無職転生if ―強くてNew Game― 作:green-tea
第133話_帝国侵攻
--- 先行者が速度を上げれば後続も速度を上げる。常に未来は渋滞している ---
軽快な音を奏でるゼニスの持つ剪定ばさみ。
その音が途絶え、近くで作業していたリーリャがゼニスの方を見上げた。
それを知ってか知らずか「うん、使いやすいわ」と感慨に耽るゼニス。
彼女は俺に向ってウィンクを1つ。まごう事無い上機嫌。
そんなゼニスに何を思ったのか、リーリャは切り落とした剪定枝を箒で集める作業に戻りながら「良かったですね、奥様」と一言。
実はこのやり取り、本日既に3度目のもの。
そんな彼女らの近くには自立するガラ袋が置かれており、アイシャとノルンの2人がリーリャの集めた枝をキャッキャと騒ぎながら袋の中へと放り込む。
家の庭の一角に設えたガラス張りの庭園。
二度目の冬を迎えたラノアにあってここだけは小さな陽だまりの暖かさがあった。
そして俺は庭園内に用意した休憩用のベンチに座り、掴み取った日常を満喫しつつ未来の取りこぼしがないかに目を光らせる。
取りこぼし。
この庭園もその取りこぼしをぎりぎりで気付けた結果だ。
始まりは吸魔石の加工の件で得た助言をもとに行った専属職人探し。
酒場のマスターから最近顔を見なくなった炭鉱族の話を聞き、冬のラノアから旅に出るのが不可能という条件を考慮し、捜索して発見に至ったのがとある夫婦だった。
世界中を旅しては流れの職人として鍛冶や道具製作で生計を立てて来たという2人。
前世で出会わなかった人物ら。
聖鉄のバザルと美しき雪稜のリリテッラ。
しかし彼らは魔法三大国に辿り着き、ネリス工房の地盤の強さから思うように儲けられず生活が苦しくなったそうだ。
追い打ちをかけるようにリリテッラが妊娠・出産・育児に時間をとられると、幼い子供を連れてアスラ王国に引き返すこともできず厳しい冬も到来し、ジリ貧の状況で進退窮まっていた。
俺は2人に接触し、新設する吸魔石関連の魔道具工房への参加を依頼。
一も二も無く飛びついて来た彼らの手腕を確認するために先のハサミやこのガラスハウス――ゼニスらは水晶園と呼んでいる――の建築を依頼したという流れだ。
建築なら建築士、たとえば『大空洞のバルダ』に頼む手もあったのだが、彼らの器用さ数学的知識も中々のモノ。
材料さえ調達してやれば何の遜色も無い出来栄えを披露してくれたのだった。
ちなみにリリテッラに仕事をさせている間、リーリャが彼らの娘の育児を請け負い、なんならエリスとロキシーも修行のような何かをさせられていたという余談は置いておく。
バザルとリリテッラ、2人の子には未だ名がない。
ただ前世の彼女はジュリエットと名付けられていた。
名付け親は……たしか俺である。
そして転移災害の結果が変わり、彼女にまつわる色々な縁は失われていて寝覚めの悪い結末が待ち受ける状況が迫っていた。
今回それを防ぐことができた。
勿論、ザノバが来ないラノアでジュリが前世より幸せな人生になるかの保証はないし、既に俺が気付けぬまま取りこぼしてしまった人らもいるかもしれない。
加えて言うなら前世でザノバ以外の誰かに奴隷として雇われた方が、ジュリの人生は好転していた可能性すらもある。
可能性だけでいえば誰もがそう。
しかしどこかで決断は必要で、常に選択は迫られていて、遅きに失すれば後悔の雨の中、一人彷徨うハメになる。
暗くなってしまった気分を転換しようと、ガラスハウスの外へと移動する。
すると聞こえてくるのは、
「右」「カンッ」
「左」「カンッ」
「上」「カンッ」
「後ろの反対の裏返しは」「カンッ」
という謎の掛け声と剣と剣が交差する乾いた打撃音だ。
今朝に除雪されたばかりの黒土のむき出している庭で、ランドルフの気の抜けた声が飛び、声に合わせてパウロが言葉と"逆"へ向けて剣を振る。
ランドルフはパウロが指示を受けて振った剣の先へ遅れて出したにもかかわらず、木刀を周り込ませてはじき返す。
「では次のメニュー」
短くランドルフが指示を出し、また同じような掛け声が続く。
「上」「カンッ」
「右」「カンッ」
「下」「カンッ」
「前の上」「カンッ」
先程と違うのはパウロの顔の向き、視線。
言われた方へと向けながら、されど先程と同じように剣の方向は言葉とは逆へと振るわれている。
剣術で行う旗揚げゲーム、しかも裏表逆転の追加ルール。
ただし追加ルールは逆転ではなく時計まわりに90度シフトする場合もあるし、連続して複数の方向を指示される場合もある。
剣を振るう方向、その前段となる筋肉の僅かな動き、即ち動きの兆候。
姿勢、思考を表す目線、目線を決める顔の向き。
水神流が後の先をとるために注目する情報の数々。
防御のために使うそれらに虚実を混ぜて攻防一体の剣技へと進化させたのが幻惑剣だという。
少し分からないのはランドルフが既に幻惑剣の指導をしている理由。
最初は水神流や北神流を聖級、王級程度にまで引き上げてくれると期待していたのだが……。
何かパウロに光るモノを見出した、とでも考えておくのが良さそうだ。
俺にはわからないけど。
そして――
「ねぇ」
「うーん?」
「ねぇ!!」
「なに?」
「おじ様ばかりズルいわよ」
「だったら」
「だったら何よ」
「鍛錬に参加したら?」
「はぁ!? どうしてあたしが、あれに教えてもらわなきゃなんないのよ!
ぜっっっっっったいに嫌!」
嫌と言われても、
「ギレーヌはまだこっちには来れないだろうしなぁ」
「良い先生が居るって言ったじゃない!」
「そうだねー」
前回のループにおいてエリスの師匠となる人物は複数存在する。
ルイジェルド、オーベール、ガル・ファリオン。
鍛錬相手としてはニナ、イゾルテ。
中でも時代的にはルイジェルドが良さそうなのだが。
「それが見つからないんだなぁ、これが」
という訳である。
転移災害を無視してもルイジェルドとは会えていない、もしかして出会う運命にないのか。
もしくは魔大陸で生きて行けないような子供が迷子になるのがフラグなのか。
さてはて。
と考えてる間にエリスが剣を鋭く繰り出す。
ほぅまた少し腕を上げたな、と心の内にだけ師匠面をしつつ手刀で返し、2発3発と変則的な体術で応戦。
打撃を受けてエリスはたたらを踏む。
しかし、すぐさま手加減されたことを理解して1線2線3線と荒く猛々しい剣を打ち返してくる。
彼女の剣が加速度を増す。
それは実のところ俺が剣へと触れるたびに向きをずらしながら、より速くなるように力を加えているから。
しかし、それも10線を数えたところでブレーキが掛かる。
「くっ」
エリスは実力に余る速さで動こうとする己が剣を制御しようとして上手くいかず剣を制御するために速度を落とす。
ん?
何か見覚えが。
否、聞き覚えが。
「何?」
俺が既に構えを解いている事をいち早く理解してエリスも剣を降ろす。
エリスの実力を全部出しきったら、15回までは剣の速度は増すはずだった。
でも10で止まってしまったのは、
「安全装置」
のせいだ。たぶん。
エリスは無意識にも自分の限界より前の速さで剣を止めてしまった。
「あんぜん、何?」
「だから安全装置さ」
キメゼリフと共に歯をニカっとさせて笑みで返す。
「な、何よ、気味が悪いわね」
俺の笑顔は気味が悪いだって?
失礼とは思わないのかねエリス君。
--
あくる日。
「あら2人でお出かけですか?」
ロキシーが眠た気な顔でベッドの上でそう問いかける。
俺は外出用の服に着替え中。その隣には別室で寝泊まりしているエリスが既に完全武装で部屋に押しかけている。
騒がしかったのだろう、ロキシーを起こしてしまったらしい。
「ええ」
「いよいよ剣の聖地ね。
腕が鳴るわ!」
「そうですか。
研究のお話をしようかとおもっていたのですが」
「すみません。その話はまた後程」
「急ぎませんから」
「あとエリス。
行くのは東の方だから剣の聖地とは逆方向の予定だよ」
「えっ」
と小さくエリスが驚くが無視して、
「じゃ、行ってきますね」
俺の言葉にロキシーがベッドの中から手を振る。
まだ眠さに勝てないか。
--
そんなやりとりを経て部屋を出ると、
「えー! おにぃちゃん今日お出かけ?」
廊下で遭遇したのはアイシャとノルン。
「何だ? アイシャ。
用事だったか?」
「そ、そういう訳じゃないんだけど」
珍しく言い淀んだアイシャ。
「あた、らしい……」
ノルンが少しだけ声を張り上げて何かを訴えようとしている。
でもまだ言葉が足りない。
「新しい、何?」
問い掛け直すが、ノルンは黙ったまま。
怖がらせてしまっただろうか。
「あのね。
新しい先生が来るんだって!」
ほーん。
頭を捻ってみるが、まだこの時代は泥沼としての名前を広めていた頃。
魔法大学の教授陣については知識がない。
「なんて名前の先生? 何系統かな?
それとも魔術以外の先生?」
「しらない」
素っ気なく答えるのはノルン。
知らないならしょうがないね。うん。
と思いながら、アイシャに視線を移すも、
「あたしもしらなーい」
と語尾を残し、両手を広げる〇ラレちゃん走りで逃げていった。
遅れてノルンも追いかけるように走り去る。
妙に思わせぶり……か? 兄妹で?
そんなことする意味は無いよな。
兄妹だもの。
ま、いいか。
……いいのか。本当に。
「ちょっと」
「あぁごめん」
と歩きかけて、
「いいの?」
逆に呼び止められる。
俺が迷っているから、エリスは確かめてくれているだけだろう。
だから、ここで迷ってなんかいないと言い張るのも無意味だ。
「全てが分かるわけじゃないから。
未知を楽しむ心のゆとりってやつ?」
「まるで冒険ね」
「そう! 人生は冒険!」
やや視線を持ち上げて胸を張り、両腕で力こぶを作る。
いわゆるダブルバイセップス・フロントのポーズ。
「本心で言っているなら、その変な演技は止めた方がいいわよ」
なるほど逆効果だったか。
しかしエリスの忠告で良い事を思い付いた。
「いいや、エリスにも1つ演技をやってもらうよ」
「……どうしても?」
「どうしても」
「嫌なんだけど」
「今日はロキシーの手伝いを優先しようかな」
「演技、やってやろうじゃないの」
「その意気だ」
--
「どきなさい」
「んだぁコラァ!
喧嘩売ってんのか
「喧嘩?
どうせ売るなら強い奴にでしょ。
雑魚には頼まれても売って、
おー言うねぇ。
煽る、煽る。
「ッチクショ。なめやがって!
後悔すんなよ!」
言葉の途中で男が腰の獲物を抜き放つ。
短剣がキラリと光った。
鞘にはちゃんと紐が付いていて、男が隙の大きな動作でようやく走りだす。
その頃には既にエリスは蹴りの予備動作を終えている。
「グフッ」
エリスの前蹴りが男を地面へダイブさせる。
もちろんエリスは手加減し、ついでに俺の早口の治癒魔術が男を気絶から速やかに回復させる。
男はぱっと目を覚まし、
「覚えてやがれ!」
と定番ともいえる捨て台詞と共に逃げて去る。
予想ではこの村で一番強い男の所へと。
そう思い、逃げた足取りを追う。ゆっくりと焦らずに。
走らないのかって?
馬鹿を言っちゃぁいけない。
報告して、相談して、強い奴が話を聞いて準備して出てくるまで。
「ジャスト1分、ってところか」
時間を考慮したら、歩いて丁度のはず。
ほうらね。
村のメイン通りに面した冒険者ギルドの階段を下りてくるむさくるしい男が……
「ねぇ、髭面で飲んだくれのおっさんが出てくるって言ってなかった?」
俺の予想していたのはエリスが言った通りのそれ。
しかし目の前に現れたのは髭を綺麗に剃り、分厚い胸板に丸太のような太い腕のナイスミドルだ。
あれぇ? 予想外の変化につい黙り込む。
「ベルゲンにちょっかい掛けたと聞いたが」
先を制する男の言葉に、
「そんなもの掛けたかしら?」
エリスはそう応じるも、
「ご、誤魔化そうったって遅いんだからな。
こいつらで間違いないです、先生よぉ!」
一撃で沈んだ男――名前はベルゲンというらしい――が答えてしまえば意味はない。
「だ、そうだが」
「ふん。
なら掛けたのかもしれないわ」
下手な言い訳はしない。
そこで認める男らしさ。
俺の中でエリスに対して忘れてた何かが再び目覚めそうではある。
「憂さ晴らしではないようだ」
「強くならなくちゃいけないのよ、あたしは」
「知るか。
嬢ちゃんのダンスの相手にふさわしい奴らなら剣の聖地にごまんといるはずだ」
「あぁ、もうめんどうね。
最初からこうすればいいのよ!」
エリスが言葉を言い終えるより早く闘気を纏い真剣を抜きながら加速。
右手に1歩分回り込みながらの打ち込みを1つ。
男はそれを容易く鞘で受け止め、容赦のない蹴りを浴びせようとする。
それに先んじて打ち込みを止め、間合いを開けるために5歩引き下がったエリス。
本来、そこで1拍の間が出来るはずだった。
互いが間合いを読み合い次の打ち込みを仕掛ける間だ。
だが男は予備動作無く追いすがり、抉るような右フックを脇腹へと叩きこむ。
真面に喰らったせいで堪らず吹き飛ぶエリス。
飛距離はギルド前の空き地の半分といったところ。
しかし、前回のランドルフ戦のようにはならなかった。
エリスはすぐに立ち上がり、構えを取り直す。
その姿に男は自らの手をグー・パーしながら見つめ呟く。
「動きは見えていなかったはずだ。
だがギリギリの所で防御しやがったな」
声に出す程の何かをエリスに感じたのだろう、眼光が鋭くなる。
エリスは怯まず剣を打ち込もうとするが、次第に呼吸を読まれていき……
ついには剣を振るう前に顔面を掴まれ、持ち上げられてしまう。
ただ持ち上げられ無抵抗になる訳もなく、エリスは持ち前のド根性で首を起点に自らの下半身を持ち上げ男の腕へ足を絡みつかせ、そんな態勢でも握り続けていた剣をがむしゃらに振るってみせる。
堪らず男は手を放して剣を回避。
そんな男にエリスは問答無用とばかりに再度斬りかかる。
男は闘気を纏わせた鞘を使ってその剣を受けては弾き返す。
或いは流して態を崩したところへ足を掛けて転ばす。
隙を見ては平手や鉄拳で殴ったり、煩わし気に裏拳で吹き飛ばす。
それが歴然たる実力差だとエリスが理解するまで長い時間はかからなかった。
ついに大の字のまま起き上がらずケホッケホッとせき込み、口の中の血をピッと吐き出した。
「悔しいですか? エリス」
「ええ。
こいつ、全然本気じゃないもの」
本気を出されていたら瞬殺されてもおかしくはない相手だ。
間違いない。
そうさせないよう俺がギリギリの間合いで威嚇しているので問題はないが。
「お前ら、一体何がしたい。
躾係が欲しいなら他所に頼め」
と男がガシガシと頭を掻く。
「らしいよ」とエリスに振ってみると、
「心から頼みたくてやってんじゃないわ。
でもこのままじゃね。合わせる顔がないのよ」
倒れたまま、空を相手にエリスはそう吐き出す。
それを聞き、
「どこまで行っても自分達の都合ばかり。
付き合い切れねぇな。
それとも俺が老けたせいか? そんな風に感じるのは」
と男はあきれ声だ。
「同じですよ」
そう告げる俺の声に、初めて男の顔がこちらを向く。
これまで攻撃の邪魔をしていた俺に意識は割いていただろうに、本当に初めてといった面持ちでだ。
「何?
何が同じだ」
「あなたとエリスは同じだと言ったのです」
少し考えて、しかし理解が及ばなかったのだろう。
「説明しろ、ボウズ」と男。
「エリスはギレーヌに合わせる顔がない。
あなたもギレーヌに合わせる顔がない。
ほら、同じじゃないですか」
俺の言葉に男は反応しないように見えたが、
一拍遅れて、
「ちょっと待て。
今、お前が発した名。
獣人族、いやデドルディア族のギレーヌか?」
と男。
「あなたの弟子ギレーヌ。
そしてエリスの師匠、剣王ギレーヌ。
同一人物だと思いますが」
「剣王? あいつが?」
「ギレーヌは強い、んだから」
またしても倒れたままエリスが口を挟む。
どうしても言いたい事だったらしく、痛みを堪えながらのエリスの声がした。
「剣王、ね。
カルテイルには鍛え方を残しておいたはずだが。
まぁいい、あいつは今どこだ?」
「たしかガル・ファリオンの元で修行したのち、剣の聖地を飛び出して冒険者になって。
それから今はアスラ王国の一地方領で食客をしているはずです」
「ガル? そうか、アグナルの野郎が断ってあいつが剣神に。
でカルテイルの手を離れ……クソ、そうなるか。
修行の約束を反古にした俺には」
漸く答えに辿り着いた男、いやヘイムダル。
ここまでヒントを出せば当然ではある。
「合わせる顔がない」
濁された結論を再び告げてやると、
「お前は癇に障る。
訳知り顔で人の心を言い当てやがって」
とヘイムダルは苦々しく言い捨てる。
だが説明しろと言ったのはそっちで、状況から導いた予測に腹を立てるのはいかがなものか。
そして癇に障った時点でヘイムダルの気持ちのどこかにそれがあるのだとしたら。
弁明する気にはとてもなれない。
「魔法都市シャリーア。
僕らはそこで待ってます」
俺はエリスに肩を貸して起こし、歩き去る。
ヘイムダルからの返事も聞かずに。
--
エリスはまたしても敗北を喫した。
しかしランドルフのときの再現にはならず清々しさすら湛えた表情で朝の鍛錬に励んでいる。
そこへ現れたのは、
「朝早くにお騒がせしてすんまへん、ルーデウス様」
シャリーアにあるルード商会ラノア支店を経営する神獣『ホテイ』であった。
庭の玄関口に姿を見せ、応対に出たアイシャと共に俺の元へとやってきた彼。
普段は商会の仕事に専念し、雑事はカボに任せる事が多い彼が自宅に押しかけてきたのは実に珍しい。
「おはようございます、ホテイさん。
こんな早くに、緊急ですか?」
「あー……はい」
とアイシャをちらりとみる。
どうやら外聞を憚るらしいと俺が理解したときには、
「じゃ、私はノルン姉のところにいってくるね」
とアイシャも察してこの場を辞去していく。
「ありがとうな、アイシャ」
……彼女が走り去るまでの僅かな間。
「で? 何があった?」
俺が聞いても人の姿が確実に無くなるまでホテイは黙ったままだ。
そしてアイシャが玄関をくぐったのを確認して漸く耳打ちをはじめる。
「帝国に動きありとジュロウから知らせが参りました」
ジュロウはシーローンの首都ラタキアにルード商店の支店を構える神獣。
「それだけ? 何か詳細は?」
構えていただけにやや肩透かしの内容につい耳打ちもせずに受け応える。
「それがその。
情報収集で手一杯らしく、兎に角ルーデウス様をお呼びしたいと」
「そうか……分かった。
こちらの準備が出来次第、なるべく早く向かおう」
「では失礼を」
軽く礼をしてホテイは去っていく。
"帝国に動きあり"という情報。
ルード商店の取扱商品は自社製品のみ。
仕入れは製本に必要となる材料を分散して仕入れているくらいで、これも当初から安全対策として固定の仕入先を作っていないせいだ。
だから手に入るのは販売先からの噂話くらいで、一般の商社よりも限られている状況。
曖昧な情報にならざるを得ないのも仕方がないのかもしれない。
市井の噂になるレベルで帝国に動きがあるとなれば、開戦間近ということだろうか。
そうなった場合にザノバはどうなる?
前世で戦争を指揮していたあいつの姿を幻視し、自分もそれを手伝った記憶が駆け抜けて行く。
「心配だな」
朝の鍛錬もそこそこに俺は旅の準備に取り掛かった。
朝食後、ノルンとアイシャが大学へ向かったのを見計らって両親を捕まえて数日家を空ける話をする。
ロキシーは一も二も無く同伴を希望し、エリスは少し迷ってから付いて来る事になった。
「おじさま、ギレーヌの師匠って人が来たら引き留めておいてね」
「なんだ? 剣神でも来るってのか?」
「もっと前の、最初の師匠の人が来るかもしれないの」
「事情は知らんが、わかった。
リーリャ、俺が仕事の間にそいつが来たら対応を頼む」
「心得ましたわ」とリーリャは頷き、「ギレーヌの師匠なら腕によりをかけておもてなししないとね」とゼニスも乗り気だ。
「その人から剣の修行を受けるのもナシだからねっ!」
「分かってるよ。ランドルフさんにも失礼だからな」
「絶対よ!」
そんなやりとりを経て俺達3人は昼前にラタキアへと飛んだ。
--
地下の転移部屋から店舗スペースへ続く階段のちょうど中間地点で灯の精霊を滞空させて、1階フロアへと顔を出す。
しかしいつもより暗い室内にそのまま足を止める。
「ルディ?」
後ろから聞こえるロキシーの声は戸惑いの色を乗せている。
「何かあったの?」
とはエリスだ。
「いえ」とだけ告げ、灯の精霊を上昇させてから階段を登りきる。
閑散とした店内。一切の商品が撤去され、陳列棚だけが残されている。
「お待ちしておりました。
ルーデウス様」
ロキシーは俺の左、エリスが俺の右へとまわって室内を見渡し終るのを見計らったように声は響いた。
声のした方へと灯の精霊をさらに動かすと、立ち姿のジュロウが暗闇の中にぼうっと現れる。
灯の精霊を向けられても神獣である彼は眩しそうな素振りを見せないため、B級ホラー映画の演出のようだ。
「店は休業か?」
ジュロウは俺の質問に頷いた後、
「ラタキアは今、外出禁止令が敷かれたような状態になっておりますので」
と言葉を繋ぐ。
「帝国に動きがあるとか」とロキシーが説明を求めると、
「あるというか、あったのです」
とジュロウは首を振る。
帝国が動いた。そしてラタキアが外出禁止状態になった。
つまり? と考えたところで、
「実際に見て頂いた方が早いでしょう」
こちらの表情が要領を得ないでいるのを察したのだろう。
ジュロウはそう言って2階へと続く階段を指さす。
言われた通り、3人そろって階段を上り、シーローンを訪れたときに寝泊まりできるように用意された客室へと入る。
ここも昼間であるにも関わらずドレープカーテンでしっかりと閉め切られ暗い。
「隙間からシーローン城をご覧ください」
ルード商店は大通り沿いに店を構えている。
だがここからシーローン城を直接見ることは叶わないはずと考えながら、指示に従い窓のカーテンの隙間から眼下の通りを城の方へと覗きみる。
人っ子一人姿のない大通り。
人が居ないのも相まって曇り空の下のように物悲しく映る。
「もう少し上を」
ジュロウはさらに指示を足す。
言われるがままに俺は上をみて、
「なに、あれ」
俺の下から我慢できずに無理矢理に覗いていたエリスが先に驚きを示す。
「帝国の
俺はジュロウの言葉を聞きながら窓から離れ、代わりにとロキシー入れ替わって窓の隙間から同じように外を覗き見る。
「あれが城なのですか?」とはロキシーの質問だ。
「ここから見えるのは逆三角錐型の岩盤部分ですから。
ラプラス戦役前からの人族の伝承によれば、上部に1つの街と宮殿が存在しているはずです」
どうやって浮いているのだろうか。
よもや空中城塞と同じ方式か?
と一瞬考えて、それよりも確認すべき事を思い出す。
「あんなものが上にあってシーローン城は」
大丈夫なのか? と言い切るより早く、
「帝国兵が浮遊城より降下し、既に制圧したようです」
とジュロウが答え、「王族の方たちは?」とロキシーが訊ねる。
「王と上位の王子たちはみな処刑されたと噂されています。
パックス殿下は巡察の途中だったらしく難を逃れたとか」
と説明される。
上位の王子たちはみな処刑?
「ザノバも?」
焦った俺をみてジュロウは眉根を寄せてみせる。
「ザノバ殿下はルーデウス様のご提案に従って、砦に赴任し自動人形の研究をされているはずですからご無事かと。
守るべき王宮を失って混乱は必至でしょうが」
砦で人形研究?
記憶をひっくり返してみれば、数か月前にそのような提案を口走って自動人形の資料を渡した気がする。
研究の進捗に応じて褒美の人形を渡すとかなんとかの約束で。
完全に記憶から抜け落ちていたという事実が背中に冷や汗を垂らす。
無事に出会えたら、何かあいつの望む人形をって縁起でもない事を考えるのはよそう。
次回予告
シーローンは滅亡寸前。
元王子ザノバ。
加速した運命の収束の向かう先。
一見同じようにみえる結末が
果たして同じ意味を持つか。
次回『ザノバの選択』
懐柔、煽動、協力、助言。
ルーデウスは己の未来のため万事を尽くす。