無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第129話_奇抜派III_基礎鍛錬

--- 人の多様さは教えと学びの道の多さで判る ---

 

火事のあくる日。

供らは早朝から村の広場を使って剣術の稽古を始めている。

時を同じくし村の男衆も目覚めて畑仕事にかかり、女衆は竈に火をくべ水瓶に水を注ぎ足す。

私も森で仕留めた猪を手早く木に吊るし、十分に血が抜けたところで捌いていた。

捌き終えると、手持ちの糧食と合わせて朝餉の食材とし、旅人皆の食事を用意する。

 

準備が終わると、匂いにつられて供らが鍛錬を切り上げ戻ってきた。

彼らは串に刺さった肉を行儀よく一人1本とって齧り付いた。

それで足りぬ者は自らの道具袋から携帯用の乾パンを出して齧ったり、道中の森で拾っておいたブネの実やクルーの実を鍋で炒ってから皮を剥いて食べ、喉が乾けば川の水を湯にして口にする。

 

食後に彼らの一人が「村の外縁部に落とし穴を掘りたい」と申し出たのは良いタイミングだった。

 

「勿論、私が控えさせるものではないでしょう」

 

まずは結論を告げて、それから返答に喜色を浮かべる供に条件を与えた。

 

1つ。「村人が落とし穴を必要とし、旅人が作るのを良しとするか先に確認する事」

2つ。「子供が落ちないように安全対策を講じる事」

3つ。「作業は供ら全員で行う事」

 

供らの中にはそれをきいて「自分も手伝うのか?」と驚きや不満を露わにする者もいる。

けれども私に面と向かって「嫌だ」と言う者は居らず、各種段取りについて手分けする様子が見えた。

私はというと彼らを村に残し、一人森の中へと分け入った。

 

--

 

森の中を3日に亘って彷徨い、各種資源においてイスパーノ村との競合を避けられる場所を見定めると帰路についた。

丸1日かけて日暮れのせまる頃にようやく森の出口が見えてくると、そこで何者か等の声と土を掘る音が響く。

彼らはこう語り合った。

 

「直に暗くなる」

 

「もうか。

 後少しなのにな」

 

「なら終わるまでやるか?」

 

「いいや明日、続きをやればいいさ」

 

2人の掛け合いを合図にひっきりなしに聞こえていた土を掘る音が止む。

そして「せーの」と掛け声が鳴り、「んぐんー」と呻き声ともつかぬ息遣いを経て、また別の声達が語り合う。

 

「ぐぁーーー!

 今日で作業が終われば、あの村長もきっと驚ろいたのになぁ!」

 

「明日でも十分さ。

 あのご老体もきっと驚くだろう」

 

と、このように。

 

私が森を抜けたのは、そんな会話の後。

丁度、声の主たちが一塊になって村の中心へと消えていく姿を目に出来た。

彼らには声を掛けず何ともなしに無人の作業場を見る。

数本の木が伐り倒されて並べられている。

どうやら会話の途中に聞こえた呻きはこれらの木を転がした事によるらしい。

そして木と木の間から覗く空洞。

 

村の外縁部、土を掘って作った穴。

安全対策にと作業後には木を渡して塞ぐ?

そこまで考えて供が願い出た話に思い至る。

声には聞き覚えがあり、先にみた男たちの後ろ姿にも見覚えがある。

 

だが、なぜ彼らは"未だに"穴掘り作業を続けているのか。

それが判らない。

私は4日前に許可を出し、すぐさま彼らは穴掘りの許可を得ようと村長宅へ向かったはず。

既にいくつも落とし穴は出来ていて、最後の1つがこれなのかとも考えたが村を一周してみても他に落とし穴は見当たらない。

ならば驚かせたいという会話からして村長といざこざでも起こし、そのせいで着手が遅れたのかもしれない。

一体どんないざこざを起こしたのだろうと想像しながら供らの元へと向かった。

 

中央広場に着いて供らと合流すると、彼らは私が不在の間に起こった出来事についてを語って聞かせてくれた。

曰く、許可を得たときに村長がこちらの下心を疑ってきたので大層不快になった事。

曰く、農機具は村人にとって貴重だからと借りられず携帯用スコップを使っている事。

話を聞いてみて彼らが先程口にしていた真意が(つまび)らかになっていくが、私の疑問には結びつかない。

故に漏らしたのは「許可は直ぐに出たのですね」という確認の言葉。

供の1人は不審な顔で「え? あ、はい」と口にしつつ頷いてみせる。

だとすると「つまり1つの穴を掘るのに4日かかっている」という事になる。

私は想いを口に出したつもりはなかったが、

 

「放火木を落とすのですからね。

 深く作るのに結構苦労していますけど。

 まぁ1つ目の穴がすぐに完成するって知ったら村の皆はきっと驚きますよ!」

 

と供が続けた事で声になっていたと気付く。

供らに対しては肯定と受け取れるように慌てて頷く以外、私に出来る事はなかった。

その後も供らはこの4日間の苦労話を語り続け、私が森で何をしていたかは尋ねられもせず夜は更けていった。

 

 

翌日、供らは宣言通り、朝の鍛錬を終えると昨日見た現場の木を一度どかし、さらに掘り進めて落とし穴を掘り終える。

それから木に縄を括りつけたものを並べて蓋とする。縄の一端は近くの木に結びついていて、どうやらその木を切り倒せば落とし穴が作動する仕組みのようだった。

完成と聞いて村長は工事の早さに一度は驚くも俄には信じず、実際に現場へと赴いて腰を抜かした。

供らは腰を抜かした村長を表面的には労わる態度で、村長の姿が見えなくなると歓声をあげ溜飲を下げた。

私もまったく別の理由で供らと同じく、しかし声を上げずに内心で喝采を上げる。

なぜなら昨日の時点では可能性に過ぎなかったものを私は己の眼でしかと見定めたのだから。

 

武術の研究において、今回の知見を私は既に実践できるレベルにあり、新規性はない。

ではなにが喝采に値するか。

それは供らも私と同じ事が出来るという考え違いに気付かせてくれた事だ。

おそらく問題の根源には『教え、伝えている内容』に不足があるか、間違っているか、考え違いを起させる要因が内在している。

さらに類似の見落としは他にも多くあると考えねばならない。

これは私の究めんとする武の切っ掛けと成り得る。

 

方針の定まりつつある私は供らと連れ立ってイスパーノ村を離れ、4日かけて下見した修行場予定地へと向かった。

襲撃者との戦闘の一件で修行の必要性を感じていたらしく、供らが特に不平を口にするような事はなかった。

一方、私は移動の時間に雑多な物事を整理する。

 

例えば、彼らの能力について。

彼らは火の中に飛び込んで老犬を助けられる。

それは彼らが村人より速く動き、息を止めたまま煙の中で犬を捜索できたからだ。

また通常の逃げ場を失ったとしても壁を破壊すれば、自分の命を守る事ができるという算段があったからだ。

彼らにはその力が備わっている。なのに彼らはそれを穴掘りでは使おうとしなかった。

彼らの内にある固定観念がそうさせるのだろう。

それは私にとっての剣だけを武器としていた要因に似た傾向を見せている。

ならば彼らの固定観念を払拭させしめることで、その先で彼らは新たな気付きを得る。

そして私はそれを共有し、積み上げて『武の頂き』を目指す。

 

 

森の一端を指して到着を告げ、掘立小屋の製作から拠点の建築という流れを説明。

すると供らは早速、ある程度の空き地を確保するために伐木を開始。

各人が得物を抜刀し、覇気を纏わせて思い思いに木を伐っていった。

ある者は一刀の元に、ある者は幾度と斬りつけて、またある者は幹を落とせないとみるや枝を払ったり木の皮を剥いで丸太を作るのに専念する。

そしてあっという間に百を超える丸太が出来た。

これだけの数をイスパーノの村人が総出で行ったとしたら?

おそらく斧を使い、何人もが交代で斧を振ってようやく一本を切り倒し、さらに鉈を使って皮をはぐ。

数日から数十日を要する作業のはずだ。

汗ひとつかかず、まして刃が薄く重量のない剣で伐った供らを村人がみればあの村長のように腰を抜かすほどに驚く事になる。

 

一方、慣れ親しんだ得物で木を伐るという考えには道理がある。

旅の最中(さなか)の薪割は剣で、というのが専らだ。

わざわざ手斧を持ち歩くよりも全てを剣で済ませてしまえば荷物は少なくできる。

少ない程、旅は容易だ。

 

……だからこそ、か。

目前の供らは新品の丸太を一所(ひとところ)に集めようとしている。

けれども、そのやり方は枝を挟み込んで転がすというもの。

私の目にはまるで村人のやり方に映るというのに、彼らの表情に疑問の余地はない。

スコップで土を掘るときと全く同じく、彼らは己らの行いに疑問を持っていない。

私はこのとき、彼らにどのように指導すべきかを決めた。

 

--

 

森の中にぽっかりと出来た空き地。

といえば空き地なのだが、石と岩に切り株や下草といった物が大量にあるのに加えて、丸太作りで払った枝や木の皮も散乱している。

そんな場所で活躍したのは大森林出身者だ。

ある者は丸太の端材から木槌を作り、またある者は蔦を使って簡易の縄を作った。

彼らの指揮の元、空き地の1区画が膝上まで掘り返された。

切り株を取り除くためでもあり、これからの作業のためでもあるらしいが、どうなるのかと見ていると供らは細い丸太を選んで区画の中に運び入れ、地面に打ち付けて足場を作った。

そして今度は丸太を転がして四角い穴に片側だけ落とす。

すると丸太は斜めに傾いて穴の外に出ている方が持ち上がる。

持ち上がった側に縄を括りつけて足場にのった数人で区画の内側へと引っ張りつつ、穴に落ちている方を隅へと押して柱が出来る。

それを区画の四隅に立て打ち付ける。次は柱の頂点を石で叩いて半円に窪ませる。

足場を作り直し、コロ材と縄を使って横木となる丸太を柱の上に持ち上げると作った窪みにはめ込む。

横木は柱からはみ出しているが、窪みに半固定され、自重もあってそう簡単には動かない。

横木は計4本が渡された。先に南北の2本を設置して、その横木に同様に窪みを作ってさらに東西の横木を2本だ。

こうしてできた横木に対して放射状に垂木(たるき)を並べる。

垂木に細い枝を括りつけて隙間を埋め、さらにその上に丸太作りの際に出た樹皮を敷く。

敷いた樹皮の上に掘り返した時の残土を被せ、さらに重しとなる石を載せて竪穴住居が完成した。

 

住宅建築で体力を使い果たした供らは、切り株へと腰かけたり地面に寝そべって疲れた体を癒した。

そんな彼らを他所に私は住居の中を検める。

内に入ると、伐ったばかりの木や樹皮から漂い出る新材特有の匂いが室内に満たされていた。

また入り口からの光だけに頼っているため昼間でも薄暗く、内側に囲炉裏を作らぬ限りは寝床以外に利用先はない。

この竪穴住居でそこまでを作るかどうかは彼ら次第だ。

もし作らぬのなら、日暮れから寝るまでの過ごし方はこれまでと変わらない。

つまりは煮炊きで使った屋外の焚火を囲む事になるのだろう。

 

それから内周を歩いて、目算で床面積を測る。

供らには大柄な者もいれば小柄な者もいるとして、それらをある程度のスペースで配置していった場合、皆が横になるには些か狭いかもしれない。

平素は幾人かを外で寝かせれば良いが、悪天候の際には膝を抱えて寝る羽目になるだろうか。

それくらいは我慢するとしてもだ。雨は厄介だろう。

掘って造った床面は地面よりも低いから入り口には(ひさし)を付けて直接、雨露が入り口に掛からないようにすべきであるし、庇の下には勾配や土手を設けて水が内部に入るのを防ぐべきだろう。

 

検分し終えて外に出ると、未だ横たわったままの供らに声を掛ける。

私に呼ばれて起き上がった彼らは、余程疲れたと見えて石や切り株の上で上体を起こすのがやっとの様子。

そんな彼らへ、体力が回復したらで良いのでと庇と土手を作る指示を出す。

私の言葉は彼らにとっては薄情を通りこして無情に聞こえたのだろう。

恨めしそうな顔をするだけで返事はなかった。

それでも私は素知らぬ振りでその場を立ち去って、川へと向った。

 

川へ到着した私は、そこからさらに上流へと川沿いを歩いていく。

そうして手頃な中州を見つけると、堆積した岩石を手に取った。

1つ目の中州では拳大(こぶしだい)のものしかなく、私の満足のいくものとは言えなかった。

故にその先。2つ目の中州へと足を伸ばす。

そこには一抱えはある岩の群れがあった。

私は自分の求めに足るものを探し出しては剣で斬りつけ、形を整えた。

幾つかの失敗を経て、私は満足な仕上がりの一品(ひとしな)を完成させる。

それを背負い一路、供らの元へ。

 

私が戻ると彼らは出発前と同じく戦場に打ち捨てられた亡骸(なきがら)のようになっていた。

声を掛けても辛うじてうめき声を発する者がいるだけ。

どうにも会話が出来そうな者は無し。

そんな状態の彼らを無理に起すのは諦め、背負っていた物を一旦、足元に置いてから竪穴住居の入り口へと向かう。

向った先で私は違和感を覚えて動かない彼らへと振り向くが――私を騙そうと死んだふりをしている訳ではないらしい。

もし彼らが私を騙そうとしていたならば、私がこの指示通りに完成している庇と土手を見て驚いた事で種明しが始まるはず。

それがないのなら彼らは本当に身体に鞭打って作業し、この有り様になってしまったのだ。

得心がいった私は流石にこれ以上の作業を頼む気にならず、手ずから入り口横の地面を拳で突き平坦に(なら)す。

そうして出来た一画に川から持ってきた物――石をくりぬいて出来た水甕(みずかめ)――を設置する。

 

また翌日。

幾人かが甕を不思議そうに眺めては供ら同士で議論している光景を目にした。

漏れ聞こえる声は甕がどのように作られたかを第一の議論の的とした。

甕なのだから陶器――土を練り固め、焼いた物――だろうという意見は最も支持される。

が、焼き窯と十分に乾いた薪なしには陶器を作る事が出来ない。

また一日足らずでは焼いて冷ますまでの猶予もない。

それら方法論的観点と時間的観点によって陶器という意見が否定されると、供らは改めて甕を検分して泥を捏ねて造ったのではなく、石造りであると結論付けた。

即ちこの甕は石や岩をくりぬいて出来た物だ、と。

そして第二の議論はごく自然な流れによって石のくりぬき方をその的とした。

剣を振り回せば石を断ち割り、あるいは切り裂く事ができるというのに、彼らは石をくりぬくならノミを槌で叩くのだろうと考える事しかできないらしい。

 

「では師はこのような甕を一日で岩から切り出す石工職人の腕を持つってことかな?」

「土魔術を使ったという方があり得るんじゃないか?」

「師が魔術を使うところなぞ見た事がないが」

「魔術師というのは流石に……」

 

と意見をぶつけ合った後、口を閉ざす。あるいは頭を抱える。

袋小路に囚われた供らと目が合った私には彼らの声にならない声が良く聞こえた。

厳密には彼らの師ではなく、旅の供である私。

私は彼らを教導する関係ではなく、互いに技を高め合う関係だ。

だから私は彼らの視線の訴えに応える義務はない。

……ないが、補助線を引くことで彼らを高める位は良しとする。

 

--

 

供らが朝の鍛錬と食事を終えた時間に、切り株を掘り出したり残った丸太を使って柵を打つ。

そんな中。落ちた丸太の元へとやってきた私は、それを概ね身の丈に斬り分けた。

さらに先端を尖らせ杭状にして大地へと突き立てる。

その数3本。

覇気を纏った杭をやすやすと持ち上げ、やすやすと大地に食い込むのを目の当たりにした供らは唖然とした様子。

丸太を運んでいた者ら、杭を打っていた者らは止まっていた手を再開しようとして、己の手と私のそれを見比べようとする。

もしくは手にしていた木槌を放り投げると、私の元に集った。

 

「師よ、師よ!」

 

私を呼ぶ声には意識的に応えない。

 

「呼ぶ前に皆、集まってくれてありがとう」

 

「あの、あれは……」

 

「そう。これ。

 師匠でもない私がこんな事をいうのはおかしいけれどね」と前置きをして、

 

「皆さんに1つ石拾いをお願いしたい」

 

「石拾い?」

 

「えぇ。

 折角ですから技の鍛錬もしながら、この辺りの石を綺麗に片付けてもらいたくてね。

 さぁ、こちらで実演しましょう」

 

私は足元に転がる小石を拾うと指で弾いて、打ち立てた木の1つに当てる。

石はパチンと音を立ててから標的の根元へと転がった。

そしてまた小石を拾い、指で弾く。

2度目の石が別の標的に直撃。

ゴンッという鈍い音を響かせると半ばまでめり込んで止まった。

説明を欲する供らに私は、

 

「握り込んだ石を親指で弾く『指弾』という技。

 これを素早く正確にできるようになってください」

 

くどい前置きが効いたらしく「あの……」と言い淀む供の1人。

 

「何か?」

 

「これを会得すれば師のような怪力に成れる(・・・)ので?」

 

彼の問いに笑顔で「成れるというのは正確ではありませんが、結果的に出来るようにはなるでしょう」と返す。

答えにどよめく供らの反応から私は幻視する。

 

供らの内幾人かはそう遠くない未来に指弾を会得するだろう。

彼らが今は、怪力だと思っている物が一体何かに気付き、応用に向う。

そうした先で、さまざまな知見が私へと集まるのだ。

 

--

 

彼らが石を拾い易いように私は標的の周りの下草を抜いて周り、少し大きな石をみつけたら砕いておく。

その傍ら、指弾の練習で競い合うように小石を拾っては飛ばしていく供ら。

標的の元には石の山ができ、代わりに周囲からは石が取り除かれていく。

石を探す供らは標的から徐々に遠ざかると、個人差はあれど次第に指弾が標的に届かないようになる。

幾人かはより遠くへ飛ばすために弾き方や力の入れ方を工夫する。

他の幾人かは拾った小石を持って標的に近づき、打ち出す。

もっと遠くに。もっと速く。

ほんの小指の先程の長さだけでも。

想いが無意識に彼らの動きに僅かな変化を加える。

 

残念ながら、付近一帯の石を拾い終えるまで標的に石をめり込ませる者は現れなかった。

物足りなく思う者は、少し離れた森の中で同じ事を繰り返す。

そんな彼らを見て私は次の仕事を与える事に決め、供らを集めた。

 

「石拾いお疲れさまでした。

 指弾を究めたいという方に強制はしませんが、次の仕事をお願いしたいと思いまして」

 

「ではまず実演です」と言い放ち、私は視線を大地へと向ける。

懐から取り出したスコップを大地に突き立て地面を掘り返し、地中にある石が露出したならそれを掴んで指弾で飛ばす。

3つの石が各標的に直撃し、めり込む。

 

「あぁ、あとですね」と続けながらスコップを手放すと鈎爪の形に指を曲げる。

その手で土を握り、石をみつけるとそのまま指弾として飛ばしてから説明を加える。

 

「この方が手っ取り早いですが、指弾が木にめり込むようになってからの動きになります。

 指が痛くなるので判ると思いますが、指弾を実戦で使う時にも留意してください」

 

言われた通りにスコップで大地を掘り返しながら、コツンコツンという音が響く。

中には、先に掘り返して土の山を築いてから、山に手を突っ込んで石を探し指弾する者もいる。

やり方は各人のやりたいようにやれば良く、私はそれを咎めたりしない。

 

 

さて供らが課題をこなすまで暫くの猶予を得た私はイスパーノまで一人戻り、ある条件に当て嵌まる家を探した。

その条件とは、病気で苦しんでいるか人手不足で困っている家だ。

家を巡るのは面倒であったので、ちょうど歩いていた村人から情報を聞き出し、臥せっている者のところに案内させる。

 

具合が悪いのは案内させた先の主人で、慢性的に手足が痺れるという。

治療院に通った事もあるそうだが、魔術では定期的な施術が欠かせないそうで完治を諦めたそうだ。

私はその者の話をよく聞いてから、臥せったままの男の(へそ)を出させ、おもむろに差し出した右手の平で触れる。

そうして目を閉じ、右手から覇気を流し込む。

剣と要領は変わらないが、流し込みすぎないようゆっくりとだ。

 

誰しも、いや世界のあらゆるものに魔力は存在すると伯父上は言った。

また覇気とは魔力を体内で押し固めた物だ、とも叔父上は言った。

しかし、体内のそれを魔力と呼ぶのは些か大雑把だと私は判じている。

なぜか。

叔父上の論が全く正しいのなら、破壊的エネルギーを持つ魔術の源が魔術師の体内に存在している事になるからだ。

また大量の覇気を纏う者は魔力も高くなければならず、覇気を使い続けると魔力切れを起して意識喪失するという事になる。

私はそれに違和感があった。

故に私は「誰しも、いや世界のあらゆるものに『気』が存在する」のだと考えている。

その『気』が魔術の詠唱によって魔力となり、魔術として発現する。

或いは『気』を固めて覇気として発現する。

 

――流し込んだ覇気からの反応で患者の体内を探る。

全てはイメージ。

気穴から覇気を丁寧に流し込むと相手の気の道、即ち『経絡』が見えてくる。

そこから判るのは、相手の気の流れ具合。

患者の言葉通り手足は左右で流れが違う。

時間を掛けて比べてみれば痺れると言っている左側のほうは『気』の流れに乱れがある。

おそらくここが痺れの原因箇所だろう。

肉体的な原因は別だろうが、それが『気』の流れにも表れている。

覇気が肉体に作用するように、肉体も『気』に作用する。

右手での観察の傍ら、私は左手で患部の周辺を揉んで『気』の乱れを律する方法を探った。

 

揉む位置、力加減、時間。

凡そのやり方を見つけると、患者自身がそれをできるように手解きする。

施術を終えると、男は幾分か楽になったと話した。

嘘ではないが、治った感覚も余り無いのだろうとは表情から窺える。

それでも報酬として、こちらの望んだ種籾(たねもみ)を分けてくれた。




次回予告
覇気を併用した鍛錬は使用上の注意をよく読み
用法・用量を守って正しくお使いください。
安全衛生上、多少注意を要する成分が含まれております。

次回『奇抜派IV_副作用』
特に筋力の低下などを引き起こす場合がございます。


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