無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第121話_水路

--- 言わぬが花 ---

 

相も変わらずナンシーさんは朝から用事らしく、出かけていった。

私も倣って少しだけ温かくなった財布を手に中・下級市民街を練り歩く。

街の南には何かの記念で作られたという凱旋門と王竜王国への街道があり、街道の周辺は大規模な商業区画が形成されて一層の賑わいをみせていた。

 

建ち並ぶ商店には所狭しと商品が並び、通りを歩く者が次々に店へと吸い込まれ、店から出て来た者らは鞄や背嚢を膨らませて満足気な表情を浮かべているようにみえる。

特に人気の店となると入場制限が掛かって、店の外に行列が出来る程だった。

並んで待っている人々をみつつ、目に入った屋根下に吊り下げられている看板を読む。

 

「ルード商店アルス南支店」

 

支店というのだから、本店がどこかにあるのだろうし、他にも何店舗か支店があるのかもしれない。

何の店かは知らないけれど並んでいる客層から察するに、女性に人気があるのはよく分かった。

それにこの店からは嗅ぎ慣れた花の匂いが

 

「あ、これ……バティ」

 

頭に過ぎった言葉は不完全なまま。

口を噤んだ理由は明らかだったけれど、考えるのを止めて西地区に向きを変えた。

 

--

 

塀があって、大通りがあって、店が並び、通りから一本中を覗けば住居が犇めき合う。

中級市民街の街並みは西地区でも北・東地区と変わりなし。

ただ吹く風が違う気がして路地の端で空を見上げる。

雲はない。それなのに雨の降る前のような感覚。

 

何かの濃度が強くなる感覚に従って歩くのを再開すると、ほどなくしてアルテイル川へとぶつかった。

架けられた橋の上で欄干に手をやる。

やはり王都内の下水が流れてくるためかスラムに似た異臭が漂う。

そんな折、下流から上流に向かう風を強く受ける。

その風が異臭を吹き流し、そして感じるのは嗅いだことのない匂い。

 

いやな感じはしないけど。

少し生臭い?

 

何の匂いだろうと、私はつられるように下流を目指した。

川に側道はない。そのため一旦、門を通って下級市民街の橋へ。

風が運んでくる匂いは一層強くなっていくものの、匂いの発生源は見当たらない。

どうやらもっと下流らしい。

 

ならばと分厚い門を潜って一旦王都の外に。

スラム街は北と同じで独特の悪臭が漂い、そのせいで探してる匂いが判らなくなってしまった。

発生源が下級市民街側にあったかもしれないと少し不安になりつつ、とりあえずアルテイル川へ。

到着すると洗濯に勤しむ者や用を足す者が目に入る。

アルテイル川のこんな下流の水だ。

洗濯に意味があるのかは判らなかったが、私は余念を振り切って風を待った。

 

一際強い風が吹き、やはり下流からあの匂いが流れて来た。

むせかえるようなその匂いを追って、さらに下流を目指す。

「おっとっと……あぶね」という男の声を無視して。

 

私は川べりを歩き続けた。

スラムからも遠ざかり、川の淵が広がりはじめたところで足を止める。

私の目の前には、知識の中では聞き知っていた巨大な水たまり。

その向こうには何もない。

 

これは……海だ。

私の中の知識、昔習った世界の地図に照らせば、アスラ王都の西には海がある。

だから、そう判断する。

 

そして間断なく寄せては返すもの。

これは、波。

 

海の果てには何もなく、空と接する境界が見える。

あれが水平線。

 

ではあの匂いは?

匂いに関する知識は、ない。

きっと何か。動物や魔物、もしかすれば人間の死骸があるかもしれないと感じて私は海岸線沿いを探し歩く。

かなりの時間歩いても、何もない。

通り過ぎてしまったのかと海岸線沿いからスラムに近くまで戻っても、それらしきものはない。

むしろ海に近づいていくと風が吹いてもあの独特の匂いを感じず、離れていくとあの匂いが流れてくる。

そこで私は足を止め、昔の記憶を掘り起こす。

 

幼い頃、バティルスの花畑で追いかけっこしたときのこと。

家に帰るとお母さんは「花畑に入ったのね」と一言。

 

「どうしてわかるの?」

 

そう訊くと、お母さんは「だってこんなにお花の匂いがするんだもの」と笑う。

自分で嗅いでも判らず首を捻り、お母さんは私の顔を濡れた布巾で一度拭き……。

 

私は鞄から手拭いを取り出して水魔術で濡らして搾り、お母さんがしてくれたように自分の顔をしっかりと拭った。

するとほんの一瞬。探していたあの匂いが香る。

どうやら、あの匂いはこの場所全体から漂ってきているらしい。

 

そう。

だとしたら、あの匂いは『海の匂い』なのかもしれない。

海に匂いがあるなんて、ルディもパウロさんもお父さんもお母さんも教えてはくれなかった。

でもそうとしか考えられなかった。

 

--

 

陽が落ちて帰宅するなり、部屋の端に置かれた机で書き物を始めるナンシーさんに今日の出来事を話した。

私が話し終えると、「そう」とだけナンシーさんは返した。

なんだか上の空な様子。

聞くべきかどうか迷ったけれど、「調査が思わしくないのですか?」と訊いてみる。

すると「ん?」とナンシーさんは書き物の手を止めた。

一拍の間の後、ペンを置いて身体をこちらに向けた彼女。

 

「調査の事、気になるだろうから伝えておこうかしら」

 

とこれまで秘匿されていた内情をあっさり教えてくれるらしい。

私は1つ頷く。

 

「王都に来てからしかるべき伝手に調査を依頼して、私自身でも調査したわ。

 その甲斐もあって王都の誰が関わっているのか、もしくは関わっていないのかというところはかなりハッキリしてきている。

 でも規模、本拠地、出自、目的、それから資金源。

 肝心な所は依然不明なの」

 

少なくとも王都を基盤とした組織ではない。

ナンシーさんの口ぶりから私はそう理解する。

 

「まだまだ時間が掛かる気がします」

 

「それらを調べ尽くすには時間が掛かるでしょう。

 いっそどこかで遭遇して、一派の幹部でも捕縛できれば短縮できるのだけど」

 

その間、何をして過ごそうかと頭の中で計算し始めた時。

 

「あぁ、でも王都での調査は残り10日もしない内に目途がつくから。

 目途がついたら遅ればせながらだけど王都観光にでも行かない?」

 

そうナンシーさんは付け足す。

もう1月近く暮らした王都。

今さら感があるのは確かで、私は返事を詰まらせた。

 

「貴族街は行ってないんでしょう?

 それとも言い付けを守らなかったのかしら」

 

具体的な提案が、

 

「いえ、ここより内側は行ってません」

 

という答えを吐き出させる。

 

「なら良かった。

 シルフィに見て欲しい場所がいくつかあるのよ」

 

どんな場所だろう。

今から教えてもらっても良いのだろうか。

心がそちらに向きかけたところで、「話を戻すとね」とナンシーさんはピシャリと言い放つ。

少しだけ声音に冷たさがあった。

 

「あなたが私を見て上の空だと感じた訳を話してあげる」

 

どうやら調査の話も観光の話とも違う何かがあるらしいと悟る。

そしてそれこそが話したかった事だとも。

 

「人攫いの事件、ギルドでの活動、海の話。

 それらに共通するのは何かしら?」

 

「全て旅の中で起きた出来事?……だと思います」

 

一瞬眉根を寄せたナンシーさん。

どうやら及第点とはいかなかったらしい。

 

「他には?」

 

裏付けるようにさらなる答えを要求される。

 

「分かりません」

 

「では1つ確認。

 あなたはブエナ村から出る前の時点で、それらが起こる可能性を僅かでも予想していたのかしら?」

 

「海の事は完全に予想外ですけど、旅が危険だとは承知していましたし、どこかでお金は稼ぐつもりでした」

 

「旅には人攫いの危険があり、旅人がお金を稼ぐなら冒険者活動する。

 海とは巨大な水溜まりであり、潮があり波がある。

 あなたはそれらの知識を持っていた」

 

先の質問。

共通点とは知識があったかどうか。

私の表情が物語るそれを受けて、話は前進する。

 

「でも実際に経験してみると別の感情を抱いた。

 衝撃的だったり、感動的だったのでしょう?

 それはなぜかしら?」

 

なぜそう感じたのか。

相手の殺意や裏に潜んでいるかもしれない問題。

人間関係の複雑さと自身の中にあった固定観念の発見。

海の匂い。

一言にするなら?

あと一歩な気がするも、言葉は出ない。

代わりに、

 

「知識以上の何かを感じたから」

 

とナンシーさんは自らの質問に自ら答えた。

言われてみれば、確かにその通り。

私は同じ思いを抱き、否定しなかった。

それをどう解釈したのかナンシーさんは「では新たに訊きましょう」と次なる質問を用意する。

 

「経験と学問。

 どちらを重んじるべきかしら?

 そもそも経験と学問は比べるべきものかしら?」

 

直感は"比べられる"と主張する。

人は経験と学問から学ぶ。

同じ学びであるからこそ、経験と学問は比べる事が可能だ、と。

しかし、そこまで考えて今は直感で動く時ではない、と気が付く。

それではパウロさんと同じ轍を踏むだろう。

少なくとも、目の前にいるナンシーさんは直感を否定する側に立つ人物なのだから。

 

ならばと頭を切り替える。

ナンシーさんの思考方法に立てば、基礎を考えるべきだ。

だから、まずは経験について。

経験とは実物を見たり、音を聞いたり、どこかに行くといった体験と、それを昇華した知識や技能の事をいう。

例えば私は海について予め聞き知っていた。

そして今日、海を見たという体験を得た。

海は自分の想像以上に大きく、また波の音があって、匂いがある事を学んだ。

これが経験。

対して、学問とは何か。

学問とは人が得た経験から抽出した知識を体系化したもの。

体系化によって、類似性や独自性などの新しい発見があるし、学びの効率があがる。

 

基礎から応用へ。

まずは学びの効率の観点に注目する。

例えば、これまでに学んだ事の全てを経験で学ぶのは不可能であり、学問は時間的・空間的節約という意味で必要になる。

そう考えると経験不可能性というあらたな観点が見えてくる。

例えば、歴史は過去に戻れないという時間的制約があるため体験不可能。だから学問で学ぶ。

例えば、類似性や独自性という性質・概念は抽象的であるために体験不可能。だから学問で学ぶ。

 

――これらを総合すると。

 

「経験と学問を学びという観点だけで単純に比べるべきではない、と思います」

 

私がその答えを出すまでにナンシーさんは作業に戻っている。

そして顔を机に向けたまま即座に「その心は?」と訊いて来た。

基礎から築き上げた回答がここで活きる。

 

「大前提として学びには、そもそも経験できるものと経験できないものがあります。

 歴史もしくは性質や概念といったものは学問を通して学ぶしかありませんし、経験できるものであっても些末なものについては学びで済ませる方が効率的です」

 

「では確認。

 『経験は学問に勝る』?」

 

私は首を横に振る。

 

「なら『学問は経験に勝る』?」

 

私は同じ動作を繰り返す。

 

「そう、良かった。

 では観光するまでに金貨15枚。

 貯めておいてね」

 

--

 

ナンシーさんの指示を受けて、数日振りに冒険者ギルドを訪れた。

ギルドの室内は何も変わっていない。

だけど何か景色が違って見えるのは当然で、目的目標が明確だからだと判る。

即ち、金貨15枚を10日以内に稼ぐという理由だ。

 

新たな視点で掲示板に貼りだされた依頼を眺めながら探すのは。

結局配達系。

しかし、残念ながら王都内で完結する配達依頼は皆無。

どうやら私がやりつくした影響はまだ続いているらしい。

そうすると候補となりそうなのは……警備、清掃、素材収集、事務仕事、この辺り。

それと変わり種として特殊技能系の依頼やランク不問の臨時依頼も候補に入る。

 

先に検討したのは金銭効率の高い変わり種について。

特殊技能系は2種類ある。

土魔術師向けの外壁補修材の生成業務。

水魔術師向けの水生産業務。

前者は王都及び周辺都市の名前でいくつかの募集がある。

そして後者はシルバーパレスの水霊(スイレー)の1件のみ。

どちらかというと魔術師ギルド向けの依頼に思えてしまうけど、冒険者として活動する魔術師もいるのを知っていれば納得はできる。

報酬はかなり高く魅力的で、私にもできそうな仕事内容だ。

ただ、私は剣士として登録した冒険者であり、魔術も使える剣士だと吹聴するのと同じだ。

そしてそれは闘気獲得の難しさから類推するに希少であり、余計な噂になる可能性は高い。

そういう人物の存在が世間をどう賑わせるか。

私は知っている。

とすれば軽々に受けられる依頼ではなく、ナンシーさんの判断を仰ぐべき案件になる。

が、忙しい彼女の手を煩わせるくらいなら他に目を向けるべきだと思う。

 

だから次の変わり種、臨時クエストを検討する。

こちらは闘技場への参加者募集と転移事件による行方不明者の捜索が貼りだされている。

前者は命のやりとりもあるし、衆目を集めたいとも思わないので却下。

後者の捜索は猫の事もあって出来る気がまるでしないのでやはり却下。

 

ということで、やはり堅実に通常の依頼を漁る。

手に取ったのは清掃の依頼。

お掃除ならリーリャさんやお母さんにみっちり仕込まれて自信もある。

しかし、一概に清掃の仕事と言っても内容は様々。

部屋の片付けといったごく単純な物から(かまど)や煙突の煤落としといった汚れ仕事まで。

概ね水を汲むところから始まるけれど、魔術で作ってしまえばその部分は効率化できる。

また煙突の清掃は高所作業ということで危険手当が付いて割も良い。

受付のお姉さんは「危険だよ?」と諭そうとしてくれたけれど、闘気があるので余程の落ち方をしなければ怪我の心配はほぼゼロだし、それになんとなれば飛行魔術もある。

むしろ詳しく説明せずに大丈夫だと納得させるのに苦労した。

そんな日が3日続いて消化件数が20件を超えた頃、受付のお姉さんから声が掛かった。

 

「最近の興味はお掃除なのかしら?」

 

掲示板を眺めていると、受付を離れてわざわざ私の横合いにくるのは余程の事だ。

そして頭の中では冷静な感想が浮かんだ。

心変わりがあって配達の仕事を辞めたのではない。

ただ、配達の依頼がなくなってしまっただけ、と。

そこまで考えて、今度は清掃の依頼をやり過ぎているのかもしれない、と不安が過った。

取り繕うように、

 

「掃除洗濯は花嫁修業として一通り学びましたので」

 

と答えると、

 

「お料理や針仕事は?」

 

と受付さん。そこから話は思わぬ方へと転がった。

 

「どうやら王都は田舎よりずっと先進的なようで」

 

「田舎って煙突掃除も女の子の仕事?

 王都では身軽な男性向けのお仕事というイメージがあるけれど」

 

「高い所とか得意みたいで。

 たぶん、父が見張り台で警備している傍で登ってたからでしょうね」

 

「それで水道橋の掃除も請け負ったのね」

 

感心したように受付さんはそう漏らす。

確かに、依頼を受けた20件の中に水道橋の清掃があった。

水道橋は王都に張り巡らされた空中の水路で、橋の上に載せられているそれは蓋がなく開渠(かいきょ)となっているために舞い込んだ落ち葉や水を飲んだ後に力尽きた鳥や虫などがゴミとして溜まってしまうらしく、その掃除をした。

また水路の水漏れ確認の作業もあり、3段になっている水道橋の2階部分を歩いたりもした。

それと何か関係のある話だろうか。

私の困惑に気付いたのか、受付さんは続けて話す。

 

「実は水路関係でお得な仕事があるんだけど」

 

掲示板に目を走らせ、それらしきものが見つからないと疑問の眼差しを向ける私に、受付さんは1枚の用紙を差し出した。

地下水路の点検と清掃作業の募集を謳った内容。

羽振りの良い報酬、金貨"10枚"。依頼主は内務省水霊(スイレー)

四隅には穴が開いておらずこの用紙がまだ張り出されていない事を物語っている。

それらの情報からくるいくつかの疑問。

頭を駆け巡ったそれによって導き出した結論。

それは……"非常に怪しい"だ。

この半月以上の付き合いで、この受付さんがマリーバードの受付の男ほどに危険な人ではないと判っている。

だけれど、だからといって完全に信頼出来る訳でもない。

丸っきり勘、私の第六感がひしひしと"何か、裏がある"と伝えてきている。

 

――だから。

私は受付さんの差し出した依頼の紙をサッと奪い取ると、既に貼り付けられている他の依頼の留め具を間引き、無言で掲示板に貼り付けた。

 

「これでヨシ」

 

「ちょっと、何するのシルフィちゃん!」

 

そういってそそくさと依頼用紙が掲示板から取り除かれた。

安堵の表情を浮かべる受付さんに、「何か問題が?」と声をぶつける。

「それはその……」と言葉に詰まった受付さんは素早く周囲を確認してから、

 

「学生に受けてもらったら困る依頼なの」

 

と潜めた声で急ぐように説明する。

私はその様子に眉を顰める。

 

「他にも腕の立つ冒険者は居るはずですが」

 

「シルフィちゃんが一番適任なのよ」

 

筋骨隆々の男性冒険者ではなく、私のような子供の女が適任というのはなぜか。

王都に来て以来、戦闘らしき戦闘をしていない私をそんなに評価する理由も判らない。

早朝の剣術鍛錬をどこかから盗み見られていたとか、だろうか。

頭を巡らせ、問題点を紐解いていく。

 

「まず第1の問題点……いえ疑問なのですが、この依頼はただの点検清掃作業の割に報酬が高すぎます」

 

いくら国からの依頼だとしても依頼額は内容と比例しなければならない。

移動距離、危険度、納期、作業の不確定性。そういった要素を組み合わせた内容に。

そう考えてみれば1か月の点検作業で金貨10枚は破格。

 

「環境の厳しいベガリッド大陸交易隊と同額となると、余程の危険があるとしか考えられません。

 しかもそれを隠し立てしようとしている」

 

私の指摘に、お姉さんは「べ、別に隠そうなんて」と言い訳を並べようとする。

それを遮って、

 

「ではこれだけの報酬を払う正当な理由があり、それを説明するつもりもある訳ですね?」

 

私がそう言い切ると、お姉さんは「席で話しましょう」といって一番目立たない、部屋の奥まった場所のテーブル席へと歩いて行った。

その背中は少し疲れているようだった。

 

 

お姉さんの話にはやはり裏があった。

本来は3か月毎に行う点検清掃の依頼が2度の失敗のため滞っていた。

1度目は学生バーティ―、2度目はたまたま王都で暇をしていたBランクの冒険者パーティー、総勢8名が行方をくらましていた。

 

「冒険者の手に余るのなら軍が対処するのが自然かと」

 

と私は考えるのだけれど、

 

「転移災害からこっち国内情勢が不安定で、軍を動かすのに難色をしめす勢力がいるらしいのよ」

 

とお姉さんは補足する。

 

「何かしらの危険が高く、可能ならば行方不明者の捜索もしてその原因を探って欲しい。

 それがこの依頼の本質ですか。

 報酬が高くなるのも納得ですね」

 

「納得してくれたなら受けてくれる?」

 

「いえ。2つの理由からお断りします。

 1つ。捜索系はペットの件でも分るとおり、私には向いていない事。

 2つ。王都での冒険者活動をそれほど長く続ける予定がない事」

 

1月間の点検清掃作業は受けられない。

 

「……なら」

 

そういってお姉さんは依頼の用紙をくしゃくしゃに丸めてしまった。

呆気に取られていると、「さっきのお返し」と小さく笑ってウィンクされる。

 

「なら、私の指定するルートを確認してもらうだけっていうのはどうかしら。

 期間は7日間。

 ただし毎日状況を報告してもらって、もし危険を察知したら対処せずに知らせて欲しいの。

 危険の排除はお願いしないわ。もちろん報酬はさっきと同額を。

 これでどうかしら?」

 

受ける理由はない。私は別に掲示板にある確度の高そうな仕事をこなせば十分なのだから。

でも、旅の中で私はナンシーさんから考え違い、判断の誤り、そういう指摘をたくさん受けてきたという経験が、自分に疑問を投げかける。

今回の自分の判断は正しいのだろうか、と。

加えて、お姉さんはかなりの譲歩をした。

それらを勘案すれば、

 

「分かりました。

 そこまで言うのなら、その依頼お受けしましょう」

 

私は自分の判断が間違っているかもしれないという可能性を確かめたいと思った。

 

--

 

王都の地下。

そこに張り巡らされた地下水路で1人、腰に火の消えた松明をぶら下げての点検。

松明は予備として持たされ、私の前をうっすらと照らすのは『灯の精霊』だ。

これもまた、点検のためにと支給された品。

 

地下道は狭い。

全体で私が3人くらい分の幅、その内の3分の2が水路敷、残りの3分の1が歩廊で、私ですら歩くのに支障が出るほどだ。

幅が狭いのは天井のせいらしいとは判るものの、詳しくは判らない。

とにかくそんな狭い歩廊を点検して行く。

 

水路は雨水と生活排水の内、し尿を除く炊事洗濯からの排水を集め、アルテイル川に放流している。

で、し尿をなぜ除くかというと、これが混ざった排水からは可燃性の毒が発生して地下道に充満するからだという。

よって水路には流れ込まないよう専用の汚水管が各建物から配管されており、地域ごとにマスで集水して、段階的に大きなマスに移るように設計され、最終的には王都の外でアルテイル川へと流入する仕組みになっている。

このことから地下水路で糞尿の臭いがするほどの悪臭はないけれど、生ごみの腐ったような異臭が僅かに鼻をついているのは、炊事で出た廃棄物の一部が一緒に排水されているせい、かもしれない。

 

さて。

私はお姉さんの手書き水路図を参考に点検道を網羅していく。

けれど、残念ながら順調とはいかない。

立ち止まって上を見上げながら理由を考えるが……地図上では真っ直ぐの歩廊があるはずの場所になぜ壁があるのだろう、と。

いや、この壁も地図もそう間違ってはいない、のかもしれない。

だって横手を流れる水路は、上からかなりの水量を降らせている。

つまり……これは地下に隠れた滝で、水路は上からの模式図だから高低差が表現されていない。

上から降りるだけならば、ここは通過可能な一本の道となるだろうし。

 

滝の横にある壁に掴まれるような箇所は見当たらない。

積み石を重ねた上に凹凸がなくなるよう磨かれているし、角度に手前への傾斜が付いている。

手の込んだ仕事から、登るなという強い意思を感じる。

もし梯子をかけても簡単には登るのが難しいだろう。

仕方なく私は周囲を見回し、誰もいないのを確認すると重力魔術を使ってその滝を飛び越えた。

 

なぜ地下に滝があるのか。

点検しながら暇つぶしに考えていた。

そして数日の作業で遠からず予想がついてきた。

もらった地図上、滝のある地点。それらを繋げる事で。

結んだ線は地図に円を描き、概ね地上部の街区に一致する。

つまり、この滝は門と塀に相当する。

門と塀の役割は、出入りの管理、それを無視しようとする悪意ある者と組織の侵入の阻止。

そこまでは判るけれど、うーん。

鉤縄のような道具を使えば、いや重力魔術がなくとも水を氷に変えたり、石で階段を作る魔術師なら越えるのは造作もない。

だったらわざわざ滝を造る意味が分からない。

まるで人が通る事を前提にした造りと言わんばかりの構造だ。

壁にあれだけの手の込んだ事をするならいっそ滝部分の水の出口を絞り、通れなくした方が簡単のはず。

もしかしたら、水量を絞ろうとする造りは他の問題を抱えていて採用できなかったのかもしれない。

判らないが一旦、そう納得する事にした。

 

納得した日の夜。

私はベッドの中でふと物思いに耽る。

街区を分ける塀と門。

それを機能不全にしてしまいかねない地下水道の不備。

だが、どうだろう。

滝を登るのと同じく石や氷で階段を作れる魔術師なら、外の塀だって簡単に乗り越えられるだろう。

魔術が使えなくても専用の道具を準備すれば密かに登攀できてしまう。

荒っぽいけれど壊すだけなら? 攻撃系の魔術や闘気で可能だ。

そしてそれらの能力を持つ者の多くが、犯罪に手を染めずともお金を稼ぎ、人生を楽しく過ごせるに違いない。

とすれば。

法を守らない輩をターゲットに考えれば、滝でも充分な犯罪抑止効果を生む、のだろう。

 

 

最終点検の日。

何事もなく終わりを迎えるかに見えた、この日。

依頼された全ての点検箇所を総ざらいして、私は昼を少し回った時間に完了報告を行い報酬を得る。

受付のお姉さんは物足りないような顔を見せたものの、感謝の言葉で送り出してくれる。

そうして宿に戻った私は、すぐさま湯浴みを用意して体に染み着いた悪臭の除去に取り掛かった。

 

まだ合成魔術での温水を会得していない私は桶に水を溜めてから温め、髪を濡らす。

水を手で掬って髪に掛ける。水は髪に纏わりつきながら落ち、桶の中へと戻る。

まるで滝のように。

 

――数日歩いた地下の事を思い出し、どの滝に似ているかと想いを馳せ、仕事のし過ぎと自嘲的な笑みが漏れる。

偶然出た感情の発露。

だったが……なんとなく私はそのまま思いに任せた。

頭の中で日毎(ひごと)に手渡されたお姉さんの水路図を重ね、滝の違いを思い出す。

滝は概ね同じように造られているものの、勾配や川への距離でほんの僅かに違いがある。

順に思い出し、それを結ぶと楕円になる。

それは仕事中に考えた事。

けれども。

 

おかしいな。

 

……点を結んでも楕円にならない部分がある。

1箇所。明らかに円から外れた滝がある。

 

その理由が気になった私は湯浴みを中断してギルドに戻り、受付のお姉さんに断りを入れてから地下水路へと走った。

 

 

円周上にない滝。

私はある確信の元に、滝を凍らせる作業を始めた。

落ちて行く滝の水を下から凍らせる。後続の水はその滝の上を通って遠くに落ちる。

それを幾度か繰り返して、人1分の幅を氷漬けに。

出来た氷塊を闘気を纏わせた剣で切り取ると、滝の裏には予想通りの物が姿を見せる。

 

そこには壁にカモフラージュされているものの、扉があった。

扉を押し開けると、水路幅の隠し通路。

どこに繋がっているかは判らないが、それよりも。

重要なのは通路の床にちらばる冒険者たちのものと思しき装備品だ。

ちらばる布切れは元は衣服だったはず。

そして、そこかしこに散らばる白い石のようなものは……粉々になるまで破壊された人骨?

 

何かがいる。

私の直感に従い、通路をさらに奥へと進む。

 

「ウゴォァアア!」

 

鳴き声と共に最初に感じたのは異臭。

残った人肉の腐敗臭、水路のヘドロか、魔物の体臭それらが複雑に混ざった吐き気を催す、嗅いだことのない悪臭。

それが逃げる余地のない一本の狭い通路の先から漂っている。

そこに曲がり角があるのだろう。

ぬっと現れたのは腕が四本、猪顔、二足歩行で歩く魔物。

ターミネートボア。

 

お父さんから昔に聞いた。

森の近くにもたまに顔を出すという話。

アサルトドッグを従えることもあるという。

幼い頃の自分は、出くわしたなら息をひそめてやり過ごせと言いつけられている。

 

でも。

今の私なら。

天井、狭い通路。

魔術は使わない方が良いだろう。

既に引き抜かれていた剣。

襲い掛かってくるターミネートボアの爪が酷く単調に見えた。

狭い空間で自由が利かないのだろう。元より僅かに狙いがずれていた攻撃。

そのため自ら重心をずらして全ての威力を剣で受ける。

闘気で受け止めた力を逃さぬように慎重に関節に連動させ、自分の攻撃の威力をも載せて返す。

ターミネートボアの巨体をあっさりと袈裟斬りに両断。

下半身と上半身がバラバラに地に堕ちるのを見届ける。

「ウグァ……」という今際の声が吐き出されるが、喉笛を掻き切り息の根を止めればそれも止んだ。

 

私は通路に散乱した物をあらかた運びだし、ギルドに持ち帰った。

受付のお姉さんに水路の魔物について説明すると、彼女は大急ぎで持ち物から被害者を推定し始めた。

しかし、ブレスレット大の赤い革ベルトが残る。

 

私にはそれの心当たりがあった。

革ベルトを預かり、猫の捜索を依頼していた少女にそれを見せると。

彼女は「あぁ」と泣き崩れ、「やっぱり」と呟いた。

あまり話を聞いてい無さそうな彼女に、地下水路の事情を短く告げて踵を返す。

 

私の背に少女の「ありがとう」という言葉が突き刺さった。

振り向かない。足も止めない。私は強い意思をもって言葉が聞こえないフリをしてその場を歩き去った。

革ベルトの話も追加で受付のお姉さんに話すと、ターミネートボアの討伐賞金が渡された。

 

ただし次の2つの事は伏せた。

1つ、滝の裏側の隠し通路について。

誰が作らせたのか。奥には隠し部屋があるのか。どこかへ繋がっているか。

私には分からない。

だけど、きっと碌でもない理由に違いなく、知る必要もないように思えた。

 

2つ、水路の検査員の不審死。

これもターミネートボアにどこかで遭遇し、逃げる弾みか隠れるためと水へ飛び込んでか。

そんな理由で命を落としたのではないだろうか。

 

判らない。

全ては闇の中だ。

でも、私は知らなくても良いとそれを判断した。

 




次回予告
命の重みは平等だ。
それが世界のルールに定義されている。
では命の価値は平等か?
世界のルールではいかに定義される。
我が問いに答えよ。

次回『図書館の出会いsideシルフィ_アン』
世界のキーパーソン。
ウォーレンレポートはそれを暴く。
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