陣が黄色く光って腕が生えて来たんだ!」

 

「ということは使用したのは王級以上の治癒魔術の魔法陣。

 肉体再生のために一旦安定した肘の切断面を何らかの薬を塗布することで不安定状態にした。

 使用すると煙が出て対象には痛みを伴う訳ですね。

 魔法陣の励起光は黄色だったと」

 

「何か不味いのか?」

 

「いえ、そういう事なら問題ないでしょう。

 だいたい同じ事を訊かれると思います。

 魔法陣の図柄については絵を描かされるかもしれませんね。

 まぁ、そういう訳ですから仕事には行ってください。

 お願いしますよ」

 

「判った。判ったよ」

 

ルディの言った通り、その日の内に仕事場にラノア王国の魔術結社『パラ・ギルド』職員と魔法大学教師のジーナスが現れた。

ジーナス教師は娘達に便宜を図ってもらっている関係上良く知っている。

恐らくは『パラ・ギルド』側との橋渡しをするために仲介役として来てくれたのだろうと理解する。

訊かれた事は概ねルディの話と合致したが、ただ一点。

 

「魔術師のお名前は?」

 

「知らないね。

 鑑定の依頼に名前や住所は必要ない。

 手付金と預かり物があって取りに来なければ損するのは客だからな」

 

「ふむ」

 

「ただ、本人が俺の腕を治してくれた時こう言ったんだ。

 『もし誰かに治癒魔術のことで名前を訊かれたら……』」

 

「訊かれたら?」

 

「『ムーンシャドーと答えて欲しい』と。

 ぶっちゃけそれは本名じゃないだろうがな」

 

というのは息子が事前に確認した事には無いやり取りだった。

 

--

 

そして2週間が経った。

心配していた右手の違和感も漸く薄れて剣神流、北神流の動きに違和感はない。

これなら水神流の動きも出来るはず。

 

「エリス、今日からまた手合いを頼むぜ」

 

「え?

 もういいの?」

 

「あぁ。頼む」

 

「判ったわ。

 ルディ、そういう事らしいから」

 

「ええ。

 2週間程ですがエリスを鍛えておきましたので存分に打ち合えますよ」

 

「へぇ。そりゃ楽しみだな」

 

剣を構えると、間合いの外でエリスも構え、すぐさま突っ込んでくる。

おいおいいきなり全力かよ。

 

迫りくる彼女の上段振り下ろしに合わせて、両手で握った木剣を横一文字にして受けると同時に引く。

刹那の間に肘と膝をクッションにし、足首まで力が伝わったところで逆に踏ん張り、押し返す。

自分の力も載せながら手首を返して相手の手首がロックするように剣を動かそうとしたところで、スルリとエリスの木剣が逃げていく。

 

『流』が決まらずに終わる。エリスの剣速が2週間前に比べて小指の爪半分程速いか。

しかし体勢は十分。そのまま足を踏み出して縦に打ち込み、『光の太刀』まがいで追いすがる。

エリスはその俺の剣線を見ていた。俺の剣の先から柄へと彼女の目が動いた気がした。

 

まずい。

そう思った。思った瞬間にエリスの左拳が剣を握っていたこちらの手を強かに殴りつける。

闘気を纏った拳の威力に抵抗すれば剣ごと身体が持ち上げられただろう。

空中で無抵抗に斬られる訳にはいかない。

右手は剣から離れ、1年間やって来たのと同じように左手だけで剣を持つ。

剣を失わず、かつ身体が持ち上げられることからも逃れた。

剣を片手で持つことは両手で持つよりも可動範囲を広くできる。

腕だけの円運動で威力を殺し、仕切り直し。

 

攻め手はまだ俺だ。

右脇元からの突き。

これもエリスは剣で受けず、右へと身体を捌いて躱される。

さらに追撃の右への払い。

エリスはその払いに剣を重ねて来た。

これは『流』に持ち込めない。

彼女はそこを理解していると判る。相手も俺もここからの『流』が間に合わない確信を持っている。

 

駄目だ。

その感覚は正しい。逃した剣が牙を剥く。

右から左から、強烈な『光の太刀』が叩きつけられる。

防戦一方。寸でのところで剣線を読み取り、こちらの剣を滑り込ませるのがやっとだ。

何度打ち付けられたか判らぬ程の苛烈なラッシュ攻撃。

 

エリスの攻撃が対応できないレベルで鋭い。

この2週間で対応不可能なステージに彼女の剣は到達した。

決して俺が弱くなったとか、右手の違和感やそれを慣れさせる努力が足りなかったいう理由ではなく、エリスは強くなった。

 

その理由。

俺の拙い水神流の魔力感知がエリスの動きの兆候を捉える。

移動の時は足に、攻撃の時は腕から剣の先までが強く反応する。

それはつまり。

 

まさか闘気を部分的に切り替えている?

接近のために足に纏っていた闘気を一部開放し、攻撃のタイミングでは剣を振る為に上半身で練り込み直し、また纏っている。

剣を振り切ったら、また足で闘気を纏う。

そんなのアリか!

 

俺に同じことが出来るか?

見ただけで真似が出来るとは思えない。

この速度にどうやって対応すれば良い?

 

一刀、一刀が撃ち込まれる度に刹那の時間が削り取られていく。

遅れる動作。遅れる分だけ対応に掛かる動作を急がなければいけない。

それに加えて思っているよりも相手の剣が手元まで伸びてくる。

伸びてくる分だけ手首の使い方を滑らかに。それが出来ていないからダメージが蓄積していく。

埋められない差。

 

握力は弱まり、あらゆる関節が悲鳴を上げる。

遠い昔に親父にしこたま剣で打ち据えられた時の事が頭を過る。

限界を示すように切っ先がふらついたところで。

 

「そこまで」

 

息子の声で手合せは終わった。

完敗だった。腕が治る前、あの時の負け以上の完敗。

 

――くっ。

家の外壁にもたれるとルディが治癒魔術を唱えてくれた。

全身を覆っていた痛みが消え、疲労と心の傷だけが残る。

 

「あれ、お前が手ほどきした訳じゃないよな」

 

口にした言葉が自分でも惨めだと理解する。

 

「あれとは?」

 

だがそう訊き返されれば答えぬ訳にはいかない。

 

「移動と攻撃、その瞬間に闘気を切り替える方法だ」

 

「まさか」

 

ルディは否定する。

 

「どこかで似たようなヒントを口にした覚えは?」

 

「エリスが見ている前で同じようなことをしたことはありますが。

 でも何も説明しませんでしたし、それも4年前の話です。

 近頃の鍛錬で彼女に伝えようと思った憶えはないですね」

 

「最近の話じゃないのなら……ならあれを自分で思い付いたってことかよ」

 

エリスが一気に成長したのは息子との鍛錬のせいではない(・・)

俺の目の前でただ打ち合っていただけなのは判っている。

それに息子が4年前にヒントを与えたせいでもない(・・)

 

だとすると、彼女を変えたのは想いだ。

右手が戻れば俺がエリスに勝てると思っていたのと同じようにエリスは想っていたのだ。

俺の右手が戻ればエリス自身は負ける、と。

その危機意識がたった2週間の間に彼女を変えたのだ。

勝つためにどうすれば今より速く走れるか、今より速く剣を振り下ろせるか。

急に強くなる相手にどうすれば……。

 

俺ならきっと諦める。

ズルをする相手に勝ちようがない。

だが、彼女はきっと諦めなかった。

 

 




次回予告
非情報社会においては
知っていることは僅かで、
知らないことが山ほど。
紛争地帯はこれまであまり
関らなかった故に特にそう。

次回『ダブルエス』
まだ見ぬ強敵の気配。
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