無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第117話_由緒

--- アネモイは風神の総称であり、主たる4つ柱にノトス、ゼピュロス、ボレアス、エウロスの風神が存在する ---

 

浮遊城(フロートテンプル)構想とは世界覇権を確実な物にせんがために人族が抱いた野心溢れる空想である。

発端となるのはよくある話だ。

 

翼無き種族の憧れ、空を舞う力。

幼き頃に、空を自由に飛べたらと妄想する者も多い。

そして大人になりきれなかった魔術師の中には魔術を用い、その望みを叶えようとする者がいる。

例えば風系統をどうにかすればと思い付き、毎年幾人かが後先を考えず実行に移す。

結果、落下死または自殺と認定される。

 

空へ憧れを持つ者はさらなる妄想に耽る。

空を自由に飛べたなら、どんなことができるだろうか。

だがそこで疑問が湧いて来る。

天族はひっそりと天大陸で暮らしている。

なぜだ。

なぜなのだ?

 

だれかが訳知り顔で、こう答える。

「真なる天大陸。天人達の楽園が存在するのだ」と。

いつしか言葉は一人歩きを始め、話には尾ひれがついていく。

 

ある高名な画家は話を聞きつけ、絵にした。

巨大な大地、広がる緑、大理石のように光る白石からなる街。

奥には金と赤の宮殿までもがそびえる。

 

絵には『シャングリラ』という名前が付けられていた。

画家がどのような意味でその名を付けたのか。

いまや知る者はいない。

しかし確かに人は伝承した。

幻の浮遊大陸『天宮シャングリラ』の存在を。

 

さて話は浮遊城(フロートテンプル)に戻って来る。

『天宮シャングリラ』は存在も不確かな天族の住まい。

だから人族は自分達の手でそれを建造しようとする。

それが浮遊城(フロートテンプル)構想である。

全長3千メートル、外周1万メートルにも及ぶ逆三角錐型の岩盤に魔力を動力とする推進器を取り付けて城や山、湖などを載せて循環システムを配し、1つの都市を丸々飛ばす。

本構想の最大の特徴はそんなものだ。

約10万の人を収容可能にしたそれは、地上の様々な地理的条件を無視した降下猟兵団の運用を目指している。

しかし、ラプラス戦役後に突如現れた空の支配者空中城塞(ケイオスブレイカー)の存在によって、いまや空想的であったと過去形で語らざるを得ない――と甲龍歴418年に住まう人々は誰もが考えていた。

 

唯一人の熱狂的な信者を除いて。

 

 

--

 

「この地に溢れる災力、今、汝の求めに応じん。

 されど未来はその限りに在らず。

 我、ただ(ひとえ)に元凶なりし力の滅殺を願う者也」

 

暗い紺色のマントを羽織った筋骨隆々の男が放った言葉。

古い言い回しだ。

其れは決別を意味する言葉であった。

それだけを残し男は颯爽と部屋を出て行く。

ここはとある執務室。

入り口には密度の高い木材が使われた扉、両脇には天井まで並ぶ書類棚、最奥の壁には上部がアーチ形になった木枠で設えた窓。6つに等分された透明度の低いガラスが嵌め込まれ、窓の手前には執務机が鎮座する。

執務机には初老の男が座り、今しがたの決別劇には何ら興味も無さそうに落ち着いたペースで書類に署名し続けている。

 

「宜しいのでしょうか」

 

声を掛けたのはやや赤みのある紫のローブを纏った第三の男だ。

開いたままだった入り口扉を閉めながら部屋に入り、マント男が歩き去った方角に視線を動かしてみせる。

部屋の主は暫くの間、その所作に反応しようとせずに間断なく作業に没頭しているようだったが、手元の書類の山がなくなった頃、ついに「大事ない」と声を発した。

その様子にローブの男は納得せず「しかし、ウォーレン様」と言い募る。

名を呼ばれた初老の男が顔を上げる。

 

「我々は皆、互いの手足を糸で結んだ操り人形なのだ。

 あちらが強く引くときにこちらも同じく引いてしまえば、たちまち糸は切れてしまう。

 糸の切れた人形がどう動くかを想像するのは非常に難しい。

 故に、なるべく糸は切らぬよう心掛けよ。

 あちらが引くときは緩め、あちらが引き疲れた時を見計らって強く引くのだ。

 さすれば人形は人形らしく動いてくれよう」

 

「運命の反作用(リアクション)、ですか」

 

先の説明はウォーレンが以前から提唱する理論なのだ。

ローブの男はそれを分かっている、理解していると言葉と態度で示した。

しかし、説明されたとしても実証の伴わない理論を信じる程にローブの男はウォーレンを妄信していなかった。

その事に怒りを見せぬのだからウォーレンは妄信を望んではいないのだろう。

 

「無理からぬな。

 だが機関を掌握するに到ったのも『方程式』に従って動いたまでの事。

 星は我と共に。

 お主はそう思えぬか?」

 

既に理論は実証されていたのだと、ウォーレンは新たな事実を開陳する。

超越機関に占星術師として招聘されたウォーレンは、この2月(ふたつき)で失われた古代龍言語魔術を発掘し、またいくつもの実現不可能とされた魔導技術を発明し、恐るべき未来図を描いた。

多くの構成員はその力を評価し、勝ち馬に乗るように信奉し始めている。

その手際、余りに短い期間の出来事だった。

 

組織の創設者達が不在の間にこのような事をして良いのだろうか。

少なくとも彼らが一目置いていた尊者が先程、離反したというのは組織の空中分解を暗示している気がしてならない。

だからこそ確かめねばならないという決意をローブの男は持ったようだった。

 

「尊者様には『チャクラの導き』なる力があるようですが」

 

「あれこそが(まやか)しぞ。矛盾に満ち満ちておる」

 

ウォーレンは言葉と共に微かに笑う。

ローブの男からすれば『チャクラの導き』にも十分な実績がある。

それを瞞しと断言する事は難しい。

 

「師にはあれがお判りに?」

 

「あやつの力も正体も当の昔に露見しておる。

 如何に足掻こうともあやつがあの力を使う限り、種の明けた手品師は操られるだけの人形の身。

 機関からの離脱もそのための布石に過ぎぬ」

 

ローブの男はそこまで聞いて、はっと気づいたような動きと共に慌てて扉を開ける。

廊下に誰もいなかった事に安堵する男。

 

「げに恐るべきは星見の力でございますな」

 

「目の当たりにすれば誰もが信じずに居れぬ筈だ」

 

2人は似たようにほくそ笑み、そしてローブの男だけが部屋を出て行く。

老人は扉が閉まるのを待たずに作業を再開している姿を見せていた。

一方、出て行った男の表情からはすっかり不信の色が拭い去られ、ウォーレンの望んでいないはずの妄信者の如き自信で漲っていた。

 

 

--アン視点--

 

王城へと延びる道は一つ。

最も他国からの侵入が少ないとされる海側、即ち西から王城のある丘へと続く道だ。

その道の入り口近くを陣取るのが西方を守護するゼピュロス家の屋敷。

国防上、北方砦を管理するゼピュロス家の現在のイメージは北だけれども、本来のゼピュロスは西を司っていた。

かつてのゼピュロスは西。これでは少し情報が少ないかもしれない。

ではミルボッツ領、つまりノトスが南を司ると聞けばどうだろう。

勘の良い者はピンとくるのではないか。

ドナーティ領の東、ミルボッツ領の北、そこに位置するはフィットア領。

そうラプラス戦役まではフィットア領のあった場所にこそ王都があった。

 

王都ゼノビア。

かつてアスラ王国の中心地だったその地は『人類最大の栄華を極めた都』と呼ばれていた、と歴史書には記されている。

また第一次人魔大戦の終盤には人族は彼の地を砦に作り替え、『人族最後の砦、城塞都市ゼノビア』と呼んだ。

若しくは単に『城塞都市ゼノビア』と呼ばれる時期もあったという。

そしておよそ4千年の後、ラプラスの侵攻によって大きな打撃を受けて壊滅。

城塞の名残りはフィットア領ロアに残っていたというが……歴史的遺物も9か月前の転移災害により完全に消失してしまっている。

 

考えてみれば、あの地が消失するというのは歴史的に2度目だと分かる。

ゼノビアの北には山脈を越えた地にフィットア領、東にウィシル領があった。

旧フィットア領はラノア王国南方の森林地帯、旧ウィシル領は紛争地帯の北西端にあったと言えば分かるだろうか。

そう。アスラ王国とはその中心線に山脈を擁した山地国家だったのだ。

古の時代、人族という力の弱い種族が生き残るためには地形を利用して優位に戦わざるを得なかったという側面もあったのだろう。

山地国家の終焉はラプラス戦役時、山脈に赤竜が放たれ分断された事で迎えられる。

体制基盤の再構築として、王都は魔大陸から最も離れた都市、第一次人魔大戦で活躍した英雄の名を冠したアルスへと遷都。

と同時に戦勝記念のための門が建立される。

戦役後にゼノビアは新フィットア領へ、そして新ウィシル領は東の防備を固めるために現在の場所へと新たに作られていく……

 

 

人族最古の町ね。

実際はドナーティ領やミルボッツ領の方が領地としては古いのだけど。

そういう細かい指摘は野暮というもの。

と心の中で呟いたのは西の果てのアルスにおいても、その方角を守らんとするゼピュロスの屋敷の応接の間だった。

身内を客間で迎える事には疑問を覚えるけれども、この屋敷を管理する三男のケール、本名ケーレブ・ゼピュロス・グレイラットに妬まれている事を思い出して気に留める必要は無いと考え直す。

 

「姉さん、随分とご自由にやってらっしゃるようで羨ましい限りです」と部屋へと入って来るなり嫌味を放ってきたのが、その人だ。

 

「貴方は少し疲れてるよう。

 王都での貴族生活というのは存外、心労が多いのね」

 

「気苦労ばかりですよ。

 誰のお陰かは存じませんが、ね」

 

「あぁそう」と軽く受け流すと、ケールが歯噛みして表情を歪ませる。

私の手紙のせいであちこちの貴族から吊るし上げられたか、それとも綺麗な包装紙でくるんだ嫌味を沢山プレゼントされたか。

だがそれが彼の仕事なのだから私としては「大変ね」と思う以外、共感はない。

 

「それはそうと、今日は少し調査を依頼したいの」

 

「お断りします」

 

内容を説明する間も無い程の素早い峻拒は意志の固さを表していた。

嫌われているから、と思うには少し固すぎるそれ。

 

「あら、なぜ?」

 

「分からないのですか?」

 

「理由があるなら教えて欲しいわ」

 

「本当に?」

 

「えぇ全く」

 

短い応酬の後、見つめ合う瞳の中に思い当たる節のないという意を込めれば、向うが先に折れて"仕方ないな"という色彩を寄越す。

 

「ここはアスラ王都におけるゼピュロスの受付窓口であって、姉さんのバックアップ機関ではありません」

 

「情報を集めて分析し、実家に送る役割もあると記憶しているのだけど?」

 

「それは勿論。

 ですから調査能力はあります。

 しかし、それはあくまで家のためであって姉さんの私物としてではありません」

 

「そうね、その通りだわ」

 

「では」

 

口に出さなかったのは"お帰りを"という言葉だと推測するのは難しくない。

そしてそれに対する反論はきっと、"ゼピュロス家の利益になるなら依頼が出来るでしょう"という指摘。

しかし、ここで私が揚げ足を取ったとして感情的なしこりは残り、真面な調査結果が得られないかもしれない。

それでは困る。

考えている内に、既にケールは立ち上がっていた。

 

故に見上げながら「最後に1つ、聞いておきたい事があるのだけど」と彼を引き留める。

「何か?」と立ったまま投げられる声にはもう応対の興味すら消え失せている。

 

「手紙を陛下にお渡ししたのは誰?」

 

ケールは誰の、何の手紙かというシラの切り方を選ばなかった。

質問に対する彼の答えは「私です」という紳士な対応だった。

 

「そう、父上は貴方に任せたのね」

 

「業務上の義務を果たしただけで、私が姉さんと共犯関係になるという理屈は成り立ちませんよ」

 

別に言い掛かりをしたい訳ではないので、ケールの言葉は無視する。

 

「陛下へ手紙を送ると決めたのは父で、それは何通あったのか知りたかったの」

 

「1通です。私は1通の手紙を非常に友好的(・・・・・・)なルートを使って陛下へとお届けしました」

 

「であるなら、その1通には私の署名がしてあった訳ね」

 

「ええ……中身を見てはいませんが、結果からすればそうでしょう」

 

「なら知らないのね」

 

「何をです?」

 

「手紙はね、同じ内容で2通用意してあったの。

 1通は私の署名付きのもの、もう1通は署名の無いもの。

 父がゼピュロス家の署名をする事も可能だったし、無記名のまま陛下へお届けする事もできたという事」

 

「父上が姉さんの名で手紙を出す判断をした。

 だから自分に非は無い。そう言いたいのですか?」

 

「少し違うわ」

 

否定してみせると、ケールの表情は見下ろしたままの形で一瞬驚きに満ちた。

 

「手紙を公表したのは陛下。

 つまり最終判断は陛下がされた。

 揉み消すも良し、名前部分だけ隠匿するも良し。

 でも陛下はそうされなかった。

 違う?」

 

「そうですが、だからといって――」「あぁ因みに」

 

私はケールに最後まで言葉を紡がせなかった。

 

「貴方が調べた情報を父がどのように取り扱ったとしても、その判断について調査した側に責任が生じるとは思っていない。

 貴方が私に考えているように、ね」

 

どうやら私の言いたい事は伝わったらしい。

ケールは席に戻り、「それで何を調査したら良いのですか?」と聴く体勢を作った。

少し手間取りはしたけれど、私はそれで満足した。

 

--

 

ケールが仕切り直しとばかりにメイドを呼びつけて持ってこさせた紅茶は芳醇な匂いを漂わせ、飲む前から一級品だと分かるものだ。

ただそれに舌鼓を打ちながらも、私は自分の予定を忘れなかった。

 

「誰がルーデウス・グレイラットをこの国から追い出そうとしているか知りたいの」

 

ティーカップをソーサーに戻すよりも早く、話題を切り出す。

一方のケールは行儀よくソーサーにカップを戻してから「彼を何ですって?」と問いかけて来る。

 

「フィットア領ロア近くにあるブエナ村、つまり彼の生家が襲撃を受けた。

 という話は未だこちらでは知り得ていない情報のようね」

 

「フィットア領での情報網の再構築にはまだ時間が必要です」

 

「そうでしょう」

 

「寧ろ、姉さんはどこからその情報を?」

 

「私自身が元より調査と警戒のためにフィットア領へと足を伸ばしていたの。

 彼が連行されたと聞いて、その空隙を狙った陰謀の可能性があるかもしれない。

 そう考えてブエナ村へと向かった。

 ただ想定よりも相手の動きが早かったせいで未然に防ぐとはいかず、襲撃へ横槍を入れる形になったのだけど」

 

ケールの少し考える素振り。

 

「ギリギリで介入出来たならば相手の人相や戦力は分かる訳ですか」

 

頷いて懐から一通の折り畳んだ紙を差し出す。

そこに書いた内容は、北神流の使い手たちについて。

バダラク・エコーと名乗る隊長格とロバート、ヴェルナー、マックスと呼ばれた3人の剣士。

それから伏兵が1人に照明弾を飛ばすための警戒役が複数人、6人以上の戦闘集団に出会った事。

名前は恐らく偽名。

戦力は王級1に聖級3、不明3以上といった内容。

統率の良さと指揮系統の存在から推測して、冒険者より便衣兵の可能性が濃厚。

 

「よくご無事でと言うべきか、また無茶をしたようですねと言うべきか」

 

紙を開いて目を動かし終えたケールが、顔をあげてそう呆れていた。

前に無茶をしたというのは北方砦に初めて向かった時の武勇を伝え聞いたのだろうか。

それとも、およそ貴族の女性がする事ではないと言いたいのか。

だが私はそれを受け取らなかった。

 

「相手を退かせるのが精一杯で捕虜も無しよ」

 

「姉さんが戻ってきて、この話を伝えてくれたことは十分な手掛かりでしょう。

 北神流の手練れを相当数揃えられる力が相手にはあるということも理解できました」

 

「そうね」

 

「それ程の資金力や伝手に該当するのなら王貴族連中が怪しい。

 動機の点からも最有力はダリウス前大臣の怨恨。次点でテロ疑惑を掛けられたノトス家という事になりましょうか」

 

ケールの言には危うさがあった。

王都で暮らす彼が常日頃に四苦八苦している相手がそうさせるのかもしれない。

だから「調査の前から余り先入観を植え付けたくないのだけれど」と前置きして、私見を挟む事にする。

 

「動機、心理的に時間が足りなさ過ぎる。

 ダリウスという線はほぼないでしょう」

 

「動機ならあると思いますが」

 

「ないわ」

 

「そうでしょうか」

 

「ダリウスは当初、水帝を捕まえようなどと考えてはいなかった。

 ただ転移災害の責任をボレアスが負わぬようにするための身代わりが欲しかった。

 それも体勢が整うまでの時間稼ぎが出来れば良いというくらいの身代わりよ」

 

「でも計算違いは起こった?」

 

「ええ。計算違いの末にルーデウス・グレイラットは王都へと連行されてしまう。

 でもダリウスは動じなかったはずよ。

 王都まで来てしまえば武力蜂起されても水神を借り受けてこれを阻止できるでしょうし、状況証拠も増やせると判断するでしょうからね。

 政治的に罪は捏造できる、というのは実際に起きた事だもの想像ですらないわね。

 甲龍王の親書さえなければ、いえ、陛下の裏切りさえなければ必勝の策だったはずよ」

 

「玉座の前での公開審理など相当の自信があったのでしょう」

 

「必勝の策だったなら、ブエナ村に戦力を配置したのは公開審理の後よ」

 

「ボレアスが勢力を落とした故、あのような事件の後も派閥の長としての権力を残し、自領には帰らなかったと聞き及んでいます。

 それだけの手練れをアルスに居ながら、多くの貴族の目をすり抜けて指示する。

 今にしてみれば動機はあれども、時間的な猶予を織り込んだ時、その動機は崩れる、と仰りたいのですね」

 

「一応、動向は探って貰いたいのだけど」

 

「それは勿論、調査に方向性は付けません。

 優先順位としては北神流関連の情報、ノトス家の動向、それから一応ダリウスとしましょう」

 

「くれぐれも慎重に。

 結果よりも調査を悟られない事が重要よ」

 

「気を付けた方が良さそうな相手ですからね。

 では1月(ひとつき)を目途にしましょう。

 滞在場所はどちらで?」

 

「こちらの事情を説明できない連れがいるの。

 だから時が来たらまた来るわ」

 

「ではその時までに」

 

 

ゼピュロス家からの帰途、下級市民街に寄り道して情報屋らに貴族界の動向や北神流の動きを調べる仕事を手配する。

本家とは別に情報を掴む必要があると思ったのは彼らの仕事の信用度の問題ではなく、また裏取りによって情報の確度を上げる目的でもない。

狙いはゼピュロス家と自分を守るための保険を得る点にある。

ゼピュロス家はハルファウスの幽閉先、王家の継承問題に一定の距離を保たなければならない立場にもかかわらずダリウス大臣失脚に一役買った。

そして――もしラノアへと脱出するとしたら――サブマスター一家の国外脱出を北方砦において見逃し、その発端となったブエナ村襲撃事件の調査を他派に先んじる事になる。

今の話の筋は北方砦に各家が潜ませている内偵(スパイ)によって王都へと伝わり、ハルファウスの擁立にあらぬ憶測を呼ぶ。

それが根拠のない噂だとしてもゼピュロス家は態度を硬化させるしかなく、私の自由は制限される。

事態を回避するためには、いくつかの疑惑に曖昧性を持たせなければいけない。

たとえばゼピュロス家がグラーヴェル派のダリウス家とアリエル派のノトス家に対する身辺調査をするのは混沌化する継承問題の状況確認であって、ハルファウス派があくまで王位を目指さないと後続の調査班が感じるようにする。

またサブマスター一家の国外脱出についても北神流剣士からなる謎の武装集団による襲撃ではなく、別のカバーストーリーが在ればゼピュロス家が北神流を調べていても話を繋げようとする論拠を失う。

そのためには情報屋の意識にこちらのダミーを噛ませ、後続がフラットだと思っているそれに方向性を持たせられれば必然、事実は誤認させられるだろう。

重要なのは辻褄の合うカバーストーリーの内容だ。

 

「私に物語作家を求められても困ります。

 サブマスター」

 

私のぼやきに応える者はいない。

見上げた空は高く、浮かぶ雲は足早に流れる。

 

--

 

陽が地平に沈み、通り沿いの店々から漏れる灯りを頼って宿へと着く。

部屋で待っていたシルフィを誘い、パブで食事をしながら状況を把握して判った。

どうやらシルフィは迷っている。

彼女がわざわざ旅をする理由、父親の『見聞を広めろ』という発言の意図。

ブエナ村やマリーバードで遭遇した事件の恐ろしさ。

それらを抜け目なく考慮し、答えを導こうとするも、彼女自身が納得できる答えに届いていない。

今日、王都に来たばかりなのに、この状態。

そこに私は感心するとともに迷いの原因を明確にする補助線を授ける。

但し、実のところ補助線に原因を明確化する以上の――例えば、シルフィにこうなって欲しいとか、こういう体験をして欲しいといった――意図はない。

旅の最初の頃にも同じ事を思った。

シルフィの人生はシルフィ自身の選択によって成る、と。

ロールズにしたって冒険者になって欲しいとか、王都は怖い所だと認知して欲しいとか、そういう具体的な願いがある訳ではないと思う。

むしろ彼の願いは別の所にあるのでは。

田舎には選べるほどの選択肢はなく、そこから出て見聞を広めればより多くの選択肢を知る事になると考えれば?

もしかしてシルフィが『迷い、悩む』事こそ、ロールズの願いそのものなのかもしれない。

 

それから数日してシルフィは冒険者活動を始め、時に休みはしたものの順調にお金を稼いだ。

私はカバーストーリーを構想し、それをこの件を後から知るかもしれない者たちに信じ込ませるためにいくつかの情報を流す。

またケールからの情報を受けて、少しだけカバーストーリーに修正を加えた。

 

--

 

王都に来て1月。

ようやく用事は終りが見え、折角だからとシルフィを誘って私は観光に出かけた。

 

「あっ。水道橋だ」

 

とシルフィ。

指でさす先にあるのは大通りを跨ぐように弧を描く水道橋。

方角からして街を出て南東方面の街道脇にある山間部の湖か泉から引いたもの。

彼女はそれを冒険者活動の中で幾度か目にしたのだろう。

 

「確か」

 

「はい。ギルドの依頼で掃除と点検をしました」

 

「あれ、どう思う?」

 

「橋の上に水路を造ろうなんて変わってますよね王都の人って。

 アルテイル川だってあるのに」

 

「もし理由があるとしたらどうかしら?」

 

うーんと考えるシルフィを私は穏やかな気持ちで待っていた。

少しの間の後、「原因は分かりませんけれど」と前置きをした彼女の言い分はこうだった。

 

「もしかすると、アルテイル川の水は飲めない、とか?」と答えた。

 

良い所をついてくる。

ほぼ正解だけれども、それでは矛盾するだろう点を提示してみるべきだ。

 

「でもアルテイル川の源流を辿ればロアに行き着く。

 ロアではアルテイル川の水を飲んでいるし、あなたの故郷を通る川だってアルテイル川の派川(はせん)だというのはどう考えるのかしら?」

 

私の言葉にさらに彼女は考える。

 

「飲める水が飲めなくなる……あぁ、そうか。

 避難キャンプでも川に汚水を流すときは下流側と決められていました。

 それと同じでしょうか」

 

私は1度頷いて、

 

「そうね。水質の問題といえば良いのかしら。

 アルテイル川の本流はフィットア領やその他の領地を通ることで汚染されてしまうの。

 川の生物によって多少は分解されるし、流量も多いから全く飲めないとは言わないけれど。

 過去に疫病の原因だとされた事例もある。なにより味が悪いのよね」

 

「井戸を掘る、では駄目なのでしょうか?

 あんな巨大な物を作るよりは難しくないように思えます」

 

「地表水ではなく地下水を使う発想は有りよ。

 ただ海に近くなってくるとどうしても多くの場所で塩気が混ざる。

 後ね、湧きが弱いから井戸が深くなり過ぎるし、元々が低湿な場所だったから水質もやっぱり良くないの」

 

シルフィは「はぁ」と相槌する。

その表情は"説明が良く分からない"と如実に示した。

それは次の言葉で証明される。

 

「井戸水の湧きの強弱というのが何を指しているのかも分かりませんし、ここが低湿な土地というのもさっぱりです」

 

「井戸というのは地層が傾斜していれば掘って水が出た面よりも上昇する。時には自噴する事もあるくらいにね。

 この辺りは地層が傾斜していないからそれが起こらず、水帯層もかなり深いの。

 だから井戸から水を汲み上げるのに苦労する。

 また、今のアルテイル川は治水後の形状であって昔は網状流路を形成していた。

 この辺りは丘陵部以外は湿地帯だったと言われてるわ」

 

一応の説明をしてみたが、シルフィの表情はより厳しくなってしまった。

サブマスターも流石に専門官吏向けの高等教育をシルフィに施していないらしい。

専門分野は本人の興味と必要がなければ気にもならないものだし、仕方ないか。

 

「詳しく理解したければ、アルスの成り立ちや地下水道設備建造時に行われた地層調査結果が閲覧できる王立図書館へ行く事ね。

 まぁ兎に角よ。川も駄目、井戸も駄目、だったら少し遠いけどちゃんと美味しい水がある処からもって来れば良い。

 そうだ。街の東側に湖や泉があるな、という思考よ」

 

「あの……それでなぜ橋がいるのでしょう?

 あのような橋を作るより、川を掘った方が楽なのでは。

 私が冒険者で依頼を受けたのも、高所作業をあまりやりたがらなくて不人気だったからです」

 

「水は高い所から低い所に流れる。

 そして平野部に川を掘ったら低すぎる場合がある。

 それはどんな場合か。導かれる根拠は1つでしょうね。

 当初の街の大部分があった丘陵部に水を運ぶためよ」

 

水圧を維持できる導管を作って逆サイフォン効果を利用すれば水を持ちあげる事も可能だけれど、減圧しない導管と良質の目地材が必須で、加圧する方法を取るには動力が足りない。

……という説明はこれまでの理解力からしてシルフィには難しいだろうと伏せておく。

 

「それも王都の歴史を学べば判るのでしょうか」

 

私は軽く頷いた。

彼女が世間話以上にそれに興味を持つのなら、王都の歴史を調べる事になる。

そして他の疑問も芽生え、また根気よく調べ続けたなら適切な回答を得るだろう。




次回予告
人の探求は元より自由だ。
であれば殊更に自由を強調するのはなぜだ。
抑圧され、もしくは不自由に感じた経験が?
確かに記憶を遡れば頷きたくもある。
しかし、その原因は?
見えない幻と闘っている気分だ。

次回『自由研究』
必要は発明の母。
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