無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第104話_別線

--- 豆屋探してるのはあんたか? ---

 

米と鶏卵、煮炊きに必要なザルと薪を買い付けてからルード商店に戻る。

ワイバーンでルード商店を切り盛りするのは短髪に吊り上がった眉、赤らんだ顔はいかつく頑固おやじ然とした様相をしている男、精霊召喚で生み出したビシャモンだ。

そんな男が住む自宅兼店舗の裏口直ぐに台所スペースはある。

 

ビシャモンは精霊の集合体。

人間のようにみえるが活動に必要なのは魔力であり、食事を必要とはしないので店舗の改装時に新調した台所はその後一度も使われること無く埃を積もらせていた。

各店主精霊に建物中の掃除を指示しておいても問題がないのだから、今後はそのようにするのは良いとしてまずは掃除だ。

 

そう考えて掃除道具を持ちだした俺に「箒で料理を作るのですか?」と問いただしたロキシー。

「いえ、まずは台所の掃除です」と答えると、「その間、私達は何してればいいわけ?」とエリスが聞き返してきた。

頭に浮かんだのは観光でもしてきたら、という答えだったが。

それは叱られる気がして喉の奥に収めたまま、

 

「じゃぁ、掃除を2人に頼んでも良いですか?

 僕は料理を始めるので」

 

「ええ、もちろんです」

「当然でしょ」

 

と作業を分担した。

箒をエリスに手渡してから、埃が飛んでこないように裏口外でザルに米を開け、魔術で創った水を垂れ流しながら米を研ぐ。土魔術を駆使して飯盒(はんごう)を作ると研いだ米を一食分ずつ入れて水で満たし、暫く水に()ける。

 

女性陣の掃除が終わる頃、かまどの上に網を乗せてからその上に飯盒を乗せ、かまどに火を入れる。

ここからは時間管理だけ、必要な時間に飯盒を火から降ろせば良い。

だからロキシーに砂時計を渡した後、俺は転移ネットワークを経由して単身ビヘイリル王国へ跳び、地元ではミソと呼ばれる液体―醤油―を買い付けて蜻蛉返り。

 

俺が戻った時にはもう飯盒は網から降ろされ、台所には炊きあがった米と火を消したかまどから漂う薪の燻った匂いの混ざった物で満たされていた。

そのまま蒸らして頃合いを見たところで軍手をした手で蓋を開ければ、その瞬間に顔面で感じた湯気で一気に唾が喉を鳴らす。

飯盒の中から現れたのは黄色がかった宝石。

サナキア米は若干黄色いのが残念だが、これでも十分に食欲を喚起する。

 

手製のしゃもじで同じく手製の3つの茶碗に掬う。

俺自身のは大盛りだ。食べきれない不安は一切無いと思って頂こう。

テーブルに3人分の茶碗と生卵。

彼女らにはスプーンを、俺自身には箸を配膳して準備は全て整った。

 

戸惑う2人をテーブルに座らせて、

 

「一応、後で解毒魔術を掛けますから安心して食べてください」

 

そう言っただけ。後は無言で作業に入った。

まず茶碗の中の湯気を燻らせる大地に窪みを作り、窪みにめがけて満月を落とす。

月に箸を差し込んで一様になるまでかき混ぜ黄色の海を作り、さらに黒いインクを垂らして世界は完成に至る。

俺はかき混ぜてから醤油を垂らす派だが、醤油を垂らしてからかき混ぜてももちろん良い。

自分が旨いと思う食べ方をどうぞしてくれ。

 

ロキシーとエリスも俺に倣った。

 

「いただきます」

 

言い終わるが早いか、俺は十数年ぶりのTKGを口の中へとかきこんだ。

エリスとロキシーも恐る恐る食べているようだったが、俺は気にしない。

気にしちゃいけない。2人が望んだことなのだから。

後は野と為れ山と為れ。

 

兎にも角にも俺は山盛りの米を平らげ、魔力を練って食あたりに効く解毒魔術を発動させる。

よし手抜かりはない。

俺より少ない量を遅れて食べ終えた2人からも「意外とイケルわね」とか「鶏卵を生で食べるとは驚きました」と感想が聴こえて来た。それでも自分から言い出した事だからだろうか、2人共完食してくれた。

次は醤油を使った卵のそぼろでも作ろうと思う。

 

--

 

腹ごなしに三度、街へ。

道場を視界に入れる度にエリスは中を覗いていた。

彼女の目は輝きに満ちてはいない。その目が宿すのは純粋な好奇心ではなく相手の力を推し量ろうという意志だ。

そして大通りが中央広場の外周にぶつかった時、彼女はやや落胆の色をにじませて言葉を零した。

 

「北神流ってここが本拠地よね?

 それでこの程度なのかしら」

 

声が大きいものだから近くを歩く道場生に聞こえるんじゃないかとロキシーがハラハラしている。

 

「アルスの道場は水神が居るからレベルの高い奴等が集まるのさ。

 だけど北神はここに居を構えてる訳じゃない」

 

「それにしたっておじさまや昨日見かけた冒険者のがずっと上よ」

 

「まぁそうかもね。

 でもそれで良いのさ。

 北神流は単なる強さを追い求める剣術ではないのだから」

 

「なによそれ」

 

「かつて龍神は言った。

 『北神流が教えているのは護身術でなく、ましてや人を殺すための殺人術でもない。

  闘いという命のやり取りの中で、人の生が持つ輝きをどう表現するかだ』とね」

 

エリスは俺の言葉を黙って聞いている。

調子に乗ってもう1つ。

 

「彼はこうも言った。

 『北神流の剣士が学ぶのはいかに生き、いかに死ぬかである。

  同時にこうも学ぶ。

  全ての剣術に正解がないように、人間の生き方に正解はない。

  故に北神流の素晴らしき師は弟子が己が道を自ら見つけるように育て、弟子は剣術に自分を合わせるのではなく、自分に合った剣術を作るようになる』と」

 

言い終えると、

 

「この街に強い人はいないってことでしょ」

 

とエリス。

北神流の格言は剣神流の彼女にはお気に召さない、か。

直截(ちょくせつ)的な面が少なくなった彼女なら琴線に触れる事もあろうかと思ったのだが。

目に見えて落胆するエリスを思って俺は、「まぁ城の騎士団には昨日の冒険者クラスの人がいるはずだけど」と補足をした。

一転。目を輝かせて「その人に会える?」とエリスに、嘘を言うのも憚られて、

 

「無理だろうね」

 

と正直に話すと、

 

「そう……」

 

とやはり残念そうに返した。

 

--

 

立ち話が終わったのでまた歩き始めた俺達。

置かれたベンチで休む人、広場を通り抜けるためなのか足早に歩く人。

子供が駆けっこをし、噴水からは水が滔々と溢れて健やかな風が吹き抜ける。

ラノアとは違う夏の陽気は、人々に活気を与え、街に賑わいを振りまいている。

 

その様子の中、噴水から溢れる水を利用して何人かの剣士達が身体を拭っていた。

この噴水広場は王竜王国の水道事業の記念に作られたのだったか。

彼らの事を初めてみたとき、公共の施設の只中で身体を洗うのにギョッとしたものだったが、無料で誰でも自由に水を使える場所として整備されているので好きに使って良い物らしい。

剣士達もはだけているのは上半身だけで節度は保たれている。

むしろその引き締まった筋肉を羨望の目で見ている地元女子達の視線に込められている想いこそが健全であるのか疑わしい。

また広場と通りの境は商売の許可が下りていて露天商を営む商人やフリーマーケットをする冒険者が集っていた。

 

円形の広場の縁をぐるっと歩き、あれこれと売っている物を見て行く。

エリスが先行しつつ質問をするのでロキシーが健気にそれに答えているのを眺めながら俺は暖かい気持ちで……

 

「ん?」

 

俺がちょうど豆屋の前で足を止めたせいで、エリスとロキシーはどんどんと先へと離れていく。

ピステチオ、アーモンディスにカバラレル豆、空地豆、その他色々。

四角く区切った枠の中にぎっしりと豆が並ぶ店先のことはどうでも良いが、この広場には何かが足りない。

何が足りない?

 

「あんちゃん、何か探し物かい?」

 

声は俺が立ち止まった豆屋の屋台の奥から発せられた。

よく見れば屋台を挟んで反対側には店主が立っている。

髭を長く生やした長身の男だ。

灰色の髪色と褐色の肌から紛争地帯出身者だと思われる風体で年齢は幾つくらいだろうか。四十は越えているだろう。

 

「いえ別に」

 

俺はこの店主に喉の引っ掛かりを説明するつもりも豆を買うつもりもなかったが、店主の言葉は続いた。

 

「兄ちゃん兄ちゃん、あんたさっき噴水を見ていたよ。

 オレぁ、そこに誰かいるのかと思ってあんたのことを見ていた。

 変な意味じゃねぇよ? 人を観察することが商売の基本だからな」

 

言い終わると壮年の男は顎髭を絞った。

豆を売るつもりで話しかけてきたのではないようだが……なによりも仕草に既視感がある。

男に何と言って良いか判らずもう一度、噴水に目を移す。

 

「何かが……」

 

広場中央の噴水。行き交う街の人々が送る日常。

付いて来ていない俺に気付いたロキシーとエリスが戻って来る姿。

 

「どうしたの?」

 

先んじて俺の元についたエリスがそう問うた。

 

「この広場にはすごく大事にしている物があったような」

 

曖昧な情報。

口にした自分でも答えようがない事は分かっている。

 

「ロキ、知ってる?」

「昔見た広場と変わりはないように記憶していますが」

 

「不思議ね。

 気のせいじゃないの?」

「そう急かさなくても良いではないですか」

 

「……でも気になるのよね。

 そうだわ」

 

俺は黙してエリスとロキシーの会話を聞きながら、喉にひっかかる小骨を懸命に思い出していた。とエリスは次に俺の目の前にいる店主へと矛先を向ける。

 

「ちょっとおじさん!」

 

「なんだよ、剣士の嬢ちゃん」

 

「この広場で大事な物って何かある?」

 

「そりゃぁ……なんだろうな。

 人か?」

 

「人?」

 

「あぁ。

 広場には色んな景色があるが誰も居ない静かな広場なんてただの空き地さ。

 重要なのはここに集った人に他ならんよ」

 

「ふぅん。

 言ってる意味は分かるけど。

 ……でもそれじゃおかしいわ」

 

エリスの言葉に店主は疑問符を浮かべる。

それがじれったいのか、エリスは何とかして自分の考えを纏めようとした。

 

「だってそうでしょ。

 私だって今日初めて来たんだし。

 ルダイは何年振りなのよ」

 

「それは」

 

最後にワイバーンに来たのはルード商店の開設時だから数年前。

ただその時は街の散策もせず、この公園にも来なかった。

そう。この公園に最後に来たのは前世の50数歳の頃。

体感時間で言えば30年以上振りになる。

そして前世でだいたい1年後、俺は初めてここに来る。

 

「忘れちゃったな」

 

来年初めてここに来るなんて公共の場で言える訳が無かった。

俺が誤魔化しを口にしたことでロキシーもエリスも押し黙る。

 

「なぁ兄ちゃん。ちょっといいか?」

 

また声のした方を向くと、男が「この豆を見てみな。見事な品揃えだろう?」と続けて問いかけてくる。

男はさらにと続ける。

 

「くくく。そんな顔しなさんな。素人には判らんもんよな」

 

「はぁ」

 

「自分で言うのも何だがワイバーンで一番の品揃えだ。

 この馬車にある豆はおよそ手に入るだろう豆が全部ある。

 だが、これじゃつまらないとオレは想っているんだ」

 

捲し立てる店主を見ながら、いきなり何を言い出すのかと結論を待つ。

 

「俺にはな。

 未だ見ぬ豆、誰もしらない豆を見つける夢があんのよ!

 それを見つけてワイバーンの人に売る。

 どうだでっかい夢だろう?」

 

齢40過ぎの店主が、いつかは豆探しの冒険者にでもなるつもりだろうか。

そこには幾つものハードルが立ちはだかるだろう。

正直に言ってその夢は夢のままが良いだろうと思えてならない。

そんな冷ややかな気持ちが顔に出たのかもしれない。

 

「兄ちゃんは何が楽しくて毎日を暮してる?」

 

と店主。

一度、ロキシーとエリスの顔を見てから俺は「家族が平穏ならそれで良いかなと」答える。

すると、

 

「なんだ。若い癖に夢がないな。

 夢は大きく持つのがいいぞ。

 そうだ!」

 

男はそういうなり、わざわざ商品を載せたカートを周り込んで俺の肩をがっしりと掴んで揺らす。

 

「兄ちゃん。

 どこかで珍しい豆をみつけたら俺のところにもって来い!

 なッ?!」

 

俺は店主の情熱に負けてコクコクと頷いた。

 

「きっとだぞ?」

 

「ええ。約束します」

 

「兄ちゃん、名前は?」

 

「ルダイと言います」

 

「ルダイか。覚えたぜ。

 俺はアルディン。約束忘れんなよ」

 

--

 

同日。また自宅にて。

 

「ルディが気になった事って結局、何だったの?」

 

「んー。

 それがまだ思い出せていなくて。

 もう後少しな気もするのだけど」

 

エリスがベッドの中で問いかけ、俺が応える。

 

「私は昔の知人の事を思い出しましたよ」

 

との声はエリスとは反対側にいるロキシー。

エリスがシーツを跳ね上げて

 

「へー。

 それ聞きたい!」

 

と興味を示した。

ロキシーはもちろんという風に頷いて、

 

「シーローン王国の冒険者ギルドで出会ったミルディンという方の事です」

 

と昔知り合った男の話をエリスに語り始めた。

横合いから聞いていた限りでは、ミルディンは紛争地帯にあるドヌープ王国出身の男で北神流の使い手だという話だった。

だが、その男がクエストを受けている所を誰も見たことがないというのだ。

いつもギルドの待機スペースの一番奥の窓側の席に陣取って、静かに外を眺めていたらしい。

ま、そういう奴はどこのギルドにもいる。

俺の記憶の中で言えば、だいたいは禄でもない事をするちょっと行儀の悪い馬面の冒険者だ。

 

しかしこのミルディンはどうもその類の連中ではなかったらしい。

クエストが終わった冒険者の土産話を聞いては楽しそうに受け答えし、初心者冒険者が居ればギルドの職員よりも懇切丁寧に心得を話し、金が無ければ用立ててくれたりもする。

クエストのランク認定にアドバイスをしたり、未消化のクエストについて他の冒険者を斡旋するために職員からも信頼が厚い。

そういう不思議な男だったそうだ。

 

「アルディンとミルディン。名前が似てるから思い出したの?」

 

話を聞き終えたエリスは中身の感想よりもそちらに興味を抱いていた。

 

「似ているというより、同じ由来を持つ名前だからです」

 

「どんな?」

 

「国の英雄がサラディンというのですよ」

 

「サラディン? サラディン……どこかで聞いたことあるわ」

 

「ラプラス戦役で活躍した七人の英雄の1人、サラディン・パラディン。

 彼がドヌープの出身なのですよ。

 それにあやかって男の子が生まれたら親御さんはこぞってその名やその名にちなんだ名前を付けるそうですよ」

 

「あっ閃光の魔剣士ね!」

 

「その通りです」

 

サラディン……閃光の?

目の前のやりとりで古い記憶がよみがえっていく。

 

--

 

見覚えのある世界最高の謁見の間で白髪の女性に抱えられた緑髪の赤子。

その親子の前に銀髪の王が立ち止まると、女性はしぶしぶと赤子を王に手渡した。

王は赤子を抱き、

 

「ふむ……緑の髪に、やや尖った耳。閃光のような目、だが優しい印象も受ける、良い子だな」

 

そう口にした。そしてうん、と頷き、続けて

 

「よし、では『サラディン』の名を授けよう」

 

と。

 

--

 

記憶の光景は闇へと消えて日常へと戻る。

あれは昔の戦友の名をくれた話だったのか?

ではなぜこの話を前世でロキシーもエリスもしなかったのだろう。

 

記憶がパチンと嵌ったとき、急に喉にあった(つか)えが取れた気がした。

今日何かが足りないと思ったあの広場で『白髪の』『サラディン』が倒れている様が蘇る。

その光景の中には彼を助けた俺がいる。

世にも珍しい石化付与の魔術で長き眠りについていた男。

彼の封印が解かれるタイミングをオルステッドが教えてくれたおかげで俺は重力魔術を手に入れた。

『サラディンの石像』。

俺はそれが少なくともあの広場に存在していた時の事とそれが無くなった時のことを覚えている。

ならば前世の俺が初めてこの町に来た時に像は在っただろうか。

もし在ったとすれば今日無いのはなぜか。

もし無かったとすればあの像はいつ出来たのだろうか。

 

俺達の王竜王国の旅の予定が終わる。

 

--

 

……はずだった。

 

家族で団欒を過ごし、風呂から上がって3人でサラディンの話をして。

エリスが聞きたがるのでロキシーの冒険譚が始まって、俺も聞いていたはずだが急に眠気が来たのだ。

 

本当に眠気が来たのか、何らかの力によって意識を飛ばされたのかは実のところ判らない。

この状況が敵の攻撃だった場合は対処不能なのだが、だとしてもここから脱出不能な時点で俺は詰んでいる。

身を任せるしかない。

 

気付けば目の前に巨大なゴーストが居た。

半透明の身体は月下の紗カーテンのようだ。

そんなゴーストが壁にもたれて座る白骨死体を見ていた。

このゴーストが誰で、目の前の死体が誰なのかは判らない。

俺はそれを横合いから見ていた。

 

一度ゴーストが部屋の外へ行く。

俺は自由に動く事を許されず、部屋に残された。

僅かな調度品とベッドが置かれただけの部屋には私物らしい物も置かれておらず生活感が無い。

何より遺体の脇には旅人が使うような道具袋が置かれているのだから、きっとここは宿屋の一室だろう。

 

この感覚。

このパターン。

聖獣誘拐の時のようなバラバラのイメージだけが見える時とは違い、白昼夢で若いギレーヌを見た時に似ている。

 

しかしなぜ?

何が切っ掛けでこういう夢を見るようになったのだろうか。

白と黒の夢を見たせい?

何か他の理由があるのか?

 

夢が意図する事も大事だが、もう少し制御が出来た方が楽でもある。

できればこうなる仕組みを解明した方が良いだろう。

 

手持無沙汰から余計な事を考えている内にゴーストが戻って来る。

そして少しの時間をおいて、またゴーストが飛んでいく。

今度は俺も引き摺られるように空を飛んだ。

 

飛空の時間はそれなりに長く、暗い夜空の先で地平の向こうに光が差し始める。

街の外の景色もその光と共に分かる

広大な荒野だ。

どうもここは魔大陸のどこからしい。

 

夜明け直前の山裾にゴーストが降り立った。

歩けば半日くらいの距離を飛んだだろうか。

そこには1人の男が座っていた。

眼帯をした男。

残った片目でゴーストに胡乱な眼差しを向けている。

まぁ相手がオバケなら当然の態度だと俺は思った。

 

「先程の気配はお前か」

 

男がそう話しかける。

何かの気配を感じたらしい。

俺には良く判らないが。

 

『私ノ意識ガ無クナル前ニ、オ前ニ頼ミタイコトガアル』

 

昔どこかでこんな風にゴーストが話すのを見たことがあった。

どこだったか。なぜだったか。

 

「そんな義理はない」

 

『ソウカ』

 

「だがどうせ消えてしまうのなら。

 話してしまえば良い」

 

隻眼の男はそう返した。

うーん。この男。どこかで。

 

『私ハ粘族ノ生キ残リ「ビタ」ニ殺サレタ。

 粘族ヲ殺シマワッタノダカラ仕方ノナイ事ダガ……』

 

今度はゴーストが急に知っている名前を出してきた。

聞き間違えでなければ冥王ビタの事だろう。

一応ペルギウスに約束は取り付けてあるが、もし彼が治療できなければスペルド族の命運を預けなければならない存在だ。

 

前置きの後、ゴーストは男へ頼み事を始めていた。

願いは3つ。

1つは自分の遺骨を拾って『死者たちの迷宮』へと運ぶ事。

2つ目は、ビタが使う冥術の効果がどんなものか、そして対抗策となり得る死霊術と魔道具を作るための案を迷宮の管理者たる種族に伝えて欲しいという事。

 

『デキレバ、オ前ノ手デ私ヲ殺シテ欲シイ』

 

最後にゴーストはそう締めくくった。

 

「このままでも消滅するのだろう?」

 

『私ガコノママ死ネバ、ビタガ列強五位ニナルダロウ。

 ソレガ粘族ノ再興ニツナガルカモシレナイ』

 

「私に列強五位になれというのか。

 死神ラクサス」

 

『オ前ニハソノチカラガアル。

 ソウダロウ、北帝ランドルフ・マリーアン』

 

会話の終り際になって2人が他己紹介をし合った。

お陰で俺にもこれがどんな状況なのかが漸く判ってきていた。

ゴーストの表情は変わらなかったが隻眼の男ランドルフは不敵に笑い、

 

「試してみるのも一興か」

 

と口走った時にはゴーストを剣で薙ぎ、止めを刺していた。

 

「今日カラ……オ前ガ死神ダ」

 

「奥義『霊破斬』を汝への手向けとする。

 安らかに眠られたし」

 

そこで唐突に視界が暗転する。

目を覚ました場所は自室のトリプルベッドだった。

いつもは真ん中に寝ているはずの俺は窓際で枕とは逆向きに眠っていたようだった。

確か、ロキシーの冒険譚が始まって……。

そこから記憶がない。

だがきっと、話し込んだまま寝てしまったのだろう。

2人も掛け布団から肩を出した形でくっついて寝ている。

 

俺はそっとベッドを抜け出してから掛布団を2人に掛け直して、それから転移ネットワークへと向かった。

夢で見た事をメモするために。

 

--

 

「眠そうだね」

 

「ロキシーの話が面白かったんだからいいのよ」

 

そう言い返すエリスに俺は肩を竦めて返した。

彼女はやや不満そうに「なによ」と呟いたが、その後は黙々と剣を振り始める。

その後はいつも通りだ。

パウロが来て、ノルンとアイシャが来て、アイシャが台所に駆けて行き、残った者らで鍛錬をして朝餉の匂いに誘われる。

 

食事の前に風呂を済ませて、浴室から出てくると脱衣所にエリスが立っていた。

脱衣所で身体を拭き、着替えて出る。

エリスも俺も驚いたりはしない。身体が冷えないように温めておいた脱衣所で彼女が順番を待っていただけだ。

まぁ目線を彷徨わせながらも、俺の股間に視線を反復横跳びさせているのはバレバレだ。

そんな初心な彼女についつい見せつけたくなるが、ここは我慢。

 

「何?」

 

「な、何でもないわ」

 

「そう」

 

俺が視線に気付いたと反応してみせれば、彼女は慌てて結い上げていた髪を解く。

真っ赤な長い髪から漏れ出るのは、汗と一体となった彼女の匂い。

それが脱衣所に振りまかれているのに本人は気付いていない。

挑発が過ぎたのか、まだこちらが脱衣所を出ていないのに服を脱ぎ下着姿になるエリス。

その脇とサラシの隙間には遠い昔に垣間見た膨らみがある。

 

溜息が出そうになる。

だが昂りはロキシーに吐き出そう。

その楽しみを彼女が覚えるのはまだ早い。

溺れれば手に入れる筈の強さを失いかねない。

彼女とは今暫くプラトニックを楽しもう。

彼女自身が自然にそういう事を欲するまでは、今の関係で良いのだ。

 

結局、朝食の後に2度寝に入ったエリス。

今日は体調が優れないと言って警邏も洗濯も辞退していた。

起きる気配のないロキシーと並んだ2人の寝顔を見届けてから1人で洗い物を済ます。

 

さて王竜王国の旅は一通り終わったと昨夜に話したばかり。

どうやって話を切り出したら良いものやら。

ルード商店に出す石器の生産をしながら、考えが中々纏まらず俺は途方に暮れていた。

 

--

 

のそのそと這い出してきたロキシーが身支度をし始めたのは昼食の直前だった。

寝間着から着替えている途中に視線を感じたからだろうか、

 

「あ、おはよーございます」

 

のっそりと振り向いてロキシーがそう朝の挨拶をしてくれた。

 

「もうお昼です」

 

と、返しつつアツイ視線を送って見れば、

 

「溜まっているのですか?」

 

こんな受け取り方をされるわけだ。

 

「まさか。

 それよりも今日は随分とお寝坊さんでしたね」

 

「昨日は夜遅くまでエリスさんとお話していたもので……」

 

「エリスも朝練の後、2度寝していますよ」

 

「ふぁぁぁ。そのようですね。

 しかし、となると家事の方はお休みしてしまいましたか」

 

大きな欠伸をしながらロキシーが着替えを終える。

と、ほぼ同時にエリスが飛び起きた。

狸寝入りをしていたかのようなタイミングの良さだが、彼女も冒険者であり、剣士であるなら完全な熟睡ではなかった。

と推測するのが恐らく正しい。

 

「起きたみたいね」

 

ロキシーが挨拶するよりも早く、エリスがそう声を掛ける。

逆なんだが。

 

「昨日はその遅くまですみません。

 つい調子に乗ってしまいました」

 

「構わないわ。

 それにロキシーのおかげで私も昔ギレーヌに聞いた話があったのを思い出したの」

 

そう言って、ベッドの入り口側。

ロキシーが着替え終って立っていた近くに座り直すエリス。

俺もパウロの昔話を色々と聞いている。

それは概ね、ギレーヌの語る話と合致する内容が多い。

その中から、ざっと思い返してみてどの話だろうかと想いを巡らせた。

しかしピンとこない。

 

「どの話の事?」

 

と相槌がてらにきいてみると、

 

「王竜王国で一番強い剣士は料理屋の店主だって話よ」

 

「へぇ」と応えながら、再度の記憶の走査に挑戦する。

エリスが端的に説明した話をパウロの口からは耳にしていない。

だが昨夜の夢を考えれば何かは判ってしまった。

 

正確に言うならば、今の話が無くても『王竜王国に居るはずの死神ランドルフに会いに行け』と夢が示していたのは判っている。

ただその話をどう切り出したら良いかに迷っていただけだ。

そして切り出されたエリスの話。余りにも都合が良すぎる。

これを偶然で片付けるのは冷静な判断とは言い難い。

 

またこれだ。

何らかの意志が介在している可能性。

最も最悪のケースを考えるのならば『ヒトガミの意図』がそれにあたる。

ただそれを気にしようが無視しようがその時が来るまで人たる俺が悩み、立ち止まる事に意味はない。

むしろこうやって夢を見せて立ち止まらせようとしていないと誰が言える?

王竜王国で帝国や紛争地帯について調査を始める時と同じだ。

『自分のやりたい事をやる』と。なら方針を変えるべきではない。

自分のやりたい事をやると言うのならば、死神ランドルフに会いたいか? と自分に問うてみれば良い。

 

ランドルフは強い。

無用な争いを好まない性格で判断力もある。幻惑剣は家族の護衛を任せるのにもうってつけ。

ヒトガミの使徒である可能性もほとんどない。

北神二世と対話する時に少しだけ揉めそうだが、それ以外では文句のつけようのない人選。

だが別に『ヒトガミの意図』に乗ってまで会いたい人物ではない。

 

いや……サラディンの石像と同じか。

既に店が潰れているか、それともまだ営業しているか。

ランドルフに会いに行く必要がなくとも、いつ店を閉めて騎士となるのかを調べておいた方が良い。

 

「騎士や道場主ではなくコックが最強なんですか?」

 

俺の算段をよそにロキシーは不思議そうに首を傾げる。

 

「ギレーヌが言ってたから間違いないわ。

 少なくとも道場主たちよりはずっと上ね」

 

「シーローンの魔術顧問をしていた時に国家が擁する戦力には目を通しました。

 アスラ王国、紛争地帯、ミリス神聖国。

 宗主国である王竜王国、他の属国であるキッカとサナキアも。

 ですが、そのような情報は無かったように思います。

 記憶が確かなら、この国の最高戦力は北神流の実戦派の男9人。

 いずれも平民の出ですが、実家が料理店を営んでいるという情報もなかったはずです」

 

「そうなの。

 じゃぁ今は居ないのかしら?

 居るのなら少し会ってみたかったのだけど」

 

「どうでしょう?

 シーローンの情報機関も完全ではありませんから」

 

結論はやや曖昧。

自分の欲しい展開に向けて俺は挑発を選ぶ。

 

「エリスはその人のことが気になる?」

 

「気になるわね」

 

不敵とも傲慢ともとれる表情でそう答えるエリス。

 

「なら本当に居るかどうか確かめに行こうか」

 

「良いわね!」

 

話は決まった。

 

--

 

再三の王竜王国へと出発する前にパウロとゼニスの2人にギレーヌの語った店の場所について尋ねてみたが、これは空振りに終わった。

ギレーヌはパーティメンバーを誰も付き添わせずにその店に通ったのだという。

そこでまずはルード商店へと転移してから店内で変装し、

 

「さてどうしますか?

 ワイバーンの食事処を虱潰しにする訳にもいきませんし」

 

とロキシーが段取りを確認する。

エリスは少し考えて、

 

「冒険者ギルドで誰かが知ってるわよ。きっと」

 

と案ずるより産むが易しの精神を示す。

俺は、

 

「北神流の道場で聞くのもありです。

 どちらも駄目なら情報屋を雇うことにしましょう」

 

一応、そう締めくくった。

 

「そうね」

「そうしましょう」

 

と二人にも異論は無いようで、すぐさま冒険者ギルドへと向かった。

 

入り口の扉を開けると前回と同じ顔ぶれが、全く同じテーブルから各自の間合いで俺達の顔色を窺った。

俺達は掲示されたクエストを眺め、それから俺が空いているテーブルに備え付けられた椅子に先んじて座ると、合わせて二人も座る。

数日前にこのギルドで情報収集した手前、また大っぴらに話を聞いて回るのは悪目立ちするだろう。

だから俺はやや大きめの声で会話を始めることにした。

 

「目ぼしいクエストはないな」

 

「ルダイ。しょうがないですよ。

 ワイバーンも都会ですからアスラに似て危険なクエストが少ないのでしょう」

 

そう答えたのはロキシーだ。

彼女はこちらの意図が判っているようではある。

エリスにも目を配ってみればぼやっとしたような雰囲気はなく、判っているわという顔でアイコンタクトが返って来る。

話は続く。

 

「かもしれないが、ギルドに出入りする冒険者はアスラよりもヤると思うぞ」

 

「では時期が悪かったのかもしれません」

 

そこでエリスが口を開いた。

 

「ねぇ、クエストを受けないなら私行ってみたい所があるのだけど。

 一緒にどうかしら」

 

抜群のタイミングだ。

そこからは話した通りの流れを作れば良い。

 

「エイリが行ってみたい場所?」

 

「そう。

 この国で一番強い剣士がやってる料理屋があるって聞いた事があるの」

 

「最強の剣士がコック?

 ここは王竜王国、北神流総本山だぜ?

 誰がお前にそんな法螺話を吹き込んだんだよ」

 

「師匠よ」

 

「何? あの人が?」

 

「でも場所までは聞いてないのよね」

 

「そりゃ困ったな。

 このワイバーンの料理店を全部周る程暇じゃない」

 

会話が途切れ、どうしたモノかといった雰囲気は出来た。

これで反応がなければ「そんなに行きたければ情報屋に頼んでみるか」と会話を締めれば良いだろう。

そこで俺の背中側でガタンと音がして、奥の席から何者かの気配が動いた事を感じ取る。

 

釣れたな。俺はそう思ったし、他の二人も気配から同じような気持ちだろう。

 

「なぁ、君達。

 料理屋を探してるっていったかな?」

 

俺達のテーブルに手をつき、そう話しかけた者。

それは剣士だった。しかもただの剣士ではない。

線が細く巻き毛のなよっとした見た目の男だが、間違いなく手練れの剣士だ。

このワイバーンで10本の指には入る強さを保証できる。

 

「探しているのはこの国で一番強い人がヤってる店だ」

 

念のためそう指摘しておく。

 

「なら問題ありませんね」

 

と剣士は頷く。

どうやら彼は俺達の欲しい情報を知っているようだ。

彼が放つ強者の雰囲気からしても、嘘や小細工の類いではないと俺は判断する。

 

「おいくら包みましょう?」とロキシーが確認するも剣士はそれに対し両手で拒否を示してから、

 

「とんでもない。

 ちょっと店の場所を教えるくらいでお金を要求しませんよ。

 すぐ近くですし」

 

と首を振り、

 

「場所は、ギルドの表玄関がある通り沿いを北に歩いて、最初の曲がり角を奥に2本入った古びた定食屋ですから」

 

と口早に語る。対して、

 

「へぇ親切にどうも」

 

と俺が頭を下げてロキシーが場所をメモした。

剣士は俺達に「どういたしまして」と朗らかに笑って応え、

 

「貴女はかなり見どころがあるようだからね」

 

とエリスへとそれまでにない厳しい目つきを向けた。

 

「わたし?」

 

と、きょとんとするエリス。

指で自分の顔を指している。

 

「そう君だ。

 凄いね。その若さでその気配。

 彼の店に行けば得るモノがあるはずだ」

 

巻き毛の剣士はそう言って立ち去った。

エリスは暫く何も言わなかったが、

 

「なんだか良く判らないけど、褒められちゃった」

 

と呟く。

 

「良かったですね」

 

「ほ、褒められたいから鍛錬してる訳じゃないわ」

 

ロキシーの言葉にそう返しているものの悪い気分ではなさそうだった。

 

 

 




次回予告
相対したとして当時の俺やエリスでは
毛程の興味も抱かれなかったに違いない。
残るはルイジェルド。
彼が闘って、どんな運命の変化があるだろうか。
残念、それはもう知り得ぬ話。

次回『死神飯店』
たとえ前菜でも、うちの嫁は一味違う。


★副題は映画『カウボーイビバップ 天国の扉』の台詞から引用。
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