無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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※第125話 バニシングポイントと第132話 超越機関の発足と終焉の後、第133話 帝国侵攻(甲龍歴419年1月頃)より前の時間軸(甲龍歴418年11月頃)になります。


第135話_白騎士、留まる

--- 新たなる師 ---

 

帝国主宰の執務室の扉をカチャリと上品な音を立てて開いたのは、一人の若い男。

男はそのままの調子で軽やかな足取りでもって入室を果たし、執務机に向き会う老人の前へと躍り出た。

開け放たれた扉は無作法にも独りでに閉まる。

ただ、設えが良く油圧の機構を備えているおかげで開いたときと同じか僅かな作動音だけを残すに終わった。

部屋の主たる老人がそれらに目もくれぬままなのは耳が遠くなったがためか。

それとも書類仕事に集中しているが故か。

あるいは元より他人や周囲に気を配らない気質故か。

 

現れた男は――名をランディ・ゴルトという――金髪を肩で切り揃え整った細面の顔立ちで、帝国官吏の制服を襟ぐりにあるボタンを全て開けて着崩した、優男あるいは色男然とした雰囲気の人物だ。

10人に聞けば半数は軽薄な男という印象をゴルトに抱くかもしれない。

だがそれは見せかけであり、座っている老人――帝国の雲上人ウォーレン――に無視され続けても表情一つ変えないでいるのは、単に興味がないからに過ぎない。

そんなゴルトは脇に抱えていた報告書を取り出し、淡々と報告の口火を切った。

 

「性格定着には今しばらくの時を要す模様です」

 

静かな間。

ウォーレンの作業の音だけが小さく鳴り、まるでゴルトの報告を聞いていないようだったが……そこで、ふいに

 

「想定以上の魔力量に『ディランの首輪』が負けておるだけだ」

 

そう呟いた。

ゴルトはその言葉を聞き漏らす事なく「そのようで」と相槌を打つ。

再びの静寂が部屋を支配する。

またしても押印の音だけがその静寂を埋めようと小さく抗った後、

 

「しかし徐々に定着しておろう」

 

その言葉は幾度かの印音を跨いで発せられた。

そこから会話は矢継ぎ早に交わされていく。

 

「はい。

 徐々に安定間隔は長くなっております」

 

「後ひと月ほどで実用に足るだろう。

 だが機構救世(マシンメサイア)の訓練時間がちと厳しくはある」

 

「その点に関しましてご報告が。

 諸隊員の慣熟訓練から隊長機へフィードバックを施しており、最後の微調整さえ出来れば大きな問題は発生しないだろうという予測が」

 

「フィッツが安定すれば短期間で練成を完了し得るか」

 

「研究所が全力で作業しておりますれば確度の高い予測かと」

 

ウォーレンは軽く頷き、興味が湧いたのか攻守を交代して質問を投げかける。

 

「ところで白騎士が帰還したようだな?」

 

「はっ。

 アスラ王国東と繋がっている転移門を(くぐ)った痕跡を確認しております。

 動かれますか?」

 

「白騎士が戻ったのは配下の弟子らを説得に来たからだろうが、不要だ。

 我らが何もせずとも奴はここに残る」

 

「やはり何らかの対応が必要ではありませんか?

 その辺り、陛下の御慧眼が見通した未来をご教示頂きたいのですが」

 

「ふむ。

 ではフィッツの行動を制限しないよう、配慮せよ。

 フィッツと白騎士の運命を交わらせるのだ」

 

「しかと承知しました」

 

ゴルトが言い終えると、ウォーレンは回答に満足したのか、小さく手を振って退出を命じる。

小さく頷いて部屋からの退去を選んだゴルト。

そして。

一人となった部屋の中、小さく呟かれる言葉。

 

「完全なる運命を宿す龍の神子。

 目指すは黒き未来。

 世界崩壊のヴィジョンの先、結末に何を望まんとす」

 

応じる者の無いそれが部屋の壁に吸い込まれていく。

 

 

-- フィッツジェラルド視点 --

 

誰かに喜ばれるため造られたはずの赤ワイン。

それがただ壁に染みをつくりながら垂れ、床へ滴るのを見ていた。

散乱したガラスの破片。

頭痛を紛らわせようと注いだワインを床板が染みを作って飲み干そうとしている。

 

知らない記憶の本流。

流星が飛び交う空。

綺麗なはずの光景になぜかボクは恐怖を感じる。

これを見た者の感情か?

 

記憶は次に少年を瞳に映す。

背後には未だ幾条もの流星が走る中、邪悪な笑顔を無理矢理に押し込み必至に堪えようとしている。

困惑、疑惑、より強い恐怖。

感情が心を支配し後ずさると、こちらの態度をみて気まずそうに顔をしかめた少年。

 

どうしてだか酷くイライラする。

ただの夢なのに。

ぐっ。

 

「ミゲルッ!」

 

強めに呼び出しの声をあげると、

 

「どうかなさいましたか?」

 

ミゲルは壁越しに即応の声を返す。

破砕音は聞こえていて、呼ばれるのを待っていたのだろう。

扉を開けてミゲルが入って直立停止する。

 

「グラスを片付けておけ」

 

「ハッ」

 

ミゲルはボクの言葉に応じて行動を開始する。

自分自身は上着を重ね着してから靴を履き替えていると、

 

「隊長はおでかけですか?」

 

「あぁ。

 少し外の風に当たる」

 

そう言い残して宿舎を後にした。

 

--

 

強い日差しと流れる風を一身に受けながら、浮遊城(フロートテンプル)の先端に立つ。

浮遊城は1つの城下町と農業生産地を含めた周囲の自然を丸ごと浮かばせた巨大施設。

そうであるが故、地上にあるはずのラタキアの都市は眼下に収めれはしない。

代わりにここから見られるのは中央大陸南部の景色。

王竜山脈の右手には深い森、左手には拓けた大地。

やや光を反射しているように白く輝いている所は水の満たされている水田だろうか。

 

強い風が身をさらうにつれ、苛む痛みは徐々に収まりを見せる。

帰ろう。

そんな気分で振り向いて視界に屹立する2つの山と陛下の居城たる幻影宮(ミラージュパレス)を映して歩く。

目指すは城下町(グリステリア)

だったのだが。

耳朶を打つ男の声。

 

「機関が乗っ取られ帝国が成った以上、君たちはなし崩し的に帝国の騎士となりつつあります」

 

一人の剣士がその他大勢の剣士を集め、浮遊城にある草原の片隅で演説をぶっているようだ。

なぜか気になって足を止めてしまう。

男は続ける。

 

「そして私自身は状況を受け入れず、この地を離れると決めました。

 私についてここまで来た皆さんもそれぞれの道を決め、進んで頂きたい。

 今の状況を受け入れ帝国の騎士になるも良し、冒険者になるも良し、新天地で修行を続けるも良し。

 皆さんは奇抜派などと呼ばれてはいますが順当に優秀であると私が保証します」

 

「師匠はこの地を離れた後、いかがされるので?」

 

草原に腰を下ろし、演説を聞いていた側の一人の剣士が聞き返す。

 

「私ですか?

 私は……そうですね。

 頼まれ事があるので中央大陸北部に位置するラノア王国に向かいます。

 その後の事はその後に考えるつもりでいますが、おそらくは修行を続けるでしょう」

 

どうする?

ボクはそろそろ修行の成果を試してみたいと思ったりするんだが。

ラノアといったら剣の聖地の近く、腕試しならそちらでも出来るだろう?

男の回答に反応はさまざまだ。

 

くだらない。

この程度で優秀?

ガァティやダレットに勝てるかどうか危うい筋肉自慢の集まりだろうに。

クソッ。

頭痛がなくなったのにまたイライラしてきた。

早くこんなものは終りにするべきだ。

そう思ったときにはもう口を挟んでいた。

 

「白騎士殿……こんな場所で離反の先導かい?」

 

「君は?」

 

「龍撃隊隊長、フランシス・フィッツジェラルド」

 

「龍撃隊? 失礼だが記憶にない部隊名だ」

 

龍撃隊?

研究所の魔術師部隊の名が確かそんな名前だったか。

魔術師? だが帯剣しているのだが?

また座ったままの剣士たちが口々に囁く。

その囁きを汲み取り、

 

「新設の部隊ですか。

 ややもすると白騎士団の解散を見据えてのものかな?

 あーなるほど。

 隊長殿直々に申し送りでもありました」

 

「いーや。

 ここに居合わせたのは単なる偶然」

 

「そうですか。

 だとすると……」

 

「わからないのかい?」

 

一拍空けての無言。

どうやら本当に判らないらしくぽかんとした一同。

「そうか。わからないならしょうがないな」と呟いて腰の武器の(つか)に手を掛ける。

 

「公然と離反を唆すのは、良い度胸をしていると思わないのかい?」

 

空気が一気に重苦しくなったのは言葉によるものではない。

ボクが戦闘態勢に入ったからだ。

こちらのほうが判りやすい奴等らしい。

だが、対話の相手だけは「あー、なるほど」などと弛緩した態度を崩さずにいる。

そしてそののんびりとした雰囲気のまま、

 

「それは見解の相違です。

 公然と機関を簒奪した側に大義などないというのが私の考えです」

 

と宣う。

どうやら平行線らしい。

 

「へぇ、そーかい」

 

もう対話による説諭を諦め、抜刀し構える。

 

「やるのですね?」

 

まだ目前の男は剣を構える素振りを見せていない。

しかし隙が見当たらないとは、こいつはかなり()る。

だとしても、

 

「気分転換に丁度良いじゃないか」

 

と軽口を叩く。そうこのイライラをどうにかするのが先決なのだから。

 

「ふむ。

 その目。勝つ自信がある、ようですね」

 

「負けるのは嫌いでね」

 

「こちらも負けるつもりはありません」

 

そうして漸く相手が剣を構え、周囲も距離を取った。

有象無象と思っていた周囲の者らも、なかなか良い動きをみせる。

まぁ、それは脇に置いて眼前の男に意識を戻そう。

こいつは北神二世。

研究所にて教わった強い者らの話の中に確かこいつの話もあった。

いつ、どこで聞いたかはなぜだか思い出せないが。

まぁ気にしない。

兎に角、北神なら使うのは北神流。

突き出されているのは小剣で遠距離武器は持っていないか。

 

上半身は中段に構え、下半身では足を前後に開く。

その体勢を維持しつつ摺り足で間合いを測る。

北神は一見して泰然とした立ち姿に見えるが、僅かに重心を前後左右にしてこちらが攻める手に対して何らかの対応をしかけてきているようにみえる。

さて、どうする。

北神の得物は小剣の中でも細身のもの、細剣と呼ばれる物だ。

それを片手に持ち、半身となりて肘と膝を曲げ力を溜めている様子。

さらには小剣の先端を僅かに上下させながら、無手の左手で拳を作ったか。

 

隙があるようでない。

見えている隙は誘い、罠のような気がする。

明確な隙がなければ一当てして見出す、か。

無理ならばこちらも罠を張るか。

序盤の立ち上がりのパターンは限られている。

 

意を決して浅く放つ縦一閃。

力みなく殺意すら乗せていない一撃を、北神は鮮やかな左歩きで回避する。

剣の間合いの外、人差し指ほど。

一目でこの距離感とは凄まじい。

常識的な回避であれば反撃は予想し得ない。

が、人差し指なれば。

僅かな前進と共に小剣が最速最短で繰り出される。

 

脳に響く警報。

無意識に小さく2歩3歩と退いて剣を引き戻し、剣の腹を相手の軌道に割り込ませはじき返す。

危なかった。

北神ははじき返しに抗わず勢いを利用し間合いを作りなおしている。

 

一当てしただけで汗がどかっと噴き出す。

異様な感覚があった。そのせいで。

異様な感触と表現したほうが良いのかもしれない。

筋肉のしなやかさ、攻撃をいなす手首の返しの巧みさ?

それらだけでこれほどの感触ができるだろうか。

判らない。ボクの常識を超えた技巧が存在すればそれは叶うだろう。

だが、直感は違うと告げている。

仮に直感を信じるならば。

 

小剣は刃が薄い。

剣そのものが柔らかい、のか?

それもまた違うと直感が警告する。

ならば、何だ?

 

肉体や技術、武器、それらも柔らかさを生み出している一部であるかもしれない。

だがそれらは主ではない。

この異様な程の柔軟性を生み出しているのは、それらではない別の何か。

残された1欠片。

つまり、それは闘気、剣に纏っている闘気だ。

闘気が柔らかい。

闘気の性質によるもの。

誰もが固く、速く、切れ味を高めるために闘気を使うが。

それとは異なる思考、系統、方法。

味方同士の手合いで大けがをさせぬようにだろうか。

しかし単なる手加減だけから生まれたとも思えない。

 

たとえば北神が繰り出している緩急の付いた剣の運び。

速かったり、遅かったりするだけの単純な突きではない。

突き初めから中間帯そして突き終わりに至る流れの中で伸びる用に加速度が増す。

反対に、縮むように加速度が下がる場合もある。

変幻自在。

故に目が騙される。

そして一度意識してしまうと攻撃予測を行う脳が騙される。

意識的に攻撃予測を排除し、在るがままを見なければならない。

 

独特な闘気が醸し出す妙。

スローハンド現象と似た一種の錯覚。

小刻みの連撃を退いて躱すも、攻撃予測が出来ない分、対応が遅れる。

反撃の糸口を封じられている。

 

どうする。

どうすれば。

だったら相手を驚かせる。

意表をついて相手の心に間隙を作り、そこを起点に反撃に転じる。

でもどうやって?

戦闘機動を取りながら熟考はできない。

閃きに賭ける必要があった。

 

できるかは判らないが。

武器に纏わせる闘気の練り方を調整する。

そもそも闘気による肉体の強化とはそういうものだ。

筋肉の強さ、それに耐えられる靭性・柔軟性。

早く走るには。

機敏に動くには。

単調にならない動きのためには。

水神流『流』が必要とする主に手首による衝撃吸収法が示すモノ。

ただそれを自分の体を離れて剣に纏わせれば良い。

 

難しく考えることはない。

剣を体の一部にする。そう考えて動く。

右手で相手の小剣を掴む面持ちで自らの剣を差し出す。

小剣と剣がぶつかり合い、妙な接触音だけが小さく鳴った。

 

これに北神は驚きの表情を見せた。

だから、できた、と思った。

反撃に転じられると。

けれども現実は。

 

衝撃を受け止められるはずの剣が小剣の勢いに負け薙ぎ払われる。

勢いそのままボクの体は空中を舞い、体の捻りで姿勢制御を行って地面への激突を避けるのが精一杯。

今のが命の取り合いなら、ボクは既にこの世にいない。

勝負は明らかだ。

 

「流石、白騎士。

 負けを認めるよ」

 

「そ、そうですか」

 

こちらに応じながら北神は彼自身の得物を凝視した後、やや訝し気にこちらを見返して来る。

何かを言って来る素振りだったが、勝利宣言を耳にして駆け寄った弟子らに囲まれてしまい彼の言葉を聞くことはなかった。

勝負に負けた。

負けたからには告げ口をするのは無しにしておこう。

そう一瞬だけ考え、その後は今の技を我が物としたい衝動が勝って宿舎へと直帰した。

 

 

-- シルフィ視点 --

 

軟禁生活が始まって以来、体の調子がおかしいと感じたのは15日目の事だった。

それまでの数日は――何らかの魔道具。多分、目覚めた時から嵌められていた首輪のせいで――男の子の姿にされていたし。

それが済むと腹痛と出血に悩まされる日が続いて。

さすがに続き過ぎていると感じて気付いたのは、1か月の中であれの日の間だけ自分は目を覚ましているという事実。

他の日はたぶん寝ている。

薬か何かで眠らされている、みたいな。

それはそれで怖いけど、部屋の外には見張りの人が居て騒ぎを起こさずに逃げ出すのは難しそう。

 

 

体感30日目。

目覚めると何やら痛みだけでない虚脱感が全身を包んでいた。

手、足、肩、背中、全身に上手く力が入らずベッドから起き上がれない。

え、なんで?

薬の副作用が強く出たとか?

流石にまずいかもと感じ、寝たまま治癒魔術を掛けるために自己の気の流れを探る。

気の滞り方からして、ただの筋肉痛だと判り心が落ち着いていく。

これなら『ヒーリング』を掛ければ、ほらね。

 

筋肉痛から回復しベッドを抜け出して原因を考える。

意識がない間、"寝ている"という推理は間違っていた。

筋肉痛になるような高負荷の運動をしていたのは確実。

そして運動をしたらお腹が減る、はず。

でも目が覚めたとき空腹を感じなかったし、今もまだ感じない。

とすると意識のない間に私は運動し、食事を摂っている。

それはたぶん、この首輪のせいだ。

 

正直怖い。

今すぐ首輪を破壊して逃げ出すのが正解のように思う。

ただ、あの大剣の剣士に追われるのは嫌。

そもそも私を連れ去って何をさせようとしているのかの目的も――魔道具の検証かもしれないけど――判らないし。

ナンシーさんが同じ様に連れ去られていたら彼女を残して1人で逃げ出すのは良くない気がする。

もし捕まっているのなら、それは私を追いかけて紛争地帯に来たせいだし。

 

だったらナンシーさんを探す。

見つけて逃げ出す算段をして、それから首輪を壊して……それでどこに行く?

王竜王国かミリス神聖国は土地勘の無い場所。

逃げながら向かうのは愚策として、アスラ王国に行くなら実家に戻ろうか。

ブエナ村にはもうあの人は居ないって話だし。

あーでも……実家に追手が来たらそれはそれで困ってしまう。

ここから無事に逃げられたら一旦、アルスで潜伏して折を見て実家に戻るのが良いのかもしれない。

その辺りはいずれナンシーさんに相談するとして、相談までに3つの案を考えておこう。

 

方針は決まった。

最初の難関は、部屋の外にいる監視。

彼らに気付かれずにナンシーさんを探さなくちゃいけない。

とりあえず、部屋の中にいつかの宿屋のように抜け穴がないか探そう。

そう考えて壁や天井を闘気の糸で探った。

 

残念ながら、この部屋に隠し通路は存在しない。

代わりに両隣と上下階の部屋にナンシーさんが居ないのが判った。

そして闘気糸をさらに伸ばせば他の部屋が探れる事にも気付いた。

だから闘気を細くさらに細く……2日をかけて5階建てのこの屋敷を走査し終え、結局ナンシーさんらしき人が居ないと判った。

 

仕方がないので、次の日からは隣の建物を走査すると決めて闘気糸を伸ばし始め、うん?

そこで外の監視が居ないと気付く。

予定変更。

これなら騒ぎにならずに探索ができるかもしれない。

まずは闘気糸でしっかり今の建物を走査して、人目を避けて、慎重に、気付かれないように。

 

建物の外へ。

窓から見えていたよりも多くの情報が視界を埋め尽くす。

建物の数は小さな町くらい、それから大きなお城が1つ。

ざっと見、マリーバードの半数か。

これを走査するのはかなりの手間だろう。

果たして今日のようなチャンスが何度巡ってくるだろうか。

判らない。判らないけれど迷って動けないでいては時間を無駄にする。

だから、人目に付かないよう順繰りに建物の屋上へ移動し手早く走査する。

 

いない。

いない。

ここもいない。

違う。

違う。

ここも違う。

 

少しずつ積もる焦燥感。

だけれど考えようによっては安心感も湧いて来る。

だってナンシーさんは連れ去られてはいないのかもしれない。

あの時の襲撃を上手く逃れられたのかもしれない。

それならそれで良い。

私みたいに変な実験に……と意識が余計なところへ逸れていたのかもしれない。

油断。

居ないはずの屋上で、

 

「やぁ」

 

そう訊ねる声が私を貫いた。

え?っという声をどうにか飲み込んで声の方を向く。

 

「見ない顔だ。

 何してるのかな?」

 

そう続ける男は軽鎧、手甲、具足を身に纏い帯剣した立ち姿でこちらを見ていた。

旅の冒険者ならば普段着といえるけれど冒険者がこのような所に居るものだろうか。

逆に町に逗留しているのなら冒険者といえどいささか以上に物騒な装いに感じる。

ちなみにこちらは囚われの身。

武装はなく、床に手を置き戦闘状態に移るにも1拍以上は遅れるだろう。

相手もまだ抜剣してはいないのだけれど、さてどうしよう。

 

「ん、聞こえなかったかい?

 何をしているか聞きたいのだけど」

 

男は再び問いただしてくる。

 

「えっと、あの」

 

人を呼ばれるとマズい。

どうしよう。何と答えれば良い?

 

「そ、そちらの方こそこんなところで何をされてるのですか?」

 

答えに窮して時間稼ぎを目的に逆質問する。

「私かい?」と男は少しだけ驚いてから、

 

「最近、新しい遊び相手が出来たんだ」

 

「えぇ」

 

男の話は良く判らない切りだしで始まった。

それに適当に相槌を打ちつつ考える。

 

「でも彼は月に数日だけ会えなくなる。

 本人に聞いても隊長としての用事としか教えてくれなくてね」

 

「それでえーっと今日は遊び相手が不在だから屋上に?」

 

「まぁそう言えるかな。

 本当はこんなところに長居するはずではなかったのでね。

 彼が居ない時はどうしても暇なんだ」

 

「はぁ」

 

「まぁ居ない者の話は今はどうでも宜しい」

 

「そうですか」

 

「そこで君さ」

 

「わ、私?」

 

「そう。

 君もかなりの変わり種だ」

 

「いえいえいえ。そんな事。

 私なんてただのどこにでもいる村娘です」

 

「それはそれで興味深い。

 君の村では建物の屋上から屋上にぴょんぴょんと飛んでくる娘さんがうじゃうじゃいるのかい?

 世の中の流行り廃りは予想以上に激しいのかな」

 

「ごめんなさい。

 忘れてください」

 

「それで?

 もう一度尋ねさせてもらうが君はここで何をしているのかな。

 どこぞの国の諜報員だったら、さてどうしようかな」

 

「ち、違います」

 

「昼日中の明るい内に活動するのは流石に大胆過ぎるからね。

 君の言葉を信じよう」

 

どうやら納得してくれたらしいので、コクコクと頷いておく。

軟禁場所から抜け出してきたとも知られたくないけれど、諜報員として突き出されるのはもっとまずい。

ここで嘘や誤魔化しは止した方が良い気がした。

変に嘘をついて"諜報員でない"という主張まで疑われるのは厳しいのだから。

 

「私は人を、師匠を探しています」

 

「探し人、ね。

 それを屋上の床に手を置けば出来るのかな」

 

「えっとそれは」

 

「当ててみよう。

 闘気を伸ばして建物の中を探ったのだろう?」

 

!?

この人、闘気を糸状に伸ばす技を知っている!?

 

「どうだい?」

 

「そうです……でも屋上も走査しておいたのにあなたを知覚できなかった」

 

「自然と一体になるのを得意とする私の闘気の性質のせいだろうね」

 

「自然と一体になる……?」

 

つまりどういうことだろう?

自然と一体になる闘気というのも良く判らないけれど、それは今は棚上げする。

肝心なのは闘気糸が自然と一体になったものを感知できないという主張。

木や石といった自然的なものでも私の闘気糸は感知できるのに。

 

「技の癖を考えてみればわかりやすい。

 例えば床に手を当てて闘気の糸を通す。

 手のひらから床、そしていくつかの構造材を通じて最上階の天井へと抜ける。

 闘気の糸を通じて君の頭の中へそれらが情報として伝わってくる。

 意識すれば壁の厚さなども把握できるだろうけど必要がなければ使用者は意識しない。

 むしろ強く意識しているのはそれらの境界だ」

 

「えっと、つまり。

 建物や空気との境界が曖昧になるように闘気を練っている?」

 

「素晴らしい!

 探しているという師匠が羨ましいほどの飲み込みの早さだね」

 

褒められているらしい。

この人、もしかしたら強い人なのかもしれない。

強い人はだいたい教えを請われるものだし。

 

「君の師匠とも話してみたいな。

 非戦闘状態で闘気を使ったり、闘気糸を弟子に身に着けさせる方法について話してみたい」

 

えぇっと。

どういう意味か、俄には判りかねた。

けれど目の前の男が何か勘違いしているというのはかろうじて判った。

 

「あの師匠が闘気糸を使えるかは知らないです。

 闘気の操作技術や研究には一家言ある人なので、もしかしたら出来るかもしれませんけど」

 

「なら、君は自己流でこの技を身に着けた訳だ」

 

「……はい」

 

「非戦闘状態で闘気を使う技術も?」

 

「それは師匠も使えますけど、教わったというより私も自然とできるようになりました」

 

「それはまた。

 興味深い」

 

「あ、でも。

 だからこそ、不思議に思う気持ちは判る気がします。

 闘気による身体強化を普段使いしない人達がいるのはなぜ?って。

 使ったら畑仕事とか簡単にできるのに」

 

「そうだね。

 で、君はそれにどう結論付ける?」

 

「これは師匠の意見ですけど。

 師匠は2つの要因を推測していました。

 1つはほぼ全ての剣士が闘気を戦闘中に手に入れるがために戦闘中に使うという先入観が生まれ、それを拭うのが難しいとか」

 

「所謂、修得方法の問題ね。

 それは私も考えた」

 

小さく頷く。

 

「もう1つは保有している闘気量が少ないのが問題なのかもしれないと」

 

「なかなか斬新な着眼点に思える」

 

「魔術師で証明されていますが、人は魔力を使いすぎると意識を失います。

 でも剣士が闘気の使い過ぎで意識を失ったという話は聞いたことがありません」

 

「人には闘気による体内の魔力低下を自己防止する機能が備わっている可能性か」

 

「はい」

 

「魔術による魔力徴発ではその機能は有効ではないが、闘気の使用ではその機能が働く。

 そして剣士は魔力の総量が少ないから、本能的に使用を制限してしまうという訳だ」

 

「あくまで師匠の推測ですが、私も今のところ同意見です」

 

「いいや面白い。

 私一人で考えていたらとても思い付けない意見だ。

 そうか魔術の素養がある者に闘気を覚えさせると応用範囲が広く現れるのも、それに通ずる何かかもしれない」

 

話して満足した様子の男は、急に表情を険しくする。

そして「困りましたね」と呟いた。

思わせぶりな台詞だけれど訊かないでおいた方が良い。

たぶん独り言だから。

私が黙っていると、

 

「長話が過ぎたね。

 探し人、見つかるよう祈っておくよ」

 

そう言い残して男は5階の屋上から飛び降りると、下に居た歩行者を驚かせながら町の喧騒へと消えて行った。

 

 

助かったのかな……よくわからない。

油断があったのは反省しなきゃいけない。

命が助かったのは運が良かったのだろう。

けれど闘気糸の課題も知れた。

気を付けよう、それに対策も必要だ。

そう心に刻んで師匠探しを再開。

ただ丸二日かけて町の目ぼしい建物を調べてもナンシーさんは見つからず、私は一人でこの地を離れると決めた。




次回予告
特務隊へ抜擢されたフィッツ。
新型の魔導兵器を配備されたこの隊の登場によって
帝国戦力の鋭利な牙が今、龍へと襲い掛かる。

次回『龍撃隊』
天空から火の雨が降る
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