無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第111話_ラグランジュポイント_後編

--- 己の過ち程、受け入れ難い真実もない ---

 

シャリーアに来てから、夕食で呼ばれるまでの昼間の時間の多くを書斎に籠って過ごし、魔術の研究や書き物の整理に充てている。

その日、後者を選んだのは先日書き直した『占術理論』と、それを元にヒトガミの狙いが何だったのかということを再考した事に起因している。

机には新たにしたためた論文が鎮座し、その横には別の書類束とノート。

横の2つは今から着手しようとする『未来日記』とメモ用の白紙の束だ。

椅子に座って腕を組み天井を見上げながらノートに書くはずだった色々な気付きは頭の中を巡るだけ。

ペンを握る事さえ億劫で、そうこうしている内に夕飯に呼ばれた為、一度書類を転移ノードの研究室に片付ける。

 

ダイニングテーブルにつき、母達の手料理に口を付ければ、聴こえてくるのは妹達が話す学校の出来事。

基本的に両親に向けて話す内容なので無難に聞き流し、たまに質問を投げ付けられれば「お兄ちゃんは大学に行った事がないからなぁ」というテンプレートな文言を返した。ちなみに似たような事を以前に口走った時、「大学に行きたいのか?」と親達に問われた事がある。俺は迷わず「シルフィと一緒に行きますよ」と答えておいた。

そんな話はさておき。妹達のおしゃべりが一段落したところでランドルフがテーブルの端で静かに料理に舌鼓を打つ様を視界に入れつつ、エリスとロキシーとも他愛無いトークを交える。

その後は風呂を準備し、自分の順番が終わると眠る迄の時間をまた書斎に籠った。

 

体調は万全。

食欲もあり精神的な余裕もある事は間違いないのだが。

転移ノードの研究室からまた手付かずのノートを引っ張り出して机に広げてみたものの、どうしてもペンが手に付かない。

また腕を組んで考える事となった。

 

--

 

夢から始まった聖獣誘拐事件が家族を狙う組織の所在を明らかにした。

どうやら紛争地帯に新たに建国された帝国とその主宰ボスヤスフォートという人物が怪しいらしい。

『北神流奇抜派』、『海牛(シーブル)』といった暗殺者集団はその手先なのだそうだ。

それに帝国と宥和した『戦死者の館(ヴァルハラ)』の存在。

対して、こちらは相手の言いなりにラノア王国シャリーアへと居を移すも安心できない状況は続く。

そんな状況を解消するべく、またブエナ村での反省を活かすべく不審者の感知網を整備し、その補強ができるようにと死神ランドルフ・マリーアンを仲間へと引き入れた。

俺の最初の構想では結界魔術への機能追加を成功させ、魔術的検知によって魔大陸のどこかにいるはずのルイジェルドを探し出し、仲間に引き入れてランドルフの位置に据える算段だったのに、その算段は空中分解し、今に至る。

 

一方で聖獣誘拐事件を経て、前世の出来事に俺の知らない裏側がある事を身につまされた。

ミリス神聖国の権力争い。それが聖獣誘拐事件と神子襲撃事件を引き起こす。結果は死の教師の解散とバクシール公爵の左遷、さらにはクリフのラノア行きへと波及する。

まだ真偽不明だが、クリフの入学を許可する中で魔法大学には初級結界魔術の公開と聖級結界魔術『反魔装甲』の使用が認められる事になるはずだ。

 

経験を経て、俺はミリスでの出来事と同じような事が王竜王国やその属国でもあったのだろうと考えるようになった。

死神ランドルフとの出会い、サラディンの石像の有無、マケドニアス商店の店主デルマルドの存在。

俺を捕えた結界魔術『堅牢』とロキシーが『雷光』の詠唱を知った『雷帝スムマーヌス』の本。

振り返ってみれば少なからず成果は出ているだろう。

 

ミリス、王竜王国、シーローンでの出来事は運命の選択肢が僅かに揺らぐだけで手に入った情報だっただろう。

だが俺はそれを知らずに生きていて、今回はそれが別の可能性を手に入れるために必要だと考えた、という事になるか。

完全に偶然だが。

 

そしてさらに先の出来事にも俺の見落としていた事はあった。

マナタイトヒュドラ戦の考察とヒトガミが曖昧な助言をする理由に対する推察。

龍神謹製の召喚魔法陣。

ギース戦でギースがスペルド族をどうしようとしていたか。

 

ふむ。

帝国に関する想いと俺が前世で知り得なかった話はルイジェルドに収束する。

それは必然ではなく偶然だ。

なぜそう思うか――

 

俺はペンを取り、ノートに自分の考察を書き始めた。

 

--

 

転移事件の直後、出会ったのはルイジェルドだった。

ヒトガミは「彼を頼り、また彼を助けろ」と言った。

そして俺の中では最も苛烈にして最後の闘いも彼が住む集落の間近だった。

もしヒトガミが未来視によってスペルド族もしくはルイジェルドを『自分の不利益になる存在』と判断し、使徒である俺とギースを使って『自分の不利益にならない存在』に変化させようと、もしくは根絶させてしまおうとしたとするならば、俺の闘争の終着点にルイジェルドの存在が浮かび上がるのは必然であるし、今回のように回顧すればヒトガミがそのためにどんな意図を持って行動したかが見えてくるのも当然と言える。

 

俺はその可能性をオルステッドに言われたのだと記憶している。

だが彼にも勘違いはあるし、俺を煽るための方便だった可能性もある。

そしてエリスとロキシーからそれはおかしいのではないかと疑義を挟まれた。

『ギースはスペルド族を救おうとしたのではないのか?』と。

その主張も確かに胸にストンと来るものがある。

 

だとすると、ギースはヒトガミからのアドバイスを受けてもその思惑を越えて行動できる存在ということになる。

少なくともループの中で幾度もオルステッドと相対しながら使徒だと気付かせなかった程に頭が切れ、演技力が高く、闘気もないのに使徒に選ばれる特異な存在だ。

そしてヒトガミの望まない未来へ進む事が出来たのなら、ギースはヤツが見た未来に抗える運命の強い存在だという事になる。

またジンクスに従うことで人が通常選んでしまう運命とは別の選択肢を選べる男、なのかもしれない。

 

しかし、そこまで分かっているのならギースを使って命の恩人を殺させようとするのは愚策。

そんな男を操るためにはジンクスを逆手に取ることだ。

俺にだってそれくらいは分かる。

 

そもそもヒトガミはなぜスペルド族を滅ぼそうとしている?

それはヤツがオルステッドの存在を認識し、無の世界の結界を破って殺しにやって来る事を知っているからだ。

さらには結界を破るためには五龍将の秘宝とやらが必要な事、その1つを転生した魔神ラプラスが持っている事、取り出すにはラプラスを殺さねばならないという事まで知っているからだ。

だからラプラスをなるべく殺させないようにするために、弱点を看破し得るスペルド族を滅ぼそうと画策している。

 

「何か違うよな」

 

今書いた事にバツをつけ、それでも足りなくて魔術で燃やして無かった事にする。

話が本当なら、それをヒトガミはどういう流れで知った?

ヤツは自分自身の未来視の中でオルステッドが沢山の仲間と共に現れて、自分を倒す姿を視ている。

また、たった独りオルステッドが現れるも自分が勝つ姿も視ている。

自分自身に対する複数の未来を視たとするならば、ラプラスがどこに転生するかによってオルステッドの強さが変わっていることに気付くだろう。

そこでなぜと思う訳だ。

例えば、LV99勇者オルステッドがラスボスである自分を倒しに来る。

直前の回復ポイントで体力も魔力も全快してから現れれば、本来強さにブレはない。

だが、ラプラスが成長する前に死ぬ時は強く、成長しきってからの時は弱くなる。強さにブレがある。

だから気付く。

ラプラス戦が激戦であればあるほど弱くなるのだと。

 

それはなぜ?

ヒトガミは理由を求めるだろう。

ラプラス戦がどんなに激戦であろうと、その後しっかり回復してから自分の所に乗り込めば良いのにオルステッドはそうしない。

回復する時間を惜しみ、焦って攻めてきて、その挙句負ける場合の未来もある。

そしてヒトガミは『オルステッドには何かの呪いがあって自分と闘う時に本気を出せない(・・・・・・・)』、呪いのせいで『回復する前に自分と戦わざるを得ない』と考えるようになるのではないか。

 

一見筋は通る。

だがオルステッドは過去のループで魔神ラプラスと対決している。

決戦とそれまでに至る流れで最も魔力消費が少ないのは転生直後に倒すルートだろう。だからこそオルステッドはそのルートを目指している。

次点がルイジェルドの娘(ノルンの娘ではない)が弱点を突くルートだ。ラプラス戦となればペルギウスも出て来て闘うのだろうが、オルステッド無しで不死身の敵を倒すためにはスペルド族が必要になる。

どちらも選べない場合、これまでは神刀を使って撃破しただろう。

魔神ラプラスの魔術は相当な物らしいからペルギウスに防御を任せ……いやペルギウスも秘宝のために殺すのだとしたら協力はさせないか。

となると、ラプラス戦前にペルギウスを殺してしまうのか?

それは余り効率的とは言えないが……。

兎に角だ。前世でスペルド族がもし滅んでいたら、俺の子孫と協力しつつ神刀を使って撃破するつもりだったらしい。協力者がいれば単独の場合よりは魔力の消費も少しは抑えられる。

 

それらはヒトガミの目にはどう映るだろうか。

1つはラプラスが成長前に突然死するルートで、もう1つは不死身の魔神ラプラスが戦争を起こして始まる謂わば第二次ラプラス戦役ルートだ。

第二次ラプラス戦役のさらに先の分岐としては大まかにラプラスがスペルド族に倒されるルートかラプラスが人族に勝利するルートを視る事になる。それ以外にも視る事になるかもしれないが、兎に角ヤツが視る事の出来るラプラス戦にオルステッドはいない。

つまり4パターンがある訳だ。しかして未来視にはラプラス戦で回収された秘宝を使って無の世界へと来たるオルステッドの姿が映り、オルステッドの強さにも違いが起こる。

 

それをヒトガミはどう考える?

オルステッドが自分の未来に現れる以上、ラプラスは死に秘宝はオルステッドの手に渡る事は確実だ。

だとしたらラプラスが勝利するパターンは完全な間違いで、残りの3つもどこまでが事実かは曖昧。途中経過を無視してフラグを弄った結果、スペルド族の有無によってオルステッドの強さに違いが出ると考えるのもおかしくは、ない……か?

 

いや、そこでふっと鼻から息が漏れる。

 

「あぁ。なるほどね」

 

ふんっ。

もう一度、自分の今迄の考えを一蹴するように鼻から息を吐きだす。

つまらない考えだ。

なんてつまらない考えをしていたのか。

確かに、これまでの積み上げとオルステッドから聞き及んでいた事を総合すれば、それが正しくなるだろう。

だが違う。

俺が前世で体験した事はその範疇を越えている。

はみ出しているのだ。

だからこそ同じように考えても正答に行き着くことはない。

 

だとするとやはり未来では何かが変化している。

都合の良い考えなのかもしれないが、オルステッドが魔神ラプラスと闘うときにスペルド族は必要がない状況になる。

俺はもとよりオルステッドすら知らない未来へのルート。

それをヒトガミが視ている。

故に俺らが考えている事の真逆の行動をする。

ギースに恩人であるルイジェルドを助けさせるために冥王ビタを用意し、ギースを使ってスペルド族の疫病を治させた。

ギースはジンクスに従う男だ。

そのギースを俺と闘わせるためにそういう手管を使った。

そういう可能性はゼロじゃない。

 

待った。

スペルド族を全滅させるためにルイジェルドを中央大陸に連れて来たと考えていた訳だが、その前提を崩してしまうと転移災害後にルイジェルドを味方に付けろとアドバイスした意味もまた変わってくる。

この考えもやはり間違っているかもしれない。

だが、納得いく部分もある。

それは変わらない。

なら、ここまで信じていたもっと前の出来事からおさらいしてみるしかない。

 

--

 

さて、今一度考えてみなければいけない。

前提はこうだ。

オルステッドの生きて来たループに於いて不死身の魔神ラプラスを倒すためには神刀を使うか、スペルド族による急所攻撃が必要になる。

しかし転移事件が起きたことにより大きく未来は変化し、魔神ラプラスを倒す必要は無くなっている可能性を考慮する。

この場合はヒトガミの立場でスペルド族を滅ぼす事は有効ではない。

だからこそ、前世でオルステッドが知っていた時期とは異なる時期に疫病が蔓延し、かつヒトガミの指示を受けたギースの智謀によってスペルド族は助かる。

 

では何のためにルイジェルドを中央大陸に連れて行かねばならなかったのか?

転移災害で魔大陸へ飛ばされた俺とエリス。

夢の中に初めて現れたヒトガミ。

ヤツは俺に「ルイジェルドを頼り、そしてルイジェルドを助けろ」と言った。

その助言がなければルイジェルドとパーティーを組むのは断っただろう。

断っても彼は子供が心配で勝手に付いて来ただろうが、ミリス大陸に渡る直前のウェンポートで別れることになる。

 

そんなルイジェルドとの旅。

彼をパーティーメンバーに入れなければもっと苦労しながらゆっくりと進む事になっていただろう。

つまり第一義的には進行速度が変わったということ。

それが何を意味するか。

前世の旅で俺達とロキシー達は捜索の過程ですれ違ってしまった。

どこですれ違ってしまったかは定かではないが魔大陸は広く、ウェンポート以外では簡単にすれ違える。

だからヒトガミが進行速度を速めたのだとして、俺をウェンポートに導いたとするとロキシーと遭遇する可能性は増えてしまう。

しかも俺達はルイジェルドの渡航費用問題でそれなりの期間をウェンポートに滞在している。

それはまるでロキシーが来るのを待ち構えているようにも見える。

まぁ未来を知っていれば、『より確率が低くなるルートを選ばせると出会ってしまうから、普通の人なら確率が高くなると思うルートを選ばせて出会わせない作戦』と説明できるし、実際のところ出会わなかったのだからその作戦は成功したといえる。

大森林やミリスですれ違っている可能性もあるのだから、この時点では考え過ぎかもしれないか。

 

さてウェンポートで緑鉱銭200枚の渡航費用に困っていると1年振りにヒトガミのお告げが来る。

それは「1人で食べ物を買いこんで路地裏に行け」という物。

路地裏で出会うのは、見知らぬ男とキシリカだ。

俺は曖昧な予言のせいでキシリカに施しを与えようとしていた男を悪漢だと勘違いして殴ってしまう。

そして、そこをフォローせぬままキシリカに食事を与えて予見眼を貰う。

しかし予見眼を手に入れたからと言って渡航費用の問題は解決せず、結局、密入国という形を取った。

 

もしヒトガミのお告げの意図通りに進んでいるのだとしたら、密入国をしようとしたことで聖獣誘拐事件に遭遇した事も何らかの意図があるだろう。そもそもルイジェルドを頼れと言わなければこれらの問題は起こらなかったのだから。

だがお告げを曲解し、ヤツが望まない形でキシリカとの出会いを果たしたという可能性もある。

 

まず引っ掛かるのは、聖獣が『強い運命を持つ魔獣』であり、『ヒトガミの操れない人外』だという事。

それを誘拐させないようにしてヒトガミにとって利があるとは考えにくい。むしろ損だ。

ならば考えられるのは2つ。

ウェンポートでのお告げは、デネブ・ローブを殺し、彼女が持っていた結界魔術や聖獣を捉えるための魔道具を闇に葬る事を狙っていた。彼女の持つ知識や魔道具がヒトガミにとって不利に働くという事。

そのためにルイジェルドをミリス大陸に上陸させた。

それは有り得そうではある。

 

だがこうも考える事はできる。

密入国せずに済むようにヤツはお告げをしていた。

例えば、俺が殴ってしまった男が入国管理や渡航を融通出来る人物だったという可能性だ。

それに……ヒトガミの"大規模な魔力災害"という言葉から家族の無事を案ずれば、クラスマの町でロキシーがしたように俺もあの時にキシリカから魔眼を貰うのではなく、家族の位置を調べてくれるように願ったかもしれない。そうしたら未来はまったく別物だったろう。

 

 

まぁその後、ミリス大陸にはノルンとの出会いもあった。

前世で2人が結婚した後に聞いた話によると2人はミリシオンで出会っているらしい。

その縁がなければ結婚しなかったとか?

その線は細く見えるが、未来へのフラグ立てとしては必要なのかもしれない。

だとして結婚させて子供を作ったら、スペルド族のハーフが増えるということで当初のスペルド族を絶滅させようとしていたという推測とは真逆の行動になる。

 

それからルイジェルドはミリシオンでガッシュの手紙を入手している。

だがそれは公爵との水掛け論に発展するくらいで、大勢に影響していない。

別の有り得たかもしれない未来では必要だったかもしれないが、俺が経験した前世では不要だったか、元より関係ないフラグだったのだろう。

 

--

 

中央大陸に移るとロアまでに2回、ヒトガミが現れた。

1回目はイーストポートの宿屋でだった。

 

「シーローンに行って路地裏を歩けば少女と出くわす。

 その少女を助け、王国に居る知り合いへ手紙を出せばアイシャとリーリャを助ける事ができる。

 そしてどちらかと仲良くなれる」

 

この助言。

実はルイジェルドに関係している気がする。

というのも、この助言に従って俺が1人でラタキアの裏路地を散策している間にエリスとルイジェルドは裏町で喧嘩を起こしたと話していた。

確かその翌日だったと思うが、奴隷市場が大通りに面した場所で行われていた。何やら喧嘩のせいで場所を移したとか。

それらが繋がっているとすれば、ふむ。

シーローンに関係している奴隷の話を俺は1つしか知らない。いや、1つ知っている。

もしそれに関連しているのだとしたら、既にこの時点でシーローンは共和国の道を絶たれていたという予想もできる。

それはつまり、喧嘩の原因になっただろうエリスのせいで。

そしてそれを抑えようとしただろうルイジェルド。

ルイジェルドが居たおかげでまだ道は絶たれていないとなっていてもおかしくはない。

だとすれば、ヒトガミは俺達に「ルイジェルドを頼り、助けさせた」事で共和国への道を残させている。

ここでもそうだ。

以前の俺なら否定した事だろうが、今の俺にはどうにもきっぱりと否定する気にはなれない流れがある。

 

これは助言の最後に繋がっている気もする。

『どちらかと仲良くなれる』。

これまではアイシャかリーリャを指していると思っていた。

だが結果を吟味してみれば、それはザノバとパックスの事を言っているのかもしれない。

そして俺はザノバと仲良くなった。

でももしパックスと仲良くなっていたらエリスとルイジェルドが起こした喧嘩が上手く噛み合ってくるのかもしれない。

 

 

2回目は赤竜の下顎でオルステッドに負けた後、ヒトガミはペラペラと重要な情報を話しにやって来た。

だが、俺はその裏にある意図を理解しなかったようだ。

前にまとめた未来日記を一瞥してそう思わざるを得ない。

 

ヒトガミは何を言っていたか、書いてある事を読み直す。

「オルステッドは生まれつきこの世界を滅ぼそうとしている悪の龍神だから善良な僕を目の敵にしている」

まぁ、それはつまり両者が敵対関係だと言っているに過ぎない。

 

それから

「龍神は3つか4つの呪いを持っていて、その内の1つの呪いのせいで未来も現在も見えない。

 そのせいでオルステッドと君が出会うとは知らなかった。

 2つ目の呪いは世界に嫌われるか怖れられる呪いで、3つ目の呪いは本気を出せない呪い」

と言っていた。

これはつまりヒトガミが『未来を視る』能力を持っていると言い換える事ができる。

ただしオルステッドについては視えないという事でもある。

 

他にも、

「オルステッドは現存する全ての技と術に加えて龍神固有の固有魔術(オリジナルマジック)を使えるし、技神よりも強い」

そう言っていた。

これは過去にヒトガミが使徒をオルステッドにぶつけて調べ上げた情報なのだろう。

 

さらにヒトガミの情報流出は続く。

「人は分けて考えているが神子と呪いとは同じ現象が自分達に都合が良いかどうかの違いしかない」

と、そして

「ラプラスの『恐怖の呪い』を槍に移し、さらにラプラスと同じ緑の髪をキーにスペルド族になすりつけた。

 しかし呪いは時間経過で消えかけている。ルイジェルドに残った呪いも髪を切った事で急速に薄れつつある。

 呪いは時間経過と努力次第で消えたも同然。それは俺に関わったからだ」

とも言っていた。

 

……………………何しに来たんだコイツ。

改めてみてみればこれまでとは明らかに異なるヒトガミの行動。

ヒトガミは俺の夢に出て来て何をした?

 

ヒトガミとオルステッドの相関。

オルステッドが持つ呪いを引き合いに出して魔力異常に関する説明をする。

そしてルイジェルドとスペルド族の呪いの由来から、最後に、俺に関わって変化したことでルイジェルドの呪いも急速に薄まっているという話に至る。

 

ヤツは未来に関する助言をしていない(・・・・・)

その意味は何か。

別に難しい問題ではない。

ここまで運命について分析してきた自分ならば、理由を察するのは容易い。

 

何度も考えている事ではあるが繰り返そう。

まずヒトガミの未来視は、理の外にいる龍神の存在のせいで効果があやふやな物だ。

だからこそ、俺がオルステッドに会う事を見通す事ができなかった。

バタフライエフェクトという可能性も否定し得ないとしても、オルステッドが動いた事が未来視にズレを及ぼすとするならばオルステッドを震源地とした影響があるということもまた正しいと考え得る。

 

オルステッドと闘って死に、いや死にかけて治癒魔術で復活した俺。

その後のロアでのいざこざも彼に出会わなければもっと違う形だったに違いない。

それはつまり、オルステッドと出会う事が未来を変化させるという事を意味する。

オルステッドと出会って変化した未来。

それをヒトガミは事前に感知できない。

だからその後に俺が体験した未来は、ヒトガミが転移事件からこっち視ていた未来とはズレた物だったということになる。

同時にヒトガミが画策していたフラグの調整も台無しになったということだ。

 

俺に新たな助言を与えるためには、もう一度、未来を視て適切なタイミングで適切で曖昧な助言をしてフラグを調整せねばならない。

それはきっとヒトガミにとって可能な作業だろう。

だが俺は急に方針転換されてもまた反発したに違いない。

だからヤツは未来に関する助言をせず、代わりに今後また干渉する時のために信頼のベースを作る必要があると考え、呪いの話とスペルド族の状況について解説したのだ。

 

ふむ。

手駒が揃って来た感がある。

俺は助言を受けてルイジェルドを頼り、助けたが、それはロキシーとすれ違わせる事だけが目的だったとは考えにくい。

もしそうなら、もっと別の適切な助言にしただろう。

だが、そうしたのはヒトガミが当初に視ていた内容にそれが必要になるからだ。

つまり赤竜の下顎より先にヒトガミが視ていた未来のためだ。

 

--

 

もしあの場所でオルステッドに会わず、ヒトガミが視た未来通りに事が進んだとしたら、ルイジェルドを連れ廻した意味を見出せる、のかもしれない。

それは一体何なのか、答えなぞ望むべくもないが想像することは可能だろう。

それが出来て初めてギースひいてはヒトガミがスペルド族を滅ぼそうとしていなかったと思う事ができる。

 

では考えてみよう。

赤竜の下顎を過ぎて、ロアを目前にして俺とエリスはルイジェルドと別れた。

仲間の集落を探すという目的が彼にはあり、それは変わらなかっただろう。

しかし赤竜の下顎での遭遇戦があり、エリスとの間には気持ちのすれ違いが起きた。

エリスがもっともっと強くなろうとしたのは、俺がオルステッドに殺されかけてそれでも次を想定したかららしい。

だが俺は次に出会っても逃げられるようになりたいと思っていただけだ。

その気持ちの乖離こそが俺達の袂を分かった。

つまるところオルステッドと出会わなければ、ロアへの帰還を果たした後に状況を知った俺とエリスはギレーヌを伴って一緒に旅に出た、と思う。

そうなったときに3人はどこを目指すだろうか。

 

俺はパウロの指示通りゼニス捜索を続けようとするだろう。

前世と同様に中央大陸北方を目指そうとするか、それともベガリット大陸か。

だがギレーヌは反対したかもしれない。

仲違いしたはずの他のメンバーが救援の道を選んだのに対し、彼女はゼニス捜索に参加しなかった。

それはフィリップやヒルダの死、転移先で生き残ってもその後に死んでしまったサウロス、ロアの災害状況といった悲観した結果をゼニスにも重ねていたから。

それだけじゃない。

たった一人になってしまったお嬢様の理解者になろうとしたのかもしれない。

ギレーヌも族長の娘。実家に帰ればお嬢様。もう帰るつもりがなければ元お嬢様だ。

奇しくも似た境遇になった2人。

村を追い出された彼女は師匠に連れられて、剣の聖地に行った。

ギレーヌが想いを重ねたのはエリスに対してだったのかもしれない。

そしてきっとエリスに剣の聖地を薦めただろう。

 

さてギレーヌと俺の提案を聞いてエリスはどうするか。

 

rァ「嫌よ、ギレーヌが剣を教えてくれるならルーデウスと一緒に冒険に行けばいいんだわ!」

  「そうね。剣の聖地へ行きましょう!」

  「……困ったわね」

 

エリスがどれを選ぶかは正直わからない。

俺の案を選ぶか、ギレーヌの案を選ぶか、それとも困った末に折衷案にするか。

俺の提案を選んでくれるなら3人で中央大陸北方を旅し、エリナリーゼとの合流でラパンへ。

ギレーヌの提案を選ぶ場合、3人で剣の聖地に向ったとしても魔術師の俺がそこに居続けるとは思えないので、遠からず離れてゼニス捜索を始めようとするだろう。身内を失い、ボレアスの名を捨てた彼女がそれを許すだろうか。

気持ちのすれ違いがなければそうはならなかった、と思いたい。

まぁ予想に反して別行動になった場合でも折衷案にした場合でも、エリナリーゼからの報せを受けた俺が事情を話せば一緒にラパンへと行く事になるだろう。

 

一路ラパンへ。

旅〇扉を使わないせいで1年程旅をしてから転移迷宮攻略に挑む事になるだろう。

パウロと合流する時期は前世と余り変わらないことになる。

ルイジェルドがエリスを育ててくれていたし、その上でさらに5年程ギレーヌから剣術を教わったエリスは成長している事だろう。

迷宮の仕掛けに気付けるかはともかく最終セクションに辿り着きさえすれば、強い前衛が2人増えてマナタイトヒュドラを損耗無しで倒せる。

 

……俺のイメージの中でこの頃のエリスは剣聖。

ただし、白昼夢の中の過去のギレーヌの周りに居た者や前世で少しだけ目にした剣神の弟子達とは趣を異にする。

それは彼女が魔神に一矢報いるような戦士に弟子入りし、そして一人前と認められた存在だからだ。

 

剣帝レオンやカルテイルが残そうとし、しかし残念ながらギレーヌが失ってしまったモノ。

それはギレーヌがエリスに教えられなかったモノ。

現在の剣神流が失ってしまった多様性。

ルイジェルドをパーティーに入れて一緒に旅した事でエリスはそれを手に入れたのかもしれない。

だからこそ彼女はオルステッドが知る他のループよりも強くなるのかもしれない。

もちろん、そこには彼女自身の(たゆ)まぬ努力がある訳なのだが。

 

--

 

エリスに戦士の技を身に付けさせて強い剣士に育てる。

マナタイトヒュドラとの一戦、もしくはその先にヒトガミが視た苦難において俺が接近戦で遅れを取ると見込んでの事だとするのは別の意味も持つ。

短絡的に解釈すれば、それは俺に成長の見込みがないという事だ。

 

「魔術師が戦士に接近戦で勝とうとするのは考え方が良くない」

 

かつてルイジェルドがそう俺に告げた言葉が甦る。

そう言われても「常に距離を取って戦いを始めることができるとは限らない」と俺は考えた。

その前に彼はこうも言った。

 

「お前は魔術師としては完成の域にある」

 

旅の始まりと終わりに放たれた言葉。

それは褒められつつも限界点を示されたと感じなくもない。

自分が絶対の信頼を寄せる相手からの言。

鵜呑みにすることで、成長しない自分への言い訳とした。

 

ルイジェルドを連れて来た意味がそれ?

いや未来を知り、闘気を得て、魔術師としてもより高みを目指した俺はそうは思わない。ヒトガミだってその可能性を視る事が出来たはずだ。

俺にはまだ成長の余地がいくらでもある。

 

そもそもだ。

俺は魔術師でエリスは剣士だった。

ならばエリスの話を俺自身に当て嵌めてみれば良い。

剣の師匠はパウロで次にギレーヌで、ルイジェルドにも学んだが多様性を獲得するまでに至らなかったのはなぜだ?

彼らの教え方が悪かった?

俺が努力しなかった?

どちらも答えはノー。それは単に方向性の違いに過ぎなかった。

ルイジェルドは語っている。

 

「俺も魔術は専門外だからな……。

 魔術を交えての接近戦といえば、龍族が得意としているらしい」

 

そうルイジェルドは門外漢。パウロもギレーヌも同じ。

であるならばやはり気付かねばならない。

新たに魔術師もしくは魔法剣士としての師匠を探す重要性。

ロキシーという師匠は偉大で敵う存在など無いと確信するのは良い。

それはエリスにとってのギレーヌと変わらない。

だとしても、多様性の観点ではギゾルフィに学ぶ事も重要であったし、アルビレオやサラディンを師匠とする事にも意味はある。アトーフェの部下のムーアでも良かっただろうし、ミリスの『聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)』隊のような方法もあった。

いや、ムーアに弟子入りするためにアトーフェ親衛隊に入るのはちょっと無いか。

兎に角、師匠が見つからなくとも戦術研究はするべきだっただろう。

例えば龍族の戦闘術がどのような物かを大学なりアスラ王立の図書館なりで調べるとか。

 

成長という観点で振り返れば、なるほどと思う事がある。

ウェンポートでキシリカと出会ったイベントだ。

俺には恐らく3つの選択肢があった。

1つ、出会った男と仲良くなって正式な方法でルイジェルドをミリス大陸へ送る。

2つ、キシリカからのお礼として家族の位置を教えてもらう。

3つ、予見眼を手に入れる。

 

予見眼の入手は俺が成長するルートだ。

当時のエリスに勝てるレベルまで接近戦を強化する。

近接戦闘魔術師への道。

その方向性で鍛錬を積めばもしかするとアルビレオから習うよりも早く、俺は攻撃ポイントの予測こそが速度で劣る者が取り得る戦闘方法だと気付けたかもしれない。

 

もしくは近接戦闘魔術師以外の道もまだある。

それはマナタイトヒュドラ戦を神獣と共に突破した事で明確になった。

相手の攻撃を見極めるパーティーの司令塔への道。

大森林でもシーローンでも分からされたはずだ。

単独行動を取れば命が危ないと。

 

 

まとめよう。

ルイジェルドを連れ廻すことでエリスはなし崩し的に2番目の師匠を得た。

そしてオルステッドに出会わなかった場合、その後に旧師匠のギレーヌと俺とエリスは3人で旅を始める。

すると、エリスはギレーヌとルイジェルドの違いから何かを口にする。

それを宥めながら俺は何を思うか。

いや、俺にとっても剣の師であったギレーヌは俺にも何かを言うのかもしれない。

例えば、なぜルイジェルドとの鍛錬を諦めたのかと。

俺はそれなりの理由を口にするだろうが、そこでギレーヌに鋭く何かを返される。

そして――魔大陸からラノアまでに降りかかったイベントと反省点が繋がる。

新しい師匠の必要性もしくは俺なりの新たな戦闘スタイルの模索。

無事それを獲得したならば、パウロを失わずにゼニスを救出するルートへ?

それとも全く未知のルートへ?

やはり答えなぞ望むべくもないが、そこにはヒトガミの別の意図があったに違いない。

 

--

 

これまでの全てを記した綴りを閉じ、ペンを置いてからひとつ大きく伸びをする。

 

――俺には心残りがあった。

全力で生きられなかった。

立ちはだかる困難に心を折られた。

他人を羨むばかりで、配られたカードで精一杯生きる強さがなかった。

 

 

――俺は本気で生きた。

後悔のない人生を歩んだ。

結婚して、大勢の家族に看取られて大往生だ。

今でも自分の望んだ全てが詰まっている。

花丸を付けたい程、満点の人生。

 

 

――けれども、深く考えるにつれ判ってしまう。

やり直しの人生で、平凡に生きるのはなんと難しいのだろう。

必要なのは鈍感さ。

気付かなければ後悔もない。

但し、それが許されるのは異世界での再出発の場合に限る。

 

 

――同じ世界でのやり直しなら?

許されない。許さない。

如何に鈍感な振りをしようとも、振りは振りだ。

知っているから後悔が残ってしまう。

 

 

――全力で生きる。

そのためには。

俺が気付かないで済ませてきた物を求め、知る。

 

ヒトガミの予言の意味に気付き、奴を心底嫌いになるかもしれない。

オルステッドの勘違いを暴き、彼と敵対してしまうかもしれない。

また心がボロボロになるかもしれない。

それでも俺はこれから大きく動き出さなければならないだろう。

 

 

 


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