無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。
参考1:FFS10巻(念のため記載)
参考2:沈黙の戦艦(ライバックという名前から一部引用)


第105話_死神飯店

--- あなたの後ろにいるのが一番安全よね…… ---

 

中通りから2本奥にあったのは昼間でも人気(ひとけ)の無い細道。

そこを教えられた通りに歩く。

奥へ奥へと進むにつれて次第に薄暗くなり、カビ臭さが周囲の空気に混じり出す。

余程の鈍感さがなければ食欲を減退させる効果を誰しもに与えるだろう。

食べ物を供する店の立地としては凡そ相応しくない。

しかしここはゴールの間近。

歩いてきた道を振り返りたい気持ちをぐっと堪えて前へと進む。

 

両手を広げるのも難しい狭隘(きょうあい)な道の行き止まり。

剣士から聞いた道の先はここで終り。

右手の区画には同じ見た目の、小さな扉を備えた建物が3軒。

その向いは貼紙の張られた扉の並ぶ区画。

まず注意を払ったのはその貼紙らで、酒屋と宿屋と道具屋の裏口であることがそれぞれ注意喚起されている。

貼紙がなければこの3つの入り口のどれかが聞いている料理屋だと判断しただろうが、貼紙がある事で別の想像が働いた。

これら裏口に間違って入ってしまう客がいる。

つまり右手の区画のどれかが目的の場所で、その入り口は隠されているという事ではないだろうか。

 

ヒントはない。

思い切って中通りから一番近い建物の扉を開けた。

すると現れたのは階段で、階上へと続いている。

光源となるのは自分が今しがたに開けた扉だけで、つまりは通りから差し込む光が頼りなのだが、その通り自体が暗くカビているため夜中のような暗さのまま。

灯りの精霊を召喚して中を照らすと、階段の壁におどろおどろしい魔物の絵と水晶の絵が浮かび上がった。

 

「占い屋のようですね」

 

俺の後に同じように覗き見たロキシーが推測を示す。

 

「あぁなるほど」

 

先頭を行くエリスは少し離れて一番奥の建物を指差していた。

俺達2人がそちらを見ると、彼女は小走りで戻って来る。

 

「あっちは薬屋みたいよ?」

 

ならば、占い屋と薬屋に挟まれた建物がランドルフの店のはずである。

同じように真ん中の建物の扉を開けて、精霊で階段を照らしながら上っていく。

そうしながら既に決めておいた作戦を思い出す。

 

先程の剣士は『エリスにとって得るものがある』と言っていた。

ランドルフという強力な剣士に会って助言を受ける。

そうでなくともただ立ち居振る舞いを見て学ぶ。

彼の言葉の意図はその辺りにあるだろうと予測できる。

だが、そうさせるつもりはない。

店主がランドルフかどうかを確認して、ランドルフであろうがそうでなかろうが間違えたと言って店を出る。

彼がまだ店を続けていてるかどうかを確認するだけに留める。

それ以上のリスクを冒せない。

 

考えを反芻し終えるのと内階段を上りきるのはほぼ同時だった。

そしてその先には扉があり、立て札が掛けられている。

 

『死神飯店は1階の入り口からお入りください』

 

気付かなかったが1階に入り口はあったらしい。

ここに立て札があるということは俺達より以前にもそれに気付かずに、こちらへ来る者がいるのだろう。

 

「1階に入り口があるみたいです」

 

すぐ後ろの2人に伝えるつもりでそう言いながら振り向く。

しかし、そこに2人の姿は無かった。

 

「えっ?」

 

嫌な予感がした。

 

--

 

階段を駆け下りる。

勢い込んで小道に飛び出したが、そこにも2人は居ない。

代わりにちらと見た時には壁だったはずの場所に半開きの扉があり、奥から陰気な声がした。

 

声が何と言ったかを認識するよりも早く、店の中から漏れ出る闘気の気配を感じ取った。

声と闘気。どちらも俺を狙った物では無い。

先に中へ入ったエリスとロキシーに向けた物だろう。

一瞬の内に闘気で身体を包み、肉体と精神が超加速状態に入ると時間感覚が数倍へと引き延ばされ、脳の中で警報が鳴る。

それでもこの店の中へと入る決断をする。

中にいる仲間を見捨てる訳にはいかないのだ。

意を決して踏み入り、そこで漸く先程の声が「いらっしゃいませ」と言ったのだと理解した。

 

店の敷居を跨ぎ、4つあるテーブル席とその奥にあるカウンター席を視認する。

そして一番奥のテーブルへと案内された2人と彼女らに2つ折りのメニュー表を見せる男も。

男との間合いが測られ、脳内で攻撃ポイントの予測が計算され対応方法が浮かぶ。

 

骸骨顔の眼帯をした男。

死神ランドルフ・マリーアン。

その特徴的な風貌は前世でも昨日の夢でも見た。

見間違える事はない。

 

「お連れさまがお待ちですよ」

 

まるで図ったように投げかけられる言葉。

男が一歩右足を引き、予測が意味消失する。

たったそれだけで彼からのプレッシャーも消え、加速状態が解けた。

背中から冷や汗が一筋流れる。

 

座るかどうかを僅かに躊躇ってから椅子に半分だけ腰を下ろす。

 

「もっと気味の悪い所かと思ったけど、良さそうな店ね」

 

「ええ。

 所謂、雰囲気のあるお店といった所でしょうか。

 ただ場所が奥まり過ぎているのが勿体ないというか」

 

2人が口々にそうコメントするのを聞き流しつつも俺に店の佇まいを寸評するほどの余裕はない。

座ってしまった。闘気はいつでも纏える。

初撃を防ぎつつ、2人を逃がせれば何とかなる。

なるよな?

 

メニューを上から下に流し見して「僕もロキシーと同じモノを」と伝えた。

出て来たのはリゾット。

エリスにはシチューと大麦パンのセットが出て来ている。

料理を口に運ぶも味はせず、そして食事が終わると再びあの声がした。

 

「本日はどなたのご紹介で?」

 

素知らぬ顔でロキシーに問いかけるランドルフ。

しかし、実際には対話者へと闘気を浴びせて何かを楽しんでいる。

闘気を感知しないロキシーも闘気を扱えるエリスですらそれには気付かない。

そんな光景に眩暈を覚える。

 

「私の師匠が昔通っていたっていうから来てみたのよ」

 

ランドルフの問いに答えたのはエリスだったが、

 

「ふむ。

 師匠のお名前は?」

 

と訊かれて、

 

「それは……教えられないわ」

 

と濁したので

 

「細かい場所は冒険者ギルドで教えて頂きました」

 

と会話がおかしくなる前にロキシーがフォローする。

たったそれだけでランドルフは、

 

「なぁるほど。

 ライアン君ですか」

 

と面白そうに口角を上げる。

死神の笑顔が悪い何かを予感させたが、エリスはそれに気付かない。

 

「ここに来れば得るモノがあるって言われたのよ」

 

と世間話を続けてしまう。

すると、ランドルフは「ふむ。あなたにですか?」と目を瞬かせる。

その反応に「そうだけど……?」とエリス。

するとランドルは俺に一瞬だけ視線を彷徨わせてからエリスに戻す。

そして、

 

「修行が足りぬようですねぇ」

 

と彼が呟いてしまったために、

 

「どういう意味よ!」

 

と顔を赤くしたエリスが立ち上がり、店を出ていった。

 

「はて。

 ライアン君を未熟だと評しただけですが」

 

というランドルフの補足は恐らく耳に出来なかっただろう。

俺とロキシーも遅れて席を立ち、食事代を支払ってエリスを追いかけた。

 

 

--エリス視点--

 

なんと失礼な男なのだろうか。

なぜこんな男の店をギレーヌが喜んで通ったのか。

王竜王国で最強の剣士という触れ込みも私には理解できなかった。

ギレーヌが私を喜ばせるために吐いた嘘なのだろうか。

どうせ王竜王国までは来ないだろうなんて考えて?

 

ギルドに居た剣士―ライアンという名らしい―も得るモノがあると言っていたけれど何も無かった。

折角、期待して行ったのに。

 

あの男を一目見て大したこと無いと判ってしまった。

この辺りに居る道場の主達と大して変わらない。

まぁもう少し出来る程度。

 

思い返すだけでどうにも腹の虫が収まらない。

私は皆が寝静まった後、ルディの書斎へ行き、置かれた魔力結晶を使ってワイバーンへと転移した。

転移先のルード商店から駆け出すと誰かに呼び止められた気がしたが、私は急いでいた。

 

--

 

昼間に来た店の戸を何度か叩く。

すると上の階へと続く階段を店主の男が下りて来たのが気配で判った。

戸を叩くのを止め、階段へと顔を出せばその半ばに店主が立っていた。

 

「貴方ってこの国で一番強いんでしょう?」

 

男に開口一番、そう言ってやった。

 

「なるほど。

 昼間は偵察に来ていた、という訳ですか」

 

否定しないらしい。自分の実力も分かっていないのかしら。

あなたよりよほど巻き毛の剣士の方が強いというのに。

 

「違うわよ」

 

「偵察ではないですか。

 それはこの際どちらでも。

 いや、しかし来るのは少年の方だと思いましたねぇ」

 

「勝負なさい」

 

「別に構いませんが、貴女が望む結果にはなりませんよ」

 

私は何も言わなかった。

店主は一つ、わざとらしい溜息を吐き出して、

 

「本気でやると言うなら受けましょう。

 少し待っていなさい」

 

と私に告げた。

 

--

 

夜の広場、月明かりが町を薄青く光らせる。

さらに店主の引き抜いた剣の反射光が新たな明りを生み、釣られて私も剣を抜く。

いや、私の方が先に剣を抜いたのかもしれない。

彼は剣を抜く素振りだけした気もする。

 

「間に合わなかった。

 嫌な予感がしたのです!」

 

後ろからした声が静かな夜に吸い込まれていった。

先程、私を呼び止めようとした声だった。

振り返ると冒険者ギルドで出会った剣士とそのパーティが顔を青くして私を見ていた。

 

「剣を抜いてよそ見をしてはいけない!」

 

剣士の叱責する声が飛ぶ。

その男の名は確かライアン。

昼間見た剣士は私と同じか少し格上か。闘気の気配で出会ってすぐそれが判っていた。

その者の注意喚起に慌てて私は顔を戻した。

だけど店主が動いた素振りはない。

それはそうだ。

この店主が大したことのない者だという事も既に判っている。

動きが見える。今までに見たどの剣士よりもよく動きが見える。

王竜王国のレベルは低い。

それに毛の生えた程度のこの店主の勘違いっぷりが私を無性にイライラさせる。

これならアスラの水神流の道場の者達のほうがよっぽど手強いだろう。

その店主がいつのまにか私の後ろに目を遣ったのに気付かなかった。

 

うん?

 

店主は私の後ろ、剣士の方を見ていた。

 

「ライアン君。

 彼女は君の紹介でしたね」

 

そして店主の構えた剣の切っ先がやや下がる。隙だらけだ。

 

「そうです。

 ランドルフさん。

 この子は筋が良いでしょう?」

 

「見立ては正確にお願いしたいものです」

 

ライアンの問いかけにランドルフは同意しない。

悔しい。

 

「それは申し訳ない。

 何かこの子が粗相をしたのなら私が謝ります。

 だから人死には勘弁してください」

 

私の気持ちをよそにライアンはやけに店主に丁寧に頼んだ。

まるで私が死んでしまうような言い草。

目の前の男、店主が私を殺すような口調だ。

でもそれはあり得ない。

私よりずっと弱く、当然に剣士(ライアン)よりも弱い。

それなのになぜ下手に出るのだろうか。判らない。何かに矛盾がある気がした。

 

店主は「事情はだいたい判りました」とライアンに話しきり、私に向き直ると「さて」とやや面倒臭そうに仕切りをつける。

その時、私は気付いた。

店主がその飄々とした顔つきを脱ぎ去っている事に。

 

「公共の場で手合いを挑み、剣を抜く……か。

 未熟なお子にはオシオキが必要でしょうかねぇ」

 

未熟なお子、オシオキ。

上から目線のその言葉の羅列が私を逆撫でしようとする。

無意味だ。

水神流道場で学び、この数年の内に身体に染みついた技術が私の心の水面に沸き立つ(さざなみ)を沈めた。

 

「その通りですが……」

 

「なぜでしょう。

 久しぶりに戦いたい相手を見つけたからでしょうか。

 無論、目の前の雑魚ではありません」

 

心を乱すな。絶対に。

この男を必殺の一撃で葬る。

そのイメージさえあれば良い。

 

「お嬢さん、謝りましょう。構えを解いて」

 

と、ライアンの言葉に次は振り向かずに、

 

「嫌よ」

 

と応える。

私に謝る理由なんてない。

 

「エリス!」

 

ロキシーの声がした。

それでも店主から目を逸らしはしない。

 

「止めてください。ルディ」

 

ルディも来ている。当然ね。

でもワイバーンでは偽名を使う約束を忘れるなんてロキシーはおっちょこちょいだわ。

 

「まさかお風呂に入っている内に飛び出していくとは。

 残念ですが、こうなってはもう見ているしかありません」

 

「そんな……」

 

安心してロキシー。私は勝つわよ。

 

「エリス。

 君の剣がそんなに軽いものだとは思わなかった」

 

……ルディも偽名を使わずに私を呼ぶ。

それだけで一層、空気がヒリついた気がしてくる。

 

「軽くなんてないわ」

 

私は何とか言い返す。

 

「でもね。ここは行儀の良い子が集まる道場とは違う。

 剣士が剣士に剣を向ける。勝負を挑む。

 それが何を意味するか」

 

ルディは中途で言葉を区切ったが、その言葉は目の前の店主の上から目線の言葉と殆ど同じだった。

だから私は答えなかった。

 

「たった一つしかない自分の命を懸けるということだよ」

 

まただ。

命を懸ける……そんな事は判ってる!

 

「エリス。

 相手がどれくらいの力量か君は判るようになってきている。

 ライアンさんを見てギレーヌくらいに出来る人だって思ったんだね?

 そんな人に筋が良いなんて褒められて嬉しかった。

 そうだろう?」

 

ルディの言う通り。

ギレーヌの事を思い出して、同じくらい強い人に褒められて。

 

「確かに相手の力量を見抜くことは大切だよ。

 でもね。最も恐ろしい剣士はその強さ、恐ろしさを表に出さない」

 

それも判っている。

サンドラさんやレイダさんだって見た事があるし、何より全く強さを表さない剣士がいつも一番傍に居るんだから。

 

「何かおかしい点に気付かなかった?

 見えているはずの相手の動きが一瞬見えなくなるとか。

 隙だらけに見えて、でもどうしても踏み込めない一線があることを」

 

ルディの言葉。

でもそういうことじゃない。

 

「妙にイライラしたのよ。

 だってコイツ失礼だったでしょ!」

 

「そうかな?

 僕はそう思わなかった。

 ロキシーはどうです?」

 

「私も特には」

 

そう2人共気付かなかったんだ。

でも私は許せなかった。

 

「だってコイツ。

 『修行が足りない』って」

 

どれだけ鍛錬してるか知らないくせに。

パウロさんの努力だって知らないくせに。

 

「それは……」

 

ルディが口ごもった。

ほら。失礼だったんじゃない。

 

「クックック」

 

笑い出したのは、そこまで黙っていた店主だった。

馬鹿にして!

結局、ルディは失礼だったと認めた。

だって口ごもって話をすり替えようとしているのだもの。

 

「良く聞くんだ。

 目の前の男は普段から仕草に癖があるちょっと変わった御仁なんだ。

 判り難いけど、駆け引きがあるんだ。

 相手の力量を見抜くために良く観察していた君だからこそ、彼の仕草を失礼に感じてしまった。

 でももう少しよく見れば、どれも妙だと気が付けたはず。

 その感覚っていうのを忘れないようにして欲しい。

 今までに見たどんな剣士とも違う感覚。

 最も恐ろしい剣士を相手にしたということ。

 "絶対に剣を向けてはならない相手"。

 自分よりも遥かに強いことの証」

 

でも、そう少し気になっていた。

どうしてギレーヌがこの店主のところへ通い続けたのか。

それがもし、もしだけれど。

ギレーヌより強い、わたしよりも遥かに強い剣士だからなのだとしたら?

 

「どうにかならないのですか。

 ルディ?」

 

「こうなっては見ている他ありません。

 背中を見せて生き残れる程、剣の世界は甘くない」

 

「そんな」

 

「エリス……。

 いや、エリス・グレイラット。最強の剣士を目指す者よ!

 もはや全力を以って挑む以外に行く道はないと知れ。

 だが生き延びることが出来たなら、本当の成長が君を待ってる!」

 

夜の静寂に吸い込まれていくルディの言葉。

いつもとは違うその語気が私の熱を奪っていった。

 

どうやら私は冷静ではなかったらしい、と気が付く。

すると途端に話が飲み込めてきた。

私は相手の力量を読み間違えたのかもしれない。

だけど余り考えても意味はない。今は全力でぶつかって勝ちに行くだけ。

生き残るためには勝たねばならないはず。

 

待っていた店主が大きな欠伸を手で隠す。

 

「おっと。お話が長いものでつい」

 

暇だ、待ちくたびれた、そんな態度だ。

 

「お嬢さん、覚悟はいいかな?」

 

やや笑ってみせるその顔付きが、その発言が水神流の使う相手を挑発する言葉だと教えてくれた。

この男は水神流を使う。王竜王国の剣士だと言うから、てっきり北神流の使い手かと考えていたのに、それが誤りだったと今なら判る。

さらにこの男は他の判るか判らないかの微妙な仕草で相手を挑発する。

私はまんまとそれに引っ掛かってしまったのだ。

あれもこれも私を挑発するためにあったのだ。

 

雑念をなんとか振り払う。

頭が少しだけクリアになり、相手の投げかけた言葉の意味がじんわりと脳に染み込む。

 

そうだ。相手は覚悟は良いかと聞いたのだ。

私は遅まきながらに頷いた。これでは覚悟がないように見えたりしないだろうか。

もう闘いが始まる。

 

店主が芝居がかった手振りで大仰に言い放つ。

 

「死神飯店店主ランドルフ・マリーアン。

 かつては列強五位でしたが、暫くぶりの手合い。

 肩慣らしに是非にもお付き合い願いましょう」

 

言い終わった瞬間、圧倒的な殺気が広場を支配する。

 

--

 

立っているだけで呼吸が荒くなる。

動けない。動かなければ。どうやって。どこに。

 

合理に基づいて、最短最速を。

やるしかない。

 

相手の間合いの中へ全力で突っ込む!

だけど足が縺れてしまったのかと思う程、身体は思うように動かなかった。

 

それでも剣を繰り出す。

目線、剣を構える仕草、口角の吊り上がり。何重の罠だったのか。それは判然としない。

光の太刀で斬り込んだ先に既にランドルフは居らず、気が付けば真横に彼が居た。

 

次の瞬間、死が迫って来る。

 

剣を引き戻す暇はない。

相手の剣を持った手に目が行き、しかし嫌な予感が背筋を駆け上がる。

相手の身体の運びが剣でないもう一方の手を確認しろと私を動かす。

 

もう一方の手を捉えた時には私の顎へと激突する直前だった。

何もかもが間に合わない。ただ咄嗟に闘気をそこに集中した。

 

それでも尋常ではない痛みが貫き、吹っ飛んでいく。

痛みが脳をつんざくと世界は真っ暗になった。

 

「やはりナマっていますか」

 

落ちて行く意識の中でそんな無情な一言が聞こえた気がした。

 

 

--ルーデウス視点--

 

もしエリスの力が及ばなかった時、待っているのは死だと言うことはできなかった。

俺自身にその時の覚悟がなかった。

彼女の矜持を曲げさせて横やりを入れて救うことが出来たとしても、それは剣士としての『死』を意味するのではないか。

これまでの努力も苦労も汗も涙も何もかもをふいにしてしまうのではないか。

もうエリスはそこに気が付く程に成長している。

気付けなかった俺自身の甘さが己の唇を噛ませる。

 

そこでついつい大きく開いてしまったと言わんばかりの仕草をする死神。

 

「おっと。お話が長いものでつい」

 

ランドルフが心底済まなそうに言った。

が、引き締められたエリスの表情を見て、彼の口角が吊り上がったように見える。

 

「死神飯店店主ランドルフ・マリーアン。

 かつては列強五位でしたが、暫くぶりの手合い。

 肩慣らしに是非にもお付き合い願いましょう」

 

ランドルフがそう言った瞬間、途轍もない闘気が空気を震わせて彼の姿を大きくした。

いやエリスが小さく縮こまったためか?

空気の震えが止まる。萎縮した彼女が金縛りにあったのではと思った.

 

2呼吸は置いてエリスは無謀にも真っ直ぐに跳び出し、不用意にも相手の間合いへと踏み込む。

ランドルフは待ちの姿勢。剣は鞘の中だ。

 

彼女の間合いがランドルフを捉える。

まだ引き付けるのか。

最短距離を彼女の剣が薙ぐ。

駆け引きを必要としない光の太刀。

だが、そこに死神は居ない。

見事な足さばきで左に半歩ズレた死神を認識できず、エリスの剣が宙を薙ぐ。

 

咄嗟の判断でエリスは剣の軌道を変化させようともがくが、ランドルフが攻撃モーションを取った事でこれももはや空振りである事が確定した。

そしてカウンターがエリスの顎を捉える。

初見で完全に相手の間合いを掴む技量に惚れ惚れする。

 

クロスカウンター気味の一撃。

剣を持ったエリスが振り切ったタイミングに合わせるように踏み込み、無手の左を使った掌底が決まる。

剣に対する空拳のリーチ差をモノともしないその所作が圧倒的な力量差を否が応にも示した。

 

吹き飛び、剣を失うエリス。

石畳に激突しながら勢いが収まるまで後転の要領で転がり続ける。

受け身も何もなかったが、辛うじて生きているだろう。

 

「やはりナマっていますか」

 

もう少し派手に吹っ飛ぶと思っていたのだろうか。

死神が一安心したのも束の間。

本来なら顎が粉々に砕け、顔は腫れあがるはずの彼女が立ち上がった。

全身傷だらけで口からは血を流し、重傷なのは間違いない。

それでも生まれたての小鹿の如き姿で立ち上がっていた。

剣を杖代わりにしなければならない程のダメージを負いながらもまだ闘う意志を持っていた。

 

「ほぅ立ちますか」

 

とランドルフ。

仁王立ちした彼が興味深げに解説を始めた。

 

「ギリギリで身体を捻って直撃を避けたのですね。

 といっても、それだけで立ち上がれるとは余程頑丈とみえる」

 

死神がこう言っているが俺の目からはなぜ立てたのか別の意見がある。

狙いを外すために僅かに軸をずらしたのは彼の言う通りだ。

そしてそれだけの理由では計算が合わないという見立ても合っている。

本来、軸をずらしてクリティカルなダメージを回避する技術は水神流『流』にあるテクニックだ。

エリスは道場での稽古によってそのテクニックを理解していても、それを使うことは出来ていない。

正確に軸をずらして全身の関節をクッションのようにすれば、あそこまで吹っ飛ぶことはなかったはずだし、それをやったならば死神は拳の感触でそれを認識するだろう。

では何かと言えば。

彼女が軸をずらそうとしたのはおそらく剣撃に対する本能的な物であって回避行動ではなかったのだ。

そしてダメージを軽減したのはまた別の技術。

 

彼女は闘気のバランスを攻撃に一点集中させていない。

光の太刀は必殺剣である。当たれば勝ちの剣に必要以上の闘気を纏わせず、踏み込みや筋力の強化に残りを使っていた。

次の動きに繋げるため、もしくは防御のために闘気を残して置くのは合理的と言えるだろう。

その防御力を相手の動きに合わせて上半身、首より上、そして直撃の瞬前には顎へと集中させたのだ。

 

エリスの闘気の性質が鎧のようなものかは判らない。

たぶん違うだろう。もしドーガのような闘気性質を持っていればやはりダメージはもっと小さかったと言える。

それでも闘気を使って常人を遥かに超える動きをするためには肉体の耐久力を上げる特性があるはずで、一点に集中させればそれなりの防御力を発揮すると思われる。

 

水王でもある死神が今のを解釈しきれないのなら、彼には相手の体表面の闘気を感知する能力までは備わっていない。

いや、それらが全て『幻惑剣』のためのブラフだということもあり得る訳か。

 

「ダメなのよ……ダメなの」

 

そう呟いて、なんとか杖代わりの剣を構えなおそうとしたエリスだが。

彼女は構えることが出来ず背中から大の字になって地面に激突した。

 

呻き声と咳き込みが響く夜。

勝敗はついた。そしてエリスは生き残った。

倒れた姿をランドルフが面白そうに眺めていたが、彼が一体何を考えているのかまでは判らなかった。

 

 

 




次回予告
ランドルフ・マリーアン。
列強五位、"死神"の異名を持つ
幻惑剣の使い手。

次回『死神vsルーデウス』
この男と闘う理由はいつもない。


★副題は映画『沈黙の戦艦』の日本語訳版の台詞から引用。

■ランドルフの経営する店の所在地について。
 WEB版のみを参考にしており、小説版で明かされた内容と異なっております。
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