無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
特に今話のシャンドルの名前の由来等々。
--- 英雄譚の終幕に新たな萌芽を ---
カジャクトを手放して不自由があるとしたら、重力操作を用いた自由な大陸間移動ができなくなった事だろうか。
にしても『剣の聖地』へ向かう当初の予定は既に無く、再出発の意味を込めて始める魔大陸周遊。
不自由らしい不自由を感じることもなく巡り終えた先でミリス大陸進出を決める。
乗船前に関所では料金算定のため種族を調べられ、不死族とのハーフであると知られるや役人から詮索する視線を向けられる。
それらが何を意味するかは聞くまでもない。
だが英雄は代替わりした。
いずれ英雄アレクサンダー・カールマン・ライバックの名が世に広まるだろう。
というのに、いつまでも表の舞台に過去の英雄が顔を出し続けて良いはずもない。
だから私はこう告げることを既に決めていた。
「私はシャンドル・フォン・グランドール。
この身分証の通りのね」
差し出したギルドカードを役人が確認する。
若かりし頃、素性を隠して旅するために名乗った名前。
その名を面白がって現代風に直したモノを妻が息子に名付けたのも懐かしい話だ。
そんな物思いの間に役人はカードを検分し終え、身分証を返して寄越す。
懐へと仕舞い込みつつ役人の顔を窺うと、彼はなにやら得心顔でもう余計な事を言わない程度に弁えていた。
その対応に気分を良くして船に乗り込み、
船旅も順調だった。
--
下船した私はミリス街道を避け、大森林の中に住む様々な村落を渡り歩いた。
大森林の民と手合せし、食事を共にし、求められれば武術を指南する。
指南といっても大上段に構えたものではない。
北神流の教えに基づき、森に棲む多種多様な種族の特性を活かす闘い方を模索したに過ぎない。
それは私の固着した考え――当初の模索は無手での戦闘方法や肉体強化法だった――を改めるのに大いに役立った。
また龍族に関しても何か情報があるかと方々で聞いてみたが、有力な情報は得られなかった。
一番知って居そうな長耳族の村は門戸が固く、話を聞けなかったのもあるだろう。
次に向ったのは青竜山脈。
無手での戦闘を目指さなくなって、やはり何か自分の武器が欲しいという気持ちが足を向けさせた。
山中にある炭鉱族の村落に向うと、道の端に建てられた小屋の中から声が掛かる。
「見ない顔だな」
声の主は小屋からひょこりと顔を出した炭鉱族の小男だ。
振り向き、「ええ」と答える私に小男は「一見さんか」と一言。
それから小男は後頭部を一掻き。
掻かなかった方の手を肘から先が胸の前を横切るように受付台に載せて、少し前体重になったのが判った。
「よぁ、一見さん。
ここから先、村の方は部外者の立ち入りはお断りさせてもらっている。
注文ならここでしてくんな」
小男の言葉に私はどういう事だろうかと首を捻り、まじまじと彼の瞳を見つめる。
嘘をついているようではないが、炭鉱族が長耳族のように外部との接触を断っていると聞き及んでいないのだ。
しかしゴネた末に入村しても印象が悪く、快適な滞在は望めない。
さてどうするか。
「それとも村に入らなきゃいけない用件か?」
こちらが困っているように見えたらしく小男はそう質問してみせた。
だが、それは見当違いだ。
「武器を注文しようと思って来たのに違いはありませんが……叶うのなら炭鉱族の方達と友諠を結びたいと考えていました」
私の言葉に小男は一度肩を上げ下げし、「悪いが、鉱神様のいる村に部外者を入れるのは無理さ」と一蹴。
「つまり警備上の問題ですか」と尋ねると、
「それもある」
と同意してから小男は「あとは鍛冶師たちが雑音を嫌がるんでな」と付け足す。
どうやら歓迎されないらしいと理解した私に、小男は続けて「それに、どこかに肩入れしてると思われたくない」と説明を重ねる。
どこかとは、おそらく王竜王国やミリス神聖国を指しているのだろう。
お客は多いに越した事はないのだが、武器商人は相応に恨みを買いやすいので中立を謳うために門戸を閉ざしているという事だろう。
「なら仕方がないですね」と返答しながら、修行は村側の受け入れがなければ成り立たないので諦めよう、と心中で決する。
「折角来てくれたのに悪いな」と小男。さらに彼は続ける。
「さっきも言ったが注文はここで。
本当は麓の村で注文と受け取りができるんだが。
稀にそれを知らないでここまで来ちまうあんたみたいな客がいる」
という事は彼は私のように間違って来た者を引き留めるための門番か。
それ以外にも彼の役割は考えられる。例えば他国の武器商人たちとの取引を目立たずに済ますため、とか。
とすれば私がそれをあれこれと質問することで彼は私をどこかの国の諜報員と勘違いしてしまうかもしれない。
私はそれを望まない。
だから、いくつか疑問に思う事があってもさっさと本題に入るべきだ。
「では注文を」と私は宣言し、「おうよ」と小男は言葉と共に身構える。
「それは」と口にして、しかし何故か私の中に確かにあったはずのイメージは言葉となる前に形を失い、遂には霧のように散ってしまう。
脳内のイメージをかき集めようとする努力も虚しく、形は定まらない。
「それは?」と疑問形で返してくる小男に非はないが、彼の声へ一瞬意識を回した結果、バラバラになったイメージの残骸までもが綺麗さっぱりなくなってしまった。
けれども、小男は私の回答を待っている。
舌を回そうと口を開くも声が続かない。
「…………判りません」
漸く絞り出せたのはそんな不甲斐ない言葉だ。
注文が判らない。
そんな客が現れたら。
どんなに凄腕の職人でも困るだろう。最悪の場合、小馬鹿にされる覚悟があった。
だが小男に困った様子はなく、まして小馬鹿にしようという素振りは見えない。
彼はこちらの瞳をじっと見つめてから手櫛で整えるように蓄えた髭を撫でつける。
そうして、そんな動作にも飽きたのか「あんた剣士なんだろう?」という問いを発する。
私は1つ頷き、小男が左の口角を上げる。
「なら、どんな剣が欲しい?」
剣、剣か。
零れて消えたイメージは剣だったのか。
続けて小男は案を出す。
「刃が短いモノ、長いモノ、重くて破壊力のあるモノか軽くて扱いやすいモノか」
判らぬまま、私は小男の声によって新たにイメージを構成する。
ショートソード、ミドルソード、ロングソード、両手で構えるトゥーハンドソードやバスタードソード。
残念ながら、しっくりきたモノは無し。
私は最強の剣を持っていて、それを手放した。
あれよりも強い剣を想像できないし、今更あの剣より弱い剣を手にする意味も思いつかない。
いや、それよりも……
「どうして私が欲するのは剣だと?」
ふいに浮かんだ疑問を声に。
発した瞬間。またしても馬鹿な事を口にしたと理解する。
剣士だから剣が武器なのだろうという小男の問いに含まれた単純な論理。
けれどあのとき、私はその論理に従わない感覚を持っていた。
それはつまりだ。
私はもう剣士ではない。
――のかもしれない。
貫く衝撃から心を落ち着かせるのに要した時間は幾許か。
私が落ちつくまで、小男は何も言わず静かにそこにいた。
剣士と答えたにもかかわらず、剣を欲していないような私を笑う事もなく。
ただ「何か複雑みたいだな」と呟くのみだった。
そこから会話は続かなかった。
私は小男が仔細を説明してくれた事への感謝を告げて話を切り上げると、小屋の裏手、崖との間にある狭い空間に身を移して瞑想を始めた。
--
胡坐を組み、肩と腕の力を抜く。
両手を足の外側の付け根に添えて、目を閉じて大きく息を吐く。
吐ききったら、ゆっくりと音を立てないよう息を吸い込み、腹の芯にある筋肉はなるべく動かさず、あくまで肺腑の中に静かに空気を送り込むようにだ。
それを繰り返していく。
呼吸を浅く保っていくと意識はやがて朧げになり、薄まっていく。
いつしか眠っているような起きているような。
私は立っていた。
座っているという感覚を微かに感じつつも、意識の中では静かな世界に立っていた。
深い、深く、静かで、静かなる場所。
体験した全ての記憶が眠るという。
意識的に思い出せない事を身体が記憶するという。
なにしろ精神と記憶に由来するらしく真偽は定かでない。
もしそれらが正しいとするならば母は記憶に優れていなければならないが、話の通じないときも多い。
そこに意味はあるだろうか。
余念だ。
余念が湧き出る程ここは何もない。
一度、それを振り払おうと精神の目を世界に向ける。
やはり何もない。
何もないが、真暗闇という訳でもなく私を中心に明るく照らされている。
上を見上げても特に光源となるような物は見当たらないのにだ。
そして5歩とも行かぬ先からは暗く果てがない。
そこでじんわりと気配が現れる。
まるで私が周囲を確認し終えるのを待っていたようだ。
徐々にはっきりしていく気配は眼前と左右、振り向けば後ろにも。
計4つか。
気配だけではない。眼前の気配により意識を向けるとそこにシミがあると気付く。
まだ何者とも知れないシミは先の4つ全てにある。
これらが何なのか。
意識が少しだけ逸れている間に、眼前のシミはいつしか半分の距離まで迫っていた。
私はその気配の移動に気が付かなかった。
背中でひやりと嫌な汗が流れ、胃にむかつきを覚える。
眼前のシミがさらに近づいて来る。
手の届く距離だ。
今度はそれに気付けていた。
すると胃のむかつきが収まった感覚を覚える。
暗い場所から明るい場所へと進み出たシミ。
光が当たり形が明らかになったところでシミの正体が一人の女だと明らかになった。
人族、私はその顔と姿を知っている。
昔、共に旅した女戦士だ。
おかげか背中の汗は止まり、緊張が少しだけ緩んだ。
緩んだ身体に目の眩むほどの速さでフラッシュバックする彼女との記憶。
時系列がメチャクチャなシーンの連続。
無防備でふいに打たれたように脳が痺れ、瞑想中のはずの意識がぐるぐると回り、上下左右の感覚を失う。
続いて崖から飛び降りた時のような自由落下の感覚。
落ちきったのか未だ落ち続けているのかも判らない。
それ程長い間、落下の感覚が続いた後、眼前に先の女戦士が再び現れる。
と、彼女は直立姿勢から酒場に置いてあるような安普請の木椅子に座り、ゆっくりと右足を折り曲げ座面に乗せる。
そして右膝頭に右肘を付け、右手の上に顎を乗せる姿勢で止まった。
彼女が動きを止めると、いつの間にか落下の感覚が消えている事に気付く。
ともすれば彼女も器用に椅子に座りながら落下しているのかもしれないが。
彼女が誰かに向って話す声が響く。忘れてしまっていた友の声だ。
「あたしは納得できないよ。
戦士と剣士の役割に違いはないだろ。
前衛張って敵の攻撃を受け止める。
隙をついて武器で斬りつける。
同じ冒険者同士でさ。
剣士だ、戦士だと分類するのに何の意味があるのさ?
分けるメリットがないなら何さ。
剣を使う自分らを特別扱いしろって腹なのかい?」
女戦士はそう言うと、椅子から立ち上がり私の方へと歩いて来る。
鮮明だった彼女が次第に薄まって、私に触れるか触れないかの所で霧散する。
いつの間にか椅子も消えている。
今のは一体……。
呆然と女戦士が座っていた場所に意識を向けていると、ついと右手に渦巻いていた黒いシミが滑り来た。
同じく手の届く距離へと来たところでシミは3人の姿を象った。
我が息子アレクサンダー、元剣神ザック・ファフニール、それから今代から遡ること先々代の水神レイダル。
彼らも何事かを呟くかと期待してみるも、彼らは黙して立つだけ。
説明はもう十分に尽くされたと見れば良いのかもしれない。
女戦士の言葉が蘇る。
「同じ冒険者同士で剣士だ、戦士だと分類するのに何の意味があるのさ?」
女戦士が語った通り、冒険者という職業の中で同じ近接戦闘クラスの戦士と剣士の役割に違いはない
そも、女戦士は北神流を独自にアレンジ――北神流の使い手は自分にマッチした剣術を目指す流派であるからその姿勢は正しい――し、右手に刀身の分厚い剣、左手に半身を隠せるほどのサイズの
とすれば剣を武器として戦い、戦法として三大流派だけを用いる者を剣士と称する分類上、彼女は剣士の条件に合致する。
しかし彼女は戦士を名乗り、周囲も彼女を戦士として認識していた。
そして同じ北神流としては息子の姿がある。
息子が北神流を名乗り続けるのだとして、彼の武器を斧にしたなら彼は戦士となる。
剣士の条件の1つ、三大流派の一流派、北神流の頂点であるところの北神が剣士と呼べない道が存在する。
理解に合わせるように消えたはずの女戦士の声が再び響く。
「まぁ百歩譲って剣神流を戦士に含めないってのは同意してあげる。
奴らみたいなスピード狂いの一撃必殺なんて
でもさ。水神流は剣に拘る意味を持たないし、北神流はそも剣に拘っていない流派でしょう。
それらを一纏めにするのは大雑把が過ぎるのよ」
そう、その通り。
先に考えたのと今の言葉はほぼ一致した。
そしてもし息子がカジャクトを使うと決めたなら、息子は私のように北神流"剣士"であることに拘りを持つだろうか。
……わからない。
息子の事を考えても詮無い。それよりも今考えておきたい事案は別にある。
カジャクトを手放した私は、剣士であるという拘りも同じく手放していた。
その事には先程の小男との会話で気付かされていた。
では私は何だろうか、と。
戦士か? それとも放浪の冒険者か。
もう十分なようで剣神、北神、水神の3つを象った虚像が消えていくと、私の予期した通り今度は左手にたむろしていた物が身動ぎする。
近づくにつれて姿を現す頬に傷を持った凛々しい顔。
ひどく懐かしいその少女が懐かしい声で語る。
「殺し屋をやっていル」
彼女の存在が何を意味するかは、たとえ言葉がなくとも即座に理解できた。
女戦士は冒険者で、少女は殺し屋。
戦士、剣士というのは戦闘方法の側面からみた分類。
冒険者、殺し屋(暗殺者)というのはまた別の分類。
なぜなら戦士の冒険者という表現ができるのと同じように、北神流剣術の使い手で剣を獲物とする暗殺者に違和感はない。
もちろん暗器使いや毒使いの暗殺者もだ。
冒険者や暗殺者と同じ分類に用心棒、兵士、道場主、情報屋、果ては村人や王様というのも入るだろう。
頭の中の整理に合わせて懐かしき虚影が消えたとき、残るはあと1つ。
私はそれを知るために振り向き、見た。
仁王立ちする初代北神カールマンの姿を。
英雄。
幼き頃に母から聞いた北神英雄譚といえば主人公は初代北神だった。
だから私の中の父は英雄と表現する他にない。
だが世の人たちからみればそれらの話は法螺話の類いで、真に受けると知られたら笑われるような話だと実家を出てから私は知った。
優しき正義の男と言えば聞こえは良いが、殺した方が良い悪人を見逃す物語。
そんな内容は親が子供に、酒場の冒険者同士で、吟遊詩人の
もし話を聞いても疑問が噴出することは間違いない。
いや、そもそも北神が幾人もの英雄級と闘い、勝利したというのも疑わしい。
魔神殺しの三英雄の一人という触れ込みもどこまでが真実か。
これが初代北神に対する世間一般の認識だ。
北神流を修めた者でも認識に大差はなく、そこに思うところのあった若かりし私は英雄を目指した。
北神英雄譚が真に英雄譚となる事を目指した。
英雄譚の始まりは王竜剣カジャクトを手に入れたところから。
――ならば王竜剣カジャクトを手放したところでそれは終わった。
カチッと何かが嵌った。
私は剣士ではない。いや剣士なんていう物に拘っていた私を女戦士が鼻で笑ってみせてくれた。
父は英雄に拘らなかった。代わりに私が英雄になった。
私は英雄に拘っていた。だが、その英雄としての私の旅も先日の引継ぎで終りを迎えた。
父と私は今にして漸く同じ舞台に立った。
では己をどのように定義するか。
己であるからこそ、その回答はひどく難しくなる。
しかし父カールマン・ライバックは何者であったかを考えるというのは、その難しさを乗り越えるのに丁度良い。
だから考えてみる。
父はただの剣士ではない。
糊口を凌ぐための職として剣を振るった人でもない。
ならば何だ。
しっくりと来る言葉があるとすれば、それは。
「『武芸者』」
自然と口から出た単語。
瞑想の外でも私は、それを呟いたかもしれない。
それくらい、この単語がしっくりきた。
武の道に生きた父そのものを表した気がした。
戦士、剣士。
冒険者、暗殺者。
そして英雄、武芸者。
4つのシミこそが気付きかけていたモノだ。
風で吹かれた砂のように、残っていた者達も消えていく。
代わりに目の前には自分の写しが立っていた。
鏡で見るのと、さして変わらぬ自分。
写し身をみてまだ武芸者にはどうしても見えない。認識できない。
なるほど私はまだ武芸者ではない。
武芸者とは武の道に生きている者。
ならば本来、英雄としての道でなく武の道に生きると決断した時点で私は武芸者になるはずだ。
武を究めようとする意志さえあれば、どんな者でも武芸者と呼べるはずだ。
村人であろうと王様であろうと冒険者であろうと。
暗殺者でさえも武芸者たらんとすれば武芸者たる。
必要なのは武の礎となる意志、ただそれだけだ。
それが出来ていない理由はつまるところ、私には武を究めんとする明確な意思がないのだ。
武を究めると言葉にするのは容易でも、私には具体的にどのようにして、どんな武を究めようかというイメージがない。
写し身が口を開く。
「カジャクトを持つことで英雄の強さを手に入れたと信じていた」
「カジャクトを手にすれば容易に強くなれるのではない。
カジャクトの力を存分に引き出すための戦術と訓練が必要だ」
「愛剣を自在に操り、強敵と渡り合った日々に満足していた」
「野に隠れた英雄達と私が束になっても敵わぬ龍族の存在への畏怖」
「愛剣が私の成長を阻害している」
「愛剣を手放した先、私はまだ成長する余地を残している」
最後の一節は写し身と同時に、己の口からも出ていた。
写し身は笑顔を浮かべ、砂の柱となり、さっと崩れて風に消えた。
瞑想から脱すると、私の身体にとまっていた小鳥たちが羽ばたいていく。
ゆっくりと立ち上がり、肩や首、腰の筋肉をほぐす。
「あるはずの伸びしろか。
どこにあるのかな」
それが武を究めるという事。
--
小屋を覗けば瞑想前に話した炭鉱族とは別の男が座っていた。
村の入り口の受付は交代制なのだろうと考えながら、その男に挨拶する。
武器の注文を再依頼するも「どんな剣を所望か?」と返されて、一瞬考える。
そこで漸く私は気付く。
武を究めるといって、私の中でまだどのような武器を持つべきかは決まっていないのだ。
だが、それならば。
以前の男は対話によって私の欲する武器を決めようとしていた。
だから、私もそれに倣おう。
「なぜ私が剣を欲すると?」
私の問いに男は当たり前の事だと表情で示しながら「剣士が多いからな」と返す。
「残念ながら、私は剣士ではありません」
そんな私の言葉にも驚いた風はなく、「なら、戦士。じゃなければ暗殺者か冒険者かね」と確認を求めた。
「私は武芸者です」
「武芸者?
聞いた事がないが……どんな戦い方をするんだ?」
「武器の種類に拘らずに戦う者と思っていただければ」
「ああ、ふむ。
なら戦士とそう違いはなさそうだな」
少し待ってな」
と村の方へ立ち去る男。
暫くして男は敷布に巻いた大きな荷物を背負って帰ってきた。
男が背負っていたものを地面に降ろして広げる。
出てきた品々には見慣れた形の武器もあれば、どうみても農具や大工道具に見えるものもある。
男はそれらを一つ一つ手に取って説明を始めた。
槍、メイス、戦斧。この辺りは戦士が良く使う武器。
説明されなくともかつて大陸を周っていた頃の友人が使っていたから判る、と思っていたが私の知識外のことを男は語る。
槍とは騎上から攻撃するための使い方と集団歩兵が装備するのが主で、兵士の武装として槍を使うことはあっても槍使いの冒険者は珍しいのだそうだ。
棍棒は剣の斬撃や槍の刺突に対して盾や鎧で身を固めた相手に有効な武器。
高い殴打力によって鎧を凹ませて鎧の防御性能を落とし、衝撃を浸透させて相手にダメージを与えられる点が優れている。
戦斧はメイスより重量級の武器で取り回しに難がある。
代わりに、腕力に自信があるのならメイスよりも強い破断力を持ち、装甲を固めた敵は鈍重なモノが多い事も相まって状況によっては選択肢に入るという。
なるほど。
武器の選定とは自分に合った物をフィーリングで選ぶか職業で選ぶものと決めつけていた。
でもそれは私の早とちりで、根源には別の理由があるように思えてくる。
言葉にできないだけで自分に合う理由があるのか。
それとも職業選択時にそれを選んだ理由があるのか。
もしくは自分に職業が合っていると感じた理由がある。
……のかもしれない。
そんなこちらの思惑をよそに男の説明は続く。
次に男が手に取ったのは分銅付きの鎖、鉄扇、仕込み杖、投擲用のニードルだ。
これらは暗殺者が持つ暗器として作られているように思う。
我が妻の一人は投げナイフを使う暗殺者だったけれど、私自身はこれらの武器に馴染みはない。
しかし説明を受ければ面白い使い方が頭のどこかを掠めた。
それから鉄甲や鈎爪といった指か手首で固定する武器と棍――見てくれはどうみても棒切れ――に話は移る。
これらは格闘家が好んで使う武具らしい。
私の知り合いの格闘家は専ら素手と素足を武器にしていたので、そういうものかと新鮮さを感じる。
もしかすると彼が居た頃より後になって発明されたり、格闘家の中でも流派によっていろいろとあるのかもしれない。
最後に鞭、二又のフォーク、鎌、ノコギリ、ハンマー、手斧。
一見、馬具、農具、大工道具としての用途を持つそれら。
戦闘用に作られていないただの道具の場合もあれば、偽装した武器の場合もある。
目の前に並んだ物は後者なので問題はないが、前者の場合は用途外に用いると耐久性の問題でたちまち壊れるそうだ。
だが基本構造としてフォークは槍に、手斧やハンマーは闘斧に近い。
鎌やノコギリは洗練されていくと剣になるらしい。
同じ起源から道具と武器に分派したもの、道具から武器へと転じたもの、逆に狩猟用の武器から道具に転じた物があるのだそうだ。
またノコギリで負った傷は自然回復し難いという面があり、その一方で鞭は相手を即死させたくないときに有効な武器らしい。
話し終えたのか男は懐から取り出した
こちらが欲しい物を見つけるまでに一息入れる算段か。
残念ながら、ざっと見て何かこれだという物はない。
だが、あれだけの説明を受けてあっさりと断るのは申し訳なくて一応、端から順に手に取ってみる。
戦士らしい武器や暗器、それから道具じみた武器はどうにも馴染まない。
けれども鉄甲に指を通したとき、ふとあの日みた徒手空拳を再現していた。
当然といえば当然だが、オーダーメイドではない鉄甲では指の太さが合っていないために納まりが悪い。
それでも何となくこれが欲しいと腹の底の方で湧いて来る気もする。
でもまだ焦らない。
次に棍を片手剣の要領で握る。
剣の柄に相当する場所はないので自由だが、なんとなくそうしてみた。
それを前方へ突き出す。
剣として考えるとリーチがやや長い。
ロングソードくらいか。
息子との手合せで骨棒を使ったときの感覚に近い。
が、それよりも良く手に馴染んだ。
腕を引き戻し、握りを変えて棍の中心を持つ。
すると棍は腋下をくぐって後ろへと突き出る形になった。
これを同じく突き出すとミドルソードのリーチに。
腕を引き戻し、脇で棍を挟む。
それだけで棍は腕ではなく胴と一体になって動くようになる。
つまりそれは身体の向きで左右を、腕の動きで上下を同時に動かせるということ。
棍には刃がなくどの方向に叩くのも自由だから、剣とはまた違った動きができる。
それが今は心地よい。
続けて握りを深くする。
リーチはさらに短くなり、ナイフほどに。
だがこれはまた違う意味が出てきたようだ。
短くなったわけではないので、当然に棍は後ろへと大きく余る。
その状態から小さく突き出し、そこで引かずに脇を開き、左手で突き出して握る。
握った左手を腹の前へ持っていくと、自然に余っていた部分が反時計周りに引き出される。
引き出しながら中心を右手で持ち直し、前へ強く振るう。
回転運動。そして両手で棍を持つスタイルに。
剣で言えば両手持ちということになろう。
しかし、剣のように短い柄を握るのとは違う。
棍の一端を左手で、中間を右手で持つのでスタンスはオープンになり、胸元は窮屈さを感じない。
その構えはフォークと同じ、いや槍に似ている。
というか槍は棍の一端に刃先と胴金(刃の固定具)をつけたものと言い換えられる。
では刃先のある物と無い物の差を考えてみるべきだ。
棍を手元で遊ばせながら、槍についてのイメージを膨らませる。
刃先がある物は刺突力が増す。又、先端での薙ぎ払いの場合も斬撃性能を付加できる。
一方で持ち手は中程から手前までに限られ、胴金の部分は攻撃に使わないようにするテクニックを求められる。
例えば胴金部分で相手を叩くような使い方は、胴金の傷みと弛みを加速させて刃の脱落を招く。
もし刃が付いていたら、重量バランスも変化するだろう。
当然に反対側の持ち手部分を太くするなり、装飾を付けるなりでバランスは調整できるとして、ではどこに重心があるべきだろうか。
もし重心が槍の刃先側にあるのなら、ただ持つだけでも振り回すだけでも余計な力を必要とするだろう。
だからと言って単純に中心にあるのが良いとも限らない。
槍を振り回したり、前後左右に持ち替えながら戦うならば槍の中心に重心があれば良いが、突きの動作が重要であるなら基本スタンスで構えた場合の両手の中間地点に重心があった方が取り回しは楽になるはずだ。
それは戦闘スタイルに合わせた微調整とも言うべきモノ。
もっと考えればまだ何かを思いつくかもしれないが、今はこれで十分だろう。
それに思考のおかげで刃先の無い物の特性もみるみる明らかになっている。
棍の攻撃部位に制限はない。刃がないから両端のどちらにも攻撃ウェイトは存在せず、等価だ。
掬いあげるような打撃、叩き下ろすような打撃、突き、払いと上下左右前後に自由自在な攻撃が可能。
他方、槍やフォークには刃があってそちらでの攻撃ウェイトが高くなる。
槍やフォークを棍のように扱うのに問題がある訳ではないが、使用者はより効果的なダメージを与えるためにその選択肢を厭う。
攻撃ウェイトがあるということは、次の攻撃方法を予測する手掛かりになる。
力量差があれば手掛かりとなった攻撃方法に至るまでの事前動作、予備動作まで逆算できるだろう。
有利になるよう戦闘を進める。
つまり敵の攻撃への防御や回避を可能にしたり、敵の攻撃に先んじて先制するかを選べる、という訳だ。
ふと考えて、目の前の炭鉱族に訊ねる。
槍と棍の両方を手に取って。
「槍で刺されるか棍で叩かれる、選ぶとしたらどちらを選びますか?」
男は答える。
「そりゃぁ棍で叩かれる方だ」
少し思案する。
「では槍で刺されるか剣で斬られるなら?」
「……どっちもキツイな」
「ですよね」
炭鉱族は意図を計りかねる表情でまた煙管を吸い、煙を吐き出している。
相手がどう答えるか予想できていた。判っていた。
が、麓の街よりも遠い隔たりがある。常識と非常識の境界と表現するべきか。
境界の対岸の者達はこう考える。
剣は岩を斬れず、槍は岩に刺さらず、棍は岩を砕けない、と。
だがこちら側の者達はこう考える。
剣は岩を割き、槍は岩を貫き、棍は岩を砕く、と。
剣ならば鋭さを増し、
衝撃の際に剣がバラバラにならないようにする仕掛けもそうだ。
握りの内側の刀身の固定部分すら覇気によって強化される。
そうでなければ岩を斬ることは叶わない。
槍も棍も同じだ。
もしそうなら。
武器が相手を倒すためにあるのなら。
どれを選んでも違いはない。
いやそれも違う。本当に大事なのは覇気であって武器そのものではない。
何より思い出すのは私よりも強い者達の姿。
彼らは皆、武器に頼らず類まれな覇気の使い手だった。
ザックやヘイムダルは剣の強さに覇気の強さを足し合わせていたし、龍族の男は己の体を覇気で纏って無手で闘った。
私も息子と闘うときに魔物の骨を使って闘った。
あの時、骨を長く持たせるために工夫を凝らしたのは彼らが辿った道と同じ気がする。
今まで重要とは思わなかったが、私の伸びしろはそこにあるだろう。
直感が次第に心へと広がり、いつしか確信に変わった。
結局、私は暗器類と格闘家の使う物を一式買い揃えた。
炭鉱族の男は「調整してオーダーメイドに出来る」と言い、私はそれを断った。
調整に掛かる時間ではなく、調整するのが今の自分では意味がないという理由で。
私の伸びしろまでを考慮して調整する事は不可能だろう。
何しろ、私自身でさえどのような伸びしろがあるのか分かっていないのだから。
--
山を下りた私はミリス神聖国を超えてウェストポートに辿り着く。
これから船で中央大陸へと行くためだ。
目的地はベガリット大陸のラパン。砂漠や迷宮で武芸を究めたなら、今度こそ剣の聖地へと赴いても良い。
そんな予定だったのだが。
ウェストポートの税関で並んでいると周囲から不穏な空気が漂った。
取り囲まれている。数は13、いや14人。
背負っている買ったばかりの武具を自然体で降ろし、包囲が狭まる前に対応できる体勢を取る。
そして最も早く近づいて来た3人が次々に口にする。間合いは剣があればその外だ。
「ここに来ると思ってました」
「師匠」
「遅かったですな。どこぞで寄り道を?」
声の主はミルテッド族の2人、それからドルディア族。
いずれも知った顔で大森林の集落にて手ほどきした者達だ。
遅れて残りの者達が自分を中心に輪を作る。
やはりどの顔にも見覚えがあり、遠くは魔大陸の果てから来た者も居た。
彼らは私が手ほどきして去った後、私を探したという。
もっと強くなりたいと願い、私に教えを乞おうとして。
力を手に入れたせいで里での派閥抗争に巻き込まれそうになって嫌気が差し、他に当てがなくて。
外の世界に興味を持ち飛び出したが、ウェストポートで資金難により船に乗れず立ち往生して。
皆、ここを不死族の者が通過したか確認しながら、いずれここに私が来ると考えて待ったそうだ。
最初に聞いた3人以外にも事情はあるらしく船の旅すがら彼らはそれを話した。
次回予告
人材育成に対し、
異なるスタンスを抱える者同士が
相まみえ、激突の果てに得たモノ。
未来を知る者だけが
その大いなる偶然に気が付くであろう。
次回『奇抜派II_襲撃』
待ち構える運命は深い底で微睡む