無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第113話_ナンシー先生の闘気塾

--- 気穴を知らずんば真の覇気を得ず? ---

 

「良い? シルフィ。

 闘気というのはつまり魔力。

 外に向けて放てば魔術に、内側で押し固めて力ある状態に変化させれば闘気になるの」

 

「魔力を身体の中で押し固める……」

 

教えを反芻するシルフィは暫く言われた事を実践しようと足掻き、途中クネクネと身体をくねらせて海の魔物然とした動きをみせる。それが上手くいかないと知ると、今度は祈祷師のように天を仰いで祈りを捧げてみせたりした。

謎の動きの種類が10を超える頃、彼女は恨めしそうな顔でこちらを見るばかりになった。

 

「難しいかしら?」

 

「どうやれば良いか分からないです」

 

「そうよね」

 

その言葉と頷きに、今度は困った顔でこちらを見る様子もまた興味深い。

人好きのする表情を見て、もう少し変化を楽しもうかという気持ちが膨れ上がる。

 

「今のはちょっとした意地悪」

 

私の言葉に彼女は困り顔をすっと止めて顔をしかめた。

口にした言葉に含ませた意図通りに反応する。素直な子。

だけどこれまでの幼い行動を考えれば、声を荒げた反論があっても違和感はない場面だった気はする。

年齢にそぐわない大人びた反応をする場面と幼い反応をする場面があるのは、成長段階の大人と子供の入り混じった気難しい時期だから……なのかもしれない。

前世や現世でもそういう子供は居ると判っているし、それが自分の恩人の、子供時代にも当然にあるというだけ。

さてと、そんな場合にこの後どのような態度に出られるかを予想できた私は、

 

「冗談よ。

 あなたが色々と工夫したって聞いたから、どれくらいの物か知っておくのは大事と思っただけなの」

 

と弄りを中断する。

『工夫』という単語は彼女自身が言い出したモノ。

わざとらしく使ってみせれば、シルフィはさっと表情を真剣なものへと変える。

 

「それなら自分で考えた方が良いですよね」

 

と呟きながら考え込むシルフィを見て、私は頭の中に走り書く。

彼女はおそらくこれまでにいくつもの『工夫』をしてきている。

それは研究者であったサブマスターの指導によるもの。

ただ、それがどのような意図から来るものか。

もしかするとそれは『シルフィ様』がサブマスターから受けた指導となんら変わらぬものかもしれない。

でも、転移事件の結末をサブマスターが変えた事でシルフィの人生は全く異なるものへと変化している。

ならば、1つの未来を知るサブマスターが無策でいるとは考えにくく、何らかの予想に基づいて彼女の今後の未来に重要となるモノを気付かせるために指導した可能性は高い。

それが彼女の言う『工夫』だとして、私がサブマスターと同じ指導をしなければならないわけではない。

サブマスターが自身の父に剣の指導をさせた事も考慮すれば、むしろ私はサブマスターとは別の指導をするべきだ。

それがシルフィの可能性を広げていく事になる。

そう私は信じる。

 

「ねぇ、シルフィ」

 

メモ書きを終えて声をかけたときもシルフィは未だ考え込んだままだった。

 

「はい。何でしょうか?」

 

顔をあげて彼女はそう応える。

 

「あなたが工夫をして上手くいくまで待ってあげられるのなら、それでも良いのだけど」

 

「あ、すみません。

 私のためにそこまで時間を費やす義理はないですよね。

 後は自分で」

 

「工夫できるように考える?」

 

言葉を継いだ私に頷くシルフィ。

対して私は首を振った。

 

「あなたは色々工夫して来たのだろうけど、誰もが上を目指そうとして努力や工夫をするものよ。

 私も、あなたも、あなたの師匠も、この世界の多くの人も、どこかで何かに頑張っている。

 なのに結果を出す人とそうでない人がいる。

 それはなぜかしら?」

 

「……生まれながらの才能の差でしょうか」

 

「そうね。

 きっとシルフィが経験してきた中には、そうとしか説明のつかない事があったのでしょう。

 だから、その答えを否定はしない。

 何と言えば良いのかしらね。

 ……そう、『あなたの答えは正しくて、でも間違ってもいる』とでも言うべきなのかもね」

 

「正しいのに間違っているって……よくわかりません」

 

「魔力を持たない人が居たら、いくら魔術を勉強しても意味はない。

 そういう意味で才能というのは結果を決める要因の1つよ。

 でもそれが最も大事というなら、あなたの師匠は私よりも強くなければいけない。

 私より才能のあるあなたの師匠が毎日のように鍛錬をして、どうして私よりも弱いのかしら」

 

シルフィが眉を寄せる。

師匠がなぜ強くなれないか、など考えた事もなかったのだろう。

 

「違いはどこにあるか。

 それは『基本』を重視しているかどうかだと私は考えてる。

 あなたの師匠は剣のセンスが人一倍あったから、むしろ『基本』を疎かにしてしまった。

 『基本』を飛び越えて応用的な部分が出来てしまうと、どうしても『基本』を研究する考えに戻れない。

 それはあなたの師匠だけじゃない。

 多くの人の努力や工夫が実を結ばない理由でもある」

 

伸び悩んだ時は基本に立ち返れば良い。

その時のために基本は必ず学んでおかねばならない。

そういった私の意図に理解を示すようにシルフィが大きく頷いた。

 

「ただし、世の中には基本が曖昧な事も多いわ」

 

「その時にはどうすれば良いんですか?」

 

「仮説を立てて基本を推測する事になる」

 

「……とても難しそうです」

 

「難しいわね。

 でもそれが理解できているなら、むしろ芽はあるわ。

 言われて急に出来る必要なんてないのだもの」

 

シルフィの顔にはもやもやが残っているようだった。

ややもすると、パウロさんあるいはサブマスターが『基本』を大事にしろという私の意見とは別の指導を行ったのかもしれない。

でも問題は無い。

彼女がいつか私とは別の意見を持つ事になるかもしれないとしても、それは彼女が考えに考えた結果に過ぎないのだから。

 

--

 

仕切り直して。

 

「では闘気とは何か。

 基本を言ってみて頂戴」

 

「魔力を練って意味ある形にし、肉体に干渉させたモノです」

 

教えたばかりの内容がやや彼女なりの言葉となって戻って来る。

 

「そうね。

 でもそれは闘気としての基本でしかない、ということは分かるかしら?」

 

「分かります」

 

シルフィの答えは私の期待には応えなかった。

基本でしかない、と告げた事の意味を彼女は答えるべきだ。

故に私は彼女の瞳の中を強く見続ける。

流れる沈黙のせいか、それとも顔をまじまじと見つめられたせいか。

 

「あの……?」

 

とシルフィは困って耳を一撫で。

私の意図はまだまだ通じそうにないので、もう一つ補助線を用意する。

 

「もし私が他の誰かに今の説明をするのなら、もう一段階踏み込んだ説明になったはずでしょうね。

 でもシルフィは魔術が使えて、その存在を知っているから説明を省いたの」

 

「魔術……魔力。

 闘気の基本でしかない……あっそうか!」

 

シルフィが独り言ちながらポンッと両手を合わせ、私が口を挿むより早く言葉を再び紡ぐ。

 

「この世界のありとあらゆる物に魔力は宿っています。

 人が魔力を体内で意味のある形にすれば闘気に、体外へと放てば魔術になります。

 物に魔力が宿れば魔力付与品になります」

 

こちらの意図を漸く察した彼女は魔力の基本に話を切り替えた。

これならば次の質問が出来る。

 

「なら体内の魔力についてはどう考える?」

 

「『体内の』ですか?」

 

「ええ。

 闘気や魔術になる以前の魔力はどこにあるのかしら?」

 

「魔力はありとあらゆるものに宿っているので、人の体の中にあります……」

 

「そう、ね。

 つまり、あなたはこう言いたいということかしら?

 身体中に魔力はある。

 あなたの血、肉、骨、臓物、眼球、髪の毛、睫毛の先まで"均等"に魔力はある、と」

 

「そうではない、のでしょうか?」

 

「私が『均一ではない』と言えばあなたはそれを信じる?」

 

「信じません。

 魔術のために身体から魔力を取り出すとき、全身から魔力は取り出されるように感じます。

 髪の毛一本一本から取り出しているようには感じないですけど、それでも全身は全身です」

 

実体験から来る答えという訳だ。

 

「なら一つ教えて頂戴。

 治癒魔術を使うとき、魔術師とそうでない人で魔術の結果に違いがあるかしら?

 例えば魔術師でない人を治癒するときとシルフィ自身を治癒するときで必要な魔力は変わってくる?」

 

「怪我の程度が同じなら同じだけ魔力を消費すると思います」

 

「私もそう思う。

 なら、あなたが先に述べた事と矛盾が生じてしまうのではなくて?」

 

「矛盾……矛盾が?

 すみません。特におかしな点はないと思いますけど」

 

「そうかしら?」

 

「だって人の体内には微弱な魔力が流れていて、治癒魔術はそれを捻じ曲げて修正力を発生させるだけです。

 だから対象の魔力量によって……」

 

そう言いかけてシルフィは固まった。

 

「気付いたみたいね」

 

私がそう言ってもシルフィは固まったままだ。

 

「こう仮定してみましょう。

 魔術師でない人より、魔術師は魔力が多く、それだけ体内には多くの魔力が流れているとした場合。

 治癒魔術では治す怪我の程度、捻じ曲げる魔力量によって消費魔力が決まるのだから、魔術師の治癒には魔術師でない者の治癒よりも多くの魔力を消費せねばならない」

 

「……そのはずです」

 

「でも結果はそうではない」

 

「結果が正しいのなら、仮定が間違っています」

 

「だったら新しい仮定を示してみなさい」

 

シルフィは俯きながら少し考えて、それから顔を上げた。

意見が纏まったのだろう。

 

「人間の体内には微弱な魔力が流れています。

 でもそれは魔力総量のためにキープされている魔力とは別、なのかもしれません」

 

「そうね、私も同意見。

 私達魔術師が魔術を使うとき、肉体を成すために流れている物とは別の経路から魔力を取り出している。

 それを私は『経絡』と呼んでる。

 『経絡』は全身にまるで血管のように張り巡らされているけれど、血管とは別の目に見えないものなのだと考えられるわ」

 

「その考え方だと、私達が魔力総量と言っているのは『経絡の中を流れる魔力の合計』という事になるのでしょうか?」

 

「飲み込みが早いわ」

 

訊き返したシルフィを褒めると、彼女は照れ臭そうにはにかんだ。

 

「さてシルフィ、話を戻しましょう。

 あなたは体内の経絡から魔術のために魔力を取り出す方法を知っている。

 でも闘気のために取り出す方法は分からない」

 

「分かりませんけれど……それはつまり取り出し方に違いがある、ということですか?」

 

鋭い質問だ。

 

「あくまで私の感覚的な表現だけれど、闘気のための魔力は『経絡から染み出す』ようにしなければならないわ。

 その状態ではまだ魔力としての意味はないから、それを私は闘気の元、即ち『気』と呼んでいるの」

 

「経絡の中を気が流れている、それを魔力として取り出す方法を私は知っています。

 それとは異なる方法で気を経絡から取り出せるようになれば私は闘気を得る事が出来る。

 染み出すように……ですか」

 

「そういうこと」

 

「とても難しそうです」

 

「出来ない人が一生をかけて鍛錬しても無理なケースもあるくらいにね」

 

前世のサブマスターが実証している事だ。

でも封穴法や開穴法を使えばきっとなんとかなるだろう。

あとは理論的に分かっていても、それらを実際に使った経験が私にない事が多少のネック。

だから他の方法があるならば先に試した方が良い。

 

「私もそれに当て嵌まるのでしょうか?」

 

「可能性は高いわね。

 普通の剣士なら魔力がなければ出来ないような事を想像するのが一番早いのよ。

 自分よりも速い相手の剣を躱したいとか、岩のように固い魔物を切り裂きたいというようにね。

 届かない物に手を伸ばそうとしたとき、ふいに闘気によってそれに手が届く感覚を剣士は覚える。

 でも今説明した方法はシルフィには向いていない」

 

「私に向いていない……?」

 

「だってシルフィがそういう状況になったら無詠唱魔術を使って殆どの対処をするでしょう。

 それに経絡から気を染み出させる方法を魔術師的な表現に代えると『魔力を制御しないようにする』事に近いの。

 無詠唱魔術師として体内の魔力の制御を当たり前のように身に着けたあなたにそれをしろというのは酷な注文なのよ」

 

サブマスターはその点について考え違いをしていた。

彼は日記の中で『大量の魔力を保有する事で闘気を纏うための体内魔力の繊細な制御が不可能になってしまったせいだ』と結論付けていたけれど、前世でサブマスターが人形制作のために無詠唱土魔術を用いて微細な造形を施していた事とは矛盾があるように思える。

それを考慮すれば微細な魔力制御が出来なかったとはとても言えないし、闘気と無詠唱魔術の両方が使える私の感覚からすれば『繊細な魔力制御』は闘気を扱うのに必要ない。

むしろ闘気をただ体内で練り固めるだけなら魔力を生成する時のような繊細な制御は不要だ。

 

魔力制御の繊細さと魔力総量に比例関係は存在しないとするなら、サブマスターが闘気を纏えなかった理由は別にある事を意味する。

私の見解は先に述べたように対極。

魔力制御が完璧過ぎると経絡から気を染み出す事ができず闘気を纏えなくなってしまう、と考えている。

またこれも私の実体験になるのだけれど、体内の魔力総量が非常に少ない場合はどんなに魔力を制御していても経絡から取り出される魔力は気が染み出すのと大差がなくなる。

だからもし、サブマスターの魔力制御能力が転生後にも生前のように完璧だったとして、勘違いをしたままでも闘気を得るルートは残されているし、サブマスターは既に闘気を獲得して私と同じ気付きを得た可能性が高い。

 

もちろんこれらの理論には仮定が多すぎるけど、そもそも闘気や魔術の根源となる魔力が一体どこにあるのかすらも私達は分かっていないのだから、サブマスターが考える論も同様に土台は仮定だらけなものだ、と言えるはず。

 

「私の考える魔力の基本はこれで全部よ。

 どうかしら?」

 

「どうと言われても……。

 なるべく魔力のことを意識せずに、魔力がなければ出来ないような事を想像して剣を振るえば闘気は手に入るのかもしれません」

 

「それがあなたに出来る?」

 

「いえ……無理そうです」

 

「そうよね。

 この世界の魔法剣士で闘気が扱える者は数える程しかいない。

 しかもそのほぼ全員が剣士として先に聖級になった者というくらい、難しい問題なのよね」

 

「そんなに難しいのなら」

 

「諦める?」

 

「……いえ。

 何か手立てがあるはずです。

 実際、ルディは魔術を覚えてから闘気を使っていましたし。

 例えば何かの方法で体内の魔力を制御できない状態にしてしまえば良いのかもしれません」

 

「へぇ」

 

「何かおかしなことを言いましたか?」

 

「そうじゃなくてあなたが今、口にした方法が実際にあるからちょっと驚いたの」

 

「エッ!

 あるんですか?」

 

「シルフィの考え方は北神流に伝わる伝承技術、『開穴法』に近いと思う」

 

「かいけつほう?」

 

「そう、『開穴法』。

 北神流によると人の身体には『気穴』と呼ばれる体内の『気』を自然排出する場所がある。

 それを無理矢理に外から開いて体内の『気』を低下させる技術よ」

 

「そうすれば闘気を得られるのですか?」

 

「経絡の中の『気』がゼロに近くなれば、身体を構成するための魔力との間で濃度差の逆転現象が生じると考えられるわ。

 すると魔力は『気』へと分解されて経絡に戻る。

 その時の感覚が気の染み出す感覚に似ているそうよ」

 

「私、それを学ぼうと思います!

 どこに行けば良いのでしょう?」

 

やおら立ち上がるシルフィ。

 

「待ちなさいな」

 

逸る彼女をやんわりと押し留めれば首を竦めて縮こまるのが見える。

1つ嘆息をしてから話の主導権を元に戻す。

 

「意気込みや良し。でも焦り過ぎね。

 飛びつきたくなるような話なのは分からないでもないけど」

 

シルフィがコクリと頷いた。

 

「そうやって1つの事しか見えなくなった時というのは余り良い兆候だとは言えないわ。

 もっと良い案があるのだとしたら、どうなるかしら?」

 

「焦ったせいで遠回りになります」

 

「そうよね」

 

「でも本当にあるのでしょうか。

 他に案が無かったとしたら悩むだけ無駄になってしまう気もします」

 

「まぁそれも一理ある。場合によってはね。

 けれど経験則として覚えておいて欲しいの。

 1つしか案がない場合というのは良くない兆候よ。

 可能であれば3つの案を考えるようになさい。

 1人が考えられる事には限界もあるから、どうしても案が出てこない時には他の人に訊いてみるのも有」

 

「ではナンシーさんには何か妙案があるのでしょうか?」

 

「ないわね。

 普通ならだけど」

 

「普通、なら……」

 

そう、普通の剣士なら。

この言葉は先程言いかけたもの。

それを彼女は自身を魔法剣士と定義し、そうでないからという意味に早合点した。

だけど今度は待ってくれるらしい。

 

「でもね。

 シルフィにしかできないとっておきの闘気の修得法があると、私は思うわ」

 

シルフィが目を見開き、「本当なのでしょうか?」と疑いの言葉を返す。

それを私は失礼と思わなかった。

 

「良い?

 シルフィは無詠唱で魔術が出来るから分かると思うのだけど、無詠唱は詠唱によって発生する魔力の流れを再現する技術よ」

 

「そう教えてもらいましたから判ります」

 

誰がという部分は無くとも、それを教えたのはサブマスターだろう。

 

「では、もし闘気と同じ結果をもたらす魔術があるとしたらどうかしら。

 シルフィはそれを再現できると思う?」

 

「詠唱を使ってですか?」

 

「ええ。

 闘気を発生させる詠唱魔術があれば、という仮定よ」

 

「その魔術では『経絡』から魔力を取り出すのに通常の魔術とは違う、『気』を染み出させて闘気にする方法を取るのでしょうか?」

 

「そう仮定しましょう」

 

「なら、たぶん出来ると思います」

 

「いいわ。

 では次。

 あなたは無詠唱の治癒魔術を他人に使う事が出来ると言っていたわね」

 

「はい」

 

「それはどうやって出来ているのかしら。

 治癒魔術は相手の容態に合わせて工程の一部が変化する魔術なのに、ね」

 

「えっ?

 対象の体内の魔力の流れに合わせて掛ければそれが出来ます」

 

「理論的にはそう。

 でも多くの人は相手の体内の魔力を知る事は出来ない。

 ルーデウス・グレイラットはできない筈だし、私も出来ない」

 

「ルディにも? ナンシーさんにも……ですか?」

 

「ええ。

 ルーデウス・グレイラットについては多分だけれど。

 私が言いたかったのは『普通』は出来ないという事。

 でもあなたは出来る。

 なら簡単な方法で闘気を学ぶ事ができるんじゃないかしら」

 

黙考。

私の言いたい事、伝えたい事をシルフィが俯き吟味する。

 

「つまり…………」

 

ぶつぶつと独り言が聴こえ、そしてそれも止むとシルフィが顔を上げた。

何かを言いたい。そんな顔だ。

 

「言いたい事があるなら言ってみたら良いわ」

 

間違っていても良い。

私はそんなに狭量な教師役ではない。

 

「えっと、ですね。

 魔術とは経絡から魔力を取り出し、意味ある形に加工して腕の辺りから出す技術です。

 そして闘気とはお話を聞いた限り、経絡から気を取り出して意味ある形にして留め、肉体を強化する技術。

 経絡から力を取り出すという点で2つはほぼ同じ技術ですが、取り出し方は異なり、その後に体内に留めるか体外へと放つかも異なります。

 また魔術には詠唱があって強制的に経絡から魔力の取り出しと加工を行ってくれます。

 そしてその方法を感じて再現すれば無詠唱魔術の完成です。

 しかし闘気には詠唱がないので気の流れを知る事が難しく『本来は』再現できません」

 

正しい知識を備えた上での正しい分析。

応用する力もあるのだろう。

だがそれは完全ではなく、あくまでも彼女の知る常識の範囲内。言うなれば常識が邪魔をする。

それでも魔術も闘気も根っこが同じ物だとアドバイスすれば、それを打破するのも時間の問題。

 

「それで?」

 

「他者の体内魔力の流れを知る事ができるという前提があるならですけど。

 誰かが闘気を使っている時にそれを知覚し、真似するだけで闘気を手に入れる事が出来る……かもしれません」

 

彼女が口にしたことに私は驚いた。

いやもし今のやりとりを誰かが見ていたら、『これだけのヒントを出したのだから分かって当然だろう』と言うかもしれない。

でも、シルフィの答えを聞く前の段階でその答えに気付いた者は何人居るか。

答えを聞いてみれば「そうだ」と思う事、そして一度聞いてしまえば当然のように聞こえる事。

ただし、それはあくまで答えを聞いた後でしかない。

 

別に気付けた私の頭が良い訳ではない。

私同様に複数人の実力者から闘気の運用に関する知見を聞いていれば、頭の良し悪しに関係なく気付ける事だ。

でもシルフィにそれはなく、あるとすれば発想力(センス)や応用力によって補ったという事になる。

これまでの旅の中のやりとりでも年相応な娘子だったと感じる部分も多く、『シルフィ様』とはかけ離れた印象を受けるシルフィがそれを導き出したのなら、目の前の彼女からは別の新しい可能性を感じずにはいられない。

 

未来には無限の可能性があるから?

そうだとしたら、彼女の可能性を残したのはおそらくサブマスターだ。

彼がシルフィの中に見出した才能を引き出し、伸ばすために前世と異なる指導を選択している。

その価値は私の新たなマスター探しの経験に匹敵する。

なぜ闘気について教えなかったか、と疑問に思っていたけれど……少し意図が判った気がする。

 

指導によって彼女はまるで『ダムゲートコントロール』が外れた存在になった。

前世で彼女が抑え込んでしまった未来が、この先にはきっとある。

前世の私に内包された危険性と、それ故に認められた可能性に近しいそれ。

前世の彼女というピースの形がサブマスターにとって必要だったはずなのに失われてしまったとするなら、私がこれから教える事もきっと彼の決断に沿う物となろう。

 

「なら、それをやってみる?」

 

「もちろんです」

 

立ち上がると、シルフィが傍まで寄ってきて私の手の届く距離で並んだ。

治癒魔術を使う時のように寄り添うということはそれ以上遠くからは相手の気の流れを看破できないからだろうか。

私自身に秘密がある以上、あちらの秘密を聞くべきでもない……か。

 

兎に角、準備が出来たようなので経絡から気を取り出し、それを操って一カ所に集め、さらに練る。

手から腕へ、さらに闘気を広げて右腕をすっぽり纏気で覆って、そして何もせずに解除した。

剣士の纏う闘気は身体全身から発せられる事の方が多いが、彼女の特殊能力を鑑みれば部分的なもので問題ないだろう。

 

「判ったかしら?」

 

「え?」

 

キョトンとした顔のシルフィ。

分からなかったのだろうか。

それならそれで問題はない。その時はまた別の方法――例えば開穴法――を試してみれば良い。

 

「ん?

 魔力の流れを読み取れたかどうかを聞いたのだけど。

 どう?」

 

と考えていたのだけれど、

 

「あぁ。あの。

 はい。何となくですけど」

 

どうやら分かったらしい。

 

「じゃぁ真似してやってみて頂戴」

 

促すとシルフィが目を瞑った。

体表面への魔力感知では特段の変化はない。

 

「直ぐには出来ないでしょうけど、先程教えた基本を体験として理解すれば良いわ。

 あなたの師匠、パウロさんが10年かけて漸く辿り着けるかという境地。

 あなたの工夫があれば数か月で物に出来るかもしれないけれど……」

 

話の途中でシルフィがカッと目を開く。

その瞬間、こちらのパッシブ状態になっていたはずの戦闘意識が強制的に覚醒し、筋力と知覚力が纏気で満たされる。

そして彼女の手と足がゆっくりと動くのが見え、それに合わせて身構えようとした自分の動きが彼女より遅いと知る。

 

――不味い。

そう思った瞬間。彼女の膝が一瞬見えず、見えないと気付いた時には既に腰高に上げられていた。

 

――認識できない!

背筋を襲う戦慄に死を覚悟するも、緩慢に流れる時間。

もどかしい中で防御態勢に移ろうとしたが、彼女の動きの方が速い事は分かり切っていた。

 

彼女が大地を蹴ったのか、大地が1足分めり込む。

1歩、2歩。足が大地に着くのは残念ながら認識できない。

が、彼女は真っ直ぐに走っていく。こちらでなく地平の彼方に向って。

 

死は……訪れなかった。

 

「ぅわあぁぁぁぁぁぁぁ」

 

そして遅れて聞こえる悲鳴。

シルフィは草原の遥か彼方まで一瞬で疾駆し、姿を消していた。

なのに叫びだけが耳に入った。

音よりも速く移動した? その途中すらも捉えられないとは……。

無詠唱の魔術を使ったのではない。間違いなく闘気による身体強化の結果。

 

「闘気による筋力強化。

 でも込めた気が多過ぎたのね。

 それに私は腕だけに闘気を纏ってみせた。

 見せるだけのつもりで部分に抑えたのは不味かったかしら」

 

本来の修得方法とは全く異なる方法で闘気を獲得した影響はこんな事になるのか。

反射的に分析を終え、呟いた内容へ意識が戻ろうとし、そして諦める。

あの娘は旅の終り頃に身に付けば良かった物をたった一度の会話で修得してしまった。

闘気運用の基礎。それは本来、一朝一夕で体得できぬモノ。

私が積み上げた鍛錬があの娘にそのままコピーされたようなモノ。

こうなると、また予定の組み直しが必要になってしまうけど。

いつまでも戻って来ないシルフィを迎えに行こうと、新たな予定を考えながら私は歩きだした。

 




次回予告
中継地マリーバードは大きな街だ。
彼女の居た小さな世界のあらゆる物が数倍の規模で育まれている。
底に潜む悪意すらも。

次回『広がる世界』
子供と旅行者は格好の的。
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