無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第106話_死神vsルーデウス

--- 栄光のその銘を地に落とし死神となるか? ---

 

「物足りませんねぇ」

 

こちらを見るランドルフの表情は先程よりも楽し気に見える。

月明かりの下に見る骸骨顔にそんな物を感じる自分の感性が少し気になるが、それよりもエリスをどうにかせねばならない。

そう考えて回収のために一歩踏み出した矢先。

 

吹っ飛び、転がって行ったエリスを間合いに入れるようにランドルフが動いた。

剣を手放し、仰向けになったまま痙攣する敗者。

顎から左頬にかけてを紫色に膨れ上がらせた顔はひどい有り様だ。

早く手当てに向いたいものの前に進めば、俺自身も間合いに入ってしまう。

不用意な動作が許される相手ではない。

俺は動けず、このままでいる訳にもいかずに

 

「助けさせないつもりですか?」

 

と確認を試みる。

返って来た応えは

 

「さぁて。

 どうしましょうか」

 

という曖昧なもの。

ランドルフが何をしたいのかは掴めなかった。

 

エリスは剣で真っ二つになっていてもおかしくなかった。

が、彼が掌底を選んでくれたおかげでギリギリで生きている。

それが俺との対戦のための布石で、助けに行ったところをざっくりと斬り掛かってくるというのなら、ランドルフが得意とする戦い方の1つ――『誘剣』かもしれない。

 

もしそうだとして。

俺に攻撃が向けられるなら剣で防ぎ、エリスに追い打ちを狙うなら物理障壁で防ぐ。

物理障壁の場合は完全に止めることが出来るかは判らない。

 

でもそうでないのなら。

単にエリスの非礼に腹を立てているだけかもしれない。

だとしたら一度謝るのが筋だ。

 

「仲間の非礼はお詫びします」

 

俺がそう謝罪を口にすると、

 

「それには及びません。

 どうやら、こうなったのもそこな剣士。

 ライアン君が彼女を焚きつけたのが発端のようですからね」

 

とランドルフはそれを突っぱね、後ろの剣士に怖い視線を通した。

当のライアンは「わ、わたしのせいですか!?」と衝撃を受けたような声で反応している。

それで満足したのか、ランドルフは意識をこちらに戻し、

 

「でもそうですね。

 少し私と話をしてくれるなら、その謝罪を受け入れるのもやぶさかではありません」

 

「エリスを助けさせてくださるなら」

 

俺の言葉を同意とみたランドルフが最初の位置へと戻り、仁王立ちで待機する。

俺はそれでも恐る恐るエリスに近づき、その場で治療せずにエリスを担ぐと痛みのためか彼女が(うめ)くのを耳にする。

心を鬼にしてロキシーの所まで運び、治療を任せた。

ランドルフを前にして無防備にはなれない。全滅してしまう。

 

ロキシーが中級の治療魔術で懸命にエリスの手当てをはじめ、「内出血が酷いですね。内臓まで損傷していなければ良いのですが」と報告。

俺は「出来る限りの治療をお願いします」とだけ返し、再びランドルフの元へ。

 

俺の振る舞いを見てだろう。

 

「用心深さ、気配。

 人の子がその若さで身に着けたということが何より興味深いですねぇ」

 

と感心するランドルフに、

 

「おっしゃる意味が分かりませんが。

 どうみたってどこにでもいる只の少年です、僕は」

 

と返す。

 

「確かEランクの冒険者のはずだ。彼は」

 

遠巻きにこちらを見ている冒険者の1人が発する。

すると、ランドルフが眼帯をずらして妖しく輝かせた瞳で俺を一瞥。

それは一瞬で、また眼帯を戻したランドルフは、

 

「この後に及んで判っていない。実に嘆かわしい。

 それとも君が一枚上手というだけなのでしょうか」

 

「実際Eランクですから間違いではありません」

 

「でも君は4、5年前に水帝になったと噂があった子だ。

 確かルージェルド君と言ったかな」

 

「……ルーデウスです」

 

「そうそう。ルーデウス君」

 

半笑いのランドルフの顔からして、今の間違えはわざとだ。

が、それは頭の中から締め出して考える。

本題は4年前に水帝になった話が噂になっていたという部分。

転移事件ではなく?

それなら隣でエリスの容態を看るロキシーが知っていても良さそうな物だが。

どうやら違う。シーローンでは噂にならず王竜王国では噂になっていた。

そういうことか?

 

「噂になっているとは知りませんでした」

 

「新たな水帝の誕生。

 アスラの戦力増強を注視していた王竜王国は急遽、城で対策会議を開く程の大騒ぎでした」

 

「でも僕はここに居ます」

 

「確かに王竜王国の情報機関の手落ちでしょうなぁ。

 困りましたねぇライアン君」

 

あの剣士はどうやらそっちの人間らしい。

ならあのパーティ全体がそうなのかも、と思っていると、

 

「さて、ルーデウス君。

 君がアスラを離れた理由を教えてくれるかな」

 

とランドルフ。

答えるべきかを計算し、むしろ目の前のランドルフから情報が引き出せれば儲けものと判断する。

 

「それはアレックスさんに待ち伏せを受けたせいです」

 

「アレックス……というと?」

 

「貴方もよくご存知の、あのアレックスさんと北神流の一団が突然、フィットア領ロア近くの川べりに現れて戦闘になりました。

 そして彼は別れ際に『僕がアスラに居続けるのなら力で排除する』と言ったのです」

 

「俄には信じ難い話ですねぇ。

 待ち伏せで子供を襲うような真似は彼が一番嫌うやり口のはずですし、何より彼がアスラの行く末を憂う理由がない」

 

俺は言われて少しの勘違いを訂正された気がした。

なるほど、シャンドルは今のところアスラの騎士団には所属していないのだから。

 

「名を騙った別人という可能性は?」

 

「いえ、間違いなく本人です。

 シャンドルと名乗っていましたし」

 

「今、何と?」

 

「正確にはシャンドル・フォン・グランドール。

 北神二世が良く使うとされている偽名です」

 

「『グランドール生まれのアレクサンダー』……か」

 

ランドルフは突然、訛りの強い魔神語でそう語る。

それが偽名の示している何かだという可能性が高いが、こちらが魔神語を介するとは知らないのだろう。特に説明もなく、

 

「全く、あの人にも困ったものだ。

 そんなことをして彼がどう思うやら」

 

ひとしきり感慨に耽って顎を引き戻したランドルフ。

 

「すると君が私の店にいらした理由はその件ですか」

 

と彼は問う。

 

「いえ。

 料理屋のコックが最強の剣士だという噂を確かめに」

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

「何か私に聞きたい事があるとか、闘いたいとかは?」

 

「まさか。

 ありませんよ」

 

この騒動はエリスの暴走でしかないのだから。

 

--

 

ランドルフとの話し合いは無事に終わる筈だった。

が、いざ帰ろうとした段階で剣呑な気配が夜の空気を再び震わせることになる。

 

「しかし俄然、ルーデウス君には興味が沸いてきました」

 

という彼の言葉がその口火。

俺が何も応えないでいると、

 

「先程、弟子が居たと言っていましたね?」

 

と質問が飛ぶ。

意図は判らないが……

 

「北神に会った時の話なら、5人いました」

 

今度もそう正直に答えると、

 

「他には? 何か特徴とか」

 

「アレックスさんは白い鎧を纏い、両手に鉤爪を装備した戦闘スタイルでしたよ」

 

「弟子の特徴の方です」

 

「あぁ、それなら。

 孔雀剣のオーベール・コルベットが居たので、残りも奇抜派の者達だと思います。

 アレックスさん以外はミドルソードで武装していましたのでお間違いなく」

 

俺は感じた限りの事を説明する。

 

「それを君は撃退した訳だ」

 

「こちらのロキシーと2人で、ですけれど」

 

ほぅ、と一度目を細めるランドルフ。

そんな彼が「彼の元を出奔してから一度も出会ったことはありませんから風の噂程度の話ですが」と前置きして、

 

「あの人はアレクに北神の座を譲って放浪の旅に。

 流れ流れて紛争地帯で奇抜派を立ち上げると、種族を問わず仲間を増やして相当な手練れを何人も育成したという話です」

 

――紛争地帯。

帝国の建国に北神二世が関与した。

北神流奇抜派はその傘下に入り、暗殺集団として活動している。

公爵の情報にも繋がっているのだろうか、などと考える。

ランドルフの話は続く。

 

「北帝を含めた高弟が5人。

 北神二世の身体能力なら紛争地帯からアスラ王国まで一人旅できるはず。

 ならば、彼は君の力を高く評価しているという事になりはしませんかねぇ」

 

「だったら、なんです?」

 

「私は君と闘いたい」

 

「本気でですか?」

 

「もちろん」

 

「いやーご遠慮します」

 

「あの人とやり合ったという君と私も闘ってみたいのだがなぁ」

 

「そう言われると心苦しいですが妻も居る身ですのでご遠慮したいかなぁーって」

 

「良いではないですか。減るモノでもなし」

 

命あっての物種。本気の死神と闘うなんて真っ平御免。

というとぼけは遂に喉から発せられなかった。

剣が腰鞘から引き抜かれ闇夜に現れるのを見て、こちらも抜刀し構える。

問答無用か。

 

「あなたは闘いを好まないはずです。

 隠居したのは死神の名前を求めた人々との闘いに嫌気が差したからでしょう?」

 

ランドルフは無言のままだ。

やる気に満ちたその構えは『迷剣』ではない。

もしそうであるなら、それはこちらに攻めさせずに逃げるためにあり、こちらに闘う意思がないのなら意味がない。

何よりあの纏気が本気の攻撃を仕掛けると告げている。

 

鍛錬により形式化された俺の身体は反射的に動いた。

必要なのは変化し続ける状況を入力情報として判断することだ。

それを闘気の表情から読み取る。

物言わぬものが俺に囁く。

 

ランドルフの踏み込み先となる位置を範囲として幻視する。

予測範囲に合わせるように展開するのは『泥沼』。そして追い打ちとなる『仁王剣』を放つ。

相手が北神になり損ねた男という意味を考えれば、忍術で回避する可能性が最も高いが……。

石畳の広場に草の葉はない。

 

予測は外れる。

投射した魔力が大地を泥と化す前にランドルフの闘気に弾かれ意味消失したため、『泥沼』は顕現しなかった。

今のは水神流の魔術を無効化する技。

攻撃魔術に対してではなく領域指定の魔力投射に対してまでこれを行うのはレイダ以外では初めて見る。

当時はまだ魔力を感知する技術が乏しかったのでこれがレイダと同じ技術かは判らない。

だが今回は魔術を無効化したランドルフの体表面に纏わりつく闘気が薄まるのが見える。

沼にはまった相手への追い打ちとなる筈の『仁王剣』をランドルフが受けずに横に跳んだのは、おそらく連続で魔力を無効化出来ないからだろう。

レイダに比べて闘気量が少ないか弾く効率の問題か、はたまた再装填に時間がかかるのか。

 

とにかくこれなら遠距離による飽和攻撃で様子が見れる。

と思った瞬間。

予測位置が別れて2つとなった。

それは相手が先程の打ち込み未遂から、こちらの行動を予測して動いているためだ。

動作に誘いやフェイクが混じり、予測が曖昧になる。

 

遅滞なく2か所同時に『岩砲弾』を放つことを決断、魔力を練り発射する。

さらに『旋風剣』を使って片側の退路を潰す。

躱される用の『岩砲弾』と受ける用の『岩砲弾』だ。

 

こちらの動きを見て判断したのか、退路を潰していない方へとランドルフが踏み込み『岩砲弾』を『流』で弾いた。

しかしながら、こちらの『岩砲弾』には『旋風剣』で退路を潰した側の『岩砲弾』よりも多くの魔力が込めてあった。

それで彼の態勢は大いに崩れた。

 

その姿は隙だらけに見える。闘気の状態からすれば攻め時だ。

だが『誘剣』だと思うと動けなかったし、ここまでの全てが演技である可能性はゼロじゃない。

最悪の事態を想定せねばならない。

態勢を立て直すランドルフを注視すると、俺ははっと理解した。

 

これはギレーヌ戦でもくらった手管。

気が付いて俺は後方へと飛び退った。

間合いを取り直しつつ牽制のための魔術を放つ。

 

『風裂』が舞い、『岩砲弾』が弾ける。

旋風が巻き起こり、不可視の真空波と衝撃波が大地を抉った。

だが死神は止まらない。

あらゆる攻撃が余裕でもしくはギリギリで、ある時は転がりながら回避された。

魔術的な攻撃が通用しないことが北神二世との戦いの記憶を想起させる。

しかもここは街中で範囲攻撃を連発するのは躊躇われる。

 

「まさか噂の水帝が魔法剣士だったとは驚きです」

 

魔道具も魔力付与品もなしに今の攻防で無傷である事の方が驚きだ。

なぜ死神はあそこまで的確に致命打を回避できるのか。

単発の『岩砲弾』や『水弾』、『水砲』が見事に避けられ、攻撃が空振りし続けるのは先読みの次元を遥かに超えている。

恐るべき危機察知能力。

幾重にも仕掛けた罠から確実に正解を選んでいるのは偶然ではないだろう。

どこかに俺が気づいていない、死神に悟られているパターンがあるのかもしれない。

それは今後の課題としよう。

 

「本気で行きましょう!

 この剣を受けて立っていた者は1人もいない!」

 

ランドルフが頭の上に手を広げ、左手が剣の切っ先に触れるような構えを取る。

口振りにしても明らかに大技が来るのが判る。

本来なら相手の技を待たずに攻めるべきタイミング。

隙も大きい。

 

だが、これは『誘剣』。

手や足には尋常ではない闘気が練り込まれていて、もし俺が先攻すればそれを回避して本当の大技が来るに違いない。

 

「死神様!

 もう一人そちらに送らせて頂きますぞ!」

 

俺の後方の誰も居ないところに向って放たれる言葉。

しかも先程のエリスと同じ左手にあからさまな闘気の兆候。

掌底が来ると予測させる足さばき。

 

だが。

 

ここは相手の左……いや右が来る!

 

もし掌底が本命だった場合、『物理障壁』と闘気防御で凌ぎ、ダメージは治癒魔術で再生すれば良い。

俺は兆候を無視して相手の右、自分の左から来るはずの斬撃に対応した。

 

その割り切りが的中する。

 

「ハハハッ。

 私の『口車』を見破るか!」

 

剣と剣が切り結ばれ鍔迫り合いの形で止まる。

『流』の技術に差はない。

『断』に持ち込む、持ち込まれる力量差もない。

 

『幻惑剣』に関しては闘気の纏い方を見ればある程度は判った。

それでも接近戦は相手有利の間合い。

そう何度も読み切れる自信もなく、素早い判断が必要な状況に陥ればこちらが不利だ。

周囲の建物への被害を考えずに魔術を投射すべきか。

 

そもそも勝利条件は何だ。

ただの手合いで勝つ必要はない。負けても良いはず。

だが手を抜いて闘って満足しなければ殺されるかもしれない。

 

「これ以上やるなら周りの被害は保証しませんよ」

 

「そうだ。

 君の剣はまだ秘密を隠している。

 秘密を隠した者に共通するクセがある」

 

力を見せてみろ。

そういう意味か。

 

「えぇいっ。

 知りませんからね!」

 

「来い!」

 

石畳みが壊れるのも無視して足元に『土槍』を発動。

残像剣・大地蠢動(ディレイ・アタック・アースウェーブ)』を使って攻防のタイミングをずらすと、これまでがっちりと組み合っていた剣と剣が簡単に離れる。

 

「炎よ!」

 

そこで魔術の起動ワードを口にする。

声に合わせて防御の姿勢を取ったランドルフ。

魔力を込めなければ何も起こることはない。

欺瞞詠唱。

彼の『口車』と同じだがランドルフは1歩半ほど自ら跳び退った。

 

俺はそこに勝機を見た。

ランドルフには理解不能なレベルの危機回避能力があることが判っている。

水王としての魔力感知能力もあるだろう。

だが、彼はその能力に頼りきっている訳でもない。

剣士の気概として素晴らしい事のように聞こえるが、常識的な攻防も出来るせいで逆に全く危機の無いブラフに騙された訳だ。

体術や剣技なら予備動作を含み、闘気を高めれば兆候として感知できるかもしれない。

でも無詠唱魔術の投射の事前兆候までを完全には察知できない訳だ。

 

今のは『幻惑剣』ではない。

俺はそれを直観で理解した。間違っていたら軌道修正が必要だろう。

でもその思い込みが今は大事だ。

 

「風よ!」

 

予測出来ていたとしても魔術の威力を考えれば防御せざるを得ない。

当然にランドルフは俺の声を聞いて防御態勢を取った。

飛来する魔術を水神流の技で弾くつもりだったに違いない。

 

だがまた何も起こらない。

それは当然で俺は声を上げただけだ。

その時間を利用して跳躍し、距離を大きく取る。

 

ワンテンポ遅れて気が付いた死神が距離を詰めてくるが、これだけ余裕があれば魔術は発動する。

『フロストノヴァ』。

長時間範囲凍結の力場が発生すれば水神流の魔力反射だけでは防げない。

如何な死神とて行動不能になるはずだった。

 

だがランドルフはそこで風向きを変えた。

剣を大地に向けて振り降ろし、魔力塊を叩きつけて起こした爆風で宙を舞う。

未知の剣技だがやってることは北神三世のカジャクトを使った剣術に似ていた。

咄嗟の判断だったはずだが綺麗なバク宙で着地はスマート。

着地を狙って『岩砲弾』を飛ばすも回避され、噴水の一部が砕ける。

 

「ふむ。

 距離を詰められないようですねぇ」

 

遠くなった声が闇夜に消えていくのに合わせて死神は次の手に出る。

次は何がくるか。

身構える俺の目前でランドルフが腰に手を伸ばした後、あさっての方向に何かを投げた。

謎の投擲器が揺らめく闘気を尻尾のように棚引かせていく。

それがどんな技術によるのかは判らないが、死神の作戦は知れる。

 

俺が死神にしたように今度は、彼が俺の真似をしている。

二者択一の時間差攻撃が来る。

ならばと俺は目に魔力を込めた。

 

『水眼』。

不完全ながらその一部を再現した技術が超知覚によって短剣を感知し、脳内のビジョンにその姿が映る。

1度に3本投げられていたそれを、まるでパノラマ写真を見るような光景で理解する。

そうして崩す手順を理解するも、前から来る死神が速い。

通常の方法で各個撃破は無理か。

 

だがそれならと俺は最初に到達する短剣の1つに正しい闘気量、正しい方向で慎重に剣を当てる。

死神からは顔を背けずに上手くいくのか。そこは賭けだった。

だが上手く行く。

1つ目の短剣を打ち落とした状態から剣はそのまま吸い寄せられるように2つ目へと走る。

2つ、3つ。短剣が落ち、撃墜する程に速くなる剣が突撃する死神の鼻面(はなつら)を掠め、死神はそれを躱すためにまた地面を転がって行く。

 

立ち上がりながら死神が「いまのは『天沼矛(あめのぬぼこ)』」そう呟いた。

 

「それにナイフの軌道を読めたのは……」

 

俺は彼の独り言に付き合わなかった。

何を言い訳しても無駄だろう。

剣と剣を交えて感じた事が全てだ。

 

「ルーデウス君」

 

「はい」

 

「楽しかったので、終りにしましょう」

 

死神がそう言っただけでプレッシャーは消えた。

霧が晴れるようだった。

どうやら満足してくれたらしい。

闘いは終わった。

 

--

 

「対策会議があった、と言いましたね。

 その場所で何が話されていたか興味はあるでしょう?」

 

剣を納めてエリスの状態を確認しに行き、一応ロキシーの処置の上から治癒魔術を掛け直した後の俺に、面白そうに話すランドルフ。

その顔を見る限り余り面白い話ではなさそうだ。

 

「まぁ自分の事なのでちょっと気になりますね」

 

だが今言ったように気になる所もある。

後で『聞いておけば良かった』と思うより、今聞いてしまった方が確実だろう。

 

「年齢や種族についても議論の的だったのですが、最も白熱したのはどの奥義を使えるかという事。

 でもそれは当然。

 水帝になる為には水神流奥義を最低でも1つ使えなければならないのですからね」

 

正確に言って俺が水帝と認可されたとき、使える奥義は無かった。

レイダの婆さんに水帝の認可を承諾すればアスラ王に会わせてやるという条件を出されて、まぁサンドラさんを倒したし、いろいろ面子とかもあるのだろうと考えて断らなかっただけなのだが。

その後にブエナ村へ帰るまでに『大波弦』くらいは使えるようになっておいたが、話にはチグハグさがある。

 

「その顔。

 君はまるで事態を理解出来ていませんね。

 でもある意味ではそれで問題ない訳ですか。

 だって事実は予測を遥かに上回ったのですから」

 

どういう意味だろうか。

話に付いていけない。

 

「ライアン君、シャガール殿に伝えなさい」

 

「いや私は」

 

「もういいじゃないですか。

 君が何者なのか私はもう判っていますよ。

 だから漏らさず伝えなさい。

 新しい水帝は『天沼矛』と『水眼』が使える、とね」

 

「……判りました」

 

ランドルフが無理矢理言い切った言葉の意味が俺の頭の中で反芻された。

シャガールというのはこの国の将軍だったか。

では巻き毛の剣士はこの国の諜報部員か何か、と考えれば良いのだろうか。

それとも死神への監視役?

考えている内に、ライアンと呼ばれた巻き毛の剣士は会釈して、仲間と共に消えて行った。

 

--

 

「さて君達はそろそろ宿に戻ると良い」

 

ライアン達の気配が消えるまで、ランドルフは十分な間を空けてから言った。

 

「どういうことです?」

 

「広場を弁償せねばなりませんが、ライアン君はあぁ見えて役人ですからね。

 今、ここを立ち去っても追手が来て弁償を求めるでしょう。

 知らぬ存ぜぬは通りませんよ」

 

「残ったランドルフさんが弁償するというので?

 やったのは僕ですけど」

 

「無理矢理に君を巻き込んだのは私です。

 それにこれでも君は手加減していたでしょう」

 

そう言うなら発端はエリスだとも言える。

いやライアンか。

 

「罪を被る気なのですか?」

 

「心配は無用です。

 私が騎士になれば話は丸く収まるのですから。

 元々、任官の要請が来ていたのもありますし」

 

んーー!?

 

何か変な事になって来た。

予想だにしないフラグだけ立ったように感じる。

 

「えーっと。

 少し待ってください。

 ちょっと考えます」

 

今、ランドルフが王竜王国の騎士になるフラグが立ったのか?

それはどういう意味だ?

前世の日記に書いた事、自分が理解していた事。

ザノバがシーローンへ戻り、戦争に参戦するという話の筋での事を思い出してみよう。

 

ジンジャー・ヨークからの連絡で骸骨顔の騎士を伴ったパックスがクーデターを起こした話を聞き、オルステッドはそれが王竜王国の切り札、列強五位ランドルフ・マリーアンだろうと推測した。

そう予測できるという事が意味するのは、ランドルフが王竜王国の騎士となる運命にあるという事だ。

ここでのいざこざが無くとも十年も経たない内に経営難で店は閉店し、借金の返済のために任官するのだ。

 

それが本来の運命だとしても彼がそうなることで歴史の持つ可能性はどうなる?

オルステッドの語った歴史や、未来から来た自分の日記に彼は登場しない。

だが前世の俺の中では良くも悪くも色々と彼は活躍する。

 

もし彼がパックスに帯同しなければ?

パックスが王竜王国をバックにクーデターを起こしたとして、当時シーローンに居た王族を殺すことが出来たとは考えにくい。ランドルフ程突き抜けて強い人物がいなければ動乱にとどまったか、もしくはパックス自身が慎重になってシーローン国内で味方を付ける行動に移るよう思いとどまった可能性もある。そうすれば本来の共和制への道があったのかもしれない。

また彼から『ラクサスの骨指輪』を手に入れなければ、キシリカとの取引に失敗してビヘイリル王国戦は後手に回っただろうし、冥王ビタの幻術に負けて俺とスペルド族は全滅していた。

 

なるほど。少し判って来た。

俺が立たされている岐路。

ロキシーは家庭教師にならず、リーリャとアイシャが転移しなかったとしてもパックスの性格、考え方、行動原理が変わった訳ではないから、ランドルフを騎士にすればパックスが前世のようなクーデターを起こす可能性が残る。

しかし起こらなければ以後、ランドルフと出会うことは難しい。俺が水帝となっている状態でなら尚更に。

 

ではランドルフを騎士にしない(・・・)という選択肢を選んだとしたら?

パックスのクーデターに死神が関わらないことを確定できる。俺の知る無謀な手段を選ばせずに済む。

かつランドルフとの接点を保つ事が出来る。

良好な関係を築き、『ラクサスの骨指輪』を貸してもらう。

オルステッドにとっては何の痛痒も無いことだろうが、俺の立場としては疫病の対策として前世と同じように骨指輪を使った手順を残しておきたいし、キシリカへのお願いのチャンスも多いに越したことはない。

それが今、目の前にある。

 

「ランドルフさん。1つご提案があります」

 

「ほぅ……。

 なんぞ悪巧みでも思い付いたようですね」

 

特にそういうつもりも無く、ただ少し笑顔を浮かべただけなのに何か変だな。

 

「良いですね。

 話を聞きましょう」

 

月夜の下でニヤリと表情変化させたランドルフ。

なぜだろう。目の前の男が何を面白がっているのか全く理解したくない。

ラノアへの旅の間に随分と笑顔の練習をしたはずだが、まだ練習が足りなかったか。

補習が必要だな。

それよりも。

 

「ここの修繕は僕が経営するルード商店で対応します」

 

「見返りに何を求めるというのです?」

 

「我が家の剣指南役をお願いしたいと思います。

 そしてもしアレックスさんが来たら対応をお願いしたい」

 

「私を北神二世にぶつけようという腹ですか……これはこれは。

 でも王竜王国を離れろというのなら1つ条件があります」

 

「何です?」

 

「一月に一度の手合せ。

 宜しいかな?」

 

「承知しました」

 

話が終わった頃に戻って来たライアンにルード商店からの弁償の話をした。

そして広場は修復され、合わせて精巧な石像が噴水の真ん中に安置されることとなった。

やはり俺の記憶にある石像があった方がこの広場はしっくりくる。

また死神ランドルフは王竜王国で長年続いた店を畳み、ラノアへと転居して用心棒を始めた。

王竜王と同国の将軍は仕官候補であった死神が町を離れたため大層、残念がったと、随分後になって噂を聞くことになった。

 

 

 




次回予告
職業的な戦士とは違う。
子供を守り、仲間を大切にする者を彼は戦士と呼ぶが、
その矜持を保ち続けるのは非常に困難だ。
未熟な戦士は子供を守るということと、仲間を大切にすること
を混同し、仲間を守れなかったという事態に直面したとき、
戦士の存在意義を揺らがせてしまう。
そして、周囲が認識する為人(ひととなり)からは大きく外れた、
理解不能な行動に出る場合がある。

次回『居候』
それは良くある戦士の病。


★副題は漫画『ファイブスター物語』から引用。
※戦士の病に関する解釈は独自のものであり、公式見解とは異なる可能性があります。
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