無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第138話_黒騎士の脅威

--- 俺が遅い? 俺がスロウリィ!? ---

 

ヘイムダルに声をかけてから2ヶ月、ザノバに話をしてから1ヶ月の時が早くも過ぎラノアを閉ざす冬は去った。

春の訪れが誰の目にも判るようになり人々は活発に動き始め……けれども俺を取り巻く状況に目立った進展は無い。

ヘイムダルが雪解け後に村を旅立ったとしたならば到着の頃合い。

だが彼の姿は俺の屋敷になく、どうやら勧誘に失敗したらしかった。

エリスにとってそれは凶報であり、手探りのまま日々の鍛錬は否応なく積み重なる。

彼女らしさの残る戦いを学んでほしくはあるが、上っ面の知識だけではな。

すぐに見透かされて幻滅されるのがオチ。

とりあえず武器無しでの闘気の扱いを学ばせているものの時間稼ぎも長くは続かないし、どうしたものか。

悶々としながら自分の鍛錬をこなしていると、

 

「あなたは筋が良い、パウロ殿」

 

とランドルフがパウロの剣を受けながら、そう語り掛けるのが聞こえて来た。

パウロはそれに反応する事無く剣の打ち込みを繰り返す。

筋が良いと言われているものの、どの一手も軽々と受け止められるのをパウロはどう思うだろうか。

 

「なのにそれに頼ってばかりでもない」

 

そう断言してカウンターを当て、結果パウロの体が宙を舞う。

手加減のおかげでパウロは「クッ」と小さく呻いた後、体の捻りによって空中制御し態勢を立て直し着地する。

そして間を空けず剣の打ち込みを繰り返す。

これは……言葉で相手を惑わす幻惑剣の実践なのだろうか。

と考えていたところで、

 

「苦労されているようですね」

 

剣の動きから読み取ったのか、ランドルフはそう宣い、ニヤリと笑う。

どうやらこれは指導中のただの会話であって実践指導ではないらしいのだが、そうはいってもパウロは動揺をみせてしまう。

動揺によってブレた剣先は絡めとられ、またしても体が宙を舞う。

先程よりも強めのカウンターによってパウロは空中制御に失敗、地面に叩きつけられるが、なんとか受身で衝撃を和らげる。

が、ダメージは少なくない。すぐに剣を振るう事はできないらしく、倒れたままでいる。

パウロの回復を待つランドルフは「ラノアに来てから長らく実力を見てきましたが、頃合いですね」と前置いて座学を始めた。

 

「パウロ殿、契約に則りあなたを我が剣を学ぶ者と認めます。

 ですが、それは私と同じ強さを授けるという意味とは違います」

 

明け透けな物言いに倒れたままのパウロは少し身動ぎし、自嘲気味に小さく笑う。

 

「3人子持ちのおっさんが列強5位を目指す。

 そこまで思い上がっちゃいないし、夢想家とは無縁さ」

 

「宜しいでしょう。

 ポイントは教えます。

 あとは自分なりの剣とするが良いでしょう」

 

そこでようやく立ち上がったパウロは服についた埃を払ってから「わかった」と返した。

その言葉にランドルフは1つ頷く。

 

「私は北神流、中でも魔王派とよばれる派閥の剣を学びし者。

 またいくつかの巡りあわせにより水神流を学び得ました。

 北神流を基礎としていますから、剣神流や水神流のような分かりやすい定石は無く」

 

「使えるものは全て使う、ってやつか」

 

「ええ。

 そして型を持たぬ剣」

 

「でも、あんたの剣には何かがあるように思えたんだが」

 

「パウロ殿が薄々感づいているのは、私の編み出した戦術、戦闘スタイルとでも呼びましょうか。

 水神流の技を私が独自に発展させていったものです」

 

「最近の訓練、あれが水神流の系統だってのか?

 北神流の系統に思えたのは俺の見立て違いか」

 

パウロの言葉を聞いてランドルフは首を横に振る。

 

「剣神流や水神流は凡その型を持ちます。

 それら以外を人は北神流と認識するだけのこと。

 ではパウロ殿、一般的な水神流剣士はどのような立ち回り・鍛錬をすると認識していますか?」

 

「そうだな……待ちの姿勢で防御して相手の攻撃をいなしながら隙をみてカウンターを返すのが水神流だ」

 

「その通りです。

 ただしもう1つ。

 相手を挑発し、先手を取らせるための話術も含むというのは?」

 

「あぁ、それなら道場で習った記憶がある」

 

「どう思いましたか?」

 

「どうって……煽って突っ込んでくるのは余程のバカだ。

 隙を作って誘った方が手っ取り早い、かな」

 

「まどろっこしいという訳ですか。

 一理あります。

 私は、先手を取らせるためだけに話術を使うのでは、不十分と考えました」

 

「不十分?」

 

「北神流の人質戦術を考えみてください。

 あなたは人質を取り、人質の喉元に剣を突き付けている。

 人質を殺されたくなければ、剣を捨て投降しろと相手を脅しても良い。

 それとも自分を追いかけてくるなと言い放って逃げても良い。

 言葉と人質を使って相手を屈服させたり窮地を逃れる戦術です」

 

「それと水神流の話術は全く違う話に聞こえるが」

 

「いいえ根っこは同じです」

 

パウロは少し考えて、だが顔に疑問符を張り付けた。

 

「先手をとらせる、相手を投降させる、窮地を逃れる。

 これ即ち戦闘の流れを掴み、相手をその流れに乗せ、こちらの意図に誘引し、望んだ結果を得る事。

 そういう意味でそれらは同じです」

 

「言われてみれば確かに。

 てことはだ。

 話術をつかって戦闘を有利にする方法がランドルフさんの技ってことか?」

 

「話術だけでなく表情や身振り手振りも交えます」

 

傍で聞いていて、それは昔にオルステッドから聞いた技の説明だと理解する。

相手に攻めるべきだと思わせてカウンターを取る剣技『誘剣』。

相手に攻めるべきではないと思わせて窮地を逃れる剣技『迷剣』。

対処法は"防ぐべき時だと思ったら攻め、攻めるべき時だと思ったら守る"。

"だが本当に防ぐべき時は防ぎ、攻めるべき時は攻める"だったか。

 

そして新たな知見。

『誘剣』が水神流に元々ある相手に先手を取らせる話術そのものか、あるいは発展させた技だという気付き。

ランドルフが水王であるのを考慮すれば当然か、と考えている内に、

 

「相手の意図を汲み、その意図を挫き、逆にこちらの真意を隠し、誤った意図を理解させる。

 さすれば戦いの流れを掌握・誘導できましょう」

 

という説明。

……ん?

おかしいな。

禅問答のような説明がない。

いや、それは対処法の説明か。

仕掛ける側は意外にシンプルなのかもしれない。

 

「やり方は自分で考えた方が良いんだろうな」

 

「相手の意図をどう汲み、どう挫くかに通り一遍の方法などありません。

 性格や心理状況、戦闘環境は千差万別。

 適時予測し的確に手段を選択せねば効果は見込めぬ繊細な技。

 言葉で説明するよりも実地で研究し手に入れるべきモノ。

 何より技に自信をもつ、その域に達せねば命を預けるのは難しい」

 

「それもそうだ」

 

話を終えたランドルフはまた幾度か剣の打ち込みをさせつつ、今度は会話を交え技を披露していた。

 

--

 

甲龍歴419年晩春、町を覆った雪が完全に姿を消したラノア郊外の原野にて。

俺は写生大会で使うような紐付きの画板を首から掛けて立っていた。

隣でロキシーが地面に置かれていた革製カバンの留め具を外し、丸められた魔法陣の中から1枚を取り出して俺へと差し出してくる。

受け取った魔法陣を画板の上に開いて置き、風で飛ばされないようにクリップで固定する。

その間にまた別の小物入れから一束の赤い人毛を取り出したロキシーが、俺の脇からそれを魔法陣中央にある円形の機能部品の上に設置。

 

「では、始めましょう」

 

短く宣言して魔法陣に魔力を込めると間もなく励起し、不可視の魔力波が発せられた。

 

「いま!」

 

俺の掛け声に合わせ、傍らに立つロキシーは掌大の砂時計の天地を換えて砂を落とす。

暫くそのままで時間が過ぎる。

俺は3度、同じように掛け声を発してロキシーに砂時計をひっくり返させる。

するとほぼ予想していた方角から誤差無く応答波が魔法陣へと吸い込まれて、同魔法陣を改めて励起させる。

 

「対象を補足!」

 

俺の報告でロキシーは砂時計を横倒しにし、砂の落下を止める。

彼女は真剣な眼差しで時計を見つめ、

 

「残量4分の3」

 

そんな結果らしい。

合わせて落下分は3と4分の1といったところ。

既存の計算モデルを使うと……あれ、合ってる。距離に誤差がない、のか?

おかしいな。おかしいよな?

出力を上げ、より遠くまで探査用魔力波を送れるよう改良した。

だから応答までの時間と距離の計算がずれる可能性を想定していたのに。

 

ん? 違ったか。

えーと波ってどうやって考えるのだったかな。

たしか……あやとりで使うような毛糸の紐を一本、両手で持って何かするのだったか。

いや、それは簡易的な実験の検証方法だ。

そう、たしか波の代表である音について考えれば良かった。

中卒の俺の前前世の科学知識なせいであまり自信はないが、思い出せ。

えーっと。

空気中を音が伝わる速さは約340メートル/秒で、音の強弱や高音・低音といった条件の違いで変化しない。

当然、花火や雷のような大きな音のほうが遠くまで聞こえる。

だからといってそれで伝わる速さが変わるわけじゃない。

そうでなければ雷が光ってから音がきこえるまでの時間を数えて何キロ先に落ちたとかいうことはできない。

つまり、そう。

同一距離・同一媒質中という条件下において、ある波を発した場合、応答までにかかる時間は一定で音の強さに関係しない。

だから、計算モデルは既存の物が使えて当然なわけだ。

頭の中で疑問を整理。

しかし、口に出したのは真逆だった。

 

「あと何人かを探査して複数の計測結果を収集しておきましょう」

 

「ここからですか?」

 

「ええ。

 そもそも魔法陣の構成を変更していますから、結果が正しいかどうかも含めて検証しておくべきです」

 

「そうですね。

 そのようにしましょう」

 

ロキシーの同意を得て、俺達はより近い地点や探査の範囲を知るためにより遠い地点で計測したりもした。

 

 

作業を終えて自宅へと戻り、夕食の準備を手伝って食卓を囲む。

その折、望外の気付きを得る事になる。

 

「そういえば兄さん」

 

第一声は最近、少しだけおどおどしなくなってきたノルンだった。

パウロの存在。

アイシャと2人、幼くして通う大学。

環境の違いが成長の変化となって表れるのだろうか。

――そんな一瞬の思考の後、

 

「ん? どうした?」

 

「今日、4コマ目の授業の時間に学校へ来たりしました?」

 

「学校?

 今日は郊外でロキシーと魔術実験をしたくらいで他の時間は家に居たよ」

 

「なぜか兄さんが私を呼んだ気がしたのですが」

 

「ノルン姉。

 気のせいじゃない?」

 

「でもアイシャ。

 1度だけじゃないの。

 何度も呼ばれた気がしたのよ」

 

「ふーん。不思議だね。

 一緒に居て全然気付かなかったけど」

 

「うん。

 だから兄さんが何かまたおかしな事でもしたのかなって」

 

おかしな事って何だ。

ノルンの中でおかしな事をしでかす人物に固定化されているとしたら、少し嫌だな。

僅かに凹みつつ早期の幕引きがダメージを最小限にする気がした。

 

「ははっ。

 不思議な事もあるもんだ」

 

そう強引に話を締めくくる。

 

「ほんと不思議だねー」

 

同調してくれるアイシャ。しかし、

 

「本当に気のせいかしら」

 

そう言ったのはエリス。

視線を向けた先の彼女は食事を食べ終えてナフキンで口を拭いている。

拭き終えて、

 

「私もルディが大声で呼びかけていたように感じたわよ。

 全部で……20回くらいあったかしらね?」

 

「エリスさんも?」

 

ロキシーが応答する。

 

「ええ。

 まぁどうせ何かの実験のせいと思ったから、気にしなかったけど」

 

「あー、そうなんだ。

 不思議なこともあるもんだな」

 

俺のおとぼけを見透かすようにエリスは「ふんっ」と短く返した。

深く追求せずに食器を洗い場へと運び去る姿は「後でちゃんと説明してよね」という意思表示にみえる。

"わかったよ"と心の中だけで念じ、ロキシーとアイコンタクトした。

 

--

 

ノルンは自分に対してのものだけを感得し、アイシャはどれも感知しなかった。

一方、エリスはこちらが発した波のほぼ全てを感知した。

範囲を広げるメリットの裏には捜索対象や捜索対象外の者にこちらの行動を感知されるデメリットがあると判った。

そして違いの要因は何かという新たな疑問が湧いたため、追加の実験をロキシーに頼んだ。

 

出力を強くした魔力波を被験者として改めて受けてみると、その動きが詳細に理解できる。

魔法陣から出力された魔力波は対象外の物を透過して進む性質がある。

一方、対象者に接触するとそこから反射して術者を目指す応答波となる。

 

これらの実験結果や仕組みから3つの事が整理できる。

第1に"応答波が返るまで移動できない魔術"である事。

これは域内探査(ルームコンパス)の利用制限で、探索対象が範囲内にいない場合もあるから、その時間は最大探索距離からの応答時間までとなる。

第2に"魔力には固有振動数のようなもの"があると考えられる事。

魔力に"固有振動数"、言い換えれば魔力の個性があるという予想は闘気の特徴・個性と同一の根源に由来する性質と思われる。

第3に域内探査の魔力波の出力を高めた場合、魔術を多少なりとも扱える対象者はこれを察知できる。

また水神流剣士のような魔力感知に優れている剣士やエリスのような纏気を怠らない剣士は対象者でなくともこれを感知できる。

逆にオリジナル出力の場合、範囲は狭くなるものの感知されることはない。

少なくとも俺の纏気の練度や魔力感知の能力では気付けない。

 

「んー」

 

域内探査の魔法陣の整理を終え、狭い書斎机に向かい一人。

 

「どうせすぐに来る訳じゃない」

 

いつものように静かな部屋、独り言はそのまま壁へと染み込んで消える。

既に心は決まっており下準備も完了していた。

だから無為な独り言に意味はなかったが、ただ次に何をすべきかを決める切っ掛けにはなった。

そう、確認しておくべきだ。

 

「よし連絡しよう」

 

会いたい旨と連絡方法をさらさらと手紙に(したた)め、封入封緘してから部屋を出る。

向う先はラノアのルード商店、そこに隠された転移ネットワーク。

こちらは材料入手と商品の配送を主に、ついでに世界各地を手軽に移動するために用意した転移ネットワークだ。

このネットワークのトボロジー(図形的性質)は意図的にヒトデ型になるよう設計してあり、ヒトデ型ノードの中心点はどの移動先に行くにしても必ず通る。

この必至の位置に銭湯の番台のような受付カウンターが設置してあり、またその中には1体の自動人形マリアが鎮座する。

彼女は同一ノード内の各転移魔法陣や灯の精霊を召喚する魔法陣の魔力結晶を定期交換する役目を負っており、それ以外の時はこの受付の中に座り通行者に氏名の確認を行うようプログラムしてある。

そんな彼女は置き物のように力無くただそこにある。

 

「利用者を一覧したい」

 

俺の問いかけに一拍の間が生まれる。

起動音は無いが目に魔力の光りを灯し、節約モードが解除されたのが判った。

 

「ルーデウス・グレイラット、ロキシー・М・グレイラット、

 龍神オルステッド、エリス・ボレアス・グレイラット以上4名です」

 

「既存利用者、龍神オルステッドが次にここを通るとき彼を識別できるか?」

 

「可能です」

 

今度は間を置かず短い回答が返る。

 

「では彼が次にここを通るとき、この封筒を"ルーデウスから"と申し添えて渡してくれ」

 

言葉と共に封筒をカウンターに置く。

これに対しマリアは「承知いたしました」と言って受付カウンター内側にそれをしまい込んだ。

 

「向こうから伝言があれば、魔力結晶の補充役を通じて俺に伝えるように」

 

「そちらも承ります」

 

「頼むぞ」

 

マリアにはお辞儀するような行動パターンを設定していない。

だから彼女はそのまま節約モードになり、来た時に見たのと同じくただそこにある存在に戻った。

それを見届けた俺は来た時とは別の、シーローンの転移魔法陣へと足を向けた。

 

--

 

音が立たないようゆっくりと扉を閉めた後、周囲へ目を配る。

月明りの差し込まない廊下を走り、太い柱の後ろで一度立ち止まり息を整える。

静寂に包まれた無人の城。

唯一人、スニーキングミッションに勤しむ。

馬鹿らしいかもしれないが、念には念を。

目当ての物、サンプルは内ポケットに収まっている。

ここが本当に無人の城なだけなら、後は『飛翔』なり何なりで場を離れれば良いが。

上空に遊弋する浮遊城を考えればそうもいかない。

だからこその慎重行動。

時間が掛かっても来た時と同じように地下通路を使って川沿いの水車小屋へと抜けるルートを選択するのが確実。

 

面倒とは思うまい。

もし仮に警戒網を張る常駐兵がいれば何倍も苦労しただろう。

だから来た道を慎重に帰るくらい何の事はない。

 

しかしな。

"またしても"と修飾してみたくなる。

この城は前世現世を問わず、も抜けの殻となる運命らしい。

オルステッドの目論見通りパックスがクーデーターを起こすルートであっても、そうなのかもしれない。

それは端なる憐憫では済ませられない感情を引き起こす。

城の運命を仮に"悲劇"と評するのなら、そこで生活していた者らもまた悲劇的であったという事なのだから。

 

そんな感傷に浸りつつ地上1階の変哲のない部屋の前へ。

ミッションコンプリートまで後少し、それは油断の表れだったのかもしれない。

だが扉を開けたとき、その油断は完全に吹き飛んだ。

 

何かが居る。

いや在る?

少なくとも行きの道程には無かったはずの物の存在。

薄暗がりの部屋の中、闘気で強化された目が捉えたそれ。

存在の薄さに反比例する巨体、魔王もかくやといった偉丈夫。

誰何の言葉を発するより早く、その姿がブレた。

見失っ……緊急警報のアラームが脳内で瞬く。

最大反応速度で無詠唱の『物理障壁』を左手で展開し戦闘態勢へ。

前面の攻撃に対応――

 

ズンッ。

 

重たい一撃が抜刀しきらぬ剣に咬みつき、恐るべき衝撃力を寄越す。

足の闘気が摩擦力で石畳みを掴もうとあがくも、それを凌駕するほどの圧によって押し出されていく。

大の大人5人が並んで歩けるほどの幅のある廊下を反対側まで追いやられ、壁を背にすることでようやく停止。

指呼の距離に迫った相手の姿を視界に捉え、認識。

前世では出会わなかった、夢の中だけの存在。

先代の剣神、確か名前は……ザック。

ザック……そう、ザック・ファフニール!

 

なぜ、こんなところに?

 

疑念が一瞬で脳を駆け、刹那の後に理解する。

ザックは。

シーローンの王族を殺した戦力。

それが奴。

帝国の侵攻。

なら帝国の騎士か、こいつ!

 

強化した筋力でザックの剣圧に抗い抜刀。

不意打ちに似た攻撃を防ぎきり、戦闘態勢へと持ち込んだ俺を警戒したか、ザックは元居た部屋の扉前まで飛び退った。

それとも剣神流の速度を活かすために停止状態を嫌ったか。

どちらにせよ距離を開けてくれたのはこちらにとっても都合が良い。

 

仕切り直しつつ頭の中で考える。

神級の相手、とりわけ俺との相性が悪い剣神流。

今の一合を以てしても判る。

明らかに難敵であり、その一撃を受け損なっていれば即死だった。

1つのミスも許されぬ尋常の勝負。

その上で。

今回のオルステッドのルートの中で彼が重要な人物かどうかを考えてしまう。

あの夢も何かの示唆だったのだろうか、そんな余念を抱いてしまう。

できれば雌雄を決することなく逃げおおせてしまいたいが。

足の速い元剣神相手に? 彼を振り切って地下通路へと入り水車小屋に辿り着けるか?

普通の手段だけでは無理だ。状況は最悪に近い。

 

考えが纏まらぬ中、ザックの構えが次の攻撃を予告。

悠長に悩む余裕はない。

適度に戦い適度に打ち負かし脱出する。

たとえそれが困難でも。

やるしかない。

 

灯の精霊を呼び出し、廊下に新たな陰影を生む。

それも束の間、幽鬼のように佇むザックを浮かび上がらせた時にはもう動き始めていた。

狭い通路の中で中段の構えの剣の切っ先を僅かに下げて斜め左へ飛び出して来る。

今度は動きが目で追えている。

それは灯りのおかげでも目が慣れたからでもなく相手の速度が落ちたからだ。

最速に至る速度を意図的に抑え、代わりに全身と剣を闘気で纏った結果だろう。

 

手首と膝、足首のクッション、クッション性をさらに増幅する闘気を総動員し、待ちの姿勢でこれを受ける。

壁際に立ったまま再び押し寄せる強烈な剣圧。

またしても一瞬で腕は完全に折り畳まれ、そのまま俺の腕ごと首を両断する意図が剣に込められている。

まるで運動エネルギーの濁流。

だが、それは増幅しておいた俺の体というバネの限界を超えはしなかった。

そして一度受けた弾性エネルギーを運動エネルギーに変換。

移動力へとすり替えることで立ち位置を改め、視界を外す恐怖に抗いながら間合いの外に脱出。

生み出した猶予を使って構え直す。

 

完全な抜刀、水神流方式を採用した待ちの態勢であってさえ一撃を凌ぐだけで神経が酷くすり減った。

手札を伏せたままでは長くは持たない。

次の手札を明かす。

まずはザックの攻撃後の硬直を狙った七星流『残像剣(ディレイ・アタック)』。

闘気を使っての足運びに意地悪な緩急を織り交ぜた剣撃。

それはザックの体に触れる事なく弾かれるが、その力を利用して打ち込み後の硬直を誤魔化し、事なきを得る。

 

やはり見えている、らしい。

夢が事実ならばザックは一世代前の剣神。

北神と同じように複数の剣神が存在するのを許すとすれば今も剣神という扱いかもしれない。

そんな相手だ。

"俺よりも速く動ける"のは当然といえば当然で、速く動けると言う事はその動きを脳が処理できるという事を意味する。

だから見える。

そうだとしてそれが負けに繋がるかといえば違う。

"俺より早く動ける"相手への勝ち筋は事前に練ってある。

端的にいうのなら、それは"攻撃ポイントの予測"で上回り、相手より先んじて動き、相手の動きを封じる戦略。

よーいドンで俺より速く動ける相手であっても、よーいドンより早く動きだせば勝てるのだ。

 

ザックの纏う闘気がその濃度を高くしたように見えた。

 

次の瞬間、俺は右手前方に向けて剣を払い、そこに現れたザックの剣撃に己が剣をぶつける。

まだ右手には攻撃の余韻が残る中、今度は左手に展開したままにしていた『物理障壁』に新たな剣の手応え。

力任せなそれが障壁ごと体を押し退けようとする。

ダメージを最小限にするために自ら右へと吹き飛びつつ、今のは高速移動による同時二段攻撃と理解する。

七星流『分身攻撃(パラレル・アタック)』と同種の剣だろう。

 

焦燥感。

"攻撃ポイントの予測"は間合いと攻撃方向と打ち込みタイミングの3つを見切る事によって成立する。

なのに相手は速度を活かした連撃で攻めて来る。

七星流の剣術理論では間合いと攻撃方向を見切らせない攻撃となり、"攻撃ポイントの予測"を難しくする。

これはあくまでこちらの戦術理論に当てはめたときの結果だ。

ザックが同じ戦術理論を元に行動しているとは限らない。

これまでの戦闘経験を元にした有効打を選択しただけかもしれないからだ。

だとして。

残る打ち込みタイミングの見切りができれば、もっと容易(たやす)く凌げるのだが。

理由はまとまっていないが、それも遅れている。

このままでは相手が先に動き、成す術なく動きを封じられてしまうだけ。

 

再びザックの纏う闘気がその濃度を高くした。

 

1ターンに何回行動してくるつもりだ!?

そう内心で毒突いた直後、左側に体をずらしたにも関わらず剣を伝って這い上がる猛烈な破壊エネルギー。

いなしたと思った瞬間、背後からの一撃が『物理障壁』を叩き、次いで頭上やや左から俺の体の中心線へと向う剣を視認。

視界に迫る縦断を土魔術で足一歩分横に移動して躱す。

空振りとなったそれを引っ込めたザックは素早く廊下の先へと身を移す。

カウンターアクションは既に届く位置にない。

やはりヒット&アウェイ戦法か。

 

余裕のない中で、それでも精神力を総動員して剣合を整理する。

重心移動と足の運びを情報として処理するには、認識から到達までの時間が余りに短すぎる。

視線は常に茫洋としており、気配も植物のように薄い。

打ち込みタイミングの見切りが出来ているのは闘気の変化を捉えているからだ。

それらすらも。

兆候を捉えてこちらが先んじて動くほどの時間になってくれていない。

打ち込みタイミングの見切りが遅れる。

短すぎる。余裕がない。

それは相手が速いから、速すぎるから。

 

なら相手の速度を落とせ。

 

思考が肉体を制御する。

防御用の『物理障壁』を左手で維持したまま、右手で『水蒸(ウォータースプラッシュ)』を発動。

自分の目と鼻の先の空間に数百の水玉を出現させる。

魔術の効果範囲に飛び込んだザックは全身を濡らしながら、それを意に介さず剣を振るおうとする。

そこに『氷結領域(アイシクルフィールド)』を発動し、いわゆる混合魔術『フロストノヴァ』を展開。

濡れた体は瞬時に凍てつき、その動きが僅かに停止したかに見えた。

しかしザックの纏う闘気が厚さを増すと淡白い光を帯びて凍てついたはずの剣が再び躍動する。

俺の認識力はその剣が床を俄に傷つけたのを察知した。

 

白い闘気。

そのカラクリは夢の中のザックが鍛えていたモノの集大成か?

おそらく強固に圧縮し、鎧のようにして肉体を包む闘気の鎧。

鎧は冷気を溶かす。ただし、それは展開してから。

なので展開前に凍りつかせれば発動までの時間分、僅かに行動を阻害する。

逆に言えば、後出しで展開して『フロストノヴァ』をほぼ無効化できる仕様。

混合魔術の手間と僅かな遅延効果では割に合わない。

 

割には合わないが、それでも無数の水玉を再出現させる。

その間にザックが床を叩いた剣を切り返し、その白い膜に水玉が接触し、蒸発・霧散する。

鎧は常時展開。

『フロストノヴァ』による遅延は手に入らないかに思える。

そこに襲い来る、一撃。

その一撃の、勢いが落ちている事を俺は見逃さない。

 

魔力量の総量、或いは一度に取り出せる出力量。

魔術士がその運用に苦慮するのと同じく、剣士の能力をもその法則は支配する。

より多くの闘気を防御に回せば攻撃の闘気はそれに準じて減り、それが攻撃の速度低下を招く。

常時展開する鎧。

その闘気を分厚くして纏い続ければ、ザックの剣の勢いは落ちる。

 

これなら剣を受けてカウンターアクションが取れる。

変化量から闘気の最大出力量と剣の最高速を目算。

"攻撃ポイントの予測"に失敗しても、相手の速度さえ落としてしまえば対応できる。

ザックの剣を『流』を使ってカウンターするべく半防御半攻撃の姿勢へ。

 

だが。

予想以上に剣が伸びてくる。

淡く光る闘気を纏った剣が『物理障壁』をあっさり突破。

 

なぜ。

どうして。

理解できない。

防御に闘気を回し、剣速が落ちたはずの剣になぜ捉えられた?

疑問が脳を占める。

それを塗りつぶすように燃えるような痛みが全身を駆け巡る。

視界がぐらつき立っていられない。

否、俺の目線は意図せず床に占拠され、遅れて理解する。

俺は……既に床へと倒れ込もうとしていた。

 

一々確認するまでもない。

右大腿部が中央部で両断され、それより下が千切れ飛んだのだ。

ぬかった。

血が噴き出す前に闘気と筋肉で出血点を圧迫。

見えていないが、次なる一撃がもうそこまできているはずだ。

 

防御系の魔術。

回避用の土魔術。

行動を不能にするための重力魔術。

ザックが対処できたなら。

絶体絶命の状態は死へと直結する。

だから、3つの選択肢全てにノーを突きつけ第4の選択肢へ。

 

視界に入っていた床が消え、闘っていた通路の角からザックの一撃を視認する。

その景色が次の一瞬で書き換わり、視線の遠く先に居たはずの通路の角が映る。

景色が変わる前の一瞬でザックがこちらを間合いに捉える。

それを何度も何度も、繰り返す。

徐々に、ザックが遠ざかる。

何度繰り返したか。

シーローン城3階から4階へと続く階段の踊り場に至って漸く、ザックの気配が完全に遠ざかった感じがした。

 

手品の種は極短距離の『単方向転移』魔術。

懐に隠し持った小さな石板型魔法陣から発動したもので、転移先は魔力の練り方によって使用時に設定する。

ザックの索敵範囲がどれ程か判らないが、直線距離で追いかけて来たとしても僅かに時間は稼げたと思いたい。

手早く王級治癒魔術『アークヒーリング』を無詠唱発動し、失った右足を修復。

ザックは撒けただろうか。

残念ながら履いていたズボンの一部と右足の靴は魔術ではどうにもならない。

残置した右足と片方の靴。

それを拾いに戻るかどうか。

 

素足で再度の戦闘機動を行うのは無謀。

このまま逃げるのが吉。

だが、残してきた物から俺の素性や目的などを読み取る未知の魔術や神子の存在を考慮する。

放置できない。

そう思ったとき、床下から嫌な感じが膨れ上がった。

 

まさか、とは思うまい。

 

遅滞なく転移魔術を発動。

視界の先で床下からザックの剣が現れる。

その破壊音を聞き届けるよりも早く、連続転移。

血の匂いを追って来たのか、あるいは治癒魔術の魔力反応を察知されたのか。

後者であれば治癒が終わった故に追いかける術はない。

転移の僅かな残滓を追って来ているのなら、これで撒くのは無理なのだが。

 

どちらが良いというのはない。

にしても立ち止まる必然性もなく、転移魔術で移動し続ける。

それでも、どこかで鉢合わせてしまったら。

不運な状況すら想定しながら邂逅場所へと戻り、残置された元右足から靴を剥ぎ取り履き直す。

ズボンを穿いたままの元右足はとりあえず土魔術で作った箱に封して抱え、床に飛び散った血液は水魔術で洗い流す。

戦場清掃がこれで十分かは知らないが、長居するリスクと天秤にかければリスクが勝った。

 

そして視線を地下通路に繋がる小部屋に向ける。

今なら地下通路で戻れるか?

……いや、狭い通路で待ち伏せされている可能性を考慮した方が良い。

そう判断して踵を返し裏門を目指した。

 

 

--

 

「だからキッカ王国の支店を経由して帰って来た訳ですか」

 

「途中、広域化した域内探査(ルームコンパス)も試しまして余計に時間が掛かりました」

 

言葉と共に"たはは"的な笑みを浮かべる。

ロキシーはいつものジト目で俺の言い分へ言外の批難を向けた。

見透かされているね。

ちなみに足を失い、再生させたのと切断された足を帰り際に焼却処分したのは……話がややこしくなるので伏せておく。

 

「その様子ではパックス殿下の反応は無かったのですね?」

 

パックスの動向調査は空振りに終わった。

ここまでの危険を冒して判ったことは、

 

「残念ながらラタキア郊外やキッカ王国にはいないようです」

 

という事だけ。

 

「とすると……既に王竜王国に到着しているのでしょうね」

 

「かもしれませんが、紛争地帯やアスラ王国方面に向かった可能性も」

 

「そうですね。

 パックス殿下が王竜王国に行くのが強い運命とは限りませんものね」

 

ロキシーと俺の意見。

どちらもが推測の域をでない。

確信を得られず、今後の予定を決めるにはまだ情報不足。

苦い経験だった。




次回予告
暴風と化す十の精霊
迎え撃つ龍撃隊
爆炎、閃光、轟音連なり
雲霞、彩る

次回『浮遊城vs空中城塞』
空の支配者は2つといらない


※副題はスクライドの登場人物ストレイト・クーガーの台詞
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