無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第130話_奇抜派IV_副作用

--- 筋肉は裏切らないと言ったな? あれは嘘だ。ウワアアアアアア! ---

 

『指弾』の鍛錬により拠点の農地整備および地盤改良が完了したのを見計らって種籾を撒き、畑に水を遣る。

その水は足腰を鍛えようと供らが率先して朝の水汲みをして貯めたモノ。

供らは私の水遣り風景を見て、修行の手を止める。

自分たちが運ぶ時より遥かに速い速度。

なぜそのような事が出来るのか、何か秘密を隠しているのかと訝しんでいるのだ。

 

そんな供らの修行に私は頭を悩ませる。

個人差はあれど供らは『指弾』のために身体を操作する時、さらには石を拾おうとする時に覇気を纏えるようになっている。

幾人かは『指弾』として飛ばす小石自体に覇気を乗せてすらいる。

と、いうのに。

それらは鍛錬もしくは戦闘状態という認識の下でなければならないらしく戦闘状態にない普段の活動で覇気を纏えずにいる。

普段の活動では、それが鍛錬用の日課だとしても、筋力のみで体を動かしてしまう。

怪力に成りたい者は私の言葉を信じて『指弾』の鍛錬を継続しているはずなのにだ。

だとしても、それを彼らの怠慢だと断じては進歩はない。

そもそもなぜ私はそれができるのか、なぜ彼らにはできないのか、それを知る必要があるだろう。

 

私と供らは皆、覇気によって身体を強化し、剣に覇気を纏わせる事ができる。

加えて私は、意識的に覇気を使って身体能力を強化できるので傍から見れば一般人より怪力であったり頑丈であったりする。

一方、供らは意識的に覇気を纏えない。

彼らが覇気を纏えるのは戦闘状態もしくはそれに準ずる鍛錬中に限られる。

水運びのような鍛錬では戦闘状態だという認識がなく覇気は纏えない。

ただし剣を使った伐採は戦闘に酷似した行為とみなされ覇気を纏える。

つまり戦闘時以外で絶対に覇気を纏えない訳ではない。

 

そして『指弾』の鍛錬は武器を持たなくても(・・・・・・)覇気を纏うための実験だった。

思った結果は出ていないけれども、結論ありきで進める意味も特にない。

だから出てきた結論を以て実験の主旨を決めればどうなるか。

つまり『指弾』の鍛錬は剣以外の武器(・・・・・・)に覇気を込めるための実験と見れば良い。

そうすれば、実験は失敗ではなく小さな成功を収めたといえるはずだ。

 

では次はどんな実験をしようか。

次の何かを探さねば。

 

--

 

彼らの持つ『覇気に対する認識や常識』が、彼らの覇気に制限をかけてしまっている、のかもしれない。

そう推測した私は、超常的な力を日常で使う姿を見せたり、『指弾』の鍛錬をさせてみた。

先の水遣りもその1つだ。しかし供らの制限は解除できなかった。

私自身がそうでないように、この制限は必ず発生するものではない。

だから何等かの理由で制限が課されている気がする。

だとすれば、その原因を理解し、除去すれば制限は解除できるのかもしれない。

 

では原因は何か。

それを知るためにはまず彼らの『覇気に対する認識や常識』がどんなものなのかを言語化する必要があるだろう。

私はこれを解明するために、供らが1人でいるところを見計らって声を掛け、「覇気を何と心得るか」を調査した。

ちなみに覇気の事を母は『気合い』と呼び、北神流以外では『闘気』と呼ぶ。

この問いかけで得た回答はさまざまであったが、要約すれば

「自覚的に制御できれば上級、完全に制御できれば聖級と言われています」

「切れ味が増すやつ」

「剣が刃毀(はこぼ)れしなくなるので便利ですな」

の3つに集約できた。

 

 

最初に考えたのは「自覚的に制御できれば上級、完全に制御できれば聖級」という回答。

他の2つが覇気の効果であるのに対して、これは等級に関する指標だ。

指標だが、その違いにヒントはなく、指標の意味に問題点があるように感じる。

そもそも、なぜ剣術の三大流派がいずれも等級制を採用しているかを考えてみると、剣士の強さを大まかに分類する事にメリットがあるからだろう。

等級を示す事で指導者と鍛錬生の立場を明確に出来るし、同階級を鍛錬相手に定めれば怪我を減らして高い鍛錬効果を見込める。

また戦場の戦力分析で攻め手が剣聖を投入してきたら、守り側が水聖を配置するといった事ができる。

では等級制が示す物、指標の意味するところが何かと問えば、純然たる強さだといえる。

上級剣士と北聖では力量に雲泥の差があるから、打ち合いをして互いの鍛錬にならない。

先程の基本から言えば、上級剣士で『指弾』を放てる者と北聖で『指弾』を放てない者が打ち合っても鍛錬の効果は出ない事を表している。

つまり『覇気を自覚的に制御できるから上級』なのではないし、『覇気を完全に制御できるから聖級』なのではない。

剣で岩を両断する剣士を相手取るためには同じく剣を岩で両断できる強さが必要であり、聖王帝神の4つの等級も超人的な強さを4段階に便宜的に分けているに過ぎない。

 

しかして私はここまでの意見を否定しなければならない。

それこそが危うさの正体だからだ。

剣術であれ他の武術であれ人の力を越えた『強さ』を求めれば『覇気』を活用せねばならない。

つまり剣士としての強さとは剣術の巧拙ではない。

王竜剣のような武具の強さに依存している者は例外的に存在しているとしても、大半の者は『覇気の量』と『覇気の操作の巧拙』によって強さを決められている。

 

さて、これで話は終わらない。

『覇気の操作の巧拙』を考え出すと、北聖を名乗る彼らは自らを『完全な制御』の出来る者と定義しているのか。

『自覚的な制御』が出来る彼らが『指弾』を使えず、土を掘るのも家を建てるのにも覇気を使わないのはなぜなのか。

一体どこが『完全な制御』でどこに『自覚的な制御』があるのか。

繰り返すが、剣術が武術の一形態である限り、等級差を生み出す程の強さの違いは『覇気の量』と『覇気の操作の巧拙』によって決まると私は考えている。

その上で北聖になる時点で覇気操作の『完全』に到達するのだとしたら、その制御の『完全性』には『指弾』や怪力が含まれていないし、それ以上の階級は『覇気の量』で決まる事になってしまう。

 

私の中では今考えたような筋道があり、供らの考え方を否定したい。

しかし彼らを責めるつもりはなく、彼らの中で正しくあるのはまた別の筋道があると思う。

だとすると彼らの『自覚的制御』や『完全な制御』は誰にどのように教えられた物なのだろうか。

 

私は再び供らに話を訊き、供らはその時のことを懐かしみながら答えた。

曰く、道場の師匠の木刀をへし折った時に。

曰く、硬い外皮を持つ魔物に襲われ、とっさに斬りつけて両断した時、冒険者仲間に。

曰く、武者修行中に出会った北聖の剣士が聖級になるための目標として教えてくれた。

彼らの話を聞きながら、私はいつしか自分が誰にどのように覇気を習ったかを思い出していた。

 

覇気を学んだのは剣を教わるよりも前、母からだ。

母は強くあれと笑顔で語りながら棒きれを振り回し、私が動けなくなるまで叩きに叩いた。

私が棒切れや木刀を用意して防ごうとすると、不敵な笑みを浮かべながら力づくで奪ってまた叩いた。

何の説明も無かったせいで、当時の私はそれを理不尽な家庭内暴力と考えていた。

暴力に耐える日々は徐々にエスカレートし、ついに私は生死の境を彷徨い、生還すると私は覇気を手に入れていた。

母の暴力はその日以来、剣の修行へと変わった。

後で知った事だが、私が覇気を得た方法は『臨死法』と呼ばれているモノだった。

『臨死法』とは不死魔族が覇気を手に入れる際に専ら使う手法で、普通の人がそれをすれば覇気を得るか死ぬかの危険な手法だ。

人と不死魔族のハーフでも……まぁ割と危険なやり方だ。

 

そう。

私は剣を学ぶ前に覇気を手に入れた。

そして供らは剣を学ぶ過程で覇気を手に入れた。

だから私は剣に拘らずに覇気を使い、供らは剣や戦闘状態に依らねば覇気を使えないのかもしれない。

覇気の入手順序が先入観の点で大きな違いになっている可能性は大いにあり得る。

だとすれば彼らの覇気運用に条件が付くのは彼らのせいではない。

この気付きは彼らの現状を理解する上で非常に大切な点となるだろう。

 

--

 

最初の分析を踏まえて次の「切れ味が増すやつ」という意見を考えてみたい。

切れ味とは同じ対象を同じ力で同じように振るった、武器の切れ方に関する評価だ。

つまり容易く両断すれば切れ味が良く、歯が立たなければ切れ味は悪いという評価軸。

それを『切れ味』と定義できる。

 

では対象を破断する要素とは何か?

第1の要素は力。

もっと言えば破壊力であり、それは武器の重さと振るった速さで決まる。

覇気を使えない村人が木を伐るために重い斧を叩きつけたり、剣神流の『光の太刀』が対象を両断する事からも明らかだろう。

第2の要素は伝達力。破壊力を対象に伝える集中度と言い換えても良い。

例えば剣の腹面で叩いて痛いだけなのに同じ剣の刃面で叩くと皮膚を裂き血を噴き出すのは、剣の腹面は平たく刃面は鋭いからだ。

腹面で叩けば力は分散し、刃面で叩けば力は集中する。

 

ところで切れ味を切断面の形状で判断する場合がある。

故に、切れ味とは切断面の形状を良くするかどうかの指標と考える者もいるだろう。

切断面の形状が綺麗であるためには破壊力を物体の切断のみに使い、他へと波及させない事が必要になるので、切断面の綺麗さは切れ味の良さと等しいと考えられるからだろう。

だが、先に論じたようにあくまで切れ味とは切れ方に関する評価であって、切断面の形状にそれを当て嵌めるのは応用的利用法だ。

 

話を進めよう。

第1段階として異なる武器の切れ味について優劣の付け方を考える。

これは言うまでもなく、同じ力・同じ速さで同一の対象に武器を振るえば良い。

第2段階として本題の、同一武器の切れ味が覇気の有無で変化するかを考える。

といっても第1段階の応用だ。

同じ力・同じ速さで同一の対象に対して覇気がある場合と無い場合で武器を振るい、その切れ方を調べれば良い。

 

答えは直ぐに出るように思えた。

だが、これは実に難しい問題を含んでいる。

武器を持ち覇気を纏わせるとき、私は自身の肉体と武器の両方に覇気を纏わせているために、肉体を纏う覇気が筋力を向上させてしまう。

怪力で以って剣を叩きつければ剣速が増し、剣の切れ味が本当に増すかは判断がつかない。

剣の切れ味の増加を判断するためには己の肉体には覇気を纏わせずに武器だけに覇気を纏わせるか、肉体にだけ覇気を纏わせて武器には覇気を纏わせない方法が必要になる。

 

方法の検討はまた別の機会に考えよう。

先に考えるべきなのは、どちらかの条件を満たした方法を実行して仮に『切れ味』が増していると分かったときに、それが意味するところだ。

全く同じ剣速で剣が振り下ろされたのだから、覇気によって剣の重さが増加したか覇気によって剣圧が作用する面積が先鋭化したか、その両方か。

重さが増しているというのなら使用者はそれに気付きそうなものだが、覇気による筋力強化の影響で本人の感覚では捉えられない可能性は残る。

また剣の先鋭化は切りつけた対象に残った切り口を調査することで判るだろう。

そしてそのどちらでもない場合、真の意味で剣の『切れ味』が増したり、対象の脆弱化を引き起こしている可能性を考慮する。

 

『切れ味』の検証内容はこれで固まっただろう。

 

--

 

最後に「剣が刃毀(はこぼ)れしなくなるので便利ですな」という意見についても考えてみる。

これも実体験として確かにそうだが、供らはその理由についてを知りもしない。

剣がなぜ刃毀れし、覇気がどのように機能してそれを防いでいるか、彼らは判っていないのだ。

だがこれもまた責めるべきではない。

剣がどのように作られているかは武器職人の専門分野であり、剣士は扱い方とメンテナンス方法だけ知れば良いとされるのが一般的だからだ。

これは私にも適用されていた。

だが私には最上位の魔剣を所有するにあたって、その点の知識を得る機会があっただけだ。

その知識によれば剣が『刃毀れ』するのは剣の強度が対象の材質の強度に負けるからで、その強度は材質の硬度と粘度で決まる。

とすると覇気によって強度自体が魔術的に増すか、それとも剣の材質としての硬度や粘土が増している。

あとは剣の表面が覇気で保護されているという筋もある。

 

しかし剣の表面が保護されているというのは怪しい。

覇気が剣の周囲に張り付いているという発想。

彼らの多くは剣の表面に覇気を纏わせるのだろう。

だが覇気は水のように注ぐ事も網目のようにする事も植物の根のように伸ばす事もできる。

では覇気を表面に纏わせず剣に注いでみたらどうだろう。

覇気の使い方によって剣は刃毀れしたり、しなかったりするのだろうか。

もし刃毀れすれば? もし刃毀れしなければ?

 

さらに想像は剣の刃毀れの話を越えていった。

そもそも覇気をどのように固めるかで結果が変化するのなら、肉体強化にも違いがある気がする。

例えば拠点造りのときの供らが木を伐っていた光景。

彼らは皆が一刀で伐り倒した者だった訳ではない。

二太刀、三太刀と必要とする者もいて、それが出来ぬ者は枝を払ったり、皮を剥いでいた。

あれは覇気の習熟度にだけ(・・)比例していただろうか。

そもそも覇気の習熟度とは?

彼らと私の『自覚的な制御』や『完全な制御』には違いがあると考えていたではないか。

 

--

 

武の研究。

覇気の再考証。

自分と供らを比較することで浮上する私自身の先入観を見つける日々。

供らは拠点の整備を進め、伐木した広さはイスパーノと同じ程度――百人規模の村――の区画となった。

その中央には最初に建てた掘立小屋に続いて、新たにログハウスが5棟、高床穀物倉庫4棟が並び建ち、今後の発展に向けていくらかの余地を残している。

また中央区画から十字方向に道が作られ、残りは農地とされた。

ログハウスの完成によって寝泊まりしていた掘立小屋は道具用倉庫に、『指弾』修行の副産物として集まった石は高床穀物倉庫の高床部分や道に敷く砕石に使われている。

追記として、まだ農地からの収穫物はなく、倉庫の中にあるのは森で採集した木の実や野草、乾燥させた果実があるのみ。

食事の大半も森の魔物や動物から取れる肉が中心だ。

いずれ穀物の収穫が始まれば収穫物を倉庫に納めてパンを焼いて食べる予定だが、これには大きな問題がある。

 

その問題というのは塩。

人も動物も塩を摂り過ぎると体を悪くするが、摂らな過ぎても体調不良を起こすと知られている。

肉中心の食事なら肉から摂取できるが、穀物中心食になると塩を別に摂取しなければならない。

そういう訳で沿岸部を持つ国家は水棲魔物と闘ってでも漁と製塩事業を行い、塩単体や塩漬け食品を国内に流通させたり交易品として内陸国家に輸出している。

一方の内陸国家の中でも炭鉱族のように岩塩坑や山塩の生産できる湧水地を隠匿している国家もあれば、先に述べたように海洋国家から交易品を買い付ける国家もある。

紛争地帯で最も奥にあるトマも内陸国家だ。

しかも魔物が跋扈するため過去の炭鉱族の遺坑は期待できず、塩と交換できるような特産品もないため交易路は未発達という有り様。

 

穀物を主食にしようとすれば、斯様に塩問題に直面する。

私たちには選択肢として3つの道があるだろう。

肉食中心の生活を維持する道、塩の産地をみつける道、交易品を生産して塩を購入する道。

狩を主体とした肉食生活が維持できるかはイスパーノ以北に広がる森の恵み次第。

自給自足の観点からはリスクが大きい。

だから塩そのものの発見か交易を目指して鉱物資源の発見や商品作物の生産が必要になる。

 

やはり交易は難しい。

鉱床は赤竜の棲む山岳部つまり赤竜山脈にあって開発が困難。

加えて、そこをクリアしても今度は臨海国までの街道整備にはどうしても時間が掛かる。

そもそも交易を手伝ってくれる商人の知り合いもなし。

ならば塩そのものを探さなくてはいけない。

岩塩坑も基本は山間部にあるため鉱床と同じだが、地下水脈と接した岩塩層があれば湧水として出てくることはある。

ではそれがこの近くにあるかと考えれば、あると断言できる。

何しろ、この森では餌が減少する冬の季節にも冬眠しない草食動物の生息域があるのだから。

そう私達、人と同じく草食動物にも生命維持には塩が不可欠だ。

草を大量に消費すれば生きるのに必要な塩分を摂取できる彼らだが、冬になると草は減り、塩分の湧く場所に行って摂取する習性をもつからだ。

今ならまだ獣道から集結点を調べることで塩堆層や塩を含んだ湧水地に辿り着けるだろう。

そう考えて、私は塩の探索へと赴いた。

 

--

 

塩の問題を片付けた私達はパン焼き窯を作り、収穫期を迎えた麦を収穫。

天日干しした後に脱穀して穀物倉庫へ。

毎日のように窯からは煙が昇り、食欲をそそる匂いが食卓を賑わせた。

供らは剣の修行に励みながら、相変わらず私の課す覇気の鍛錬をそれと知らずに受け続けた。

拠点造りに必要だからと力仕事を頼めば、彼らは疑問を持つことなく従事する。

甕の水汲み、杭打ち、木の根の抜根、木材や粘土の運搬などなど。

 

供らは農作業にも従事した。

秋には小麦の種をまき、春に収穫。

小麦の収穫が終わった畑では根菜作物のラベを育て、春に種をまいて夏に収穫。

そしてまた秋になれば小麦を、という訳だ。

ラベは人が食べる事もできるが余り美味しくはない。よって専ら家畜の越冬に利用する飼料となっている。

紛争地帯の人々はこの飼料作物を育てる事で家畜を秋に屠殺せず、酪農を安定させている。

また小麦を同一の畑で連作すると収穫量が減少したり病気になったりするのは世に広く知られていて、各国が色々な対策を講じている。

たとえば王竜王国とその属国では水田を使って稲を育て、他の国では休耕政策をとっている。

魔法三大国でも休耕政策をとっているが、確か魔法大学が土魔術を使った土地改良の研究を大昔にしていたような気がする。

そしてこの紛争地帯ではラベの栽培がその対策となる。

 

 

そうして数年が経ち、いくつかの新しい知見を得た。

1つは私が目指している武芸者の形が北神流の枠を逸脱している点。

故に、私はこの時期から北神流独特の言い回しを極力排除するようになった。

『覇気』は『闘気』といったようにだ。

ただ、北神流である供らには彼らに合わせて『覇気』の言い回しをするように努めてはいる。

もう1つは闘気の副作用について。

修行と里の生活を通して供らは隆起した肩、丸太のような腕、それを支えるのに十分な力強い下半身を手に入れた。

一方で供らと同じように、いや量的には彼らより多く作業したはずの私の肉体は全く変化していない。

これこそが闘気の副作用。

もう少し説明的に表現すれば"闘気による身体強化が通常の活動で本来得るはずの筋肥大を抑制する"という効果だ。

肉体に適度な負荷をかけることにより環境的必要性に応じて人の肉体は発達するのであり、闘気によって負荷が軽減されれば筋肥大は発生し得ないのは当然である。

しかしながら、これはあくまで負荷をかけているかどうかなので闘気を使った場合でも負荷さえかかれば筋肥大は発生するのだが。

また、より細かな違いも見逃せない。

前提として供らは概ね勤勉で、各人が"ほぼ等しい量"の作業と鍛錬を行っている。

ただし闘気の練度には違いがあり、私程ではなくても負荷のかかり具合には若干の差があり、筋肥大の違いとして差を生む。

そこまでは先の結論通りだ。

では練度が同程度の者同士で、筋肥大に個人差が出たのはなぜだろうか。

前段の理論に誤りがあるか、それとも別の理由があるか。

そう、思い出すのはこの里に来た日の出来事。

各々の剣で丸太を伐らせた時にも、一刀の元に切り倒されたモノと斧のように削り取るように破断されたモノのように違いがあった。闘気の練度の差だけでは説明できない違い。

何か、見落している。

 

切り口の異なる丸太の山。

見えない暗殺者を感知する糸。

迸る闘気が炎蛇と化す。

目の眩むような白光。

王竜剣カジャクト。

 

記憶の中で煌めく光景。

5つが1つに重なり、全てに通ずる要素。

ぼんやりとしたモノを言葉にしようとして・・・・・・再び瞑想に。

 

 

"闘気は魔力を体内で押し固めた物"

 

 

我が叔父、知の魔王バーディガーディ―の言葉が木霊する。

 

 

その言は余りにも深淵。

闘気が魔力によってなるなど、多くの者にとっては意味不明で闘気を扱える私でさえ実感を持たない。

だが闘気の元となる『気』を体内で押し固めれば、肉体や感覚を強化できる実感が私にはある。

つまり叔父の言葉は正しいのだろう。

それだけではない。我が叔父でさえ授けてはくれなかった知識。

闘気を武器に纏わせれば武器を強化でき、体内で押し固めて作った闘気を外に放出したりもできる。

いや今回の事すらも叔父は判った上で言っていた可能性はある。

むしろ、"これ"が叔父の知識の源にあるとしたら。

 

武器を強化しているのは闘気だ。

しかし魔力を外に放出するのは魔術。

剣士と魔術師。戦闘スタイルが隔絶している2つ。

大きな隔たりがあるよう感じる。

だが、叔父の言葉の通りならば。

呪文を詠唱し、体内の魔力を特定の流れに従って練る魔術。

そして詠唱の無い吠魔術や魔法陣があるのだから、魔術に詠唱は必須でない。

つまり"魔力を体内で押し固める"闘気と"体内の魔力を特定の流れに従って練る"魔術。

2つは同じ根を持つ技術か?

そうだと仮定すれば?

闘気(魔力)を炎にしたり白い発光現象として顕現するのは火魔術。

見えない糸を伸ばすのは感知系の結界魔術、斬撃の強化は風あるい水氷魔術であり、打撃の強化は土魔術か重力魔術。

すると肉体強化や気を使った治療は治癒系統か?

魔剣、魔力付与品もいわゆる魔術的な効果を生み出すモノが多い。

 

頭の中の(もや)が薄れてはっきりとしていく。

叔父の説明の通り全てが魔力なのだから、魔術・闘気という分類に意味はない。

だが便宜上の分類であればこそ。

 

"魔術に属性・系統があるように、闘気には属性・系統と呼べるモノがある。"

 

そんな気がする。

これを鍛錬で確かめてみるべきだろう。

手始めはまず自分にどのような系統・属性的性質があるのか。

そこからだ。

 

--

 

探り始めて数か月。

"受け流し"と"緩急"。それらが私の闘気の特徴らしいと判った。

 

"受け流し"は敵の攻撃に対して水神流に近い結果を出す。

だけではなく自身の闘気を纏った動作によって生まれる反作用をより少ない闘気で緩和する。

たとえば荷物を抱えて速く走るには足首や膝への負担がかかり、また強烈な打撃を生み出せば手首や肘に負担がかかる。

そういった負担で自傷しないために闘気で肉体を強化する闘気の練度がずば抜けて少なくて済む。

 

"緩急"は闘気の練り方を段階に分けられる特性。

同一の予備動作から異なる動きを生むのに役立つ。

それ以外には手加減が出来るとか?

強敵に有効な戦術として活かす方法は模索中だ。

 

そして次の論点は特徴が生来のモノかどうか。

私の場合、カジャクトを振るう内にそうなるように自分の特性が伸びたという可能性が高い。

となると闘気獲得時や獲得後の環境によって特徴付けられるという可能性もある。




次回予告
始める前から"どうせ出来ない"と思っていたら
出来る事も出来はしない。時間の無駄だ。
いつかは出来る、やれば出来る、必ず出来る。
そんな信念1つ胸に秘め、挑む中にこそ
開く未来もあるだろう

次回『奇抜派V_暗示』
巡って来たチャンスを掴め



副題参考:映画『コマンド―』吹き替え版。
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