無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
--- 自分の人生を変える際に取るべきリスク ---
海を渡りイーストポートに到着すると、早くも困った事態に直面する。
供となった彼らの半数は森で暮らしてきたために王竜王国の暑さにすら辟易している様子。
さらに西へ、ベガリット大陸に向えばどうなる?
砂漠を横断するだけならまだしも同時に武術を究めるは至難となろう。
本人らに問えば『出来る』というに違いなくとも、もし砂漠の真ん中で『出来ない』となったとき私に降りかかる決断。
避けられるリスクならば避けるべきだ。
ならば? どうする?
決まらぬままに陸伝いに王竜王国へ。
我が英雄譚の始まりにして北神流の本拠となった地。
遠くそびえる王竜山脈と首都ワイバーンが見せる景色。
過去のあれこれが私の胸に去来すると、懐かしさからつい思い出話が口をつく。
話は供らの興味を惹く。
口々に「ワイバーンで話を確かめよう」などと盛り上がっている。
しかし人族社会の激しい移り変わりに一抹の不安が過る。
実際に足を踏み入れて私の話と乖離があったとき、供らはどのように想うだろうか。
がっかりしてしまうのではないか。初代北神の話を法螺と断じて信じなかった者のように。
それから遠い親戚の元には、仲違いの末に出奔した孫が暮らしているはずだ。
アレクが北神になった情報を聞きつけていたら、どんな顔をして会えば良いか判らない。
憂いはワイバーンに近づくにつれ増していく。
そして後2日という距離にして、予定を変更。
ワイバーンを経由せずに北へと向かう事にした。
供らからは不平を零されても私はそれを気にしない風を装った。
修行の旅がシーローンに至ると、寂しくなってきていた懐を温めるべく手分けして冒険者ギルドの依頼に励んだ。
中にはチームを組んで迷宮に挑み、なぜか新たな同行者を増やして帰ってくる者らも居た。
そうして幾分か懐を温めた我々は土地勘の利く者の手配でシーローンから紛争地帯へ。
政情不安な紛争地帯に入り、2つ目の国ヴァーケルンを北へと抜けた辺りから不穏な空気が漂い始めると、供らにも足取りにも緊張感が僅かに滲むようになった。
--
「師匠どうされました?」
パチパチと鳴る焚火。
火の上の鍋の水は既にゴトゴトと小さな音を立てながら沸騰し、十分な煮沸が出来た状態だ。
小人族の男ムィ・ターが手の止まっていた私を不思議そうに見ている。
その声で私は自分の鍋を火から降ろして、傍に流れている川の水へと浸す。
心を落ち着かせて「どうもしませんよ」と応じるには十分な間だった。
「……そうですか」
ムィは首をかしげながらも私がどいた後の焚火に鍋を載せる。
私はというと鍋の底から湧いて来る気泡が徐々に収まるのに合わせるように、気配を探るのを止めた。
勘違いではないようだったが。
明確な目的があっての動きではなさそうでもある。
戦争が頻発するため張り巡らされている偵察要員の情報収集網に引っ掛かったのかもしれない。
――そう考えながら、まだ少し熱を持った湯を魔物の胃袋で作った水袋へ
ヴァーケルンの北の国境を越えるとカストラートという名の国がある。
この国のそれなりに大きな町まで今日の内に到着できるはずだったのだが、予定外の事態のお陰で野営を余儀なくされていた。
焚火を前にいつもよりどんよりとした空気が漂い、皆の話す声にも力がない。
「あれは
「あぁ」
「死体に残された傷跡から見ても魔物のしわざではないだろう」
「野盗かな」
「さてな。
敗残兵による略奪行為かもしれん」
「……だろうな」
昼に立ち寄った
半分腐りかけた死体。それをゾンビとなる前に我々は丁重に弔った。
そのせいで我々の旅程は大きく狂っている。
対人・殺人の経験があってもそれは闘う意思のある者同士の命のやり取りだ。
闘う意思のない、力無き者達を蹂躙したのだろう光景への嫌悪が彼らにはある。
仲間たちが醸し出している雰囲気が示す意味を私は理解できる。
だが、と思う。
彼らはその気にあてられて本来見えていた物が見えなくなっている。
室内は荒らされていて金品は奪われたかのように見えるものの、複数人の足取りを慎重に確かめればそれらは偽装工作だった。
足跡が向かうのは村の奥。畜生を弔うための塚に、真新しく掘り返された跡。
その下には村から奪われたはずの金品がごっそり残されていた。
私はその事実を彼らに告げずに半日、一人黙していた。
山を越えて山裾に広がる森を背に野営を始め、つい先程の仲間たちの会話まで。
森は見通しが悪いが、代わりに焚火の枝は容易に手に入るので火を焚くには都合が良く、我々のように相手の気配をかなりの距離で掴める武芸者ならば野営ポイントとして悪い場所ではない。
だが魔物の生息地である森の近くで野営する者らはほとんどいないし、我々も普段なら避ける場所だ。
そう。
やはりあの村での出来事は罠だったのだろうと今更ながらに気付いていた。
我々を足止めするというだけのために村を1つ潰したという信じがたい所業。
これから闘う相手はそういう相手なのだ、と。
「皆さん武器を」
私は一早く武器――炭鉱族から買い付けた一本の鞭――を手に立ち上がる。
その一言で皆も僅かに遅れて囲んでいた焚火の前から立ち上がった。
余計な言葉はなく、誰かが足で砂をかけて灯りを消すと辺りは月と星の明りにぼんやりと照らされた。
焚火の燻る音も消えると、薄く虫の音だけが静寂に木霊する。
仲間たちの心音は驚く程静か。心配はいらないだろう。
ざっと数えて15、いや16人。その敵が半包囲の形で森に潜んでいる。
相手の予想より早く気付いたからだろうか。
何者か達はまだ手を出してこない。
「5人いますね」
サナキアで合流した人族の武芸者ワンカイヨが緊張のためか潜めた声で聞いて来た。
「それはこちらが気付いたのを察して、わざと見せている数だ。
匂いの数はもっと多い。15人いる」
獣族の戦士ギルトダートが訂正に応じた。
少し待ったが他に言葉を重ねる者はいない。
よって私が訂正する。
「残念ながら、もう1人いるようです。
強敵ですね」
外した事が悔しいのか「むぅ」と唸るギルトダート。
出来るなら慰めの言葉を掛けてやりたいところだったが。
油断ならない敵の前でこれ以上おしゃべりに興じるのは許されるはずもなく……ほら。
待ちきれなかったように空を切る幾条もの鈍い煌めき。
私はそれらの軌道から相手の実力を理解して無視し、それに紛れるように放たれた別の攻撃に向け鞭を振るう。
鞭によって絡めとって地に落とすと、同時に周囲に立つ供らの剣が快音を奏でる。
指の先程の幅から先端に向けて尖っている投擲用ニードル。
黒いのは夜闇に視認性を落とすために色を付けた物か。
ただし私が落とした物だけは先のニードルとやや形状を異にする。
木の葉のように真ん中が膨らんだ投げナイフ。数は3つ。
それぞれの持ち手に丸い穴が開いていて、そこに糸で紙札が括りつけてある。
紙札の意図は判らないが……無駄に括ってある訳でもないのは確か。
何か、良くない何か。
嫌な予感に従って鞭を鋭く
と、火柱と化した者らが森から飛び出し、我々の目前で息絶えた。
火を放つ魔法陣を時間差で起動させる仕掛け付きだったか。
起動の設定は着弾した時の高さ?
現代戦では見なくなった技。魔術的暗殺集団が得意としていた。
その生き残りだろうかと一瞬考えてすぐに打ち消し、この包囲を脱出するのが先と思い直す。
「皆さん離脱を。
次に予定していた野営ポイントで落ち合いま……」
強い攻撃の気配から他人への意識配分を中断。
覇気を纏った殺意が顔と胸を薙ごうとする。
月明りで目にした鈎爪。
それが左から袈裟斬りに右からは横合いに迫ったので退いて対処する。
一撃離脱の戦法を取るらしく、こちらが間合いを取ろうとする間に敵の姿は森の中へ。
この一連の攻撃への対処の間にほぼ全ての気配が遠のいていく。
敵も仲間も。
残ったのは強者との一騎打ち。
そうする事が被害を最小限に抑えてくれるだろう。
仲間たちもあの程度の敵に遅れは取るまい。
「久方ぶりの手応えだ。
嬉しいねぇ」
闇間から男の下碑た声が響く。
声の音色は戦いを楽しむタイプらしさを醸し出した。
演技でなければ、こういう手合いは侮れない力量を持ち合わせている者が多い。
しかし演技だったとすれば戦いを工夫するタイプ。
こちらも面倒な相手である事が多い。
ただの旅行者を襲う暗殺集団と見るなら?
前者かはたまた後者か。
「何で自分らが襲われたのかって顔だなぁ?」
この暗がりで表情が見えるのだろうか。
推測するように男が話しかけ、私の無言を理解してか続ける。
「大した理由は無えのさ。
ただそうだ。
丁度暇をしていたところに良い鍛錬相手が来た、これが一番しっくりくる」
からかうような声音。
真実かどうかはやはり判らない。
「それで3人も仲間を失ったのは割が合うので?」
焼け焦げ動かなくなった3つの
一陣の夜風が止むと、くつくつと忍び笑う声が鳴る。
笑いを誘うような部分があるとは思えず、眉根が自然と寄った。
「鍛錬の成績が良い子ちゃんでも実戦で使い物になるかは試してみるしかない」
声は真後ろから聞こえた。
が、振り返らずに気配を頼りに右横へ飛ぶ。
その横合いから暗殺者が鉤爪を構えて飛び込んでいた。
真後ろから聞こえたと思った声と実際の位置は違っているか!?
左右に3対計6本の鈎爪。
内1対で顔を守り、1対が力を貯め、最後の1対の、向って右が前に真っ直ぐに突き出されている。
あと一本あるはずの腕は見えず、体勢は分が悪い。
交錯が迫ろうとしている。
鞭の根本部分にある硬い棒の部分を短剣のように差し出し、奴の突き出されたクローを阻んだ。
マトモに受けぬように鞭の持ち手をずらして躱し、身体を半身に捌いて相手の力を逃がす。
目論み通りとしても相手の思惑の中か。
相手が巧く隠していたもう一方のクローが振り抜かれる。
その振り抜きの速さには鞭の取っ手で逃がしたはずの力が乗っていた。
仰け反りで回避――しきれず頬の肉をごっそりと引き裂かれた。
激しく痛むそれを無理矢理に無視して相手の脇腹に蹴りを当て返す。
その蹴りも暗殺者が力を貯めていた筈の1対が防いでいた。
ダメージは期待できない。
やられっぱなしは悔しいが、それよりも態勢を整えたい。
その想いで蹴った反動を利用し、森の中の茂みへと飛び込んだ。
追撃は無し。
どんなに有利な状況でも一撃離脱の戦法を崩さないか。
蹴り飛ばしたはずの相手も迷いなくそのまま森の中へと消えている。
痛む右頬。幸い毒が塗られていた訳ではないらしい。
されど出血は多く、戦闘中に治る程浅くもない。
肉体の特殊性がなければ私はとっくに負けている。
実戦慣れしているな、これは。
それも尋常でない程だ。
絶えぬ戦争、非道な手段、残虐な作戦を日常的にこなしてきたのは間違いない。
考える猶予はそこまでだった。
膨らんだように感じる次なる攻撃の気配。
間隔が短い。対策に気が回らない。
姿が隠せる太さの樹をみつけて気配から盾にするように移動し、安堵の息を漏らしたい欲求を飲み込み、頭を下げる。
そこにトトンッと投げナイフが刺さった。
ナイフの軌道は潰したはず。なぜ。
ナイフは木の葉型の先のモノと同じ。
だが爆炎は……ない、と思ったのも束の間。
さらなるナイフの雨が降りかかり、意図せず盾となっていた樹を一周して元の位置へ戻ってきてしまう。
目に入った爆炎札の付いたナイフ。
いや、札がついている!?
思わずと二度見して体も幾分か硬直したのを見計らったのか。
札が爆炎を上げ、樹さえも炎上させしめ倒壊。
爆発の威力をまともに受けた私は何本か木を折って吹き飛んだ。
最近このパターンが多いけれど、前回とは違ってカジャクトがないせいで中々止まらず、巨木の半ばまでめり込んで終わる。
意識がパチパチとするが身体を止めている猶予はない。
無理に動かそうとして、ふと腹部が痛んだ。
何かと確認してみれば背中から巨木の枝――というには余りにも太く、普通の木の幹のような太さだ――が腹を突き破っている。
無抵抗に吹き飛ばされたせいで、受け身も取れていなかった。
覇気による肉体の強化すら貫通する程か。
……そもそも私の覇気は他の者より身体強化に優れていない、仕方ないか。
とりあえず刺さったままの枝の腹側を手刀で落とし、前に身体を倒して串刺し状態から脱する。
ボタボタと落ちる血は流石に無視できない。
覇気と筋肉で傷口を締めて抑え、それでも少し動かしただけでピューと湧き出てくる血と奪われる体温。
戦闘機動はもはや無理。
だが私が倒れれば奴は仲間を追うだろう。
勝てぬだろうが、せめて相手の攻撃を受けきって時間を使わせる他にない。
これほどまでの相手なら引き際を知るはず。
問題は、それをどうやって為すか。
気配を偽装して予測を外す技。
自分より速く、音も無く忍び寄る歩行。
攻防一体。鋭い一撃は意識外からの手を交えている。
そもそも周到に用意された、ここは敵のキルゾーンだ。
悲観的な現状。
対抗できる妙案は出てこない。
手持ちの方法で切り抜けられる程、甘い相手とも思えない。
絶望的な状況か。
もはやこれまでか。
カジャクトさえあれば? そんな意識でいつの間にか鞭すら取り落としていた右手を握り込む。
しかし腕に出来た小さな傷、茂みに飛び込んだときのものだろうか?、それがほんの僅かにでも癒えようとしている。
私は、私の体はまだ生きようとしている。諦めていない。
生死の狭間。
北神流で覇気を得るために行う修行法。
臨死の状態に陥った剣士は命を長らえようと肉体の限界を超えるために覇気を使ってその窮地を脱する。
――時は来れり。
確信が頭を埋め尽くし、それ以外の、浮かんでいたはずの悲観的な考えは嵐が過ぎた朝のように一切が掻き消えた。
微かな望みにかけて、瞼を閉じる。
相手には見えている暗闇の中で、必死に目を凝らすことに意味はない。
そのまま最も近い大木に右手を当てると、剣や鞭と同じように大木を武器だとする。
さすれば覇気を通す事叶わん。
足の裏からも同様に覇気を広げる。
靴へ、さらには大地へ。
先へ先へと覇気は広がる。
別の木へと覇気の手を伸ばそうとする。
届かない。
どうやら私の覇気の量は大木一本分の範囲が限界らしい。
しかし、骨棒のときと同じだ。もっと薄く延ばしたら行ける気がする。
透けるように薄く、霞網のように薄く覇気を広げたら。
思ったように手は伸びていく。
根から幹、幹から枝へと操作したら、根に戻って横に伸ばす。
2本、3本、何本もの木を自分の覇気の支配下に置く。
昔、どうやっても斬れなかった大岩をただの木剣に覇気を纏わせただけで容易く叩き割れた時と同じだ。
出来ると思って、少し工夫すれば出来るのだ。
自分を中心にした同心円を描くように、左回りで螺旋を描くように。
――感あり。
位置は、自分の間合いのずっと外側。
水平距離で20歩、高さにして頭上の3倍の張り出した枝の上。
6本の腕を生やした暗殺者――その姿形から人族ではないだろう――が膝を曲げてこちらを窺う姿を捉える。
枝をしならせて音も無く跳んだ、か。
こちらに居所を悟られたのに早くも気付いたか?
違う、か。
奴が着地した先も私が掌握している木の内の1つ。
水平距離にして10歩。間合いのギリギリ外。
先程よりも近くなったからだろう。
呼吸のリズムや心音までもが覇気の手から伝わってきて、奴の行動の一歩先が読める。
何かを投げようとしている。
重心はそれほど動かしていない。
小型の投擲武器を、何だまたあのナイフか?
それよりも軌道の先には……。
理解したのは奴のナイフが投げ終わったタイミングだった。
慌てて首を横に傾け、髪を数本切り取って突き立つ何か。
瞼を上げて見えるのはやはり、あのナイフ。
ただ札はなく爆発もない。
危なかった。
完全なタイミングでの回避に、暗殺者が驚きの素振りでも見せてくれればと思うが期待薄。
油断なく位置を変え、新たな場所から左右の手でナイフを投げる周到さがあるだけだ。
いや、投げたかに見えただけ。その瞬間に枝にかかっている重さは変わっていない。
何らかの儀式のようにみえるそれをして、暗殺者はまた位置を変える。
だが、その奇妙な行動の意味はすぐに分かった。
取り残されたようにその場に覇気の輪郭があるのだ。
視覚的に同じように映るかは判らない。この覇気による知覚であればこそ映る残滓なのかもしれない。
とにかく、輪郭だけの暗殺者が数瞬前に行った動作をそっくり繰り返す。
そして、気配察知がその方向からの強い攻撃衝動を感じ取った。
つまりこれがフェイクの正体だ。
枝から枝へ。
奴を見失わずにいる。
そして奴はフェイクが投げた振りをするに僅かばかり遅れて実体のナイフを今度こそ投げた。
投射角からの逆算に対し、予測位置をごまかす位置取りはいっそ称賛に値する技術だ。
動きが丸見えでなければ。
木に添えていた手を離し、そのまま飛来するナイフを掴み取って迷いなく別の方向へと素早く投げ返す。
もう木に手を添える必要すらない。
足から伸びる探査覚が奴の位置を教えてくれる。
投げたナイフが枝上に着体したばかりの奴の頬を裂き、飛び散って付着した血の位置までもが判った。
これで相手の手管を1つ潰せた。
次は接近戦になるが、暗殺者がこちらから離れるように飛んだ。
呼吸を整えているのだろう。
なぜ私が奴のナイフを突然に避けれたのか。
なぜ私が奴の位置を正確に把握して反撃できたのか。
それを推測し、対策を立てているに違いない。
その僅かな時間にこちらも思考する。
私より速い相手の攻撃をいかに防ぐか。
まだ戦闘機動も取れないこの身ではさらなるリスクを取って敵の一撃必殺を回避する他ない。
その後はその後の判断でどうにかしよう。
状況が1つ好転したおかげでそう楽天的に考えることができた。
思考が終わっても暗殺者は姿を現さない。
時間は私の味方だ。
だからそれは喜ぶべき事のはずだ。
思わしくない展開というのは、例えば私を無視して仲間たちを追いかけたという筋だが、そんなはずはない。
奴は数日前から索敵し、周到なキルゾーンを用意して襲撃を仕掛けている。
索敵の中で自分と対抗し得る相手を私に定め、1対1で闘った。
そういう輩が、私からの追撃を予想しながら別の戦域で闘いを始め、二正面作戦になるを良しとするだろうか。
否。その選択は選ばれない。
交わした言葉に真実がなかったとしても、そこは信じて良いだろう。
なら、ここまで追い詰めておいてなぜ来ない?
たった一撃。ほんの掠り傷で引き下がるか。
奴らの目的が本当に鍛錬ならば、もしくは鍛錬だと信じ込ませたいのなら、ここで引き下がる理由になるけれども。
わからない。
払暁となり、占めていた闇を木漏れ日が徐々に打ち消すまで、納得の行く答えは見つからなかった。
しかし暗殺者が視界の良く通るようになるのを待つのもまた不合理だ。
だからもう暗殺者は本当に立ち去ったのだろう。
そうやって自分を納得させて、かろうじて歩けるようになった身体で焼けた3つの死体を調べる。
持ち物、性別、背格好、髪や肌の色など。
火傷が酷いせいで正確には判らないが、その中の少なくとも一人は紛争地帯特有の特徴を有している。
それ以上の事はわからなかった。
調べを終え、遺体を弔うために穴を掘りながら考える。
彼らは何者で何の為に私達を襲撃したか。
暗殺者の頭目らしき人物は鍛錬の為と
それが真実ではないとしても、私にとって非常に実戦的な鍛錬になったのは間違いない。
仲間も大いに鍛えられたことだろう。
もし誰も失っていなければ良いのだが。
いや、どうだろうか。
自分の思考は正しいのだろうか。
私が今回成長できたのは、さまざまなリスクを取って動いた結果だ。
自分のコントロール可能な、安全範囲でだけ動いていたら、こうはならなかった。
その理屈は対戦相手の嘯きと真逆でありながら、同種のものだ。
ではあれは嘯きなどではなく真実だったのだろうか。
もしそうだとして、集団として仲間に死者が出るほどの大きなリスクを取って襲撃に挑んだというのなら。
あの暗殺者たちの成長とは如何ほどのものになるのか。
次の襲撃が来たとき、私達が今のままでそれに対応できるとは限らない。
それまでにさらなる成長を求められているのではないか。
弔いを終えて腹と背に大穴の開いた服を捨て荷物袋の予備に替える。
着替えのときにまだ腹と背中の傷が痛みを訴える。
それは早く合流して彼らを本格的に鍛えねばならないという想いを邪魔するようで、足取りは遅々として進まない。
中継点は遠い。
--
1人での行動が始まって丸2日が経った。
合流予定だった次の中継地に仲間は居らず、さらに次の中継地となるマーケサズという小さな町に到着する。
町を歩いているとほどなく路地の端から手招きする手が1つ。
導かれるままに路地を進み、石造りの建物に入る。
本来は狭苦しい場末のパブといった場所。
日の高い内はひっそりとしているはずの場所が今は仲間たちの歓迎するムードに満ちていた。
皆、無事だった。素直にそれが嬉しかった。
暗殺者の考え方に理解を示す事はできる。
だが仲間をわざと死地に送って試したり、死んで人数が減る方が都合が良いと考えるには至っていないらしい。
いや、むしろこうだ。
仲間たちには伸びしろがあり、私もその伸びしろが自分にもあるはずだと考えている。
その伸ばし方はそれぞれに違うから、死地に送り込んで臨死体験させる事だけが武芸の究め方とは限らない。
正しいかもまだわからないが、だからこそ模索するつもりでいる。
模索するには多くの武芸者が必要なはずだ。
ひとしきりの再会を歓んだ私達は旅を再開する。
追手を気にしながらの足取りはそれまでよりも緩やかになり、危険性のある中継点を避けようと旅の計画も変更を余儀なくされた。
それでも数か月という時間をかけて遂には紛争地帯の最北西にあるトマへと辿り着いた。
といってここは旅の終着点ではない。
折り返し点としてここまで来たというに過ぎず、端まで行ったら南下して街道に戻ろうという計画だった。
トマ。
事前に聞いたところによれば、それは紛争地帯にあって最も貧しい小さな国。
しかしそんな噂話は間違いと知る。
実際に足を踏み入れてみると、トマはこの辺りで辛うじて町と呼べるたった1つの場所だった。
そのトマにしても領内に点在する村々になんら影響力を持っていない。
つまり国としての体裁も体制も無く、小さな集落が独立自治で何とか生き延びている地域、その総体としての名称。
トマという地域は山があり、河があり、森がある。
資源が幾分は豊富で、その資源を糧にする人が住まう。
魔大陸よりずっと良い暮らしが出来るはず。
ならば、そうならない理由がここにはある。
思いつくのは――赤竜山脈の山裾から広がる森の中にいくつか手付かずの迷宮があり、強力な魔物が定期的に現れること。
住民が建てた家や耕した畑が定期的に為す術もなく破壊されれば発展は望めない。
魔物対策としては冒険者や国家の軍隊による征伐を要するが……隣国がトマを糾合しないのは征伐のコストが得られる税収に見合わないからだろう。
それよりもトマを自領に併合せず森との緩衝地にしておいた方が良いという冷酷な判断か。
さて旅の
近隣の者達はこの集落をイスパーノと呼ぶそうだ。
大所帯な我々が一様に足を止める。
仲間たちは皆、探るように自分達が歩いて来た道のずっと先を肩越しに、あるいは振り返ってみつめる。
ようやくのお出ましかそれとも。
「違う毛色でしょうか」
同じ考えの先を口にした者がいて、彼の声を皮切りに残りの皆がそれぞれに思いを口にする。
「さぁな。
一度矛を交えた相手にしては気配の殺し方が甘いが」
「舐めてる……とか」
「前回と同じような作戦というのもありえる」
いろいろな疑問が溢れていった。
前回と同じ組織の者か、それとは別の組織の者か。
同じ組織でも情報が伝わっていた上での行動か、そうではないのか。
同じ組織がこの対応を見せているとしたら危険だ。今度こそ誰かを失うかもしれない。
別の組織だとしてやはり危険に変わりはない。
そもそも襲撃の理由は?
疑問は尽きない。
私はそれらを総合して方針を付け加える。
「予定を決めておきましょう。
まず、こちらの実力や情報が洩れないように行動してください。
それで仕掛けて来るなら捕虜にして情報を得る。
反対意見は?」
一瞬の沈黙を同意とみて、一度頷く。
話は纏まった。
一人、また一人と前を向き、イスパーノを目指す。
「師ならそれが可能でしょうが、我々にそれを許してくれるような悠長な相手だと助かるのですがね」
「相手の実力を見抜く鍛錬ですよ」
そう助言すると幾人かが大仰に頭を抱えてみせた。
彼らも実際に余裕がある訳ではないのだろうが、精神的にはリラックスしているようにみえる。
これなら問題は少なかろう。
--
寂れた村、紛争地帯の果てにあるイスパーノ。
私達はここに当てのない旅の徒然に到着して、迷宮探しのために森に入るつもりだった。
けれど到着早々に村では騒ぎが起こっていた。
逃げ惑う子供と母親、一転して渦中へと向おうとする武装した男たち。
輝く火の手。
遠く見えるは赤竜の下顎と沈まんとする太陽。
ただの火事ではない。
そもそも火柱が上がったならば村に火を消す術はなく、全てが燃え尽きるのを待つしかない。
「はぐれのようですね」
そう伝えると、いくつかの顔が頷きを返した。
「急ぎましょう。
我々が役に立てるかもしれません」
初めは火の手の方角へ、村の男衆の姿を捉え直してからは彼らが集まる方角へと走る。
見知らぬ集団が村人の作る人垣をかきわけるとも行かずに迂回すると、一匹の魔物が村人らと対峙していた。
村人たちの視線の先にいるのは燃え盛る木の化け物。
『
名前の通りトゥレントの一種で、人族の背丈の3倍はある魔物。
木の先端から燃え盛った火が噴き出した姿が特徴的だ。
火魔術で辺りを燃やして周る習性があるが、その目的は不明なため気まぐれな妖精、木と火の化身と崇める地方もあるという。
ちなみに放火木の背中が燃えているようにみえるのは擬態であって実際は燃えていない。
だからこの魔物の死骸を拾っても無限に燃える薪が手に入る訳ではなく、稀に勘違いした冒険者が一攫千金を狙おうとするという話も耳にする。
村の近くに現れては防護柵や建物を燃やして去っていく迷惑な魔物。
根っこのような足と枝のような手が付いていて動きは
が、ただの村人にとっては硬く倒すのに苦労する相手。
殴っても斬り掛かってもびくともしないし、矢をつがえても
「師よ。助太刀されますか?」
状況を理解した供の一人がそう口にする。
私は僅かに思案した後、首を横に振る。
続けて、
「ここは大事ないでしょう。
それよりも怪我人がいないか確認を」
と方針を決める。
提案者は得心し、引き下がった。
慌てて踵を返した私達の行先は火の手のあがる建物、ではなくそこから少し離れて火の手を悄然と見つめる女子供の一団だ。
簡単に「旅の者ですが……」と自己紹介すると、まさに『今はそれどころではない』という視線が返される。
けれども挫けずに、
「怪我をされた方は?
魔術を嗜んでいる者こそおりませんが、武術を扱う手前、治療の腕もそこそこのモノを持っております」
と問いかける。
すると、どう答えて良いか迷う婦人方を後目に「ポグロムが未だ中にいるの!」と童女が唾を飛ばした。
「それを早く言わないか!」
と言ったのは連れのマラニオンだ。
言った当人他3名が風の如き速さで燃え盛る家、火の手の中へと飛び込んで行く。
ポグロムとは童女の友達かと考えながら、私は警戒の領域を広げてみる。
引っ掛かる者は居ない。
ならば、
「つかぬことを聞きますが、水を貯めた瓶かそれとも一番近くの川は何処でしょうか」
と問いかけておく。
婦人は訳も分からずといった顔をしながら、「あちらに小川が」と短く答えた。
やりとりが済むと、狙いすました「いたぞ!」の声に続き、壁の一角がドカりと内側から外へ崩れる。
溢れ出でる煙と共に中から声の主が飛び出す。
同じく飛び込んだ2人は別の処から声に応じるように遅れて片方は開いた窓から、もう片方は入った玄関から飛び出した。
仲間が抱えてきたのは一頭の犬だった。
狩人の相棒のようなスラリとしたフォルムは猟犬か。
が、もう随分と年老いて脚でも悪いのか逃げ遅れてしまったらしい。
「ポグロムッ」
と飛びつく童女に、クゥンと弱弱しい声で返す犬が彼女の手を舐める。
「手当ては私が」と進み出ながら、助け出したマラニオンの肩に手を載せる。
振り向く彼に「向こうに川があるので飛び込みなさい」と伝えておく。
マラニオンは自身の服から立ち上る煙をみたからか。
迷うことなく指示した先へと走り去り、ついでドボンっという音を響かせた。
--
村の中心にある空き地に十数人の一団が
一団の内訳は私たち旅人と不幸にも放火木に家を焼かれた2家族だ。
私達はここに本来は居るべきでなかったが、童女のたっての願いで同席して夕餉をご馳走になっている。
しばらくの歓談の後、家を焼かれた2家族は他の家へと消えた。
小さな子供がいるから、気の毒と思った村民が軒先を貸した……という理由とは違う。
こういう小さな村に所属する者は共同体の一員であり、村人の誰かが困れば皆で解決策を考える。
そうでなければ村は回らない。
一種の運命共同体。
つまりここに建ち並ぶ家々は共同体の資産であり、誰かの家が失われたなら住む者を再配置するというだけのこと。
そも持ち家という概念すらないかもしれない。
もちろん人間も共同体の資産、もしくは資源と勘定される。
共同体が快適に過ごすためには人数が必要で、家族・親類縁者とそれ以外の他人に扱いの差はあれど家を失った者を路頭に迷わせたり、村から追い出すような事をして共同体に得はない。
だからこそあの2家族は今日も屋根のある場所で眠れるというだけのこと。
そして旅人は共同体の持ち物ではない。
だから私達は今日も屋根のない場所での野宿と相成った訳だ。
空には星を曇らせようと、未だ燻る焚き木から煙が昇っていく。
そんな静かな夜。
皆、疲れをとるために早々に地面にマントを敷き、荷物袋を枕に横たわる。
そこでぽつりと声がする。
「あの時、助太刀していたら今日は屋根のある場所で寝られたかな」
呟いたのは供の一人。
また別の弟子が「かもな」と相槌を返している。
結局、村人は放火木を森へと追い払っただけで退治しなかった。
村人が放火木を倒すなら落とし穴を必要とする。
だが、村人は事前にそれを用意しなかったので出来なかった。
そして私達ならば誰であろうと、それが出来た。
私がそう考えたところで「なんで退治しなかったのだろう」という呟きが新たに生まれ、夜空へと吸い込まれた。
或いは、ここにいる他の者達の胸へと染みこんでいったか。
私も目を閉じ、
彼らの疑問の発端は私にあるが、敢えて私は意図を明示しない。
首を横に振ったあの時も、今も。
これまでの旅で私の指導法を幾度となく体験した彼らは、直截に訊いても私が答えないと知っている。
だから互いに相談し合う。
答えを求めて。
「今からでも退治に行くか?
足跡の探索なら自信があるぜ」
3人目の声が発した提案の声は半ば笑っている。
そこで初めに呟いた者は何かを察したのだろう。
「いや、止めておく」
と少し硬い声で応答し、「だな」と安堵が含まれた声が幕を引き、その夜は何事もなく更けていった。
次回予告
自分が出来る事は他人も出来る。
特段、難しい技術も必要としないか、
或いは必要な技を修得済みであるなら、
あとは意識の問題だけではないか?
次回『奇抜派III_基礎鍛錬』
しかし、もしこれが本当に出来てしまったなら
怪力の神子の存在価値は一体何だ?
もし彼が闘気を扱えたなら?