無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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拙作はWEB版原作のみを参考元とするため、アレックスが英雄を辞めた理由やカジャクトを継承した流れ、奇抜派発祥の経緯等、原作小説版で追加されている内容と異なりオリジナルストーリーとなっております。ご了承ください。

※今話は第118話_自由研究の続きからになります。
※今章にルーデウスは登場しませんが、闘気の研究的側面で繋がっています。


第9章(間章)_奇抜派編
第126話_インターセプトポイント


--- 過去に三人の使徒と同時に戦った事がある ---

 

「尊者様には悩みがないと見ゆ、ですぞ」

 

嘆いた博士は尊者が去った先を見つめたまま。

勇者はそんな彼女の考えがまとまるのをじっと待っていた。

仰げば澄んだ空の下で赤竜山脈がそびえ立ち、近くには湖。

目を瞑れば鳥のさえずりと川のせせらぎ、森の中を吹く風の音が耳にこだまする。

心地の良い自然の中で、どれくらいの時を待とうかと思案する。

 

人族でいうところの『少しの間』を受け取る感性がやや欠落した彼にとって待つのは苦ではない。

永い生を持つ不死族との混血であるが故の宿命。

もう既に永い時を生きた証。

その特性の違いのせいで通わせた情がゆっくりと薄まっていく恐怖も知る。

そして配慮だってできる。

 

たとえば夜の空気が辺りに漂い始めれば、人は建物の中で暮らすものだ。

そのまま外に居続ければ、身体を冷やして風邪を引いてしまう。

夜の気配から頃合いだと勇者は判断する。

 

「組織を新編するも良し。

 術師殿に奪われた組織を奪い返すのも良し。

 やりようはいくらでもありましょう」

 

博士は反応を示さない。

さぁどうするか。何か切っ掛けでもあれば。

勇者はそう考えて屋敷の中へと向い、熱い茶を用意して茶瓶と共にテラスへと戻る。

手の中の物をテーブルに置き、さらに陶器の器を用意。

未だ一点を見つめたままの博士の前へと空のカップを置いてやる。

すると、彼の感覚でいうところの『割と直ぐ』に博士がテーブルの上の茶瓶を引き寄せ、手ずから茶を淹れてぐいと飲み干した。

それは勇者が待っていた切っ掛け足り得た。

だが残念にもその機を勇者は逸する。

彼の気遣いを知ってか知らずか、機先を制するように博士が口を開いたからだ。

 

「勇者殿は『唯一無二(ユニーク)』をまだ探すおつもりなのだな」

 

博士の声音と眉根を寄せた表情は勇者の言葉への同意とは程遠い。

勇者は頭を巡らせて博士には組織再建の意思がないと察するが、かと言って勇者本人にはその理由が思い当たらない。

だから説明を欲する。何らの躊躇もなく。

 

「ええ。ここで諦める理由はありません。

 博士には別のご意見が?」

 

「そうですな……」

 

一方の博士は答えに迷いが紛れ込んだらしく、また沈黙へと落ちて行く。

勇者は待ちながら想いを巡らす。

博士がどうしてそのように迷うのだろうか。

今、彼女がどのような心境に至っているのか。

過去へと遡る内、勇者の思考は彼女との出会いの少し前へと戻った。

 

 

--アレックス視点--

 

それは今から20年前、甲龍歴398年頃の話になる。

英雄活動に勤しんでいた私は、数日前に見た夢のお告げに従い北の大地を西へ西へと歩いていた。

朝も夜も真っ直ぐに歩き続けて十数日。

道の端に赤い何かを認める。

 

良く見てみれば、それは人だった。

赤いコートを着た大男が生い茂った草むらの中に静かに佇む。

向こう側にはどうやら小さな沼があり、彼の足元からは少し奇妙な竿が突き立っている。

釣りでもしているらしい。

 

その大男へ不用意に近づかない方が良いと直感が囁き、遅れて理由らしきものが頭を過る。

微動だにしない彼の静かな物腰は、おそらくかなりの使い手だ。

が、危険だからと黙って気付かない振りで通り過ぎようとは思わない。

なにせ今から強い相手に会いに行くつもりなのだから。

ここで腕試しもアリだ。

だから十分に距離を保ったまま「釣れますか?」と声をかけてみる。

 

だが問いかけに男は応えない。

無視されたようで気恥ずかしくなり、一度頬を掻く。

さてどうしたものかと内心で考えている間に、ついと大男が顔を上げ首を捻る。

といってもこちらにではなく、真逆。

大男の大きな背中と後頭部が私に向けられる姿勢になった。

どうやら誰か、彼の待ち人でも来たのだと気付く。

 

赤いコートの大男の向いた方向を追うために、数歩移動する。

すると道の先からゆっくりとした足取りでやって来る新たな人物が目に映った。

顎に盛大に髭を生やし、一見してむさ苦しい顔つきの男。

ただ、よくよく見ていると顔立ち自体は元々は端正なのだろう。

不思議と汚らしさを感じない。

そしてゆったりとしながらも無駄のない所作に、この男もまた相当な使い手だとの予感が胸を躍らせる。

 

彼らの待ち合わせの瞬間に居合わせた。

そんなところか。

こんな人気(ひとけ)のない場所にこれほどの使い手たち?

てっきり夢のお告げはこの大陸の西の端にあるはずの聖地だと思ったのだが。

それは間違いで、もしかするとこの者らを相手にする事になるのだろうか。

などと考えていると髭面の男が顎髭を撫でつけながら、鼻息を「ふん」と鳴らす。

それからニヤリと笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「こんなところで何をしている」

 

声音よりにじみ出る髭面の男の面白がりようは、私に対してではなく彼の視線の先の大男に対して。

状況を訂正しよう。どうやら2人は待ち合わせをしていた訳ではないらしい。

といって大男は首を捻ったきり動かずに沈黙を保っている。

 

髭面の男が腰に手をかける。

一陣の風が吹き、死合が始まる。

そうなるのであれば、私はこの死合の勝者と闘う事になるだろう。

そう思い、彼らの試合が良く見える場所に移動しようと左足を一歩退く。

 

「夢を、見た」

 

声を発したのは大男だ。

その言葉で髭面の男の動きがピタリと止まった。

同時に私自身にも硬直が伝播し、身体が動かなくなったのが判る。

大男が反応を見せたから、ではない。

髭面の男が止まったから、でもない。

理由ははっきりしている。

大男の言葉。

それが私自身に当て嵌まるからだ。

まさか、髭面の男もか?

そう思っていると、

 

「そりゃ、また。

 まさか俺の弟子の命を狙えって話ではないだろうな?」

 

と彼は大男に問いかける。

対して、大男は首を横に振る。

なぜ髭男が弟子の話を振ったのかは判らないが、彼は「だろうな」とあっさり納得する。

次に髭男は私に視線を寄越し、

 

「じゃぁ、あんたか? そこの人」

 

と問いかける。

大男も振り向きこちらを見た。

2人の圧に押された訳でもないのだが、

 

「私は邪悪な存在が現れるとのお告げを確かめるために旅をしているだけで。

 ついでに剣の聖地で剣神と闘えたら」

 

と話し始めたところで大男が地面に刺さっていた竿を引き抜き、髭男は腰に佩いた剣を抜き放った。

 

--

 

「それは俺の事だ」

 

そう名乗りでた声音は2人のどちらでもなく、背後から響いた。

声の方向に顔を向ければ自分の右後方に3人目の来訪者が立っていた。

いつの間に。

間合いの内側に容易く入り込まれているという事実。

総毛立った身体で遅まきながらも身を翻して構えを取る。

それを銀髪金眼(ぎんぱつきんがん)の『恐怖』が自然体で眺め返してくる。

 

動けない。

どうする。

銀髪が口にしたのは誰に対しての回答か。

問答無用で斬りつける訳にもいかず迷っていると、赤いコートの大男が真っ先に動き、真っ赤な直線となって銀髪へと吸い込まれていく。

そして白刀が煌めいて「ガキン」という重たい音を奏でた。

速く鋭い一撃。自分から見れば些か直進的過ぎるそれ。

赤いコートの大男は剣神流の使い手か。

 

同じく躍り出た髭男が大男の攻撃から息をつかせる間もなく銀髪の左半身を狙って剣を走らせる。

風を切り裂く「ゴウッ」という音が私の耳まで届くも、こちらも受け止められたらしく剣は振り切られていない。

 

「なぜ俺の弟子を狙う?」

 

と問うのはやや苦し気な髭男。

 

「どうせ説得できはしない。

 諦めて全力で来い。魔王ヘイムダル」

 

応える銀髪は髭男を知っているようだった。

魔王。だが自分の知る魔王の面々に髭男は当てはまらない。

そんな考えを知ることもないのだろう。

2人の会話は進む。

 

「問答無用か」

 

「どちらかというとお前らがな」

 

「訳の分からん事を!」

 

魔王が一足飛び退き、銀髪が左手を下げる。

どうやら彼の剣は素手で止められていたらしい。

そして視界が開けた事で大男の状態も判る。

彼の剣は銀髪男の右肘で止められている。

先程の硬質な衝撃音をそれが鳴らしたというのなら、銀髪の肘は異常な硬さを秘める。

そして大男の握る剣が本当の意味で白く輝き始める。

覇気による何らかの現象。

おそらく破壊力の強化のような何か。

それによって銀髪の硬質な腕を斬り落とそうとしているのか。

だというのに吹き飛んだのは大男の方で、彼はきりもみしながら地面へ激突する。

 

何が起こった? 何かをしかけられたようには見えなかった。

かといって大男が自爆したというのも違う。

ならば、私が気付けない程の小さな所作で銀髪は大男を跳ね飛ばしたのだ。

強い。

大男も強者だが、銀髪は輪を掛けて強者だ。

闘いたい。

しかし1対多で闘うべきか?

 

「北神二世。

 仲間と共に戦うのもまた勇者だぞ?」

 

銀髪男がおぞましい笑みで煽る。

ただ不思議とその言葉のおかげで構えたカジャクトの切っ先から迷いは消えた。

私が完全な戦闘態勢となったとき、丁度投げ飛ばされていた大男がムクリと立ち上がり剣を上段に突っ込む構えを見せた。

同じく魔王と呼ばれた髭男も突撃(チャージ)を仕掛けるつもりらしい。

ならばと、魔王の突撃軌道を真後ろから追って走り、背後から飛び出す。

髭男の攻撃タイミングから僅かにずれて振るった剣は銀髪の首元へと吸い込まれた。

 

先行した2人の攻撃がいなされ、最後に到達した私の剣は銀髪の首の皮一枚すら両断できず防がれる。

硬い壁に阻まれたような感触。

渾身の一撃の後に発生する硬直。銀髪の握られた拳が我が身へ襲い掛からんと迫る。

と、それを咎めるように他2人による再突撃が試みられ、銀髪は対処のために攻撃を取りやめた。

 

ギリギリのところを助けられたことに内心で感謝しながら間合いを取り直す。

だが、それよりなにより斬り掛かった感触を理解するのに意識が向く。

何か硬い外皮を持った魔物に(なまく)らの剣を叩きつけたようだ。

その為には我が愛刀と自らの覇気をそう評価せねばならないか。

そこまでを考えて頭を振る。

むしろこちらを上回る硬度が相手の皮膚にあるということ。

といって言葉通りの意味でではない。人型としての骨格を備える以上、極端に硬質な皮膚では関節が不自由する。

ならば答えは覇気による強化がそれを生み出していると考える他ない。

 

生半可な攻撃は通用しない。

そもそも銀髪金眼の風体はこれまで見たどの種族の特徴とも合致しない。

これほどの強者、何者か。

 

「マトモな攻撃は通じないようだ」

 

状況分析し、出来るならば連携が欲しい。

幸運な事に種族不明の相手はこちらをジッと見るばかりで待ちの姿勢を崩さない。

先程の吹き飛ばしも含めて、もしや水神流の使い手か?

 

「まだ手の内はある」

 

髭男は小さく呟いた。

思いがけない朗報に「奇遇ですね」と相槌を打つと、ヘイムダルがさらに「ザック、お前もあれだ」と呼びかけるのが聞こえる。

ザックはヘイムダルの言葉にコクリと頷いた。彼もまた何か奥の手を残しているらしい。

そして大男の名前がザックと知れたことで、この大男が誰なのかが判った。

私が向かおうとしていた場所。

剣神流の本拠地である『剣の聖地』で行方不明になっているという剣神。

ならばあの剣の速さも合点がいく。

 

必殺の体勢を狙うために各々が構えを取る。

対する銀髪は溜息のように大きく息を吐いた。

ただそれだけ。

なのに、その立ち姿は絶望的なまでに隙を見いだせない構えとなる。

 

「お前らは強い。人の身においてはな」

 

それは銀髪の明らかな挑発だった。

誰もがそれを理解して、だからといって無闇に突っ込めば敗北は明らか。

 

小さく間合いを計ることしばし。

漸く体勢が整った所で一番手を取ったのは魔王ヘイムダルと呼ばれた髭男だった。

「ッセイ」という掛け声と同時に飛び掛かった彼が紫電一閃。

ほんの僅かな間合いの外からのフェイク。

もし銀髪が僅かにでも対応していれば、ザックの時間差で回り込んでの切り落としで頭蓋を両断されていたか、それとも逃げる先を潰すように浅く突き込んだ私の剣の餌食になっていたか。

 

だが、銀髪はヘイムダルの攻撃を受け止めずに右に半身だけずれた。

それは肩の固い部分で剣神の攻撃を受けようとした先程の再現だろう。

先程までの攻防から見るに銀髪の覇気による防御力は常軌を逸しているから、その判断が透ける。

しかしその読みは外れた。剣神の覇気の剣がこれまでよりも威力を増したことで肩を両断。

分かたれた左腕がズルリと落ちる様がスローモーションとなった。

 

ゆっくりと落下する腕。

それを銀髪が残った右腕でむんずと掴んで無理矢理に傷口を合わせる事、瞬きの間で彼の左指がピクリと動く。

 

非常識な動き。

理解が追い付かないままに一瞬が過ぎる。

まさかという感情。

腹の中が一気に冷える。突き込んだ剣を引っ込めろと脳が叫ぶも思い通りにはならない。

剣神や魔王の動きを捉えるために先鋭化した意識が時間間隔を引き延ばしている傍ら、動作速度が自己の上限限界に達して起こる現象がなんとももどかしい。

 

銀髪の左手。

腕ごと斬って落とされたはずのそれが、私の剣を打ち払う。

自分も種族的に怪我の治りは早い方だが、今のは母や伯父のそれを遥かに凌ぐ。

種族能力ではなく魔術的な技か?

と思考している時間で私は遠くに林立していた木を何本か()し折り、漸く勢いを殺しきった。

 

自分が抜けて2対1になっても攻防は続いている。

ヘイムダルは奥の手なのだろう覇気を炎のように燃え上がらせて突っ込み、連続蹴りを打ち込む。

蹴り自体は簡単に防がれてしまったが覇気の炎が銀髪の腕へと絡みつく炎蛇と化して襲い掛かった。

これが彼の奥の手。いや奥の脚だったのだろうか。

それを銀髪がロウソクの火を吹き消すように息を吹きかけて消す。

さらに銀髪はヘイムダルの足を掴み、私と同じく彼もまた宙へと放り投げた。

 

そこまでが一瞬の出来事。

タイミングを合わせるためにほんの数瞬遅れて動いたザックの当ては外れる。

彼が攻撃に至るまでに私が吹き飛び、ヘイムダルは空を泳いだ。

そうして結局一対一の攻防が行われる。

 

ザックが大剣をマサカリのように振るう。

その大剣は銀髪の右つま先を狙うかのような軌道で、銀髪自身は僅かに右足を動かしてこれを躱した。

そこでザックは手首を返し、さらに踏み込みながら左後方から右へ斬り上げる。

渾身の一撃からの切り返えしは見ている程には簡単ではない。

それを為せるだけの筋力と体幹、さらには覇気の操作が必要となるはずだ。

 

銀髪はこれを両手を打ち鳴らす形で受け止める。

ザックは一瞬、剣を引き抜こうとし、しかし動かせぬ事に気付いて剣を手放して間合いを取ろうとする。

そこへ銀髪はゆっくりとした動きで両手での挟み込みを解いたかと思うと、ザックの懐深くに既に手を当てていた。

私はその技を見た事があった。

昔の馴染みが極めていた体術で、"掌打"と呼ばれる技だ。

覇気を込めた掌打が直撃すれば内臓を傷め、頭であれば脳震盪を引き起こして相手を気絶させる事もある。

 

だとすれば剣神は戦線離脱を免れない。

絶望的な状況。しかしそこで奇蹟は起きる。銀髪が掌打の構えを完成させなかったのだ。

まして手から煙までもが上っている。

 

眩く光るザックの身体。

それは夢で見たお告げを口にした者にも似ているし、さきほどザックが剣に纏わせた光にも似ている。

ザックは聖なる者の使者だというのだろうか。

だが「『光纏鎧(こうてんがい)か』」と銀髪の呟きが脳に染みると、急速に現実に引き戻される。

奇蹟ではない。あれは覇気を使った防御技だ。

そして、どうやら銀髪はあの技を知る者らしい。

 

一瞬以上の傍観。

奇蹟でないとしても、敵の間合いの中での孤立に変わりはない。

全ては雑念だったと嘆くにはあまりにその一瞬は遅すぎた。

銀髪が掌打の構えとして突き出しかけていた側の手首をクルリと捻ると、ザックの身体が宙を舞い手首の動きに合わせるように宙返りして地に伏す。

ザックが為す術なく空を舞い、地面に激突するのはこれで2度目。

何なんだ、今のは。

まさか重力魔術か?

 

だとすれば勝敗は決していた。

共闘者である2人の奥の手は悉くが粉砕され、自分はまだ本当の意味で奥の手を出してはいないが、その奥の手たる重力魔術を相手も使えるというのなら、もはやこちらに勝ち目はない。

 

「来ないのか?」

 

だじろぐ私に全てを見透かしたような銀髪の口ぶり。

なぜ重力魔術が使えるのか。

そんな自問自答は勝利のための思考だったはず。

としても、銀髪と自分の剣の元となった記憶が重なれば、勝敗とは無関係な結論が出てしまう。

だからこの男の種族が判らなかったのだと理解できた。

 

「龍、いや龍族」

 

零れてしまった呟きは端的であった。

けれど、目前の男はそれで通じたということを示すように「ふん」と鼻を鳴らす。

その声と表情。裡に秘められたもの。

元々、他人の感情に疎いきらいがあって若い頃に、色々と失敗した私には読み取れるものがあった。

銀髪が纏う邪気の向こう、相対する者だけに伝わる感情。

 

寂しさ?

違う。

孤独?

強者ゆえのか、長寿のかどちらとも判断はつかないが。

相手の状況を理解すると同時、自分の中にあった怯懦の感覚は霧散する。

つまり、

 

「どうやら私達は性質(たち)の悪い夢に踊らされていたようですね」

 

龍族の男はそんな私の言葉に反応を示さず同意とも否定ともつかぬ態度で倒れているヘイムダルを睥睨している。

 

「ヘイムダルを助けたいなら」

 

「は?」

 

脈絡のない発言に礼節を弁えて対応するのは難しかった。

 

「北の町へ連れて行くと良い」

 

そう言い残すと私の返事を待たずに銀髪は西へと歩き去っていった。

 

残された自分。

倒れたままの2人。

ヘイムダルが痛みからか、苦しそうに呻く

3対1の闘いは惨敗。

最も酷い傷を負ったヘイムダルは右足を失って意識も朦朧とし始めている。

そのままでは失血死を免れない。

私は彼の傷口を縛り、外部から彼の気穴へ覇気を流して傷口辺りを塞ぐべく操作する。

処置は成功して血が止まった。

だが呼吸は尚も浅い。

鍛えている者でも長くは持たないだろう。

 

どうすれば良いかと考えて、半信半疑のまま私はヘイムダルを背負って北へと走り出す。

幾許もかからぬ内に名も知らぬ村に辿り着くと、中央に物見櫓のある建物。

何かのギルドならと中へと入る。

職員に掛け合って傷薬を借り、また近くの村を訪れているという治癒術師を頼った。

結果、足は再生できなかったがヘイムダルは一命をとりとめた。

それで助かるだろうと龍族の男が語った通りに。

 

もう一人の大男。ザックは龍族との闘いで気絶していた姿を最後に、記憶からはすっかり抜け落ちていた。

だから彼が目覚めた後、どうしていたのかは知る由もない。

あぁでも、後で彼と再び出会う事になるのだから運命というのは面白い物だ。

 

 

--

 

ヘイムダルは峠を越して3日、昏睡状態のままだ。

偶然出会って共闘しただけの関係で、これから交友を深めたいという間柄でもないのだが。

村人たちはあれこれと村の困りごとを話し、手伝いを頼んでくる。

寝床や食事、治癒術師の手配などで世話になったという負い目からそれを引き受けて過ごしたが、どうにも私を引き留めようとする意図を感じる。

意識が回復するにはまだ時間がかかりそうだし、私も予定がある。

 

そんな訳で・・・・・・私は4日目の夜半、そっと村を出た。

向う先は西ではなく東。

引き返す形だ。

行きと同じく重力操作で天大陸の断崖を駆け抜けて魔大陸へ。

昼夜を問わず走りながら思い出されるのは龍族の男との戦闘だった。

僅かな時間。指を折れば事足りる程の僅かな剣の交わり。なのに脳裏から離れない。

 

あの覇気は尋常ではない。

効率的かつ柔軟。

静寂と苛烈を併せ持つ、いっそ芸術的と表現したくなるほどの完成度。

アレは自分が磨いてきた剣技ともこれまで見てきた剣術とも似て非なるもの。

世界各地で研鑽を積む剣士たちの数歩先を行く技術。

龍族の秘伝か。

だが参考になったのも確か。

そもそもにして銀髪金眼のあの龍族は得物を持っていなかった。

徒手空拳で剣神の長大な剣を受け止め、吹き飛ばす光景。

己の手を見つめながら、同じ事が出来るか。

出来ない。悲しい確信。そしていつか出来る自信すらない。

あれ程の高みに登るのにどれだけの時を要するか。

が、やってみる価値はある。否、諦める事に価値がない。

そのためには。

 

 

天大陸を抜け、遂に私は魔大陸の大地を踏みしめる。

それでもまだ走る。鍛えるつもりで。目指すは大陸の反対側にあるガスロー地方だ。

荒野を、岩がちな山を、魔物の棲む森を、走り抜ける。

時に村や町を掠める事はあっても立ち寄ることは無い。

休まず走り続け、走りに走り、走って走って走り倒した先にようやく見えるは懐かしきネクロス城塞。

 

その闘技場へ。

そこには母上が居た。

あいも変わらず部下の騎士達に稽古をつけているよう。

まだこちらには気付いていない。

それなら探している相手は彼女ではないし、事情を説明すれば負けたと知れてややこしい話になるに違いない。

と、そっと踵を返した。

 

母上が見えなくなったところで、また駆ける。

勢い、城塞の裏手口を飛び出して欠伸をしている門番が腰を抜かした。

でも怪我は認められず、ほうっても問題はないだろう。

向かうは西北の岬へと続く道なき道であり魔物(ひし)めく場所。

止まっている時間はない。

 

そこはかつて息子と孫を鍛えた修行場だった。

私のもう一つの心当たり。

なんの変哲もない岬に影1つ。

幸運な事に我が息子はそこで剣を振るっていた。

 

汗と砂にまみれた彼への第一声は「やぁ」だった。

声に応じるように振り切られた剣がピタリと止まる。

今気付いたという素振りでこちらを見る息子。

気配を消してはいないから、彼のポーズは演技だろう。

だが、そんな余念は手早く汗を拭って身なりを正した彼の挨拶で掻き消えてしまう。

 

「お久しぶりです。父さん」

 

悪意のない平凡な挨拶だが、その言葉に意識を強く引っ張られていく。

社交辞令だろうか。いや父親に社交辞令をするような他人行儀な間柄ではない。

ということはだ。本当に久しいのだろう。

心拍数が上がる。

 

「父さん?」

 

「あぁいや。何でもない……訳でもないか。

 大事な用があってね」

 

そう。今日ここに来た意味を忘れてはいけない。

 

「ならば城に戻りましょう。

 父さんの近況も聞きたいですから」

 

息子の提案は折角だが、受け入れがたい。

私は首を振った。

 

「済まないけど余り時間はないんだ」

 

「なぜでしょう?」

 

と聞かれても理由までもを話すつもりはない。

問答無用であるという意味で息子の質問は無視する。

 

「手合せを願いたい」

 

息子の表情は私の言葉を受けて三度変化した。

最初は小首をかしげ悩まし気に、それから不審な者を見るように、最後に覚悟を決めた者のように。

息子と私は共に剣士。欠片の殺気を漂わせていればそれで事足りたのだ。

言葉での相互理解では齟齬が生まれがちだが、これを間違えぬのは育て方が正しかったという気がしないでもない。

 

息子の瞳孔が開き、ゴクリと喉が鳴る。

彼の表面的な動きを通して見えぬはずの内面の動きを読み取る。

視神経、脈拍、筋肉の線維一本一本。

相手の心の鼓動が速まると1つ頷く。

息子が剣を構える。手にするは真剣だ。

 

私は剣を構えず右手を前に左手と右手を胸の前に置いて親指の頂点同士、中指の頂点同士を合わせて三角を作り、そこからじんわりと両手を前へと動かしていく。

左脇は締め、右脇はやや開くように。

そして留める。

 

こちらの構えを見て、相手の覚悟はやや萎縮したようにみえた。

既に勝負は始まっていて、互いに言葉は要らないと判っているはずだが、私の動向にピクリと息子の剣がさざなむ。

さざなみは「腰の物を構えろ」と語る。

 

だが私は動かない。

剣と無手で構え合うまま刻は流れる。

静寂の修行場に風が吹き、息子に倒されたであろう魔物の骸が剣合の代わりに音を打ち鳴らす。

 

先に動いたのは私だった。

腰に左手を伸ばす。

その動作に息子の構えからは安堵が垣間見えるが、私の次の動きで彼の剣からも表情からもその安堵は消し飛んだ。

私は左手で鞘を掴むと右手でベルトに巻き付いていた留め金を外し、自由となった鞘を左手一本で振り上げ、そのまま大地へ。

覇気を纏った鞘は腕一本分の深さまで易々とめり込み、自立する。

 

そして私は再び徒手空拳の構えを取った。

息子は一時唖然とし、それが済むと怒りを顕わにし、そして鋭い眼光で睨むと決意の塊となって向ってきた。

 

北神流の剣士として見事な突き。

だが、先にみた剣神や魔王よりは緩やかだ。

突き込まれた息子の剣が彼の腕の伸びの3分の2程でピタリと止まり、回避した私に向って横薙ぎに変化する。

追いすがる剣に対してイメージの中ではそれを無手の自分が片手で弾き返す。

だが同時に両断された腕の光景が脳内で瞬くと、身体を寸でのところで仰け反らせる。

 

仰け反りから手を地面に交互について一瞬ブリッジの体勢になった後、勢いを利用して倒立し、さらに手の力で宙返りを決める。

息子は追ってこず、間合いが開く。

その間に思考は巡る。

一朝一夕であの戦闘方法が出来る訳ではない。

ならばどうする。

 

迷いから攻撃に転じられないでいると、痺れを切らしたように今度は上段からの叩き降ろす剣が迫る。

上からの攻撃に対し、こちらも前方に踏み込みを見せる。クロスカウンターの構えだ。

ただそれだけで息子の攻撃は3割程勢いを減じた。

北神二世という名か、それとも剣の師に対する礼儀だろうか。

剣を持たぬ私に対して十分過ぎる程の防御予測を息子は取った。

生まれた小さな隙。それを利用して左へと身体をスライドさせ攻撃から脱する。

 

今のは危なかったが上手く行った。

同じ手をもう一度使うには別の工夫を必要とするだろうが。

躱す一辺倒では読み合いの手札を失っているに等しく、あと2度か3度の攻撃を躱せば限界を迎えるだろう。

相手の攻撃の意図をこちらが読むように、相手もこちらの攻防の意図を読む。

それは間違いなく、間違いようもない。

 

袈裟斬りの剣に肌が焼け付く。

連続で意表は突けない。兎に角の後退。

相手の攻撃の流れを変える術がなく、そのまま連続斬りを許す。

3連撃目が薄皮一枚を撫で斬る。

 

撫で斬られながら身体を地面に伏せた。

読み通り、3撃目を回避しきる事はできなかった。

そして体勢は最悪。次で詰むというのにその一撃が既に放たれている。

息子の剣は肩口へと食い込まんとする状況。

土壇場だが、流石に手合いで脳天を狙って来ない事に感謝するべきだと考える。

するとどうだろう。自分の教わった剣術は諦めを知らず、すっと視界が開けた。

 

掌で感じる硬い感触はまさにその時になって気が付いた。

本来ならば余計な刺激と表現するべきそれを、私の脳は必要とした。

見ずとも小さな石ころが手の下にある。これを攻撃に使うという意思が直ちに形成され、ほぼ同時に握り込む。

握り込みながら砂の中から石だけが人差し指の根本へと移動し、親指の弾きで飛翔する。

指弾と呼ばれる技だ。

出来る限りの覇気を練り込んだそれは覇気弾となって息子の剣の握りへ直撃。

持ち手が僅かにぶれて剣筋に遅れを見出す。

それで間に合うかは賭けだった。

 

横転しながら剣を掻い潜り、1つの賭けに勝利する。

だがまだ危うい。体勢はさらに悪くなった。

全力で転がりながら次の勝機を探す。

 

何度か息子が剣で私を地面に串刺しにしようとし、そのせいで立ち上がる機会を悉く逸する。

いつまで転がり続ければ良いのか、と考えたとき息子の頬、その筋肉に弛緩を見る。

その意味を身体で知って、それから脳が理解する。逃げ先がない。

自分の身体の数倍もある四つ足の魔物の残骸が、仕合の開始を告げた骨が。

転がる先にあるせいで。

 

私も自然と笑みが零れてしまう。

息子が勝利を確信したということは我が愛刀が何で出来ているかを彼は忘れているのだ。

息子の剣筋がこれまでと同じく近づいて来ても、余裕からか動きはぐっとゆっくりに。

私は寝転がった姿勢のまま、残骸から取り出した骨棒を胸の前に(かざ)す。

 

『ヴォキ』という聞いた事のない鈍い衝突音。

骨棒は真っ二つにはならなかった。

へし折れつつ剣を受け止めきり、そのまま折れて息子の剣を挟み込んで絡めとる。

息子の手から剣が離れ、剣を失った息子は肉弾戦を好まずに剣を拾いに走った。

私はその時間で立ち上がり、それから手刀でもって手頃な長さの骨棒を新たに切り出し、手にする。

 

素材が良くても鍛造されていなければ手刀で折れる程度の強度だ。

真面(まとも)な剣と正面から打ち合えば、先のようにへし折れてしまう。

かといって思考時間は長くは取れなかった。

息子は既に剣を取り戻して素早く攻撃の体勢に。

 

なるべく躱し、どうしても避けられなければ骨棒を使って受け止める。

防御手順に選択肢が増えた事で余裕は倍以上だ。

棒術など私も習った事がなく見様見真似だが、駆け引きの点ではやや有利に働いているようで、変幻自在に変わるリーチに息子が苦慮しているらしいのも状況の好転に寄与している。

 

駆け引きに勝ち、攻撃に転じれば突きと薙ぎ払いで強く打ち据える。

しかし攻防どちらにせよ、骨棒は3度の使用で使い物にならなくなった。

覇気の練り込み方を工夫する。

コップに水を注ぐように覇気を満たしたが、駄目だった。むしろ棒は攻撃力をあげようとしたのか2度でぼっきりと折れた。

次は普段より薄く延ばした覇気を試してみる。これも駄目。

ならば層状に覇気を……

 

 

闘いは日が落ちても続き、ついに息子の剣が百数十本目となる骨棒を砕く。

もはや修行場に骸はない。全て骨粉となり果てて風に吹かれて空へと舞い消えた。

まだ心残りは多分にあって戦闘意欲までもが砕かれた訳ではないのだが、認めるべきだろう。

そう考えて私は腰を下ろして胡坐をかいた。

 

息子はそれを何かの罠と見て取ったようだ。

北神流は勝負を諦めない流派。警戒して当然。

であるが、考える事が多すぎる今それは煩わしくもある。

 

「アルス君の勝ちだ。

 新たな北神として頑張って欲しい」

 

話を早めるための明確な宣言に「本気、ですか?」と息子がたじろぐ。

 

「勿論。

 北神としての力が君にはもう備わっている」

 

たとえ愛剣を使わなかったとしても私に手加減はなかった。

それは対戦した息子にも伝わっただろう。

その点で異論をはさむ事なく彼が頷く。

 

新たな北神。

北神三世の誕生。

あとはまぁ列強七位の肩書もついてくるか。

だとしても息子は北神流を究め続けるだろう。

既に、彼は私が教えた不治瑕の剣だけでない彼だけの北神流を模索しつつある。

そして私もまた新たな道を模索するつもりだ。

これからの北神流の未来は明るい。

 

私はカジャクトを置いて去った。

息子が必要と思ったなら使うだろう。

誰が使うにせよ、剣はあるべき者の所へ届くと私は信じる。




次回予告
アレックス・カールマン・ライバック
剣士、北神二世
英雄、父親
全ては自身を構成する要素のようで
しかし全ては認識のためのラベルでしかなかった

次回『奇抜派I_肩書き』
架け替えた看板に偽りない者でありたい
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